お引越しまであと2日となりました。


めまぐるしく変わる情勢に、目に見えるもの,

見えないものすべてに、

結末に向かって速まる静かな流れを感じています。


どうなっちゃうんだろうね。


悪いことを考えているんじゃないよ

でも、産まれてきてよかった。


叶えたいことはもう、本当にシンプルな願いだけです。

最後まで、大切な人と一緒にいられますように。


感謝を込めて、生きようと思います。

一日一日、見慣れた景色と、言葉と、空と、大切な人たちと、歴史と

産まれて、生きて、泣いて、笑って、

そんな日々を抱きしめます。


わたしが最後に一緒にいたい人と、一緒にいようと思います。


どんなに大変でも、その比にはならないでしょう。

その日がやってきたときも、手を握っていられるように。




最後のお別れをしてきました

最後です


何も変わってなかった

私が好きだなあと感じている、そのままの人でした

変わらないからこそ、終わったのだとしても…

わたしにとっては優しい時間だった


友人と行ったけど

ほんの少しの時間、ふたりきりになりました

計画停電で、切り落とされたように消えた暗がりで

屈託ない笑顔を見せてました


LEDの懐中電灯

携帯用バッテリー


手も足も、体ごと、どこも満足に動くところなんて

何一つ無いのに、風のような自由を感じさせた人

その発想の自由さには、いつだって翼が付いていました

彼の駆る車は、いつだって自在に町を滑った


前は向いてるんだ


そう言ってました


それが、あなたの強み

あなたの、私がいちばん好きだったところ

屈強で、自由なところが好きだった


わたしたちにしか、わからないねぇ

きっとわからないね…

お互い、好きだったね

大切だった

なにかが欠けて、掛け違えて、こんな風になったけど…

お互いが、とてもとても好きだったね…

きっと

身を剥がれる痛みなど、あの時のあなたには分からないほどの悲しみだったのでしょう

痛みなどどうでもいいと、あなたは思える人だったものね

男らしく、じっと、口にもせずに耐え抜く人だった

ごめんね

わかってあげられなかった

でも、あなたも、わたしをわからなかった


数えなくてもわかる

わたしがこの世でいちばんの、あなたの擁護者


帰り道、ただただ泣きました

悲しいのでも、つらいのでもなく、ただ泣きました


ああ、変わらないなあ、と思うことが、涙になりました


元気でいてね

自分の手で漕いでね

あなたのその大きな体で、たくましい肩で

あなたのその自由な発想で

まるで、いまにも立ち上がりそうなその足で

どうぞあなたらしく


セドリックY33 ブロアムビップ


ジェイ、エフ、ワン、アール、エム、ジェイ


シー、エイチ、エイ、アール、エル、アイ、イー


ナプロ YAMANASHI



忘れません

あなたと過ごした私が、私なのです



どうか元気でいて


わたしも、元気でいるから



ありがとう

さようなら

ありがとう


ありがとう









テレビの向こうに見る日本と、受話器を通した声のリアリティに胸がつぶれそうです

選びたくても選べない人もいます。
それでも、たぶん、想像つかないほどの疲労感と戦ってるんだと思うんだ…。
いろんな意味で、ひとつところでじっと耐えてる。
動けないんだと思うんだ。
動けるものなら動きたいけど。
体と心の全霊をそそいで、刻一刻を戦ってるんだと思うんだ。

わたしもね、
違う場所で戦ってる。
それは物理的な戦いではないけれど。
同じ戦いではないけれど。
けれど、どれだけの恐怖だろう、悲しみだろう、想像するだけで
胸がつぶれそうだ…。
わたしも体を失いそうになりました。
心も、そうでした。
同じ局面ではないけれど、極限の立場で逃げ場の無い日々を送る精神力の消耗が、どれだけのものを削るのか、少しだけなら分かります。
けれど、自分のことだけなら耐えられても…
それが愛する人だったらどうだろうと考える。
目の前で、愛する人が苦しむ姿を見るのだとしたら、どうだろうと考えてしまう。
耐えられるだろうかとしり込みしてしまう。

こわい…

あの苦しみを、もし、失いたくない誰かが…と考えると
怖くなっちゃうんだ…。

守る、ということを考える。
守られる、ということも考える。

踏ん張って、立ち上がりたい。
怖がらないで、わたし。
いま、テレビの向こうで見るあの街々は、わたしが大好きな場所でした。
いまも大好きな街。
親切で、シャイで、穏やかで…

支える、ということを考える。
励ましあう、ということも考える。
愛する、ということ、大切、ということ、信じてる、ということ。
その力の強さも考えている。

みんな踏ん張っている。
必要としたり、されたり、与えたり、受けたりしている。
わたしも、そうなりたい。
みんないま、必死で踏ん張っている。
わたしも、がんばりたい。

