イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

こういう日じゃないですか。

帰りに一人で飯を食うのも、やはり気分的にはケンタ。

と思い、新宿南口の店の前に来たら、なんと長蛇の列。
そういえば、クリスマス渡しで、いろいろ予約受け付けてたなー。みなさんパーティバレルとかで食べるんでしょうか。

それにしても多すぎませんか、ちょっと。

とか思いながらも、鳥好きとしては親近感を覚えたのでした。

とは言いつつ、同じぐらいお気に入りのウェンディーズで食べたわたくし。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

新宿の西口の地下に、特設安売りコーナーがあって、日によって違うものを売ってます。

今日は特に雑多なものを売っていたのですが、その中でCD売り場がありまして。あやしげな海賊盤などを売っております。

その中でもクラシックの売り場。ちょっとだけのぞいてみたのですが、いきなり発見。見たことのない指揮者だ!

レオポルド・ストロフスキー

オーケストラの魔術師も形無し。

イメージ 1

先日ドイツのアマゾンをフラフラと検索していたら、みたことのないジャケットを発見したので、ポチッとワンクリック買いしてしまいました。物が本日届いたので画像をアップしました。

全部ドイツ語なので当て推量ですが、「偉大な指揮者」シリーズで、2枚組のシリーズがあるようですね。

で、注目は曲目と発売元。

ミュンヘン・フィルとのブルックナー4番、6番をソニーBMGが?

ミュンヘンとのオフィシャルはEMIなのになぜ?

とっさに閃いたのはウィーンで収録されて発売中止になったソニークラシカルのハイビジョン撮影。
あの秘蔵音源がついに日の目をみたのか?と一瞬手が震えましたが、中のブックレットをみてちょっとがっかり。

  4番は1988年1月1日ミュンヘン
6番は1991年11月26日~30日ミュンヘン

しかも4番はEMI音源とのクレジットまでついていました。

ここで不思議なのは4番の日付。CeLISTによれば1988年1月1日の演奏記録はありません。EMIの正規音源は1988年10月16日となっています。わざわざ新音源の演奏をEMIから発売許可を受けたのでしょうか。

6番の方は日付からもかつてビデオとLDで発売になった、ソニー音源で間違いなさそうです。テイクがビデオと完全に一致するかどうかは別ですが。

これからじっくり聞いてみれば、もう少しわかるかもしれません。

それにしてもウィーンでの発売中止映像、見たいですね。
連日の大相撲報道に、「本当にみんなそんなに大相撲に関心があったの?」と正直疑問に思ってしまう今日この頃。

現役時代に「憎らしいほど強い」と言わしめた北の湖理事長だけに、今回もすっかり悪役が板についてます。

ロシア人だったらみんな一緒に吸ってたに違いない、ぐらいの決めつけでやめろ、やめろの大合唱で、理屈は後からついてくる。痴漢の冤罪と同じぐらいの感覚なんじゃないのかな、みんな。ドーピングの検査の知識もワイドショーの受け売りで、感情的に「有罪だったらいいのに」の結論ありきで報道も先走る。

三浦和義さんの時も、サリン事件の河村さんの時も、こないだの子ども殺しの時のみのもんたと同次元じゃないの?

同じような話で室伏の繰り上がり銅メダルだって、まだ結論出てないのにメダルが取れたような騒ぎっぷり。本人だって本調子が出せなくて納得いかない結果だったんだから、ぬか喜びさせられたって嫌じゃないか。

北の湖だったらダメで、三重の海だったらいいの?本当に。別に権力に固執して辞めたがらなかったなんて、どうして周りの人間が分かるの?誰か他の人がやったら良くなる保証があったの?

とりあえず、やめたらけじめがつく、なんて言ってられる人ほど気楽な立場はないのでは?

相撲協会以前に、周りのマスコミがそのヒステリーやめなさい。報道のスタンスがみんな同じ方向を向いている、という時点で、この国がいかに簡単にファシズムに傾倒しうるか、を示しているようで恐ろしい。
このところ周囲の動きが慌ただしい。

結婚してやめますだの、仕事変わりますだの、結婚してそのまま仕事続けますだの。

そういう季節ですかね。
電車に乗っていてどうしても気になるイントネーションがあります。

「事故防止にご協力お願いします」の「事故防止」の部分、

「事↓故↑防↑止↓」というイントネーションなので、

「自己防止」に聞こえてしまうのです。

四字熟語だから、真ん中を上げる形でいいのかもしれませんが、やっぱり変じゃないかなぁ
めずらしくサッカーのことを書いたりします。職場でなんとなしについていたテレビを見るとオリンピックでない試合をやっていたので。

終わってからの選手の談話とか「1対1で勝たないと試合に勝てない」というのは、やはり違うと思ったのです。それで勝てるのを待っていたらいつまでも個人技頼みの運頼みになってしまう。そうでない部分で数的優位をいかに作るか、が組織としての崩しであって、1対1で勝つのではなく、11対11で勝たないといけない。

地力で優位にあるウルグアイが手を抜かずにプレッシャーをかけてきたからこそ、見える欠点かもしれないのですが、失点するときにはほんとに不用意なボールばっかり献上していましたね。日本がやるべきことを大先輩の方がきっちりやっているという皮肉。油断してくれないと今は勝てませんねぇ。

相手との間合い、距離感と相手が目の前にいるときのボールタッチの不用意さ。いまここでとられたら1点もの、という危機意識はいつみても希薄な気がします。国際試合は不慣れ、ですませていい問題でもないでしょう。

