今月は珍しく土曜日にお出かけ予定が多く、土曜日の地下鉄は東西線でもめちゃ混んでた。

しかも昨日はすごく暑くて…5月くらいの気温。

春はどこに行ったんだ?

桜が終わったとたんに夏になるのは嫌だよぉ。

 

そんな私の今日のブログは3月初め頃のお話。

 

この日はsanboさんと京都駅からバスに乗って醍醐寺にやってきました。

 

 

 

 

醍醐寺は874年に弘法大師・空海の孫弟子にあたる理源大師・聖宝によって開創された真言宗醍醐派の総本山。

 

 

 

この日は三宝院の弥勒菩薩などが拝見できる冬の特別公開にやってきました。

 

 

 

三宝院は1115年に、第14世座主・勝覚により創建された醍醐寺の塔頭で、本坊的な存在で歴代座主が居住するお坊です。

 

 

 

玄関を入ると立派な生け花が。

 

 

 

襖絵も素敵です。

 

 

 

葵の間は重要文化財。

この部屋に描かれているのは下鴨神社から上賀茂神社へ向かって行列している葵祭の様子。

 

 

 

勅使の間に描かれているのは竹林花鳥図。

桃山時代の作品で、長谷川等伯一派の作といわれています。

こちらも重要文化財。

 

 

 

 

秋草の間も重要文化財。

襖絵には秋の七草が点在する広々とした風景が描かれています。

 

 

 

向こうに見えるのは唐門。

朝廷からの使者を迎える時のみ扉を開いたとされる勅使門です。

 

 

 

表書院は国宝で、醍醐の花見の際に奈良から移されてきた能の楽屋を現在地に移転し、中門を付加するなどして整えたものだそうで襖絵は石田幽汀の作。

 

 

 

 

普段は非公開の純浄観も重要文化財。

豊臣秀吉が醍醐の花見の際に、槍山で花見をした時の建物を移築したもの。

 

 

 

襖絵の桜・紅葉は、平成に入って浜田泰介画伯が描いたものです。

 

 

 

こちらは金天目茶碗と金天目台。

桃山時代の醍醐寺座主の義演が、秀吉の病気平癒を願って加持祈祷をした際、その褒美として贈られたもの。

 

 

 

金天目は木胎を金の板2枚を組み合わせて包んであるそう。

 

 

 

お庭は1598年に豊臣秀吉が「醍醐の花見」に際して自ら基本設計をした池泉回遊式庭園で国の国指定特別名勝・特別史跡に指定されています。

 

 

 

 

中央に見えるのは藤戸石で阿弥陀三尊を表しているそう。

 

 

 

この石は室町時代より歴代権力者によって引き継がれてきたもので聚楽第から運ばれてきたんだそう。

 

 

 

 

普段非公開の重要文化財の奥宸殿は江戸時代初期の建立。

 

 

 

田の字型の間取りをしていて、主室の上座の間は床棚書院及び、帳台構(通称:武者隠し)を備えているそうです。

 

 

 

上座の間にある棚は「醍醐棚」と呼ばれる違い棚で、修学院離宮の「霞棚」、桂離宮の「桂棚」とともに「天下の三大名棚」と称されているそうです。

 

 

 

奥宸殿から純浄観を見ると下に水が流れているのがわかります。

 

 

 

この池は松月亭まで続いています。

 

 

 

松月亭は江戸末期に建てられた茶室で屋根は切妻柿葦の造りになっています。

 

 

 

本堂に続く廊下からは聖天堂が見えます。

 

 

 

 

本堂も重要文化財。

中にはご本尊の快慶作の弥勒菩薩が安置されています。

 

 

 

この日は弥勒菩薩像の近くまで行ってお参りすることができました。

お写真がたくさんあるので続きます。