先週末と今週の週初めにお出かけが続いて結構歩いたせいか膝が痛い。

最近はほんとに足が弱くなったと痛感。

これからお出かけは週に一回か二回にして、間隔をおかないと体力がもたないかも?

 

そんな今週の初め、年に3日しか開放されないお寺に藤の花を見に行ってきました。

ホントは金・土・日の三日間でしたが今年は月火まで二日間延長と聞いたので急いでお出かけ。

 

 

 

藤の花はきれいで香りも良いけど、めちゃ蜂が多かった。

 

 

 

そんな私の今日のブログは3月の醍醐寺の続きです。

 

お庭を抜け、坂を上がっていきます。

 

 

 

ここから見える横からの藤戸石はちょっとレアかも?

 

 

 

ということで枕流亭(ちんりゅうてい)へ。

 

 

 

枕流亭は江戸中期以降に建てられたと言われる茶室。

 

 

 

中は3部屋に分かれていて、ここには躙り口がなく、かがまずに部屋に入ることができます。

 

 

 

 

柱には珍しい棕櫚(しゅろ)や栗の木が使われています。

 

 

 

ちなみにここも普段は非公開だそう。

 

 

 

三宝院…めちゃ見ごたえがありました。

 

 

 

唐門を表からパチリ。

 

 

 

創建時は門全体が黒の漆塗で菊と桐の四つの大きな紋には金箔が施されていたそうで平成22年に往時の姿に修復されたそう。

 

 

 

さてここから伽羅エリアに入っていきます。

仁王門(西大門)は1605年豊臣秀頼により再建されたもの。

安置されている仁王像は、もとは南大門に祀られていたもので1134年に仏師勢増・仁増によって造立されたもの。

これも重要文化財に指定されています。

 

 

 

清瀧宮本殿は1097年に上醍醐寺より分祀して創建されたもの。

文明の兵火により焼失し、1517年に再建されたものでこれも重要文化財。

 

 

 

清瀧宮拝殿は1599年に再建されたものです。

実は私たちが醍醐寺と呼んでいるここは下醍醐。

醍醐寺の発祥はここから1時間ほど山へ入って行った上醍醐と言われるところなんだそうです。

 

 

 

五重塔は醍醐天皇の菩提を弔うために建てられ951に完成。

高さは38m。

そのうち塔全体の約3分の1を占めているのは頂部の相輪で、高さは約13mあるそうです。

 

 

 

建物自体も国宝に指定されていますが、初層の内部には両界曼荼羅や真言八祖が描かれていて、これも独立して国宝に指定されているそう。

この塔は京都府下で最も古い木造建築物となっています。

 

 

こちらは不動堂。

 

 

 

堂内には不動明王を中心に五体の明王が奉安されていているそうで、1930年に醍醐天皇一千年御忌を記念し、実業家の山口玄洞の寄進によって建立されたものです。

 

 

 

鐘楼もその時に建てられ

 

 

 

こちらの観音堂も1930年に山口玄洞の寄進によって建立されたものです。

阿弥陀如来、大日如来が祀られています。

 

 

 

いっぱい歩いたので、ここで少し休憩。

 

 

 

ミニケーキとコーヒーで一息入れます。

 

 

 

時間的に中途半端だったのでお客さんは私達だけ。

 

 

 

こちらの弁天堂も山口玄洞居士の寄進。

堂内には弁才天が祀られています。

 

 

 

こちらの門は日月門。

こちらも山口玄洞居士の寄進。

 

 

 

金堂です。

926年に創建されたもので当時は釈迦堂といわれていました。

永仁・文明年間に二度焼失し、現在の金堂は豊臣秀吉の命によって和歌山県の湯浅から移築されたもので、こちらも国宝です。

 

 

 

醍醐寺は1598年に豊臣秀吉が行った醍醐の花見で有名ですが、当時約1300人の人が参加したそうで、秀吉は花見から約5か月後に亡くなったそう。

醍醐の花見にちなんで毎年4月の第二日曜日には「豊太閤花見行列」の催しがあるそうで、私が前に来た時はまさにその日。

めちゃくちゃ人が多くてどこを歩いているのかもわからなかったけど、今回はほとんど人のいない醍醐寺をゆっくり見学できました。

今月は珍しく土曜日にお出かけ予定が多く、土曜日の地下鉄は東西線でもめちゃ混んでた。

しかも昨日はすごく暑くて…5月くらいの気温。

春はどこに行ったんだ?

