街中に救急車が停まっている

 

 

横たわるその人に寄り添う女性

 

腕を取り脈を確かめる。

 

肩を叩き声をかけている。

 

手際よく襟元のボタンを開ける。

 

きっとこの人はお医者さんか看護婦さんだ。

 

その女性は大きな声で周りに何かを叫んでいる。

 

そして、携帯を取り出しどこかへ電話をかける。

 

 

突然、バン!と大きな音がした。救急車のドアが開く音だ。その瞬間、俺の耳にすべての音が入り込んできた。ハッとした俺は駆け出して、運び込まれる担架に寄り添っている女性の腕をつかんだ。驚いた女性がキッと威嚇するような視線で俺をみる。

 

 

 

「僕の知り合いなんです!どこの病院ですか!!」

 

 

その言葉に女性の表情が緩む。そして力強く答えた。

 

 

「里見総合病院!!」

 

そう言い放って救急車に乗り込んだ。

 

 

交差点にはパトカーが3台停まっている。うなだれるように男性がパトカーの中へ入っていく。交通整備の笛が鳴り響く。さっきまでの人だかりが嘘のように消えていた。まるで何もなかったように歩いている。そう、この人たちには何も関係ないことだから。

 

 

 

落ちてる鞄を拾い上げ駆け出した。

 

 

 

 

道路に落ちてる鞄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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手術から5時間が経過していた。

 

手術中の家族が待つ待合室。千佳さんと葵ちゃんが手を握り合っていた。その横には蓮さんが、そして森本涼もいた。誰もがそこにいた。すべての神にすがるように祈るしかなかった。

 

 

 

そこへ男性が入ってくる。森本涼に耳打ちしたあと袋を手渡した。立ち上がり葵ちゃんの側へ行くと、ペットボトルとサンドイッチを差し出す。

 

 

 

「これから先は長い。雪の為にも私たちが倒れてはいけない。だから、ちゃんと食べれる時に食べておこう。」

 

 

 

そう声をかけると、真っ赤に腫れた目で葵ちゃんが小刻みに頷いた。優しく頭を撫でられ唇をかみしめる葵ちゃん。ペットボトルの蓋を開けて飲み始めた。そして無言で俺たちにも手渡していく。

 

 

俺は水でさえも口にできなかった。喉に何も通らなくて、もし口にしたら吐きだしてしまいそうだった。

 

 

 

 

だが森本涼は違った。

サンドイッチを食べ終えしっかりとペットボトルも空にしていた。彼の目には強い意志と責任感がみえる。改めて自分との違いを思い知らされる。落ち着いたその姿勢にどこかホッとする。誰か一人はしっかりと現実を受け止める必要があった。このすべての状態を把握し、かつ正確に現実を受け入れ、かつ迅速に対応できる人が必要だった。

 

 

 

 

 

 

するとノックがした。

 

全員の視線がドアへそそがれる。開いたそこから看護婦さんが入ってきた。皆が立ち上がる。葵ちゃんが千佳さんにしがみつく。誰もがその言葉の現実を待っていた。

 

 

 

「手術は終わりました。容態は安定していて今ICUに入っています。ただ絶対安静な為面会はできません。後ほど医師から説明がありますのでしばらくお待ちください。」

 

 

 

 

そう言って看護婦さんは出ていった。無事に手術を終えたことに誰もが喜んだ。葵ちゃんと千佳さんは抱きついて泣いていた。森本涼は葵ちゃんの頭をさする。見上げるように葵ちゃんが抱きつく。そして葵ちゃんは抱きついたまま俺の方に顔を向けて、ホッとしたように少しだけ口角をあげて二度頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ICU前の廊下から少し離れたところに俺はいた。

 

 

 

一番最後に来た蓮さんが残ることになり、皆は着替えや睡眠をとるために一度帰ることになった。ここにいても彼女には会えない。薬で眠らされてる彼女が起き上がることはない。でもある言葉が俺の頭の中をリピートしていた。

 

 

 

『脳の損傷が激しく予断を許しません。・・・この1週間は何が起こるかわかりません。・・・容態が安定したとしても意識が戻らない可能性がもあります。』

 

 

 

 

椅子に座りこちらを見る医師

 

 

 

 

それを聞いた時、誰もが言葉を失った。泣き崩れる葵ちゃんを涼さんが抱きかかえる。千佳さんの手は震え、蓮さんは青ざめていた。そして、俺は…すべての思考が止まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

