祖父の形見の腕時計

 

高校生の時に亡くなった祖父

 

 

 

 

祖父の家に行くと

真っ先に祖父に挨拶にいく

 

小さい頃から

両親に背中を押され

身についた習慣

 

 

 

 

野球中継を観ている祖父

 

タイミングをはかるべく

私は歯にかむように

小さな声で祖父に挨拶する

 

 

「おじいちゃん、こんにちは…」

 

 

 

居間で祖父専用の椅子に座って

テレビを観ている祖父は

 

私の声に気づき

こちらへ視線を流す

 

一瞬、口角が上がり

目が合う

 

 

 

 

「はい、こんにちは。」

 

そして頷く

 

 

 

後ろにはその順番を

待っている弟がいた

 

 

短い儀式のような挨拶が終わると

恥ずかしいくて

いつも逃げるように

母たちのいるキッチンへと

駆け込む

 
 
 
 
祖父がいるのは
珍しい
 
いつも忙しくて
いないこと多いから
 
 
運転手付きの車に乗っている祖父
亡くなってしばらくして、母に
おじいちゃんに一度でいいから
学校へ迎えに来て欲しかったと言うと
お願いすれば良かったのにと
ポツリと言われた
えっ、そんなに簡単なこと?と聞くと
私が頼めば迎えに来てくれたよ
と母は笑って答えた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
祖父が居間で
テレビを見ている時は
静かに遊ばないといけない
 
少しでも子供達の声が上がると
嫁たち(母たち)が急いで
注意をしにくる
 
 
 
 
 
祖父の椅子では
遊んではいけない
 
 
来客用の応接間には
入ってはいけません
 
 
2階には上がってダメです
 
 
玄関先の池では遊んではいけません
 
 
広い庭も
虫や蚊に咬まれるからと
外で遊ぶことは殆どなく
 
子供にとっての無数の遊び場所は
ただ眺めるだけの庭園でしかない
 
 
祖父の家には
幾つもの決まり事があった
 
 
 
 
 
 
 
祖父がテレビを見ているときは
小さな従兄弟たちを集めて
1階の玄関先か
階段下で遊ぶ
そこはいつの間にか
子供だけの秘密基地になっていた
 
 
 
 
祖父にとって初めての孫だった私は
特別に可愛がられていたと
いつも母が言う
 
 
 
見たことのない物や
貴重な物を
たくさん貰った
 
あの頃は
その貴重さには気がつかなく
今となっては残念だったりする
 
 
手元にあるのは
大きな七段の雛人形と
着物を着た見事な日本人形の羽子板
初めて日本で開催された万博の記念メダルしか
今は残っていない


 

思い出だして残念な気持ちになるのは

国際線キャビンアテンダントの帽子
 
キャビンアテンダントのお姉さんに
お願いして貰ってきたらしい
キャラメル色の綺麗な帽子
 
今、手元にあったら…
娘に譲れたのにと思い
かなり後悔している(笑
 
 
 
 
 
 
 
そんな祖父の形見の腕時計を
父が2つ譲り受けていた
 
毎日のように父が身につけているのは
ロレックスの腕時計
 
 
そしてもう一つ形見の時計がある事を
私が知ったのは数年前
 
 
両親の引っ越しの時に
処分しようかと
迷っている父に
 
 
「私が貰う!!」
 
と素早く声をあげた
そしてすんなりと譲り受ける
 
祖父の時計だから
「いい時計だと思うよ」と母がいう
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ネットで「IWC」と検索してみても
出てこない
あっても英語表記のみで
ヒットした情報は乏しく
その時の私には
その価値を知るすべがなかった
 
 
普通の腕時計であり
大変な祖父の遺品だった
 
その動かない腕時計を
ただ見つめるだけだった
 
 
 
銀座の宝飾店で働いていた頃
このブランドは聞いたことがなく
ロレックス、ジャガー、ショパール、フランクミュラー、タグホイヤー、オメガ、ブレゲ、カルティエ、ブルガリなどの知識があっても
IWCを私は知らなかった
 
 
それでも祖父の腕時計だから
普通の時計店には出せない気がする
 
 
 
躊躇しつつもすぐに
ロレックス正規販売店へと足を運んだ
 
(この頃、ロレックス以外時計を扱っていたこともあり、一度カルティエの電池交換もしてもったことがあったので。今現在はわかりませんが…。)
 
 
 
 
 
 
 
 
電池切れかと思い気や
店の奥から戻ってきた店員さんの一言
 
 
「これは手巻きですね!
いい時計ですよ。」
 
 
手巻き??
思わずがっくりとする
この時代に…
…手巻きとは
 
 
いい時計って?
どう言うこと?
 
