◉垂直尾翼損壊の貴重なサンプル


墜落事故翌日. 813日の夕方に相模湾で護衛艦「まつゆき」に発見され回収された垂直尾翼の残骸は、前縁上部のまとまった部分形状をよく維持しており垂直尾翼の破壊状況を知る上でたいへん貴重なサンプルとなった。また8月14日午前10時頃に航行中の漁船によって下部方向舵最上部の残骸が回収された。図① 


図① B747垂直尾翼 模式図


🔳 回収された垂直尾翼前縁上部の破壊状況


日本航空123便は相模湾伊豆沖の上空で異常事態に見舞われ、その際に破壊された垂直尾翼APUの大半は間違いなく直下の海底に沈んだものと考えられる。

事故調査委員会は、かなり早い段階で墜落原因圧力隔壁の破断に起因するとし、与圧空気の流出で機体尾部の内圧が過剰に上昇して垂直尾翼損壊とそれに伴い4系統の作動油圧を喪失したことに因るものと概要を明確に公表した

それならば海に沈んだ最重要調査対象となる垂直尾翼の回収が何を置いても優先されるべきであったが、海底捜索の開始は112日まで遅延した上に何一つ回収できないまま1120日には早々に打ち切りとなってしまった。

これにはS61.4.25運輸省主催の公聴会でも専門家から海底捜索を徹底すべしと多数の批判が出ており、事故調査委が墜落現場に張り付いて圧力隔壁の調査に傾倒していたことが如何に的を得ない調査であったかを物語っている。


物証が乏しい中で、相模湾上で回収された垂直尾翼の前縁上部は回収された垂直尾翼の残骸の中では比較的に纏った部分構造を保っており破断部には異常な痕跡が認められたので精査すれば有力な情報が得られるだけの良好なサンプルであった。

しかし事故調査委は垂直尾翼の調査を意識的に軽視し、この残骸が精査されることはなかった図②


図② 相模湾で回収された垂直尾翼前縁上部


この残骸は主として前縁上部のフォワードトルクボックスに相当するが、残骸の後部には意外にもアフトトルクボックスを構成する前桁のスパーコードスパーウェブが組み付いていた。図③


図③ 垂直尾翼残骸の模式図


通常は前桁のスパーコード前縁部で破断すると考えられるが、その後方で高強度のT形断面フロント.スパーコードが破断したことは破壊要因を追究する鍵となり得る図④


図④ スパーコード[T形断面]破断部


 破壊の特徴


前桁のT形断面フロント.スパーコードは垂直尾翼の最も頑強な骨格アフトトルクボックス最前部の構造材である。このスパーコードが上下の2箇所で破断してフォワードトルクボックス側に組み付いた状態で回収された


頑強なスパーコードを上下2ヶ所で破断させながらも、中央のスパーウェブやリブウェブといった薄板には殆ど撓みを生じさせない破壊形態は静的な荷重では起こらない

この場合静的な荷重とは圧力隔壁破断部からの流入空気による内圧上昇のことである


静的な荷重負荷の場合は、先ず1ヶ所に破断が生じると破断部に応力集中してそこを起点に弱い部分に沿って一気に裂けていく破壊過程をとる故に、脆弱部が破壊を免れながら高強度部材をあっさりと破砕するような破壊形態にはならない。

また、相模湾岸一帯には垂直尾翼の破片が50片以上打ち上げられており尾翼は随所で破砕された事実を示しているが、一塊の部材内に於いて破断進行中に応力集中係数の突出は同時に複数箇所に散在して起こることはなく、よって静的な圧力上昇は広い範囲の破砕を伴う破壊原因とはならない


内圧の上昇中に、仮に外板の剥離が広範囲に及んだとして全体が動揺し動的な荷重が加わったとしても、それは垂直尾翼に掛かる外的要因としての空気抵抗 [形状抗力と摩擦抗力]に因るものであり、それによる尾翼の進行方向への捻れと左右への曲がりは尾翼の系内で胴体取付部付近に最大の応力を加えることになる

よって胴体取付部付近で垂直尾翼の殆どが一塊となってもぎ取られたなら解るが、決して尾翼の至る所で破砕するような破壊形態を取ることはない。

このように、*圧力隔壁破断を起因とする事故調査委員会の結論は如何なる分野から検証してもことごとく否定されることになる


[付録2より引用]

垂直尾翼の構造材の中でも、スパーコードは幾つもの条件が重ならなければ破断しないほど際立って強度が高いことが判る.