病院の待合室

 

 

ただ一人、ぼーっと立っていた。

 

何をするわけでもなく、何かを待ってるわけでもない。ただ、ここから動けなかった。そう、すべてのスイッチを切っただけだ。誰にも邪魔されないように、ただ遮断しただけのつもりだった。

 

 

 

どこからかバタバタとせわしい足音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「ユイ、大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 

聞き覚えのある声に顔をあげると、

 

 

 

 

 

 

そこには兄が立っていた。

 

 

 

俺の中で今まで堪えていた何かがプツリと切れる音がした。兄はゆっくりと俺に近づく。俺は兄の両腕をつかみ歯を食いしばって喉から湧きあがるそれを押し殺すように握り締めた。こみあげる嗚咽を抑えきれずに全身に力を入れたまま震えるように兄の胸に頭をぶつける。その震える肩を兄は他から隠すように壁へと寄せる。そして力強いその大きな手が俺の背中を包みこんだ。

 

 

30秒、いや1分ぐらいだろうか・・肩を叩く兄さんの手に促され大きく息を吸う。兄は俺の目を見て言った。

 

 

 

「大丈夫だ。俺の同期がここいる。手術は無事終わった。状況は思わしくないが悲観することもない。今はただ彼女の回復を待つだけだ。お前が落ち込んでいる間も彼女は戦っている。だから、お前も早く現状を受け止めるんだ。」

 

俺は兄の目をみていた。

 

 

 

兄さんは更に揺さぶるように俺の腕を掴んだ。

 

 

「彼女と一緒に救急車に乗ったのが俺の同期だ。名前は笹倉舞、専門は脳外科だ。今あらゆる手を尽くしてくれているから心配するな。お前がどれだけ心配しても状況は何も変わらない。だから一度家に帰って少し寝るんだ。これから先は長くなる。いつまでもここで立ち止まっていてはダメだ。俺の言いたいことがわかるかユイ?」

 

 

 

心配そうに見つめる兄に俺は無言で頷く。

 

 

 

「笹倉にはお前の番号を知らせてある。何かあればすぐに連絡すると言っていた。」

 

俺は頷いた。

 

「わかった。」

 

「送っていく。少しだけ笹倉に会ってくるから、ロービーで待っててくれ。一人で大丈夫か?」

 

 

「大丈夫だよ兄さん。」

 

「母さんが凄く心配している。今日はこっちに帰ってこい。」

 

 

「わかった。」

 

 

兄は足早に歩いていった。

 

 

 

 

一人で家に帰っても誰もいないその部屋で自分の世話をする気力も体力もなかった。きっとベットへ倒れ込み動くことはないだろう。携帯がブルっと震える。画面を見ると陸だった。

 

 

:ユイ!!大丈夫か!

 

:ああ、大丈夫だ。

 

:千佳さんからメールで今知ったんだ。

 

:お前、どこにいるんだよ。

 

:病院。

 

:あれから一度も帰ってないのか?

 

:ああ。

 

:やっぱりな!何か食べたか?

 

:何も食べたくないんだ。

 

:お前!あれから1日半経ってるんだぞ。わかってるのか?

 

:あぁ・・・わかってるよ。

 

:今から迎えに行くからそこで待ってろ!

 

:陸・・・。

 

:なんだ?どうした?

 

:大丈夫だ、兄さんが来てるから。これから実家に帰る。

 

:そっか、、それなら良かった。

 

:心配かけてすまない。

 

:何言ってるんだよ。

 

:病院行くときは俺にも声をかけてくれ。

 

:わかった。

 

:ゆっくり休めよ。

 

:わかった。

 

 

陸の電話で少しずつ時間の歯車が戻りつつあった。ずっと別の時間にぽつりと一人でたたずんでいた。俺の前を行きかう人も、流れるアナウンスも、話し声もすべてが止まっていた。いや止まっていたのは自分で、すべてをシャットダウンすることで自分を守っていた。これ以上の衝撃に耐える自信がなくすべての音を消していた。

 

 

兄と陸に手を差し伸べられ、自分がどんなに弱いのか思い知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、またね。」

 

 

 

 

彼女はそう言った。

 

 

