昨日ろくな書き込みが出来なかったのには訳があります。それは、いまこれを打っているカルロス君(ロジックボードをG4に交換したiMac350)の調子が極端に悪くなってきたことです。どうも先日職場に持ち込んで以来トラブル続きで、最近はあまりにフリーズが多かったのでもしかしたら熱だけの問題ではないのかもしれないと思っていたところだったのですが、演奏会に来てくれた人への返事をEntourageで売っている最中に固まってしまい、これを根治しなければ、と立ち上がりました。

どうも前から気になっていたのが、マイクロソフトのユーザーデータの置き場。普通にほっておくと、このユーザーデータは起動ディスクの「書類」フォルダに作成されるのですが、出来るだけ書類関係は別パーティションにわけておきたい。それに以前からシステムだけインストールし直して、ユーザーデータだけエイリアスを起動ディスクに放り込む、ということを繰り返していたので、エイリアスのリンク関係やアクセス権に問題が起きているかも、とか思っていたのです。

そこでいろいろな書類のバックアップを取ってから、いちどハードディスクをまっさらにして、パーティションを切り直しました。カルロス君を起動ディスクに、ウィルヘルム君を書類ディスクに設定し、バックアップ用の緊急システムをクラウス君としてインストールしました。

で、山ほどアップデートをかけながら、先ほど恐る恐るOffice v.Xを立ち上げてみると、見違えるように快調になっています。このままフリーズ知らずでいってくれたら、おいら幸せなんだけどなぁ。
直前までバタバタの演奏会でした。仕事がおしてたこともあるんですが、本番で使う楽譜は(暗譜は強制ではないので)、自分で製本するように、というお達しがあったのですが、実際のところかなりの枚数があって、いままで全部ペラ紙で使ってきたのがいまつけが回った、というカンジで夜中に泣きながら製本しました。

時々ページ数を前後間違えたりしてやり直し、やっと終わったと思ったらこんどはチケットの整理。当日に受付でチケットを受け取って入る、個人的な招待客のチケット枚数をチェックして、封筒に入れます。せっかく来てくれるのに失礼があってはなりませんからな。

自宅から会場の上野駅までの乗り継ぎをチェックしてから寝ました。

23日当日、目覚ましは8時に鳴ったはずですが目覚めたのは8時31分。電車の予定は40分。駅まで走るしかない!と、途中のコンビニで黒靴下を買ってぎりぎり飛び乗ります。

電車の中でふとかばんを探ると、夕べ一生懸命宛名を書いたはずのチケット用封筒がない。慌てて飛び出してきたので忘れたに違いありません。必死で誰宛が何枚だったかを思い出し、上野駅のコンビニで書くことにしました。もうここまでで死にかけてます。

そして会場に着いたと思った瞬間、いやな感触が。右のサンダルの鼻緒が切れたのです。いやーな予感。まあ、これでステージに乗るわけではないから、などとうそぶいてリハーサルに臨みます。

オルガンと合わせる合唱曲が2曲ありました。よく響く会場ですがなかなかどうもバランスがうまくとれずに四苦八苦。テンポももう一つしっくり来ないので、不安なまま疲労だけが蓄積。3ステージ分のリハーサルをやったところでほとんど声は嗄れかけています。

やべっ。

慌てて昼休み。昼食も買いそびれたので会場内の喫茶店みたいなところで軽食をとろうとすると、店内の異常な雰囲気に気付きます。誰も食べていないのです。店のおやじが一人で切り盛りしているらしく、すべての動きがスローモーション。友人と二人で注文したのですが、その注文自体が通っているのかどうかさえ判然としません。時間が過ぎるうちに開場時間が来てしまいました。



で、本番は、というと、1ステージ目が意外なほどすんなりといってしまい、調子づいて2ステージ目のオルガン伴奏曲、3ステージ目のプロのソリスト付きでのモーツァルト、と進んでいきました。個人的にはお気に入りのモーツァルトの戴冠式ミサ、ややがさつなところがたくさん出てしまいましたが、お客さん的には一番華やかさがあったみたいで、よかったようです。

終わってから、ロビーに出ると、高校時代からの友人や、大学の合唱団の知りあいなど、いろいろな人と出会えました。職場のつきあい関係から大きな花束が来てしまい、周りに恐縮してしまいましたが、それでもいろんな人が来てくれるのはうれしいものです。

珍しく打ち上げでビールなんぞをのみ、ご機嫌で帰宅しました。ただ、鼻緒が切れたのはなんだったんでしょうか。
「マルちゃん」がメキシコで人気だそうです。

そう聞いたら、真っ先に連想するのは、アニメのちびまるこちゃんが大ヒットしているのかな、という点ですが、そうではなくて、インスタントラーメンのマルちゃんだそうです。

昨年だけで、メキシコ国内でインスタント麺が10億食売れたのだとか。その実に85%がマルちゃんなのだそうです。その秘密が安さ?おかげでメキシコの伝統料理が廃れかけているのだとか。それはちょっといいすぎじゃないかと思いますが。

