めずらしくサッカーのことを書いたりします。職場でなんとなしについていたテレビを見るとオリンピックでない試合をやっていたので。
終わってからの選手の談話とか「1対1で勝たないと試合に勝てない」というのは、やはり違うと思ったのです。それで勝てるのを待っていたらいつまでも個人技頼みの運頼みになってしまう。そうでない部分で数的優位をいかに作るか、が組織としての崩しであって、1対1で勝つのではなく、11対11で勝たないといけない。
地力で優位にあるウルグアイが手を抜かずにプレッシャーをかけてきたからこそ、見える欠点かもしれないのですが、失点するときにはほんとに不用意なボールばっかり献上していましたね。日本がやるべきことを大先輩の方がきっちりやっているという皮肉。油断してくれないと今は勝てませんねぇ。
相手との間合い、距離感と相手が目の前にいるときのボールタッチの不用意さ。いまここでとられたら1点もの、という危機意識はいつみても希薄な気がします。国際試合は不慣れ、ですませていい問題でもないでしょう。
もうひとつ、象徴的にみられたのは崩しよりもセットプレーを好む体質。ちょっといい形を作りかけたと思うと相手はちょっと足を出してくるのですが、そこで嬉々として倒れてフリーキックをもらうのが日本選手。そんなにボールを落ち着いて蹴れるセットプレーが好きですか。相手だってゆとりをもってもどってくるので数は守りの方が多いのですが。
相手がファールまでして止めに来るのは、そのまま攻められたら嫌だからなのです。そこでちょっと耐えて数的優位をつくってプレーする方がよほど「サッカー的」だし、チャンスも大きいと思うのですが。そのダイナミズムを感じ取って勝負をかける体質がつかないと、今以上のところには行かないと思っています。これは才能や体力以上に、「空気」あるいは「場の空気を読めるか」の問題で、一朝一夕には直らないような気がしています。
ここで思い出すのが、いちいちプレーを止めて間合いをとるスポーツ、野球。
まさか日本人は長年、野球に毒されすぎて他のスポーツには不向きになってしまったとか。
終わってからの選手の談話とか「1対1で勝たないと試合に勝てない」というのは、やはり違うと思ったのです。それで勝てるのを待っていたらいつまでも個人技頼みの運頼みになってしまう。そうでない部分で数的優位をいかに作るか、が組織としての崩しであって、1対1で勝つのではなく、11対11で勝たないといけない。
地力で優位にあるウルグアイが手を抜かずにプレッシャーをかけてきたからこそ、見える欠点かもしれないのですが、失点するときにはほんとに不用意なボールばっかり献上していましたね。日本がやるべきことを大先輩の方がきっちりやっているという皮肉。油断してくれないと今は勝てませんねぇ。
相手との間合い、距離感と相手が目の前にいるときのボールタッチの不用意さ。いまここでとられたら1点もの、という危機意識はいつみても希薄な気がします。国際試合は不慣れ、ですませていい問題でもないでしょう。
もうひとつ、象徴的にみられたのは崩しよりもセットプレーを好む体質。ちょっといい形を作りかけたと思うと相手はちょっと足を出してくるのですが、そこで嬉々として倒れてフリーキックをもらうのが日本選手。そんなにボールを落ち着いて蹴れるセットプレーが好きですか。相手だってゆとりをもってもどってくるので数は守りの方が多いのですが。
相手がファールまでして止めに来るのは、そのまま攻められたら嫌だからなのです。そこでちょっと耐えて数的優位をつくってプレーする方がよほど「サッカー的」だし、チャンスも大きいと思うのですが。そのダイナミズムを感じ取って勝負をかける体質がつかないと、今以上のところには行かないと思っています。これは才能や体力以上に、「空気」あるいは「場の空気を読めるか」の問題で、一朝一夕には直らないような気がしています。
ここで思い出すのが、いちいちプレーを止めて間合いをとるスポーツ、野球。
まさか日本人は長年、野球に毒されすぎて他のスポーツには不向きになってしまったとか。