ピエロの独り言 -14ページ目

菊花賞(予想)

秋華賞でケチが付いて今回はまるでやる気ない状態です汗





やる気がない理由は他にもあって、短いスプリントレースも相性悪いけど、菊のような3000mとかの長丁場も取れた試しがないんです(´・ω・`)




その上買わない宣言継続中のリーチが一番人気ときて俺の予想を悩ましてくれるプンプン





メンバーから見てハイペースになりようがない感じなので、正にリーチにうってつけの展開じゃないっすか!?





それでもリーチは買い目から除外するけどね(笑)




菊花賞で3000mという距離を初めて経験する馬達の集まりのレースなので、データ命の俺の予想が全く働かないレースの一つなんですよあせる





新聞見てるとどいつも穴あけるんじゃないかとか、コイツ距離持たないんじゃないかとか迷ってきてしまうリサイクル





迷ったあげくにリーチは無条件で無視、アンライバルドは距離に不安ありで、連予想からは外し、◎イコピコ○ナカヤマフェスタ▲セイウンワンダーとしましたニコニコ





アドマイヤメジャー・ヤマニンウイスカー・セイクリッドバレー・アントニオバローズは惜しくも予想から外した子です。





この子達はハマれば検討しそうな感じですねニコニコ





今回はまるで自信がないまま時間が来てしまう…




取り合えずタラレバにならないように予想だけ書いておきましたあせるあせるあせる

似てる!?

昨日電話で話してる時に、テレビで元JRA騎手の田原成貴が覚醒剤所持かなんかで逮捕されたとかのニュースをやっていたので、「そう言えば昔よく田原成貴に似てるって言われた事あるんだけど似てないよねぇ?」と聞いてみたガーン





そしたら「う~ん???似てないかなぁ!?」と返ってきた。




自分ではあまり似てると思ってなかったし、久しぶりに見ても似てる気はしなかったので、当然の答えだなっと納得してその話は終わりましたニコニコ





それで今日出勤したら開口一番「髪切ってきたら田原成貴に似てるねぇ~」って言ってきた人がいたあせる




一体どっちやねんガーン






あまり誰かに似てる気はしないんだけど、似てると言われた事のある人は明石家さんま・(少年隊) 錦織・(ナイナイ)矢部っち・(元F1レーサー)鈴木亜久里などですが、俺にはこれらの人に共通点が見いだせないんだけどなぁ~(´・ω・`)





人の感性は様々なもんで当てにはならないよねぇにひひ





ちなみに自分では上記の人達には似てるとは思いませんし、今までにこの人俺に似てるかもって思った人もいた事がないなぁ~ガーン








まあ俺みたいな不細工があっちこっちにいても困りもんだから当然かぁ!!(笑)

南田洋子さん

今日は南田洋子さん死去の報道がなされてましたね。




その中で長門裕之さんが切々と語っていた事に、なんだかもの悲しく感じさせられました。




今は機械に生かされてるだけのかつて洋子だった骸でしかない…と言うようなニュアンスの事を言われてました。




おしどり夫婦と言われながらも不仲説も流れたりで真実の程ははかり知れませんが、最後の最後まで寄り添ったことは間違いない訳で、長年連れ添った人に先立たれる事の無念に身につまされる思いがしました。





そして、看病しながらもどこかで死ぬのを待ってる自分がいる…と言うニュアンスの事もおっしゃってました。





自分も母親が不治の病に冒されて死に逝くときに同じ事を思ったのを思い出しました。




それは嫌いな母親だったからではなかった。




最後機械に繋がれて何の意識もない状態で、意識を取り戻す可能性はなく、南田さんと同じように認知症も煩っていた為、仮に意識を取り戻したところで俺の名を呼ぶこともなかったであろう。




まだ認知症のようなものが発症する前に、「いつか体中が管だらけにされて機械に生かされるような状態にまでなったら、頼むから楽にしてくれ!そんなになってまで生きていたくないんだ。」と言われていた。




最後に医者がこれ以上手の施しようがないので、付いている物を外しましょうとすべての物を外した後、息を引き取るまでの間(四日ぐらい)、「早く迎えが来てやってくれ!」と死ぬのを待っていた。




骨と皮だけになって苦しそうに呼吸だけをしている状態を見つめ続けていると、「そんなに苦しいんなら早く逝きなよ!何で迎えが来ないんだよ!」と死ぬのを待ってる自分に気づき、得体の知れない悪寒に襲われたのを覚えています。




長い看病疲れが俺にこんな事を考えさせるのかな?


死ぬのを待ってるなんて…




長門裕之さんも同じような思いをしていたんだなって思ったら、締め付けられるような感じがしました。




母親は十月二日で亡くなって丸四年が過ぎたところですが、あの時の思いが鮮明に思い出されました。