わたしのできること、一生懸命やりたい。
怖いよー
泣いてしまいそうだよ、いつも
こわいけど、みんな怖い中で踏ん張ってる。
希望はわたしの最後の砦。
いつも、いつの日もそうだったよね。
あきらめないことはいつも得意だった。
でも、勇気は出せるかな
希望だけを見つめて、勇気を出せるかな…。

時間をかけることは、今は出来ない。
一歩を踏み出すときはいつでも勇気とワンセット

わたしにそれができるかな。

頭パンクしちゃいそう


やること多すぎるけど

一個一個ね


まだまだ、ひとりで立ち向かうパワーは無いようです

昔のわたしは雄雄しかったな~

なんであんなに自信まんまん?


若かったのかしらん


いまでも、わたしの行動はひとをドッキリさせるみたいだから

それなりに雄雄しいのでしょうけれど

昔のわたしを知る私からすると、こんなに臆病になってるのにな~って

心中どっちらけ


だったりします。


だってもっと色々越えてきたもん。


いまのわたしは弱くて臆病。

寂しがりで泣き虫。

これもわたしだぜ~仕方ないんだぜ~

なんて思って、ゆったりと構えられるようになったのはつい最近のこと。


でもね、悩むのは止めてる。

悩むのはもう止めたの。

泣いてもいいけど、立ち止まらないってこと。

立ち尽くすのは、もうやめたのさ。


耳の上をかるーい感じでラブソングが掠めていくよ

心にとまる蝶々さんだけ見つめてる


力の粒を、すこしづつ胸のタンクにためて

ふちまでたまったら、また出発進行だよ


泣いてもいいよ

あったかいごはん食べながら

おいしいよーって

泣こう


おいしいごはん食べて

泣いたら眠って

起きたらカーテンあけて

おはようって口を動かして

自転車に乗って仕事に行こう


お風呂に入ってあったかくして

やわらかい毛布にもぐりこんで、お気に入りの枕をぎゅっとする


おやすみなさい

また明日


たんぽぽの綿毛のような気持ちでいさせてね

羊毛のあたたかさで包んでね


おやすみなさいまた明日

また明日も、元気におはようを言おう









おわり




タイトルは、わたしが昔から好きなラブソングの一節です


あのコぜんぜんさすがのブロークンハート

好きです光線 ぴっぴと発射

ハローもしもし 電話省略

いきなりキスなど 奪っちゃいたい

あーいらっびゅ~


てゆー可愛いらしい歌詞で、ポップなのに胸きゅんなメロディなの

ハッピーなのに切なくて、やけにメロメロで、すごくかわいい。

さすがの猿飛っていうアニメのエンディングだったの。

タイトルは「恋のB級アクション」だったかな?


お友達やお母さんから、立て続けに電話がかかって来て嬉しい夜です


こんなわたしを気にかけてくれてありがとう。

元気のでないとき、耳に押し当てる小さな受話器から伝わる愛が胸にしみます。


ありがとうね

ありがとう。


わたしも幸せをわけるからね

大切にするからね





おわり





ちっとも元気がでないです


雨だからかな

きのうは、夜のあいだに雪もふったようで、陰りにある枯れ草は白い綿毛をかぶっておりました。


窓の外は、水しぶきを跳ね上げる車の行きかう音ばかりです。


こんな日は、自分の感情に押しつぶされそうになります。


だいじょうぶ、だいじょうぶ

ちっともだいじょうぶじゃないけど、だいじょうぶ。


大丈夫じゃないときの処方箋をもっているのは大切ですね。

たむらぱんの「気づく」でも聴いて泣こうかな。


涙でちゃいそうになったら、自然に任せるままのほうがいいのかな

それとも堪えたほうがいいのかな


わたしはどっちをしたいと思ってるかな

どっちを心地よいと感じるかな


やることはたくさんあります

みんな、みんな

きのう、小高い丘から眺めた夜景は温かだった

わたしの知らない人たちが、暮らし、生まれ、日々を生活している無数の灯火。

みんな暮らしてる

きっと一生懸命。


泣いてないで、前を向かなきゃね

涙も虹がかかるよ

そう思って歩いて、わたし。







おわり


忙しいです!とっても!


脳みそフル回転だよ~

でもがんばる~~~


なんかね!

自然と、がんばる、って言葉が言えるようになったよ~

あんなに言えなかったのに~

耳にすることさえいやだったのにな~~~


自然と口に出来るようになりましたぁ


がんばるよ!


