以前、親の本気で書いたことを実現することが出来、先週、両親と私で小豆島の恵門のお不動様をお参りしてきました。

 

厳しい眼差しの奥に深い優しさを感じる不動明王の前でご祈祷して頂き、親子水入らずの穏やかで楽しいひとときに、初めて「あの時死ななくて良かった」と思いました。

 

帰りの飛行機からは夕焼けに染まる富士山を見ることができ、とても幸せでした。

 

その飛行機が羽田に着いた直後に、主人から電話がありました。

「きもっち(長男)が事故に遭った。意識がない」と。

 

頭の中が真っ白になりました。急いで搬送された病院へ行きました。

ずっと、「なんで?」「お参りしてきたばかりなのに、どうして?」と思いながら。

 

バイクに乗っていた彼は車とぶつかり、吹っ飛ばされて、全治2か月の重傷で入院となりました。

幸い、命に別状はなく、脳にも異常は見られず安心しました。

でも、コロナウイルス感染予防のため、面会謝絶。

夜になると、彼に会いたい気持ちが抑えきれなくなり泣いたこともありましたが、無事に手術も成功し、今週末に退院できることが決まりました。

 

面会できないということもあり、私はいつも通り仕事をしました。

緊急の連絡があるかもしれないので、そのことについてはクライアントの方に了承して頂きましたが、いつもと変わらぬ気持ちで過ごそうと思う時間があることに本当に救われました。

まさに感情より行動だと思いました。

 

ずっと、「お参りした後に何でこんなことに?」という思いが拭えずにいましたが、お不動様が私に対して、「親としてするべきことを怠ってきたことに今こそ気づけパンチ!」とおっしゃっているんだなひらめき電球というところにたどり着きました。

そのことについてうまく書けませんが、自分の中ではとても納得がいきました。

 

摂食障害と同じように、事故に関しても起きてよかった!なんて絶対に思わないけれど、事故がなければ気づけなかったり知らなかったことがたくさんありました。

なによりも、今ここで、このタイミングで、全ては親としての責務を怠ったために起きたことだと気付けたことは本当に良かったです。

もし、気づけずに知らずにいたら、もっと酷いことが起きていたかもしれないと思います。

きもっちはきもっちで、今このタイミングで事故に遭ったことの意味を真剣に考えていると思います。

 

きもっちが死ななくて本当に良かったですぐすん

きもっちも落ち込んではいますが元気ですビックリマーク

神様、仏様、お不動様、ご先祖様、救急隊や病院の皆様、本当にありがとうございます。