ロレックスみたいな??
 
 
 
 
そう聞きたくて
でも恥ずかしくて
その言葉を飲み込む
 
 
店員さんによって巻かれた時計は
あっさりと動き始めていた
 
サイズ直しして欲しいと伝えると
少ししか小さくできないと言う
メンズベルトを最小にしても
私の手からはスルリと抜け落ちていった
 
 
 
 
 
それから数年
腕時計は箱の中で眠ることになる
 
 
 
 
 
 
 
ある日のこと
メンズ高級腕時計のランキングに
あのロゴを見つける
 
思わず開くと
「IWCの公式HP」を見つけ
それも日本語表記
開けると新作の腕時計が
ずらりと並んでいた
 
 
思わず祖父の腕時計に似た物を探す
デザインが古いため
なかなかヒットしない
 
そうだ、手巻き!
 
 
「手巻き」検索すると
手巻きの腕時計が並び始めた
その価格を見て驚く
 
 
このブランドは
スイスの老舗高級腕時計店だと知ることになる
 
 
 
 
 
 
身につけたい
 
でもIWCブティックまたは正規取扱店へ送ると
特にヴィンテージウォッチの場合は
数ヶ月は戻ってこない可能性が高い
(スイスまで送ることになり往復に時間がかかる為)
 
バンド価格も高額になる可能性が高い
 
 
 
 
 
そこで
カルティエの電池交換をしてもらった
高級時計を専門に扱うお店に
相談をしてみる
 
 
 
 
ベルトに横から小さな穴を開けて
サイズ直しができると言う
 
正規品に手を加える事に
躊躇する私
問いかけてみる
 
 
IWCでのオーバーホールに出した時に
受け付け不可になったりしないかと聞くと
それに関してはわからないという返事が
返ってきた
 
 
手を入れてしまって
メーカーメンテナンスが出来なくなっては
元も子もない
 
 
 
 
それなら!と思い切って
新しいバンドに交換することにした
ベルトを選び
すぐに終わるはずだった
 
通常なら
5分で出来き上がるベルト交換
 
古いモデルのためか
今のモデルとは違うのか
その場で微調整が出来なかった
 
エンドピース部分に
精密な直しが必要とわかり
その日持ち帰ることができなくなり
預けることになる
 
 
 
 
 
数日後、電話があり
週末まで待って
ワクワクしながら車を走らせた
 
 
 
ダブルロックのベルトに不安があったが
1、2回ですぐに慣れ
サクッと外せることに
思わず微笑む
 
 
しっくりこないエンドピースの接続に
皮ベルトを勧められたが
カルティエの腕時計が皮ベルトなので
違うタイプが欲しくて
 今回はそのままで了承
 
 
 
 
サイズを合わせた腕時計は
もちろん私の手にピッタリで
 
 
 
「スイスのいい腕時計です。
今では部品がないかもしれません
防水機能のない時代なので
水には気をつけて下さい。」
 
 
 
珍しい機能が付いているようで
色々と説明してくれた。
 
毎日30回程は
ネジを回した方がいいらしい
 
 
お礼を言い
お店を後にした
 
 
 
 
 
 
 
家に帰ってきて
腕時計を眺める
 
よく見ると
ベゼルの汚れのせいで
なんだか少し古く見える
 
掃除もして貰えば良かったと
ちょとだけ後悔をする
再度訪問…
そのお店は遠距離のため悩む
 
ネットで
「高級腕時計の手入れの仕方」を検索し
 
汚れのついているベゼルの
汚れ部分だけを
爪楊枝で浮かすように滑らせる
 
風を当てながら汚れを小まめに飛ばす
力を抜いてキズをつけないように
少しずつ爪楊枝を動かしてみる
 
1/3しか取れない汚れ
強く擦れば傷がつきそうで怖い
 
 
 