桜が終わったとたんに夏になるのは嫌だよぉ。

 

そんな私の今日のブログは3月初め頃のお話。

 

この日はsanboさんと京都駅からバスに乗って醍醐寺にやってきました。

 

 

 

 

醍醐寺は874年に弘法大師・空海の孫弟子にあたる理源大師・聖宝によって開創された真言宗醍醐派の総本山。

 

 

 

この日は三宝院の弥勒菩薩などが拝見できる冬の特別公開にやってきました。

 

 

 

三宝院は1115年に、第14世座主・勝覚により創建された醍醐寺の塔頭で、本坊的な存在で歴代座主が居住するお坊です。

 

 

 

玄関を入ると立派な生け花が。

 

 

 

襖絵も素敵です。

 

 

 

葵の間は重要文化財。

この部屋に描かれているのは下鴨神社から上賀茂神社へ向かって行列している葵祭の様子。

 

 

 

勅使の間に描かれているのは竹林花鳥図。

桃山時代の作品で、長谷川等伯一派の作といわれています。

こちらも重要文化財。

 

 

 

 

秋草の間も重要文化財。

襖絵には秋の七草が点在する広々とした風景が描かれています。

 

 

 

向こうに見えるのは唐門。

朝廷からの使者を迎える時のみ扉を開いたとされる勅使門です。

 

 

 

表書院は国宝で、醍醐の花見の際に奈良から移されてきた能の楽屋を現在地に移転し、中門を付加するなどして整えたものだそうで襖絵は石田幽汀の作。

 

 

 

 

普段は非公開の純浄観も重要文化財。

豊臣秀吉が醍醐の花見の際に、槍山で花見をした時の建物を移築したもの。

 

 

 

襖絵の桜・紅葉は、平成に入って浜田泰介画伯が描いたものです。

 

 

 

こちらは金天目茶碗と金天目台。

桃山時代の醍醐寺座主の義演が、秀吉の病気平癒を願って加持祈祷をした際、その褒美として贈られたもの。

 

 

 

金天目は木胎を金の板2枚を組み合わせて包んであるそう。

 

 

 

お庭は1598年に豊臣秀吉が「醍醐の花見」に際して自ら基本設計をした池泉回遊式庭園で国の国指定特別名勝・特別史跡に指定されています。

 

 

 

 

中央に見えるのは藤戸石で阿弥陀三尊を表しているそう。

 

 

 

この石は室町時代より歴代権力者によって引き継がれてきたもので聚楽第から運ばれてきたんだそう。

 

 

 

 

普段非公開の重要文化財の奥宸殿は江戸時代初期の建立。

 

 

 

田の字型の間取りをしていて、主室の上座の間は床棚書院及び、帳台構(通称:武者隠し)を備えているそうです。

 

 

 

上座の間にある棚は「醍醐棚」と呼ばれる違い棚で、修学院離宮の「霞棚」、桂離宮の「桂棚」とともに「天下の三大名棚」と称されているそうです。

 

 

 

奥宸殿から純浄観を見ると下に水が流れているのがわかります。

 

 

 

この池は松月亭まで続いています。

 

 

 

松月亭は江戸末期に建てられた茶室で屋根は切妻柿葦の造りになっています。

 

 

 

本堂に続く廊下からは聖天堂が見えます。

 

 

 

 

本堂も重要文化財。

中にはご本尊の快慶作の弥勒菩薩が安置されています。

 

 

 

この日は弥勒菩薩像の近くまで行ってお参りすることができました。

お写真がたくさんあるので続きます。

年々花粉に対する抵抗力が弱くなっていくみたいで今年はかなりきつい。

外に出るときはマスクに眼鏡で花粉を防御していますが何故か家に帰ってきたら鼻や目がかゆくて、くしゃみが止まらない。

洋服は着替えてるし、なんでかなぁと思ったけど、これ髪の毛かも?

