Mに連れ出されたとき、私は訳が分からなかったけれど、とにかく「劇場に戻してください」と懇願した覚えがある。
Mは、「助けてやったのに何という態度だ」というようなことを言っていたと思う。
Mは自分の車に無理矢理私を乗せて出発したが、私は、動いている車から飛び降りた。
手首と膝を地面に打って、血が出た。
私は走って店まで戻ったが、クビを言い渡された。
「悪いけどMさんには逆らえない、特にこの世界では」
というオーナーの言葉が今でも耳に焼き付いている。


そんな事態のときに、最悪のタイミングで消費者金融から連絡があった。
初日は電話で、母が消費者金融からも借金をしていたことを告げられ、「支払日来てますんで保証人さんよろしく」とだけ言われた。
それから一週間も経たないうちに家に直接、男性が2人。
「給料日に来ようと思ったけど、あんた無職じゃないか」と責められた。
それから、思い出すのもぞっとするような生活が始まった。
Mからの電話と、取り立ての人から「ドロボー」だの「飛び降りて死ね」だの家の前で叫ばれるのが交互に続いた。
Mからは、「どこの風俗もお前は雇わない。行って俺が阻止すれば一発でクビだ。だから俺の家で俺の女になれ。そうすれば必要な金はすべて出す」と毎日のように電話で言われ続けた。
もう、どうすればいいか分からなかった。


そんなとき、カズキがアメリカから戻ってきた。
母の病状が気になっての一時帰国だったらしいが、私が借りているアパートが思ったより質素だったのを見て、カズキは「もうアメリカには戻らない、ここに住んで日本で働く」と言い出した。
工場の借金のことは悟られていなかったが、母の入院費を無理して工面していると思ったらしかった。
私がどんなに大丈夫と言っても無理だった。
しかも、カズキは再び母を見舞いに行き、戻ってきたときにとても信じられないようなことを言い出したのだ。
「姉ちゃんも隠し事が好きだな。結婚の話、また復活したんだって?しかもそこからお金の援助が受けられるなら、はっきり俺に言えばいいじゃないか。そういうことならアメリカに戻るよ」
私は訳が分からなかった。
でもカズキがアメリカに戻ると言っている以上、よく分からないがこのまま誤解しておいてもらおうと思った。
するとカズキが言った。
「年は離れているみたいだけど、いい人そうじゃん」
私の背中は凍りついた。
婚約していたマサミツと私は同い年だ。
「え・・・会ったの?」
「あれ?知らなかったの?母ちゃんのお見舞いに来てたよ。Mさんって言うんでしょ」
視界がぼやけた。本当に、失神寸前だった。
そういえば、マサミツとの婚約のことをカズキにはほとんど話していないのだった。
婚約したとは言ったが、どこの誰とどんなふうに結ばれて、という話はしていなかった。
実は、カズキは弟とはいえ血がつながっていない。
私の考えすぎなのかもしれないが、カズキには何だか、昔から男性関係の話ができなかったし、婚約の話もなんとなくしづらかったのだ。
カズキは私の身を案じながらもアメリカに戻って行った。
何度も「Mさんによろしく、Mさんと仲良くね、お幸せにね」と私に言い聞かせながら。
(4に続く)

ホステスの仕事というのは思った以上に私には向いていなかった。
第一、私はお酒がほとんど飲めない。
女だらけの裏の世界で殴り合いのケンカがあったりするのも、いざこざ嫌いの私にはつらかったし、媚も何も教わってもちっとも実践できず、お客さんに人気もでなかった。
クビになるたびすぐ次で雇ってもらえるのだが、最初だけお客に人気が出るものの、そのため裏でいじめられ、容姿以外に何もないのでお客もだんだん離れていく。そしてクビ。このパターンを3回繰り返した。
実際私には妙なプライドがあって、それが会話術の妨げとなり、ホステスの仕事ほど向いていないものはないと、今冷静になってもしみじみ思う。
もちろん私なりにがんばりはした。
飲めないお酒を無理に飲んで、泣きながら裏で吐いたりもした。


3回目の店をクビになったとき、その店で知り合ったミカがストリップクラブを紹介してくれた。
私は、高校と短大でダンスのクラブに所属していたので、踊りは特技だ。
ミカは「手入れがあって営業停止をくらったばかりの店だから、今ならいわゆる視聴者参加型イベントってやつがないよ」と私を安心させた。
視聴者参加型イベントって?と聞こうかと思ったが、なんとなく想像できたし聞いたら先に進めなくなりそうな気もしたので、質問はしないでおいた。
行ってみると、汚い事務所で即興のダンスをやらされ、即採用が決定した。
いろいろと抵抗のある思いもしたが、なるべく何も考えずすべてのことに取り組んだ。
裏寂れたストリップクラブだったが、スナックで働くよりはまだ楽しかったし、たまたまかもしれないが、踊り子は、スナックのホステスよりも皆サバサバしていて明るかった。
私自身、その頃にはもうこわいとかいやだとかいう思いはなくなっていて、笑顔さえ作れるようになっていた。
私は昔から割と逆境に強いところがある。
どん底の中にいても、何か気持ちが明るくなることを見つけようと、自然にしてしまうタイプなのだ。


