昨日3月11日はあの大災害の3周年の日でした。
慰霊というよりも、メディアだけ見ると祝祭という感じがした。
少し皮肉な言い方をしましたが、日本中、ひいては海外にも3年後の実情が伝わってよかったと思う。
日本は先進国(?)なので、もうだいぶ被災からの回復・復興が進んでいるのだろうと、なんとなく楽観していて、ほとんどあの大震災のことを忘れていた人たちもいたでしょうから。
ところが実際は問題はまだまだ山積みで、避難者(被災後定住する自宅が決まっていない人)がまだ26万人以上いて、がれきだけは片づけられたものの更地が茫々と広がっているだけという光景のところが無数にあるということを知らなかった人も多いと思う。
ひとくくりでは語れない問題も多数あり、むしろそういう問題の方が個々人にとっては深刻なのだろうということも感じ取れた人もいると思う。
3年経って、やっと落ち着いて問題解決に着手できるようになったという側面もあるだろう。
ちなみにわたしはと言えば大震災前のずっと以前に失職し、瀕死の目にも会い、人の悪意や社会の醜悪さを多少は見た気がする。
何はともあれ、「それでも人生にイエスと言おう」と思える日が多くの人に訪れるとよいと思う。
抽象的な言い方だと思う人もいるだろうが、とりあえずはそういう言い方しか今はできない。
<追記>
「それでも人生にイエスと言おう」という言葉はV.E.フランクル(1905~1997)がナチス強制収容所から解放された翌年、ウィーン市民大学で行った講演をまめたもの(邦訳「それでも人生にイエスと言う」)の中に出てくる言葉。解放後間もない時期に自分の極限体験を、終戦直後の精神的混乱のさなかにある一般市民に向けて平易に情熱的に語りかけた講演の記録(同書解説より)。フランクル氏の初期の著作で、「夜と霧」などの後の氏の研究・著作につながるもの。 (4月6日 記)
