私が囲われ女になったのには深いワケがある。
すべては半年前、私の実家の工場が倒産したところから始まった。
私の父は5年前に亡くなっていて、その後工場は母が継いでいた。
ちなみに、私と母は血がつながっていない。
私の本当の母は、私が10歳のときに病気で亡くなった。
1年も経たないうちに父は私を連れて今の母と再婚をした。
亡くなった母を忘れたわけではなかったが、私は父とそりが合わなかったので新しい母が来たことはうれしかった。
しかも新しい母の方は、当時6歳の息子を連れての再婚となったため、そりの合わない父と2人きりの生活に比べたら一気に家族が増えてとても楽しかった。
父はビジネスセンスはあったのかもしれないが非情な人だった。
母はまったく逆で、私にはとても優しく、天使のような人だったけれど、今思えばビジネスには不向きだったのかもしれない。
私は高校卒業後、短大に通うため東京に出てきていたので、郷里を離れてもう11年になる。
会社のことはまったく知らなかった。
正直、そんなに経営難だったことも知らなかったのだ。
話を元に戻すと、工場が倒産したとき、私にはマサミツという名の婚約者がいた。
マサミツは私の大切な幼なじみで、彼も高校卒業と同時に東京に出てきていたので、東京にいる間もずっと支え合ってきた存在だった。
マサミツの家も私の家も、代々四日市港周辺の埋め立て地で製鉄所を営む家系だったので、2人の結婚は、両家にとって工場の合併のチャンスとなった。
そんなとき、私の父の工場がつぶれてしまったのだ。Σ( ̄Д ̄;)
倒産とともに、まずマサミツの家が結婚に急に反対した。
マサミツは一生懸命親を説得してくれていたが、私はだんだんと疲れ、結婚はどうでもよくなってきてしまった。
私にはもともとそういうところがある。
そもそも面倒なことはキライだし、誰かが反対したりするとすぐに屈する性格なのだ。
周囲がもめることが、極度にこわい。
それならなるように任せて、その中で自分なりの小さな幸せを見つけていけばいいじゃないかっていつもすぐ思ってしまう。
母は倒れ、病院に入院したまま意識が戻らなかった。
私の貯金はすべて母の医療費に充てたが、さらに工場の負債をなんとかしなければならなかった。
家も工場も全部売ったが、焼け石に水状態だった。
弟のカズキは16歳でアメリカの全寮制の高校に入り、以来日本には一度も帰ってきていなかったのだが、8年ぶりに帰ってきた。
もっともカズキは倒産を知って戻ったわけではなく、私の婚約を知って戻ってきたのだ。
カズキは、倒産騒ぎで実家と連絡がとれなかったとき、心配して私に電話してきたので、そのとき私はカズキに直接婚約のことを話した。
そのときはまだ私も倒産のことをまってく知らなかったから、カズキとはたあいもない話をしたのを覚えている。
カズキと私はほとんど連絡を取っていなかったので、どことなくよそよそしく緊張した会話だったと思う。
私は家と工場を売ったお金で借金は完済できたとカズキに嘘をつき、彼にはすぐにアメリカに戻ってもらった。
カズキは大学で研究を続けているため、まだ収入がない。
アメリカの大学のことはよく分からないけれど、幸い学費や生活費程度の補助は大学から出ているという話だったので、ほっとした。
もし借金のことを知ったら、カズキは絶対に大学をやめて働くと言うだろう。
そういうわけにはいかなかった。
実は、私はカズキに借りがある。
一生かかっても、どんなことをしても返せない借り・・・。
カズキが16歳で単身アメリカにとんだのは、父の虐待が原因だった。
私の父は酒癖が悪く、飲むとカズキに手を上げた。
私や母には何もしなかったのだが、カズキだけに手を上げ、カズキの体には傷跡が残るほどだった。
そして私は、見ていることしかできなかった。
母は何度もカズキをかばったのに、私は、何もできなかった。
私はカズキと2人きりになると、いつも明るく楽しく、カズキが喜ぶことをたくさんしてあげたけれど、でも私はとても臆病で、私の実の父なのに、暴力をやめてと言うことができなかった。
だから私は、カズキのためにも借金はすべて自分の手で返済したかった。
そのためなら水商売でもなんでもする覚悟で、保育園の仕事を辞めてホステスになった。
カズキに知られる恐れがあるので、自己破産は一番最後の手段にしようと思っていた。
(2に続く)