その店には奥に個室があって、客が別料金を払えばそこで踊り子を呼んで自由に遊べるようになっていた。
ただしその部屋に新人を呼んではいけない決まりになっている。
店側も商売上手なもので、新人にある程度人気が出たところを見計らって、解禁令を出すことにしている。
その解禁日を1つのイベントとし、その日は入場料金自体を上げて、大勢の客を呼び込むことになっていた。
私の解禁日は、入店から4ヶ月と少しほど経った日だった。
正直、少しだけいやだったしこわかった。
実家の工場倒産以来、覚悟は決めていたものの、いわゆる「本番」は、実は経験がなかった。
自分で言うのもなんだが私はかなり人気があったようで、普通は解禁のイベントといってもそこまではやらないのに、私の場合はいわゆる「視聴者参加型イベント」が計画されていた。
つまり、はっきり言うとライトの当たる円形ステージでの公開セックスだった。
実は私は、このときのことはあまり記憶がない。
とにかく公開セックスが始まるや否や、Mに無理矢理、舞台の裏側へ引きずりおろされていた。
後からミカに聞いたのだが、Mは私がホステスだった頃、1度だけ店に来たことがあり、そのとき私を贔屓にしようと思ったらしいのだが2度目に来たときにはすでに私の姿はなく、風俗業界を私を探し歩いていたというのだ。
Mは裏口から私を外へ連れ出した。
私の腕にMが強くつかんだ跡がしっかりと残っていたのが妙に生々しく瞼に焼きついている。
これも後ほどミカに聞いたのだが、Mの知人に名士(たぶん大物政治家)がいるために、Mは単なるサラリーマンの割にはいろいろなところに顔がきくらしい。
まったく厄介な存在だった。
(3に続く)

私が囲われ女になったのには深いワケがある。
すべては半年前、私の実家の工場が倒産したところから始まった。
私の父は5年前に亡くなっていて、その後工場は母が継いでいた。
ちなみに、私と母は血がつながっていない。
私の本当の母は、私が10歳のときに病気で亡くなった。
1年も経たないうちに父は私を連れて今の母と再婚をした。
亡くなった母を忘れたわけではなかったが、私は父とそりが合わなかったので新しい母が来たことはうれしかった。
しかも新しい母の方は、当時6歳の息子を連れての再婚となったため、そりの合わない父と2人きりの生活に比べたら一気に家族が増えてとても楽しかった。
父はビジネスセンスはあったのかもしれないが非情な人だった。
母はまったく逆で、私にはとても優しく、天使のような人だったけれど、今思えばビジネスには不向きだったのかもしれない。
私は高校卒業後、短大に通うため東京に出てきていたので、郷里を離れてもう11年になる。
会社のことはまったく知らなかった。
正直、そんなに経営難だったことも知らなかったのだ。


話を元に戻すと、工場が倒産したとき、私にはマサミツという名の婚約者がいた。
マサミツは私の大切な幼なじみで、彼も高校卒業と同時に東京に出てきていたので、東京にいる間もずっと支え合ってきた存在だった。
マサミツの家も私の家も、代々四日市港周辺の埋め立て地で製鉄所を営む家系だったので、2人の結婚は、両家にとって工場の合併のチャンスとなった。
そんなとき、私の父の工場がつぶれてしまったのだ。Σ( ̄Д ̄;)
倒産とともに、まずマサミツの家が結婚に急に反対した。
マサミツは一生懸命親を説得してくれていたが、私はだんだんと疲れ、結婚はどうでもよくなってきてしまった。
私にはもともとそういうところがある。
そもそも面倒なことはキライだし、誰かが反対したりするとすぐに屈する性格なのだ。
周囲がもめることが、極度にこわい。
それならなるように任せて、その中で自分なりの小さな幸せを見つけていけばいいじゃないかっていつもすぐ思ってしまう。


母は倒れ、病院に入院したまま意識が戻らなかった。
私の貯金はすべて母の医療費に充てたが、さらに工場の負債をなんとかしなければならなかった。
家も工場も全部売ったが、焼け石に水状態だった。
弟のカズキは16歳でアメリカの全寮制の高校に入り、以来日本には一度も帰ってきていなかったのだが、8年ぶりに帰ってきた。
もっともカズキは倒産を知って戻ったわけではなく、私の婚約を知って戻ってきたのだ。
カズキは、倒産騒ぎで実家と連絡がとれなかったとき、心配して私に電話してきたので、そのとき私はカズキに直接婚約のことを話した。
そのときはまだ私も倒産のことをまってく知らなかったから、カズキとはたあいもない話をしたのを覚えている。
カズキと私はほとんど連絡を取っていなかったので、どことなくよそよそしく緊張した会話だったと思う。


