妄想族 少しの愛を与えよう おやすみです
自分を

愛せない人の心は

干上がった井戸のように

からっぽです

カラカラの井戸は

誰かから愛を

与えられるのを

今か今かと

待っています

でも、からっぽの井戸は

少しくらいの愛では

満足できないので

いつもいつも

愛を乞います

与えられても

与えられても満足せず

自分からは何も

与えようとしない井戸に

愛を与えようとした人間は

そのうち嫌気がさして

しまいマっする

愛する人が去った時

からっぽの井戸は

自信を失って

もっと多くの愛を

求めマっする

でもその井戸は

永遠に満たされることは

あ~りません

愛を求めるなら、
自分の心の井戸を

自分自身の愛で

満たしておきましょう

すると

人から少しの愛を

与えられた時

井戸からこぼれた愛を

愛する人とともに

味わうことができます

愛する人と

喜びを分かち合う

それこそが人生の

楽しみですよ

PS
まずは自分を

愛しましょう

そして自分を信じよう

そうすれば人生から

愛されますよ

妄想族 「運がいい」「運が悪い」 おやすみです
「私はいつも運が悪い」
と思っている人と

「私は生まれつき運がいい」
と思っている人が

いたとします

彼らの人生を

客観的に見てみると

実はそんなに

違いがないものです

「運が悪い」
と思っている人は

辛いことばかり

覚えている人で

「運がいい」
と思っている人は

嬉しいことばかり

覚えている人

それだけの違いなんですよ

では、運がいい人が

苦労を知らないかというと

そうではありません

彼らは苦労を経験しても

すぐそれを忘れ

得られた幸せに

意識が集中するために

「運がいい」
と思えるんですよ

彼らは、
人から見れば大変な

苦労をしたとしても

それを「成功への過程」だと

とらえることができるために

苦労を苦労と感じません

「運が悪い」人は、
その逆だといえますね

「運が悪い」
と思いながら生きるのと

「運がいい」
と思いながら生きるのとは

どちらが幸せでしょうか

アナタは自分の運を

どう思いますか

PS
苦労を感じない人は

苦労を知りません

妄想族 味方が一人いれば十分 おやすみです
人間は、一人ひとりが

違う考え方をもっています

ですから、
全員に好かれるために

相手の意見に

合わせていると

必然的に自分に嘘を

つくことになります

自分に嘘をつく理由に

「嫌われるのが怖いから」
という人がいます

しか~し、
本当に自分を出さずに

人から与えられた

好意なんて

ニセモノの自分に

与えられた

ニセモノの好意だ

といえます

ニセモノの好意が

いくつあったって

人間は満足できません

ニセモノの好意が

100人分集まっても

本当に困った時には、
なんの役にも

立たないのです

家族でも

恋人でも

友達でも

妄想先生でも

アナタのことを

理解してくれる人が

一人でもいるのなら

アナタはもう、
人生の大きな宝物を

手に入れていることに

なりマっする

味方は一人いれば、
それで十分なんですよ

偽りの仲間を

増やすことには

なんの意味もないことに

早く気づいて下さいね

PS
誰とでもうまく

やることは不可能です

味方が一人いれば

十分なんですよ