「またね。」って確かにそう言った。その笑顔を見届けた後、その背中をじっと見つめていた。腕をのばして抱きしめたかった。頬に手をあてキスをしたかった。手をのばして手を繋ぎたかった。あの時どうしてそうしなかったんだろう。

 

手を伸ばし引き留めていたら・・・状況は変わっていたのだろうか。

 

 

わかっている。

 

その考えに未来はない。

 

 

 

でもどうしてもその感情は消えない。その感情が今の俺を現実へ引き戻してくれるからだ。

 

・・・後悔というその器だけが、希望という光をのせることができる・・・。

 

 

後悔は、後悔することで前へ進むことができる毒薬。その毒薬がいつか媚薬になり僕の暗い心を溶かしていく。そうすれば穏やかな心でいつでも彼女に会うことができるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソファに座って本を読む女性

 

 

「ねぇ、ユイ君この本読んだことある?」

 

「それは・・・ないですね。どんな話ですか?」

 

「大好きな人が突然病気になってしまうの。日を追うごとに男性は痩せ細っていって、そんな自分を毛嫌いしてしまうの。恋人にもつらく当たってしまって・・・彼は落ち込むの。そしてついに彼女に来るなって言ってしまうの。

 

それでも恋人は毎日お見舞いに行くの。彼が寝てる時にお花を1輪だけ差すために。毎日咲き続ける花をみて彼はふと気づくの。どうしてこの花は枯れないのかと・・・。

 

不思議に思った彼はその日寝てる振りをして待ってみたの。そーっとドアが開いて彼がうっすらと目を開けると窓ガラス越しの彼女をみてしまったの。花を一本取り出して、新しい花を入れてた。

 

そして彼女は静かに椅子に座って、横向きに寝る彼の背中に手を当てて泣きだすの。しばらくして泣き止んだ彼女は枯れた花を手に病室を出ていってしまう。

 

自分の為に彼女の人生を削ってはいけないと思って突き放した彼だったけど、削ったのは彼女の人生でなく彼女の心だと気が付いたの。

 

彼は彼女を受け入れ、そして彼は今できることをして懸命に生き続けようと誓うの。」

 

そこで雪さんはこっちをみた。

 

 

 

 

「それでどうなったんですか二人は?」

 

雪さんは微笑みながら続けた。

 

 

 

「ある日、たくさん試した薬の中でたった1つだけ彼に合った薬が見つかったの。これまでの苦しかった日々を二人は乗り越えたの。彼は順調に回復し、退院したその日に二人は結婚したのよ。」

 

「いい話ですね。二人で力を合わせれば自ずと道が開けるってことですね。」

 

 

「そうね。きっとこの二人は幸せになったと思うわ。ところで、この話バットエンドもあるのよ。」

 

「えっ?そうなんですか?」

 

 

 

「えぇ、ストーリーが変わるのは彼女がお花を置いて去ったあとからなの。彼は彼女の為にと頑なに彼女を拒むの。日に日に彼の病気は進行していくの。そしてその薬に出会う事なく亡くなってしまうの。一人取り残された彼女は彼の月命日の日に毎月1本のお花を持ってお墓参りに行くの。彼女がおばあちゃんになって動けなくなるその日までそれは続くの。」

 

 

 

 

「悲しい話ですね。」

 

 

「そうね、恋人の為だと思ってしたことがすべて良いこととは限らないってことね。」

 

「結局は、二人寄り添って生きて行くことが大切ってことですね。僕が彼なら彼女の気持ちに寄り添いたいです。」

 

 

「うん、きっとユイ君ならハッピーエンドね。ユイ君の恋人は幸せだと思うわ。」

 

「そんなに僕を持ち上げてどうしたいんですか?」

 

 

「えっ?なんで隣に座るの?洗濯物畳むんでしょ。」

 

「もう終わりましたよ。」

 

 

「だから、なんでこんなに近づいてるの。」

 

「それは決まってるじゃないですか。」

 

 

「なによ、まっ、まって本が・・・・。」

 

 

 

 

 

 

左手で彼女の首を支えて、右手は彼女の肩をゆっくりと倒していく。ソファーで横になる彼女に覆いかぶさるように動きを封じ込める。その瞳を見つめながら胸元にある本をテーブルの上へ置いた。

 

 

 

 

テーブルの上に置かれた本

 

 

 

そして赤みを帯びた頬に触れる。

 

 

「ユイ・・くん。」

 

「シー。」

 

 