私は家と工場を売ったお金で借金は完済できたとカズキに嘘をつき、彼にはすぐにアメリカに戻ってもらった。
カズキは大学で研究を続けているため、まだ収入がない。
アメリカの大学のことはよく分からないけれど、幸い学費や生活費程度の補助は大学から出ているという話だったので、ほっとした。
もし借金のことを知ったら、カズキは絶対に大学をやめて働くと言うだろう。
そういうわけにはいかなかった。
実は、私はカズキに借りがある。
一生かかっても、どんなことをしても返せない借り・・・。
カズキが16歳で単身アメリカにとんだのは、父の虐待が原因だった。
私の父は酒癖が悪く、飲むとカズキに手を上げた。
私や母には何もしなかったのだが、カズキだけに手を上げ、カズキの体には傷跡が残るほどだった。
そして私は、見ていることしかできなかった。
母は何度もカズキをかばったのに、私は、何もできなかった。
私はカズキと2人きりになると、いつも明るく楽しく、カズキが喜ぶことをたくさんしてあげたけれど、でも私はとても臆病で、私の実の父なのに、暴力をやめてと言うことができなかった。


だから私は、カズキのためにも借金はすべて自分の手で返済したかった。
そのためなら水商売でもなんでもする覚悟で、保育園の仕事を辞めてホステスになった。
カズキに知られる恐れがあるので、自己破産は一番最後の手段にしようと思っていた。
(2に続く)

私は1ヶ月前、囲われ女になった。
囲われ女。すっごく嫌な響き!!
でも今の私の立場を表現するには、その言葉がぴったりなのだ┐(-。ー;)┌


私を囲っているMという男は、私が今まで出会った中で最低の人間だ。
どう最低かっていうと、「人間」という表現をしたくないほど最低なのだ!!(-""-;)
1ヶ月前Mは、ストリップクラブで働き始めたばかりの私を、容姿だけの理由で自分のものにしたくて、買ったのだ。
お金に困ってはいたけど、その頃はまだ私にも自尊心があったから、拒否し続けた。
でもMはあの手この手で結局私を自分のものにしたのだ。ι(`ロ´)ノ


私には自由がない。
朝はたった1分の寝坊も許されないし、家にチリひとつでも落ちていたら叱られる。
どう叱られるかというと、今ハヤリの(?)ドメスティック・バイオレンスってやつである。
例えば昨日は、夕飯のおかずの味が悪いと言って、テーブルの上のものをすべて私に投げつけて、すぐに新しいものを作れと怒鳴った。
私から見たら、本当においしくなかったわけではなく、ただ難くせをつけたいだけのように見える・・・( ̄ー ̄?).....??
お風呂で背中をながすときも、やり方が悪いと言って私に熱湯をかけたりする。
機嫌が悪いときは仕事から帰るなり私の髪をつかんで振り回すこともある。
セックスのときもわざと不快なポーズや方法を強要したり、それに逆らうと殴ったり蹴ったり。ヽ(~~~ )ノ
私の持ち物もすべてMが毎日チェックしている。(といってもほんの少ししかないけれど。)
携帯電話はMが持たせたもので、番号も誰にも明かさないようきつく言われている。
私の管理のしかたは、はっきり言って病的だ。


ただ、私にも1つだけ自由がある。
それは、昼間、仕事に出ることを許されていることだ。
ただしMのいる会社なんだけど・・・(゚_゚i)
これは、私が囲われ女になるときに、ちょっとこれだけは強気で要求したのだ。
こんなことでもないと、外界と私がブッツリ絶たれてしまうようで、こわかった。
私には保育士の資格があって、保育園に8年も勤めた経験があるので、本当は子供とかかわる仕事がしたかったのだが、それは却下された。
Mのいる会社で部下として働くなら可、ただし家でMに尽くすのに少しでも支障がでたらすぐに退社という条件。
考えてみればMには好条件だ。会社にいる間も私を見張ることができるのだから。
しかも、あまり私を追い詰めると私が自殺したり逃げたりする可能性がある。
少しでも私の人生に望みを与えておいた方が得策だと考えたのかもしれない。
いずれにせよMは自分の損になるようなことや、人のためになるようなことは決してしない。
Mは客先に出向くことも少なくないので、それが私にとっての本当の自由時間となる。
その間にこのブログを書いている。