テレビの向こうに見る日本と、受話器を通した声のリアリティに胸がつぶれそうです

選びたくても選べない人もいます。
それでも、たぶん、想像つかないほどの疲労感と戦ってるんだと思うんだ…。
いろんな意味で、ひとつところでじっと耐えてる。
動けないんだと思うんだ。
動けるものなら動きたいけど。
体と心の全霊をそそいで、刻一刻を戦ってるんだと思うんだ。

わたしもね、
違う場所で戦ってる。
それは物理的な戦いではないけれど。
同じ戦いではないけれど。
けれど、どれだけの恐怖だろう、悲しみだろう、想像するだけで
胸がつぶれそうだ…。
わたしも体を失いそうになりました。
心も、そうでした。
同じ局面ではないけれど、極限の立場で逃げ場の無い日々を送る精神力の消耗が、どれだけのものを削るのか、少しだけなら分かります。
けれど、自分のことだけなら耐えられても…
それが愛する人だったらどうだろうと考える。
目の前で、愛する人が苦しむ姿を見るのだとしたら、どうだろうと考えてしまう。
耐えられるだろうかとしり込みしてしまう。

こわい…

あの苦しみを、もし、失いたくない誰かが…と考えると
怖くなっちゃうんだ…。

守る、ということを考える。
守られる、ということも考える。

踏ん張って、立ち上がりたい。
怖がらないで、わたし。
いま、テレビの向こうで見るあの街々は、わたしが大好きな場所でした。
いまも大好きな街。
親切で、シャイで、穏やかで…

支える、ということを考える。
励ましあう、ということも考える。
愛する、ということ、大切、ということ、信じてる、ということ。
その力の強さも考えている。

みんな踏ん張っている。
必要としたり、されたり、与えたり、受けたりしている。
わたしも、そうなりたい。
みんないま、必死で踏ん張っている。
わたしも、がんばりたい。

わたしのできること、一生懸命やりたい。
怖いよー
泣いてしまいそうだよ、いつも
こわいけど、みんな怖い中で踏ん張ってる。
希望はわたしの最後の砦。
いつも、いつの日もそうだったよね。
あきらめないことはいつも得意だった。
でも、勇気は出せるかな
希望だけを見つめて、勇気を出せるかな…。

時間をかけることは、今は出来ない。
一歩を踏み出すときはいつでも勇気とワンセット

わたしにそれができるかな。