🔳 回収された下部方向舵上部の破壊状況


垂直尾翼の後端下部方向舵上部8.14相模湾上で漁船によって回収された。事故調査委の調査は明らかに不十分で、重要な上面の圧痕.折損および側面の破壊状況に触れるのを避けて、表面的な細い線状の痕跡だけを記載し結論を濁した。そして写真を提示せずに見取図(図-9)だけで済ませた。本来なら破壊の経緯を追究する良いサンプルであるが、事故調査委は敢えて垂直尾翼の精査を避けたようである。図⑤


図⑤-1 報告書.付図-27  下部方向舵上部

図⑤-2 報告書.P59  図-9

下部方向舵上面の線状痕跡


図⑤-3  JAL安全啓発センター展示: 下部方向舵上部 これは痕跡というより破壊 [折れ曲り部は殆ど支持性がなくベコベコ]

図⑤-4  1985.8.24 朝日新聞  


🔘 垂直尾翼を破壊した荷重

最大歪み量最大衝撃応力静的な荷重に✴︎動的荷係数を積する数値になる。急激に荷重を加えた場合、この係数の最小値は2であり上限はない。これら垂直尾翼の残骸は、このような✴︎急激で過剰な衝撃荷重 [衝撃引張衝撃曲げ衝撃捻り]でなければ起こり得ない破壊形態だったといえる。


🔳 「圧力隔壁破断起因」以外の内部要因を検討


⚫︎乱気流

事故当日の異常事態発生地点の天候は穏やかだったが、気象庁のレーダーで河和付近のエコーが僅かに残存していた為123便は通常より南のルートを選択した。尚日航123便の前後に同航路を同高度で飛行した4機からの報告でも、上空には雲が全くなく気流は安定しており天候異変は考えられないとされた

過去の事例で、離陸後の緩旋回中に大型機の後方乱気流に巻き込まれて方向舵ペダルをフルストロークで繰り返し乱雑に操作した為に、垂直尾翼の耐用荷重を大幅に上回って胴体取付部からもぎ取られて墜落に至った事故はあるが、これは比較対象にはならない。


⚫︎自動励振 [フラッター]

自動励振は方向舵が何らかの異常で舵面に掛かる空気抵抗が激しく変動し、それを支える垂直安定板に激しい捻れ振動と曲り振動が生じて[垂直尾翼の固有振動数とほぼ同じ周波数の加振で共振が生じると]急速に振幅を増しながら振動部で破断し全損に至る経緯をとる。

これは老朽化した機体によくみられるような不快な微振動とは根本的に異なり、激しく揺さ振られ身体が固定出来ず物を正視出来なくなる程の振動になる。


しかしながら直前のフライトデータには微かな振動すら記録されておらず、生存者の証言にも異常な振動を表現したものは無かった

更にはCVR本体に強い振動が加わった場合に記録される電源周波数漏洩分の400Hz帯に予兆となる変動はみられなかった

よって否定的である。


⚫︎垂直尾翼取付部付近の金属疲労疲労亀裂

7年前の尻もち事故では主に機体尾部胴体のフレームや圧力隔壁に大掛かりな修理が施された。その際に間接的に衝撃荷重を受けた垂直尾翼の胴体取付部付近に疲労亀裂が生じて進展し、以後の点検がなされずに自壊に至ったのだという推説がある。

しかし尻もち時の衝撃荷重値は構造上圧力隔壁直上のフォワード.トルクボックス取付部が最大となるのだが、この部位は損壊せずに残っていた

しかも墜落時まで機体尾部胴体に組み付いて発見されたアフトトルクボックスの外板及びストリンガの破断面には、レプリカ法による電顕所見で疲労亀裂は認められなかった。よって垂直尾翼の疲労亀裂による自壊は否定される

付録2 P.34 

[注記]

そもそもこの推説の場合、垂直尾翼の破壊の過程で外板剥離が前開きに生じると投影面積分の空気抵抗を受けて剥離は一気に進行する。その際外板の破断はリベット孔間の疲労亀裂に沿って、また疲労亀裂がなくてもリベットヘッドを折損し弾き飛ばしながら剥離は一気に進行して外板パネルは区画ごと脱落する過程をとる。

その際外板のリベット孔に沿った破断進行部の応力集中係数は著しく突出するので、尾翼内部の構造材に余分な荷重を掛けることはない。航空構造力学上、外板が空気抵抗の荷重による応力集中で破断剥離が進行している最中に、その一方で応力の伝播が分散して構造材を捻る曲げるなどして垂直尾翼を損壊させるという事象は起こり得ない。それは人間が考察する過程で陥る錯覚である


⚫︎燃料漏れ引火爆発

APUに供給される燃料ラインに燃料漏れが生じて気化し、これが垂直尾翼内に滞留して何らかの引火で爆発を誘発したという推測もあるが.. 

先ず、ケロシンは空気を圧縮して高温高圧となった燃焼室に霧状に吐出して気化.混合させるステップを経ないと燃焼状態にはなり難い。

そして氷点下の環境下での蒸発量は極めて少なく、気密性が低い機体尾部においては殆ど換気される。しかも直ぐに凝結して液化するので混合気は形成されない。仮に引火点の高い液体ケロシンに冷間にも拘らず偶然引火したとしても、燃焼するだけで膨張するには至らず爆発の現象は起こらない。また墜落現場で燃焼を免れた機体尾部の残骸に引火の痕跡はなかったという調査結果もあるので否定される。


🔘 結語

真の事故原因は何か.. 異常事態発生地点で何が起こったのか..

内部要因をとことん突き詰めても現状で肯定できるものは無いので外部要因に絞って原因を追究している。新たな物証などは今更出て来ないであろうが意外なところに見逃された痕跡が残っているかもしれない。


JA8119:下部方向舵上面の付着物 落射式顕微鏡

[焦茶薄黄濃青のモザイク状]

類似物の一例 金属顕微鏡