唇を人差し指でなぞるように滑らせる。彼女の口がうっすらと開く。更にゆっくりと下唇を触っていると、彼女が僕の指ごと噛んできた。驚いた僕は痛くもないのについ「痛っ。」と叫んでしまう。

 

いたずらな笑顔を浮かべる彼女は楽しそうで、そんな彼女がとても愛おしくて我慢できずにキスをする。キスをしても僕の指を嚙んだままの彼女。まるで焦らして楽しんでいるようだ。このままでは僕の負けだ。

 

そう思った僕は別の行動にでる。彼女の敏感な腰へ手を回すと、反り返るように彼女は背中を浮かせて「っ…あっ…。」と声をあげた。開いた口をつかさず奪い取るようにキスをした。

 

彼女の濡れた吐息に合わせるようにその甘いリズムにのる。焦らずゆっくりとその求めるものに近づけていく。その唇を奪いながら、耳の後ろ側をそっと中指でなぞるように線をかく。「んっ…あ…っ。」と彼女から声が漏れてくる。

 

その声に刺激された僕は更に耳の後ろから首へと流れるように指を添わせた。「ぁ……あっ…。」彼女の声が更に高くなる。

 

 

そして彼女の両手が僕の首に回される時、彼女が僕を一番求めている瞬間だった。                 

 

 

 

 

 

 

 

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思わず起き上がる。

気が付くとベットの上だった。

 

実家に帰ってきて母と少し話した後、倒れるように眠ったのを思い出す。

 

 

携帯が見当たらない。焦って布団をたくし上げる。枕を動かすと、あった。携帯の画面が眩しくて思わず目を細める。帰ってきてから7時間が経っていた。慌ててメールと電話をチェックする。メールも着信もなくホッとする。重たい体を起こしてシャワーを浴びた。2日ぶりの風呂にどっと疲れがでる。

 

 

 

 

キッチンへ行くとメモをみつける。母の字で冷蔵庫にパスタがあるからレンジで温めて食べるように書いてあった。おもむろに冷蔵庫を開け、お皿をレンジへ入れる。棚からグラスをだし麦茶を入れる。コーヒーをセットしてボタンを押した。コーヒーの香りがキッチンに広がっていく。

 

 

 

 

まだ信じられなかった。

 

 

 

 

自分が普通にしているこの生活が今の雪さんにはない。夢に見た彼女はとても元気で可愛くて、僕の口づけを一身に受け止めていた。両手を広げる。この手で抱きしめ、この手で触れて、この手で感じさせて、この手で守るはずだった。

 

「ピピっ、ピロン!」

 

レンジが鳴った。食事を済ませ、食器を洗う。

 

 

テーブルの上のコーヒーとパスタ

 

 

 

 

 

 

部屋へ戻り身支度をする。引出しを開け、キーホルダーを取り出す。撫でるように埃を落とす。キーホルダーを両手で包み顔の前で目を閉じる。目を開けサッとリュックにくくりつける。そして携帯と鍵を手に階段を下りた。

 

 

 

 

駐車場へ行くと、母の運転手が車から出てきた。

 

「病院までお送りします。」

 

心配した母さんが寄こしたんだと分かった。まだ疲れが取れない体と心にはありがたかった。

 

「お願いします。」

 

 

 

窓から見える風景はいつもの日常だった。自分だけが特別な訳じゃない。日常に中に平穏があり、平穏の中に自分がいる。すべては自分次第。まだ体は重かったが、心は少しだけ軽くなっていた。

 

 

街の街路樹

 

 

 

 

彼女が存在することの喜びをかみしめる。そう、彼女はまだ僕の側にいる。僕はあの本の恋人のように、彼女のいない場所に会いに行く訳じゃない。彼女は大丈夫。だから、自分のするべきことはただ1つ。

 

 

 

 

 

 

彼女が目覚める時、

いつもの僕でいること。

 

 

彼女が笑った時、

いつもの僕で笑うこと。

 

 

彼女を安心させることが

彼女を守る力になる。

 

 

 

 

 

あの夢が教えてくれた。

 

思い出が僕の背中を押す。

 

彼女が元気になるまで彼女との思い出を1つ1つ思い出していこう。俺は一人じゃない。二人なら必ず道は開けるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今、彼女に会いに行く。

 

 

 

 

 

 

 空を見上げる男性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、『遠距離片思い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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