こころの揺れを抑えることにも限りがあるので、もう揺れておくままにしてみます。


だってこの、どこからともなくやってくる恐怖は、きっとすぐには克服できないもの。

でもね、自分が克服するのを、わたしは待っていられない。

だってそんなの、あまりにも時間が必要すぎる。


あのね、たぶん、わたしは傷ついても生き返る人。


前に進むことさえ出来れば、きっと息を吹き戻せる。


それなら、いいじゃないかと思えたの。


傷ついてもいいよ。これから先も。

傷ついても、きっと私なら道が開かれるよ。

大切な人たちからの裏切りも、そのつど血は流れても、それを塞ぎながらでも歩いていける自分を知っているならば。

だったら自分を信じよう。


簡単にいったら、絶望のふちに立っても、だれか人を好きになれるなら

それはまだ自分の中に力の残っている証拠。


だれかと友達になりたい、とか

相手を知りたい、知って欲しい、とか


そんな欲求があるうちは、わたしは大丈夫。


うん、また傷ついても、大丈夫だよ。


お金は働けば手に入るけれど、時間だけはどうしても手に入らない。


一瞬一瞬を、悔いのないように生きたいなら、それには当然のようにハイリスクな覚悟がついてくる。


ねえ、でもよく考えて、わたし。


いままでそのリスクにおびえていたね、

でもよく考えて


そんなリスクの波、いままでどうってことなく漕ぎ分けて来たんじゃない。


リスクがあるんだということに、初めて気がついたわけじゃない。

海で育った少年が、海の怖さを身をもって知った時期だったというだけ。

ならば、

怖さを分かった上で海に出て行くときは、覚悟と勇気は倍になってる。


リスクは少ないほうがいい。

でも、リスクと隣りあわせで生きていくことは、性に合わないわけじゃない。

生きている、って実感がないまま時間が過ぎることのほうが、わたしにとってはやりきれない。

やりきれないなら…

私の中に、誰かを知りたいと思えるパワーが残っているなら…



もういちど、自分の船の舵を取ろうと思えました。



失敗してもいいよ。

そしたらその次があるよ。

またしっぱいしたとしても、またその次があるよ。


陸に上がった安全な場所で泣きはらすより、愛する海で舵取りしてる、自由な私で泣いていたい。



覚悟が決まりました。

やってみます。

やって、だめでもともとなんだ!って気持ちで、行ってきます。


そうだよ、このかたちが、もともとの私。

いいえ、

昔のわたしは、やるからにはやってやる!でした。


昔の私と違うところはそこです。


だめでもともと、そう思える。

出来なくて当然、って。

出来ない自分を感じながら、それでも海にいたいと思える。

そしたらそれはさあ、もう…


しかたがないよねえ。笑


行くしかないじゃん。

だって、わたしは陸に住んではいられないんだもの。

私らしく生きて、ああ満足だったなあ、って死ぬためには、行動するしかありません。


やってみて、駄目でもともと。

もしなにか、優しい波に乗れたなら最高級の幸運。

激しい波を乗り切れたなら、それは心の奥深くのひそかな自信につなげていこう。


そんなふうに思いました。


わたしが、私を探す日々のことを記録するためのこのブログ。

もしかしたら、眠っていた私をみつけられるのかもしれません。


歯軋りして、立ち上がって、泣きながらでも頑なに前しか見なかったわたしはもういないけど…


でも、時には座ってお茶でも飲んで

疲れたら素直につかれたーと声に出して

ひなたぼっこや寄り道しながら、口笛を吹くことを忘れない、そんな歩き方を知ったわたしがいます。


疲れたら、また泣こうと思います。


泣いたら、おいしいご飯や、お友達や、楽しい会話や好きな音楽に、いっぱい助けてもらおうと思います。



ねえ、わたしも助けたい。


だから、わたしのことも助けてね。。


大切だから、いつだって、私の心の中にいるんだよ。


大切じゃなくなったことなんて、一度もないよ。


私がひどい人のように見えているかもしれないけれど、もし、そうだとしても、そのひどい人は


心の中で大切に思ってるよ。


だって友達じゃない。



私の旅立つときが来そうです。

りんりんと、鈴が鳴っています。

さあ立ち上がれ!の合図です。


はろーリスクのある暮らし。久しぶりだね、またよろしくね。


笑顔でそんな気持ちと向き合えるように、なってきたのかもしれません。


強いだけでなく。


しなやかに、たおやかに、そして、やわらかく。


鋼の私の変わりに、藁の私で。


ぼんやりと、進み出てみようと思います。







おわり