松本風民の催馬楽ライカ -28ページ目

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いや~、やっと覚えられた!
って、まだ完ぺきではないんだけど・・・
ずっと未完のままかもしれないけど・・・


REM さんの「It's the end of ~」の歌詞。
たいへんだったぜー。
だって、なんか、脈りゃくないんだもんよー。
でも、どうしても唄いたかったんがよね。
かっこいいから。


アップしてから改めて自分で見てみたら・・・
いっぱいごまかしてるね。やっぱ。
コードもなんか、違ってそう。


あとはね・・・
ブレスの位置がわかんない。
途中で苦しそうな顔をしてるでしょ?
あれね、酸欠で死にそうになってるんだよ。だっはっはー。



で、ホントは
コーラスもかぶせて・・・って思ってたんだけど、
唄ってる最中に「もーこれでいーや」ってなっちゃってね。
まとめていっぺんにやっちゃった。1人3役。


まー、でも、
この曲完ぺきに唄えたら
めちゃくちゃかっこいいよね、きっと。



上手く唄えるようになったらまた
アップしーよぉっぅと。

17年ゼミ

セミは一週間の命で・・・

だから はかない・・・という
小学校時代の教えに対して


「あいつら(セミ)のボディはこんなもん(指で輪を作って)ですよ。
 それが朝から晩まで、ずっぅうっとあんな大音量で鳴いてたら・・・
 そら人間でも7日目に死ぬっちゅうねんっ!」


と、ジュニアさんが言ってた。
どう?このするどい角度からの切り込み。



・・・で、
17年ゼミっていうのがいてね。
その名の通り、17年間も土の中で過ごすらしい。
で、地上に出てきて1週間か そこいらで再び旅立つ。


これもなんか・・・むなしい・・・って思ってしまいそうだけど
福岡伸一さんによれば、それは違うらしい。

17年ゼミの一生の本質は
地中の17年にあるそうな。


誰からも干渉されず、何事にも追われず、
ただむしゃむしゃとその辺の木の根っこを
食べながら安逸な夢をむさぼっている。
こんなすてきな一生はない。


ってことらしい。


はー、そうだったのかー。
ワークライフバランスって?
「しゃかりき」ってだめなの?

考え

「人には、それぞれ考えがある」というセリフには
「その考えが正しいか正しくないか」という判断を
 放棄、あるいは 判断不可能、判断するのが面倒

・・・というような感じが含まれているよね。(強引だけど。だはは)


つまり、「自分は今はこう思ってる。でもそれはある一部分から見た
限りでの意見であって、ぜんぜん俯瞰できていないし、相手の立場や
ここまでの経緯や伴ってきた感情もわかっていない。

だから、軽はずみに今ここで、自分がただ思っているだけのことを
しゃべるというのは無責任だし、ただの思いつき(いわば、自分の中でふるいに
かけていない未確定なもの)を話したとしても、まとまるはずがない。

かといって、
それが正しいか正しくないかを考える時間も労力もおしい。
だからこう言っておこう」

     ↓

「人にはそれぞれ考えがあるから・・・」


これって、まだ・・・まし  だよね。

だって、「よく考える」ってことをしないと
「本当に正しいことが見えてこない」っていうことを
わかってるから。


それにひきかえ、普段のぼくは こんな感じ。

   ↓

「俺は、こう考えている」とか

「俺の意見は・・・」

「俺が思うに・・・」っていうやつね。

これって
その人が自分の立場でその時点で
ただ思っているだけのことを言っているだけであって、
「誰が考えてもこの意見は正しい」と確信してから
発言していることは、ほとんど無いでしょう。


でも

「活発に意見を述べ合って刺激し合うからこそ、
 良いものが創造されたり、正しいかどうかが
 明確になってくるんじゃないの?」っていうこともある。


ん~と、でもこの場合
その場の雰囲気や勢いに影響を受けやすいし、
嫉妬やプライドで包まれた意見が出てくるし、
じっくり考えた末の議論ではないから雑音も多く、
白熱してきたら、より自己防衛本能丸出しになって


「本当に正しいこと」

からは程遠い話になってしまうことってない?
結局、多数決でこうなったけど、のちのち考えてみたら
なんでもっとマシなことが考えられなかったんだろう?
いい大人があんなに居たのにっ!
ってなることない?


だから最終的に判断しなければならない人というのは
そういう話の中に身を委ねて、色々聞いてもいいけど
最後は、自分1人でじっくり考えて
判断するのがいいのではないかな?