髪は夜お風呂に入るまでそのままなので、髪についた花粉が家の中で舞っていると想定されます。

というわけで最近は日傘を使用。

これで少し花粉はよけられるかなぁ。

花粉のせいだけではなく最近は雨の日も多いので、ここのところずっと洗濯物は浴室乾燥。

これも私のストレスの一つ。

う~ん、早く洗濯物をカラッとお日様に当てたいよぉ。

 

そんな私の今日のブログは3月の淀ぶらぶらの続きです。

 

淀水路から淀駅に戻る途中には淀城の本丸跡に建てられた與杼(よど)神社があります。

 

 

 

社伝によれば西暦 960年頃に千勧内供という学問僧が佐賀県の川上村鎮座の與杼日女神社の御魂を氏神として勧請したのに始まりだそうです。

 

 

 

当初は水垂町に祀られ桂川の水上運輸の守護神とされていましたが、1900年に桂川河川敷の拡幅工事のため、この地に移されたんだそう。

 

 

 

現在の本殿は昭和50年の焼失により昭和55年に建立されました。

御祭神は、中央に豊玉姫命、右側に高皇産霊神、左側に速秋津姫命と三柱でお祀りしてあります。

 

 

 

こちらは江戸時代の豪商ゆかりの大坂淀屋の高灯籠。

 

 

 

そしてこちらは旧與杼神社跡で見つかった最初に建立された時の基礎石だそう。

 

 

 

ここには前にも来たことがありますが、ここのあたりは淀城の跡。

 

 

 

 

 

淀城は実は二つあって、最初の淀城はここより少し北側にあり築城年代は不詳だそう。

その後、安土桃山時代に豊臣秀吉が側室茶々の産所として修築を命じたお城ですが1594年に旧淀城は伏見城造営で廃城になりました。

 

 

 

こちらの淀城は1623年に徳川秀忠が最初の城主となる松平定綱に命じて造らせたお城で1625年に完成。

伏見城の石材を転用し、二条城の天守を移築するなどしてできたお城です。

 

 

 

天守は1756年に焼失して、その後再建されず1871年には廃藩置県を迎え淀藩が廃藩、お城も廃城になったそうです。

 

 

 

現在は本丸の石垣やお堀の一部が残っていて公園になっています。

 

 

 

すぐ横を京阪電車が走っていきます。

 

 

 

京阪電車の淀駅のすぐ近くには京都競馬場が。

私たちは淀の競馬場と呼んでいますが正式名は京都競馬場。

1925年にこの地に開設されたそう。

 

 

 

 

 

開催期間は年間5開催、45日間の稼働だそうで、日本三大レースの菊花賞が行われる場所です。

 

 

 

 

でもこの日は開催日ではないので閉まっていました。

 

 

 

 

お隣の緑の広場では子供たちが遊んでいて…ゲートはお馬さんになっていました。

 

 

 

 

余談ですが2022年に京都競馬場の淀寮内で淀城の跡が発見されたそうで、軟弱地盤に対応するための蝋燭基礎という形でかさ上げする工事された跡や鳥羽伏見の戦いで火災にあった跡が確認されたそうです。

 

 

 

いっぱい歩いたので少し休憩しようと入ったのはこのお店。

 

 

 

ナッツバターのドリンクをいただきます。

 

 

 

ぽんぽんさんはウォールナッツ、私はアーモンドでこれはナッツバター入りのミルクになります。

 

 

 

お店には可愛い小物や

 

 

 

 

ナッツ割り体験ができる場所が。

 

 

 

マカデミアナッツを割ってみましたが、硬くてなかなか割れない!

 

 

 

駅の近くで晩御飯用にコロッケを買って

 

 

 

淀駅から京阪電車に乗って帰ります。

 

 

 

ナッツバターのお店でナッツペースト(クルミ)を買ってみました。

 

 

 

ナッツのみでできているペーストですが、麺つゆで解いてホウレンソウに和えてみたらめちゃ美味しい。

蒸し野菜につけても美味しいし、このナッツペーストめちゃ重宝しています