防水機能のない時代の腕時計は
液体は厳禁
水には特に注意が必要で
でももう少しだけ落としたい
 
 
アルコールで
拭き取りたい
 
 
 
変色しないとは思いつつも
無水エタノールをティッシュにつけ
ベゼルの一部を
チョンとのせてみる
特に変化なく安心する
 
 
更にティッシュに
無水エタノールを湿らせ
しばらく乾燥するのを待つ
ほんのりと湿りが飛んだ頃合いをみて
爪楊枝をティッシュで包んで
ベゼルの汚れを擦った
 
くすんでいた汚れが
みるみる綺麗に取れていく様子に
興奮する
 
 
 
30分かけて汚れを落とし切った時には
神経を集中していたこともあり
かなり疲れてしまっていた
 
でも
手の中で輝く腕時計を見て
とても嬉しい気持ちになる
 
 
手巻き特有の薄いフォルム
時計の視覚的な美しさ
腕に吸い付くように
私の腕にフィットしているのを感じる
 
しばらく愛おしむように
その時計を眺めていた
 
 
 
 
 
優雅で厳格な姿の祖父
人を簡単に寄せ付けず
常に崇高な雰囲気を纏っていた
そんな祖父は
近くにいても
私にとって
とても遠い人だった
 
でも大好きだった祖父
 
 
 
 
高校生だった頃
そんなある日の出来事を思い出す
 
同級生に祖父の名前を聞かれ
そうだと答えると
その子はとても嬉しそうに
そして興奮して私に言った
 
おじいちゃんの会社が大変だった時に、唯一助けてくれたのが祖父だという。今ではその子の父が受け継ぎ、それは祖父のお陰だという。どんなに感謝してもしきれないとおじいちゃんが言ってて、孫の私にも感謝を伝えて欲しいと言われたと、、私は驚く。祖父が亡くなる数ヶ月前の出来事だった。
 
 
 
 
 
さらに思い出す
 
毎年のように祖父の家に女性がくる
その女性は祖父に足を向けて寝ることが出来ないほど感謝していると言い、毎年必ず挨拶にくる。祖母も歳を取り、祖父の関係者が1人また1人と訪問が減っていく中、「もういいのよ。」と言う祖母に、その女性は「私の代までは来させてください。母の遺言ですから。」と言い毎年訪れる。
 
 
 
 
私の中にある
確固たる強い信念は
間違いなく
 
誰よりも
 
祖父の血を受け継いでいると思う
 
 
 
 
 
常に何かを求めて
常に彷徨っている
何かに満足することなく
次を求める力
 
 
祖父のことを
何も知らない私は
そう思うようになっていた
 
 
 
 
この腕時計は
私にとっては
とても大切で
 
まるで祖父が
守ってくれているような
お守りの時計で
 
 
 
 
いつか時がきたら
それは娘へと受け継ぐことになる
 
 
贈る時がきたら
この大切な話を忘れずにしたい
 
 
 
 
 
だから
それまでは大切に
 
大変に使っていきたいと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
IWCの50年前の手巻きアンティーク腕時計
手巻きでありながら、自動巻きのような機能が付いていて(腕の僅かな動きで巻き上がる)、更に巻き止まりがない(手巻き時の巻き止まりを回避すりように空回りする機能がついている)と店員さんに言われ驚く。稀なモデルなのか標準なのか不明。ベルトも少し変わったデザインで、今の流行のベルトに交換しつつも大切に保管中。
 
 
 

1970年頃に製造されたIWCモデルは、年々希少になってきたことから評価が高まりつつあります。  

 

 

近年、高級ブランドのアンティーク時計やアンティークバッグの人気が広がり価値が上がりつつあります。現在にないデザインや、今では稀な特殊な仕様に注目が集まりつつあるようです。古いものほど大切にしたいですね。

 

 

 

山田時計店(高級時計修理・オーバーホール、貴金属の修理等)

 

 
 
 

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