でも「マルちゃんする」というのが「簡単にすませる」を意味する俗語として取り入れられるほどだ、と聞くと案外これは文化的事件にまで発展するのかも知れません。
月面基地に酸素を供給するメドが立つかもしれないのだとか。もしも地球からいちいち酸素ボンベを送らなければならないとしたらお話にならないでしょうが、なんと、酸素を作り出す元になるチタン鉄鉱が、月の表面に広く分布している可能性があるのだとか。

まあ、酸素だけじゃダメじゃないかな、と正直思いますが、何もないよりはだいぶましなんじゃないでしょうか?
明日の天気が崩れそうで心配です。上野で演奏会なんですよー。こんなときを選んで本州を大きな低気圧が通過するんだとか。都内直撃だけは勘弁して欲しいです。
1日で二件の弔問に行ってきました。

一人は小学校からの同級生。1~4年生まで同じクラスだったこともあり、一番一緒に遊んだ友人でした。兆候も全くなしの心不全。ちょっとした不整脈はあったそうですが、それ以外はいたって健康、写真で見る限りは全く昔とかわらず、太りもせずの様子です。それでも亡くなるときは亡くなる、しかもこんなにあっけなく。実は9月の上旬に亡くなっていたのを、あまり回りに知らせなかったのだそうです。息子さんが学校から帰ってきて発見したそうで、あまりのショックの大きさに身内だけで葬儀を済ませてから知り合いに知らせたのだそうで。

奥さんも同級生だったのですが、クラスが一緒になったことはなく、旧交を温める、という感じではあまりなかったのですが、故人の小学校時代の思い出話はいろいろとしました。奥さんの小学校は違ったので、少しは目新しい話もあったかもしれません。2歳下の妹さんが嫁いで、いま茨城のほうに家があるのですが、急場をしのぐためにこちらに戻っているのだとか。顔を合わせるのはそれこそ20年ぶりくらいですか。少しずつ、なくなった友人の面影が現れているのが不思議です。

ただ、一人でお線香を上げるためだけに伺ったので、一人でそれほど話が持つわけではなく、奥さんをどれだけ慰められたかはわかりません。

夕方から、もう一件、仕事でよく一緒になったメイクさんのお通夜に行きました。こちらも41歳という若さで亡くなったのですが、癌だったそうです。以前、他のメイクさんが千羽鶴を折っていたので、ちょっと手伝ったことがあったのですが、それが彼女のためだったと今日知らされました。職場には一切病気のことが知らされてなかったので、訃報を聞いたときには誰もがあっけに取られて虚脱感に襲われたものです。

お通夜には、一緒に仕事をしたかつての同僚や、メイクをしてもらった子役さんの姿などもありました。現場では一切弱音を吐かずに笑顔で振舞っていた彼女。彼女はもういませんが、仕事だけでなくさまざまな形で彼女と触れ合った人々の中には必ず何がしかの痕跡を残していると思いました。ぼくらも生きている間は、がんばらなきゃなぁ、と改めて思います。

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子供のころ、一時期だけイギリスにいました。かれこれ30年前の話です。BBCの音楽番組Top of the Popsでは毎週のようにクイーンのボヘミアン・ラプソディがかかり、アバのママ・ミアがリリースされたころ、と言ったらどれくらい昔かお分かりでしょう。

当時子供ながらにお気に入りのコメディがあって、それは白黒サイレント時代に全盛を誇ったローレル&ハーディーという二人組みのコメディアンでした。日本ではチャップリンとキートンぐらいしか有名ではないですが、イギリスでは親しみやすさではキートンをしのぐほどの人気キャラクターです。日本では「極楽二人組」として紹介されたこともあるようですが、それほどの大衆性を得たわけではなかったようです。

さて、何が謎だったかと言うと、当時から僕は音楽が好きで、テレビの音声をカセットテープに録るのが大好きだったのですが、ポップスの番組であるところの Top of the Popsに、なぜかこのローレル&ハーディーの曲がリバイバルヒットしたことがあったのです。この曲は今調べてみると1937年の映画Way Out Westの中に収録されているTrail of the lonesome pineという曲なのですが、当時はそんな細かいことを知る由もなく、ただなんとなくいい曲かも、とおもって曲の途中からカセットテープを回していたのです。

しかし、翌週になってもその翌週になっても、その曲がもう一度かかる気配はない。いつしか手元には何度も繰り返して聞くことになるその曲の不完全な録音だけが残りました。今でもビデオクリップ(映画の一部)の演出を鮮明に思い出すことができるその曲は、僕にとって、いつしか楽しかったイギリス滞在の思い出を象徴する、貴重なものとなっていました。

それが先日、何かの弾みにアメリカのアマゾンのサイトをのぞいているときに、タイトルを見て、「あ、あの曲だ!」とひらめいたのでした。即効でワンクリック購入しました。昨日それが届いたのです。

はじめにアメリカ人のフォーク野郎が気取って歌っているところにローレルとハーディーが割り込んでメロディーを取り、はじめは二人ではもっていい感じで歌っていると次第にやせっぽちのローレルが1オクターブ下の低音で朗々と歌い始める。おいしいところを持っていかれたと感じたハーディーは、ハンマーで相棒の頭をぶん殴るのですが、するとこんどは美しいソプラノで歌いだす、というてらいのないわかりやすいコント仕立てになっています。

