『ストーリー世界の作り方』(野村カイリ著)は隠れた名著です。それと同じことを書いて、すみません | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

うーん、どうしても気になるので、また同じことを書いてしまう。

すみません。

アクセス数なんですが、12日(月)が確定表示数が「56」で、当日の元の表示数が150-200ぐらい。

だいたいが「70-80」台表示です。

 

先週の8/8(土)が同じく確定数「146」表示、、昨日8/13(木)が「122」表示で、元はどりらも300ほどか。

 

このAmeba運営側が、不都合が生じたと二ヶ月間ぐらいかに報告があって、再開されたひと月前ぐらいから、

この当日の表示数と、次の日の集計数の乖離が大きくなった気がします。

 

うーん、最初から、省いて欲しい気がして、納得できません。

 

*    *    *    *    *

 

・題名は『ストーリー世界の作り方』(野村カイリ著)は隠れた名著です

 

良書の紹介です。といっても、自分が11年前以上に読んだ本なんですが。

 

この間、エアコンの入れ替えで部屋を大掃除しました。まだ積読本の山を整理しきれていません。

ブックオフへ5箱、送ってもまだ山がいくつもある。

 

そんな中で、出てきた12年以上前に読んだ、物語創作の方法本が出てきました。

それが、この本。題名は『ストーリー世界の作り方』(野村カイリ著)。

 

 

 

読んだ記憶はあって、ラインもいっぱい引いている。

でも、内容はほぼ忘れている。読み返すと、記憶が次々に蘇る。

ラインを引いた12年前の箇所と、今の僕の小説創作感覚と画、すごくずれている気がする。

 

もちろん、今の僕の感覚のほうが深く、かつ正しい。

「なあんだ。今、僕が到達した〈文字としては書かれていない背景や情報を大切にすること〉とほぼ同じ趣旨じゃんか」。

 

誤解しないでほしいのは、そこに書かれてあることは、正しい。

間違っているわけじゃない。

ところが、当時の僕は、表層的な理解にとどまり、実感としても、具体的な執筆方法としても、

そこでの知識を「身体化」できていなかった。

 

今なら、同じ趣旨に対して、こう共感しつつ言えるのに。

 

「自分が役者として、その人物(副主人公たち・脇役)も演じてたら、ここに書いてあるのは、自明の理ですよね?」と。

 

その舞台背景も、単に観光地の顔だけ入れる薄っぺらい書割の板で立っているだけだった、

最近までの自分の小説の書き方へ自戒を込めて、そう問いかけたくなる。

 

今の僕は、姫路市の「初心者のための戯曲講座」で課題に出された、植物をモチーフとした戯曲(原稿用紙36枚)を書いたから、

地の文に頼らない(=全部を説明しない。できない)戯曲風の書き方が、自分の小説創作スキルとして、ぜひ、必要だとわかっている。

 

つまり、それは人物たちの行動やセリフで語ること。

その小説の、世界観や作品世界の背景、書かれていない人物の履歴や家族・職場関係を、

読み手に推察してもらおうと心がけることの必要性を感じている。

無意識に読んでも、その小説の「読み手自身」の心の中で再現してもらおう、と思って、小説を書こうとしております。

 

一部だけ、その内容を紹介しよう。

 

p27に、「背景3種のまとめ」という章題があって、作者・野村カイリさんが図式化されている。

「a. 説明不要の一般的な背景」、「b. ストーリー全体の時代背景」、「c. 物事が持つ個別の背景」の三種の背景があって、

「a」はストーリー世界と、読み手自身に共有されいるし、

「b」は文字化されたストーリー中にも出てくるし、背景として文字化されていない情報にも関係している。

対して、「c」の「個別の背景」は、次のようなもの。

 

登場人物(主人公も他の人物もそれぞれ違っている家族関係や生育環境など)、

品物(ルパン3世に盗まれる予定の珠玉の宝石なら、今の持ち主、元々の持ち主、昔に呪いをかけた謂れやらエピソードやら)、

出来事(ルパンと銭形警部の間柄、別に狙う国際犯罪テロ組織やら何やら)などなど。

 

これらの個別の出来事は、作中で全て文字化される場合と、マンガやアニメなら、文字通りセリフにならず、絵の背景で登場するだけ。

 

小説家というのは、タイプは2種類だそうです。

頭に映像(絵)が浮かんで書くタイプと、全くの文字情報しか浮かばないタイプと。

どちらにせよ、プロ作家なら、読み手の頭の中には、ちゃんと絵がイメージ化されるのが普通ですよね。

 

この、読み手に「絵」として感じさせる3種の背景がちゃんと(=100%とは限らない)描かれないと、

すごくつまらない、表層的な駄作になる、と今の僕は感じています。

 

本書『ストーリー世界の作り方』(野村カイリ著)は、ほんとの本当に一読の価値ありです。

ただし、12年前の僕のように、読んでも「当たり前じゃんか」、「ふーん」で終わると、痛い目にあうと思います。

 

僕のと同じ失敗状態に停滞している方には、戯曲を書くか、戯曲講座の受講をお勧めします。

 

 

 

 

 

 

僕の戯曲と小説創作の奮闘振りを知りたい方は、上のAmebaブログの過去記事も、お読みいただければ幸いです。

本当は、まだ、この背景うんぬんの事柄は書き足りないんですが、長くなるので、また別の機会にします。

 

明日は、いよいよ放送大学の第2学期の科目、申し込みですね。