何が言いたいかというと・・・


自分がよく考えて出した答えであるなら
他人がどう言おうがまったく関係ないってこと。
他人と違ってても気にする必要がないってこと。


気にしてしまったら、せっかく自分でよく考えた
ことが無駄になってしまう。


「自分のことを自分以上に考えてくれる他人はいない」
なんてことも、とよく言われるよね。


とすると、

(何度も言うけど、「自分がよく考えたのであれば」っていうのが前提)


他人の考えは、自分の考えより浅はかということになる。


ただしそれは、自分にとって浅はかであるだけで、
相手にとってはそうではない可能性もあることは知っておく。
でも、自分にとっては確実に浅はか。雑音。



・・・


あ~、あかん!
考えんの めんどくさくなってきた!
どーでもえーわっ!
あたま、痛くなってきた。


これ、絶対 熱あるわ。


さらばじゃ!

潜在意識?

石井裕之さんていう人の話を聞いたんだけど・・・
潜在意識の話。


心の奥底(潜在意識)では、
自分の行動によって
自分が不安にさせられてるんだってね。


心で、「しめしめ」って思ってても
心の奥底では、「俺もこんな目に合うのでは・・・」と
実は、不安がっている。
それには気付いていない。
だから、表面上、「しめしめ」って思える。

その自覚していない不安の波動が
へんな物(自分にとって悪いもの)を
引き寄せているんだねー。

おーこわっ!


昔から言われている
「悪事、身に返る」なんてさ、
正しいことをさせるための
ただの教訓だと思ってたけど、
それだけじゃないみたいね。


そーゆー、分かった気になっている
ことわざや言い伝えの中には


実は、「浅い理解しかしていなかったな」

と思うことが、今頃になって
ゴロゴロと出てくる。


すごいねー。
成長してるってことかねー、俺も。

んははははっ!


ま、ということで・・・

悪いことはできないなーって思う。
人が見ているとか見ていないとかではなく。


「天が見ている」ってのは、実は
自分の潜在意識のことなのかもね。



嫉妬なんかもそう。

自分の心のあり方が
自分を不安な状態にしてしまっていると。


イギリスの・・・誰だったかな?

女王だか、首相だか・・・が言ってた。

「人間の感情の中で『嫉妬』が、いちばん下品です」ってね。


気をつけないと。

あっ、俺ってブログ書いてたんだった?!

いや~、忘れてた、忘れてた。
なに、書こうか。


じゃあね、また脳関係の話。


脳ってね、頭蓋骨の真っ暗闇の中に入ってる。
だから、直接 外のことは分からない。

外の状況を把握するために
感覚で認知してる。5感とかね。


で、視覚についてなんだけど・・・

普通、俺らは
「目に見えてる世界が全て」って思って
ある種、丸めこんで生活してしまってるよね?
その方が都合がいいから。
特に支障もないし。

でも、ホントは違う。紫外線とかもあるし。

何で見えないかというと、
人間の目は、赤・青・緑の3原色にしか反応しない。
赤担当・青担当・緑担当の細胞しか持ち合わせていない。


なので、3原色の合わせ技で表現できるものは
感知できるけど、紫外線とかは感知できない。

でも、昆虫なんかは、3原色のほかにもうひとつ
違う種類の担当細胞(何色か忘れた)を持っているので
紫外線が見えるらしい。

んで、人間より多い その4原色細胞で
見ると、植物の花びらなんかは
ものすごくキラキラ見えるそうだよ。

んでね、
人間の脳に届く視覚情報っていうのは
外界の状況を網膜に映して、それを脳に送っているわけじゃない?

でも、それは外界の姿をすべてキャッチしているわけじゃなく、
3原色で知覚できる範囲だけを受信して
脳に送っているに過ぎないわけ。

なんらかの理由で、
3種類しか細胞がない(空きがない?)という “しばり” があったので、
1番効率的な、1番生存に有利な3原色になったんだろうね、きっと。

だから、見えないものがあってもおかしくない。

人間の生活環境は、ほぼ人工的であるので
当然、人間が知覚できるもので埋め尽くされている。
だから、不自由はない。


でも、もしかすると

赤・青・緑 以外のもう1~2種類の知覚担当細胞があったら・・・
紫外線とか赤外線なんかの不可視光線はもとより、

振動なんかも知覚できたかもね。
振動による空気のゆがみみたいなものとか。


そうすると、

「あの人、なんかへんな思考の振動出してる」とか

「あの人、溢れんばかりの後光が差してる」とかが

見えたりするかも。


こういう、目に見えないものを感じたりするために
(目で知覚できない部分を補うために)
第6感とか、直感とかがあるんだと思う。

直感とか、ふと感じた というのは、
目に見えてなくて、はっきりした根拠もなく、
行動に移しにくいんだけど・・・

実は

力いっぱいカラダ全体で感じ取った、「確かな情報」だと思う。


だから

「なんか、あの人イヤ」とか

「なんか、こっちがいい」とか

「今日は、気分が乗らない」とか


っていう感覚は
なるべく尊重して、すぐ使おうと思う。


って、こーゆーブログらしいのって どう? あはは。