やらなきゃいけないこと、たくさんある。

こなしてこなして、こなしまくっちゃるぜ~い♪♪♪





おわりっ

人の命はいちど限りですなあ。


わたし、という人生もきっとそうです。

泣いても一日、笑っても一日、ってよくおじいちゃん、おばあちゃんと言ってたけど

心のそこからそう思えるよ

いまだったら、そう思える。


命と、時間は、一度きりなのですなあ~…。


でも!


チャンスは!


何回だって、あるんだ…!!


心のそこからそう思えたら、でっかい虹がつま先から脳天までぶち抜けて、止まっていた私の螺子が、ギシギシと音を立てて、急転直下、回りはじめました。


時は来ました。

”わたし”という容れ物に搭載されたスタンダップ機能は、時が来たことを知らせています。

みんな誰しも、自分のことは、自分で決めていくのみなのでしょう。

わたしも、わたしの命の流れに沿って、泳ぐように行こうと思います。


わたしは人生を泳ぐということにかけては、少なからず楽しめるほうです。


冷たい水温も、春の川べりも、さかるような奔流も。


ぬめるように流れていく川面も…。


けして、泳ぐのが上手なわけではないけれど、いろいろな水の面を掻き分けて来ることはできました。


わたしの強みは、水の底に沈まない方法を知っているということ。

もうひとつは、溺れそうな状況を恨むことがないということ。


人生はいちどだけ。


先日友人に、いい子ぶりやがってと言われました。


恨みつらみを吐き出して、すっきりしたらいいのにということらしいです。

そうしたら、前に進めるじゃない、っていうこと、らしいのだけど…。


はっきり言って、そういうの、ぜんぜんわかんない。笑


そういうタイプの人がいることはわかるんだけど、わたしはそういうタイプではないみたい。


だって、ぜんぜん恨んでないもん。

心に傷を残したことと、恨むことは、わたしの中ではつながらない。

だって、それだって自分が選んだことだからねえ…。

自分の人生は、自分で決めるもんだと思ってるから、

自分で決めたことを他人を恨むことで清算する、という情動がほとんどないのです。

傷つけるのも自分なら、傷つくのも自分。

全部自分で決めること。

だから、同じことされたり、したりしても、傷つく人と傷つかない人がいるでしょう。

ようは心のあり方。

ただ、それだけなんだと思う。


でもね、


人は、人を大切にします。

自分が傷つかなくたって、大切にしたい人が傷つくなら、自分の意思でそれをしないように出来る生き物です。

思いやる、ということは

たとえ自分がその気持ちを理解できなくても、という接頭文がついてくるものなんじゃないか、って、わたしは思っています。


もちろん、理解して、共感してくれるならベストですよ~!


けど、それは無理なお話…。

長い長い、人生を踏みしめていくのは自分だけ。

自分以外の人も、自分の人生しか、踏みしめたことはないのだから。


そうやって、自分の人生観を整理したらね

なんか、いろんなことにおおらかになったように思うんです。

自分をいい子だと思ったこともないし、ぶってることもないんだけど、でも、自分も認める。

そのうえで、相手も認める。


ってことを両立させたら…


こんな人生観になりました。笑



だからね、次のスタートも切れるんです。

勇気が必要。

でも、駄目でもともと、っていうおおらかさも必要。


これからも、時々溺れそうになりながら、ゆーるりゆーるり泳ごうと思います。

できれば死ぬまで。

死ぬまで、自分、という容れ物と一緒に、泳いでいきたい。

願わくば、ともに泳ぐ人たちの顔々を、遠く近くに眺めながら。





おわり




齊藤和義/アイネクライネ~ベリーベリーストロング~


齊藤和義はんは、槇原敬之はんと同列首位の、「タイプの男」であります。
槇原敬之とは表現方法はちがいますが、齊藤和義も黒さとピュアさの融合体という部分は同じであります。

わたしギャップ主義なので、ド正反対のものを
ひとつの身体の中に飼ってる、かつ、ドが着くほど視野がフラットな人が好きなんです。
人間力の底が深いタイプね。

ピュアさと黒さをひとつの心の中に同居させるためには、自分がフラットである必要があります。
そして孤独に強くなります。
強いというよりは、受け入れるってことかな。

そしてその強さはしなやかさに、しなやかさは、包容力へとつながります。


黒さとピュアさを同時に心に飼う人は、自分勝手で、それでいて愛情深い。
それはどこか、測れない何ごとかを感じさせる遠さです。
その人だけの、たったひとりぶんの聖域です。