そして、僕は30年ぶりにこの曲の全く失われていた冒頭部分を聞くことができたのでした。
他にものどかな名曲とちょっとユルめの彼らの歌声がなんとも心地よいアルバムです。
スズメバチのことを書いたついでに、子ども時代の思い出がよみがえったので、忘れないうちに文章にしようと思います。

「夏の思い出」という定番の歌がありますが、あれに出てくる「尾瀬」という土地に一度だけ家族で遊びに行ったことがありました。そんなに「はるか」でもありませんでしたが、そんなに湿地帯でじめじめした記憶もありません。ただ、田んぼのように水が浮いているところにぎらぎら日差しが差していたのでやっぱり初夏だったのでしょうか。小学校低学年だった僕と兄は、子どもの遊びの定番、昆虫採集にいそしんでいました。

何匹か定番のコガネムシやら、モンシロチョウやらを捕まえた後、すごい勢いで、「ブン!」と飛んでいく生き物があります。最初はあまりに大きいので虫だとは思わなかったのですが、とにかく黒くて大きいものが耳元をあざけるようにかすめ飛んでいきます。

それが、オニヤンマを初めてみた記憶でした。

当然、あいつを捕まえよう!というのがぼくら兄弟の目標となり、足場に細い板がしいてある程度の湿地帯を駆け回りました。最初は全く相手にしてもらえなかったほどのスピードで飛び回っていたのですが、次第に動きのパターンが見えてきました。きわめてランダムにしか飛んでいないように見えたオニヤンマにも、実はある程度のサイクルで飛び回る場所のパターンが決まっており、ある程度の時間を待てば、必ずここに来る、というような法則性も見つかったのです。

そして待ちかまえて数分、兄は泥の中に片足を「ボシャ!」と落としながら、網をふるいました。中には、いま捕まえたばかりの…。

オニヤンマでしょうか、これ…。

さっきまでは誰がどう見てもオニヤンマだと思うほど、貫録たっぷりに飛んでいたあのトンボ、捕まえてみるとそれほど自信がなくなっていました。それは、別に元気がなくなっていた、とか思っていたほど大きくない、とかそういうことではないのです。

普通のオニヤンマなら黄色と黒のシマのはずが、黄色くないのです。黄色いはずの部分が、みずいろなのです。

いまなら、即座に昆虫学者のところに持っていったかもしれません。少なくとも学校には届けたと思います。僕らの頭には「新種を見つけたかも」という思いもありましたが、なにより、その美しさに見とれてしまったのです。もしもどこかに届けたら、この見事なオニヤンマは永遠に僕らの手を離れてしまうだろう。そんなことは我慢ができませんでした。

かくして、このオニヤンマは僕らの手元で標本となり、しばらくはその姿を誇っていました。やがて引っ越し、中学生になり、クラブ活動や受験勉強に追われるうちに、いつしか僕らはあの標本の在りかを忘れてしまいました。いまは実家の押し入れの片隅で、朽ち果てているかもしれません。

でもそんなことはもうどうでもよくなりました。なせなら、僕らはあの素晴らしいオニヤンマと確かな時を過ごしたのですから。
今年はスズメバチの被害が多いんだそうです。例年20人ぐらいが刺されてなくなるらしいですが、これは毒ヘビにかまれて死ぬよりは多いんだとか。特に暑い夏の盛りでなく、このぐらいの時期が活発らしいので、ご注意を。

「みなしごハッチ」を見て育った世代には、スズメバチは「親の仇」みたいなもんですが、昆虫図鑑とか見ると「ゼッタイに攻撃してはいけない」と必ずあったので、熊と同列、決してこちらから手出しをしないことに決めていました。しかし、最近は自分で駆除しようとするケースがあるらしいです。

1匹でいるからといって下手に手出しをすると、においのマーキングをされて、あとで団体さんでお礼参りをされたりするので、決してあなどってはいけないのだとか。

特に最近はキイロスズメバチという、都会適応型の種類が元気が良く、その天敵のオオスズメバチが淘汰されて減少しているというので、生態系のバランスの問題もからんでいるようです。皆様もくれぐれもお気をつけください。

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あらあら、まあまあ、というカンジですな。いや、何がってあの岡村靖幸がです。1年かちょっと前に復帰シングルをリリースして、それなりに話題になったはずですが、ちょっと太ったりして、なかなか世間的にはヒット、とまではいかなかったのを覚えてました。

そしたら、いつの間にか覚せい剤で捕まって、しかももう有罪判決が下ってましたな。逮捕の時のニュースをうっかり見逃していたのか、あんまり大きな記事にはならなかったのか、ちょっとわかりませんが、やや寂しげなニュースではありますな。

もともと情緒不安定だとか、インタビュー中に暴れ出すだとか、奇行で話題になっていた人だけに、純粋に音楽だけの才能があっても、仕事が集まりにくい人のような気がして、前途を心配してしまいます。そういえば彼のプロデュースで爆発的デビューをした川本真琴さんも、ちょっとぷっつん気味の曲が売りでしたな。