もうひとつ、象徴的にみられたのは崩しよりもセットプレーを好む体質。ちょっといい形を作りかけたと思うと相手はちょっと足を出してくるのですが、そこで嬉々として倒れてフリーキックをもらうのが日本選手。そんなにボールを落ち着いて蹴れるセットプレーが好きですか。相手だってゆとりをもってもどってくるので数は守りの方が多いのですが。

相手がファールまでして止めに来るのは、そのまま攻められたら嫌だからなのです。そこでちょっと耐えて数的優位をつくってプレーする方がよほど「サッカー的」だし、チャンスも大きいと思うのですが。そのダイナミズムを感じ取って勝負をかける体質がつかないと、今以上のところには行かないと思っています。これは才能や体力以上に、「空気」あるいは「場の空気を読めるか」の問題で、一朝一夕には直らないような気がしています。

ここで思い出すのが、いちいちプレーを止めて間合いをとるスポーツ、野球。

まさか日本人は長年、野球に毒されすぎて他のスポーツには不向きになってしまったとか。

イメージ 1

イメージ 2

久しぶりに種さんのライブに行きました。

雪月花、という、季節ごとの旬の楽曲を、ピアノの弾き語りで聴かせる企画で、今年1年はこれで行くみたいです。

渋谷の7th Floorってどこだっけ、と思ったらオンエアウェストのあたりです。初めてのように思ってましたが、数年前のVision & Pianoの時にもここで一回ぐらいはあったっけ。

当日エレベーターの前に並んでいると衝撃的な立て札が!

空調が故障!

その場できびすを返して帰ってしまおうかと思ったぐらいに凹みましたがそんなわけには行きませぬ。幸い、窓を開け放したらそこそこ心地の良い風が吹いてきてくれて、そんなにひどいことにはなりませんでした。むしろステージの上のほうが照明が当たっている分大変だったような。

この日は完全に2ステージに分かれていて、前半は大木綾乃さんという東北在住の方のライブがほぼきっちり1時間。そのあとちょっと休憩があってから種さんのライブになりました。

大木さんも種さんの影響を受けてそだった世代だということで、聞いてみても確かにその痕跡は聞き取れたように思いました。ただ、きっちりピアノを勉強した真面目なタイプの方のようで、そこにそこはかとやどる狂気と過激なMCに大器の片鱗をうかがわせていたのでした。

種さんの方はあとで聞いたらカゼで絶不調だったようですが、内容は大変充実していました。オープニングで「渚のバルコニー」の3拍子版カバーとか、レディ・マドンナばりのダウナー形「渚のシンドバッド」など、企画モノもありつつ、じっくり聞かせるピアノアレンジありつつ、あっという間に時が過ぎたのでした。

イメージ 1

イメージ 2

合宿から帰って来ました。行ってる間に梅雨明けてました。

旅行のしおりはむかしからあまり目を通さない人間なのです。

出発する当日になって、山中湖だと思っていたのが河口湖であることに気づきました。まあ方向はいっしょなんでいいですけど。

早めに集合場所である河口湖駅に着いて、電車の中で食べたお弁当の入れ物を捨てようとしたのですが、ごみ箱というものが見当たらない。どうも都留市も「ゴミを出さない」ことをポリシーにしている節があるのですが、ゴミを出さないって、ちょっと無理ないでしょうかね。駅の構内にある喫茶店には写真のような置物が。

観光でそれなりに収入を得ている町として、これでいいのだろうかと思ったりしましたが。



とまあ、そんなことはさておき、合宿。


人間の声のふしぎというものは奥が深いですな。自分の体のことなのにいくらやっても分からない。今回心がけたのは

・口を開けること
 当たり前のようでこれがなかなかできてない。開け方の工夫ひとつで、まったく違うものが聞こえてくるのです。ていうかいままでやってなかったのかよ、みたいな話なんですが。おはずかしい。

・自分の声を聞こうとしないこと
 ちょっと逆説的ですが、アンサンブルのために自分の声を聞こうとするのは、いままで飽きるほどやってきたこと。ここらで自分の体を信じてやろうか、という発想の転換をしてみました。聞こうとするほど気持ちはとらわれて声は自分の体周辺にとどまるのじゃないか、と思ったもので。

・自分の息のままに歌う。
 発音とか、音程とか、リズムとかを正確にしようとするために生まれるコントロールへの意識。これはどうしてもアゴの周りに緊張を生み出します。これを限りなく0に近づけること。できればおなかの底から息が直接声になるように、小細工をやめる。

まあ、長時間歌い続ける習慣がしばらく失われていたので、ちょっとした違いが出てきたような気がしたころには、もはや体力の限界に達しかけていたりして。でも、自分の内部ではいろいろ発見があったような気がしています。

それにしても、人間、立っているだけで膝や腰が痛くなるのはなげかわしいもんですな。


悲しいかな、昼間に合宿所を出てそのまま会社へ。いろいろと野暮用をすませて、マンガ喫茶でバガボンドの26~28巻を一気読みして終電で帰宅。
ほんとに久しぶりに、自分が昔所属していた男声合唱団を聞きに行きました。関西の大学とのジョイントコンサート。卒業以来じゃなかろうか。

人数が減ったせいか、曲目も自分のころから減って、3ステージ構成。まあ、無理して水増しするよりはその方がいいんじゃないかと思ったりもします。

単純に比較すると、相手方の方が充実していたような気もします。わが母校は、ちょっと表現が自意識過剰気味に空回り。音楽が書かれているように表現すればいいのに、と思ったりしました。

それが若さの特権でもあるのですが。

夜は遊佐未森さんのコンサートを聞きに浅草まで行きました。昭和歌謡の夕べだったのですが、オリジナル曲も渋いバンド編成で聞けて楽しかったです。