そこに惹かれるんだろうな、きっと。
こういうタイプの人の、「どうあっても譲れないくらい一番大切な人」に
わたしはなりたいです。





終わり

こころの揺れを抑えることにも限りがあるので、もう揺れておくままにしてみます。


だってこの、どこからともなくやってくる恐怖は、きっとすぐには克服できないもの。

でもね、自分が克服するのを、わたしは待っていられない。

だってそんなの、あまりにも時間が必要すぎる。


あのね、たぶん、わたしは傷ついても生き返る人。


前に進むことさえ出来れば、きっと息を吹き戻せる。


それなら、いいじゃないかと思えたの。


傷ついてもいいよ。これから先も。

傷ついても、きっと私なら道が開かれるよ。

大切な人たちからの裏切りも、そのつど血は流れても、それを塞ぎながらでも歩いていける自分を知っているならば。

だったら自分を信じよう。


簡単にいったら、絶望のふちに立っても、だれか人を好きになれるなら

それはまだ自分の中に力の残っている証拠。


だれかと友達になりたい、とか

相手を知りたい、知って欲しい、とか


そんな欲求があるうちは、わたしは大丈夫。


うん、また傷ついても、大丈夫だよ。


お金は働けば手に入るけれど、時間だけはどうしても手に入らない。


一瞬一瞬を、悔いのないように生きたいなら、それには当然のようにハイリスクな覚悟がついてくる。


ねえ、でもよく考えて、わたし。


いままでそのリスクにおびえていたね、

でもよく考えて


そんなリスクの波、いままでどうってことなく漕ぎ分けて来たんじゃない。


リスクがあるんだということに、初めて気がついたわけじゃない。

海で育った少年が、海の怖さを身をもって知った時期だったというだけ。

ならば、

怖さを分かった上で海に出て行くときは、覚悟と勇気は倍になってる。


リスクは少ないほうがいい。

でも、リスクと隣りあわせで生きていくことは、性に合わないわけじゃない。

生きている、って実感がないまま時間が過ぎることのほうが、わたしにとってはやりきれない。

やりきれないなら…

私の中に、誰かを知りたいと思えるパワーが残っているなら…



もういちど、自分の船の舵を取ろうと思えました。



失敗してもいいよ。

そしたらその次があるよ。

またしっぱいしたとしても、またその次があるよ。


陸に上がった安全な場所で泣きはらすより、愛する海で舵取りしてる、自由な私で泣いていたい。



覚悟が決まりました。

やってみます。

やって、だめでもともとなんだ!って気持ちで、行ってきます。


そうだよ、このかたちが、もともとの私。

いいえ、

昔のわたしは、やるからにはやってやる!でした。


昔の私と違うところはそこです。


だめでもともと、そう思える。

出来なくて当然、って。

出来ない自分を感じながら、それでも海にいたいと思える。

そしたらそれはさあ、もう…


しかたがないよねえ。笑


行くしかないじゃん。

だって、わたしは陸に住んではいられないんだもの。

私らしく生きて、ああ満足だったなあ、って死ぬためには、行動するしかありません。


やってみて、駄目でもともと。

もしなにか、優しい波に乗れたなら最高級の幸運。

激しい波を乗り切れたなら、それは心の奥深くのひそかな自信につなげていこう。


そんなふうに思いました。


わたしが、私を探す日々のことを記録するためのこのブログ。

もしかしたら、眠っていた私をみつけられるのかもしれません。


歯軋りして、立ち上がって、泣きながらでも頑なに前しか見なかったわたしはもういないけど…


でも、時には座ってお茶でも飲んで

疲れたら素直につかれたーと声に出して

ひなたぼっこや寄り道しながら、口笛を吹くことを忘れない、そんな歩き方を知ったわたしがいます。


疲れたら、また泣こうと思います。


泣いたら、おいしいご飯や、お友達や、楽しい会話や好きな音楽に、いっぱい助けてもらおうと思います。



ねえ、わたしも助けたい。


だから、わたしのことも助けてね。。


大切だから、いつだって、私の心の中にいるんだよ。


大切じゃなくなったことなんて、一度もないよ。


私がひどい人のように見えているかもしれないけれど、もし、そうだとしても、そのひどい人は


心の中で大切に思ってるよ。


だって友達じゃない。



私の旅立つときが来そうです。

りんりんと、鈴が鳴っています。

さあ立ち上がれ!の合図です。


はろーリスクのある暮らし。久しぶりだね、またよろしくね。


笑顔でそんな気持ちと向き合えるように、なってきたのかもしれません。


強いだけでなく。


しなやかに、たおやかに、そして、やわらかく。


鋼の私の変わりに、藁の私で。


ぼんやりと、進み出てみようと思います。







おわり