長野で子供の声がうるさい、と、
公園が閉鎖になった。
この話で衝撃的なのは、
苦情を言っていたのが、
たった1人の住人だった、という事だ。
子供のいる家庭など、
存続を望む人もかなりいたようだし、
この公園があるからこの場所に新築を決めたのに、という住民もいたようなのだが、
1人で閉鎖まで追い込んだのは、
一体どんな有力者なのだ?と思ったら···
1人であったこと以上に驚いたのは、
その人が信州大学の名誉教授らしいことだった。
そりゃ有力者には違いないだろうけど、
卑しくも教育者が、
子供の声がうるさいから公園を廃止しろ、って!?
呆れて言葉もなかった。
普通の頑固爺さんがごねたのかと思ったら、
国立大学の名誉教授だったなんて。
去年の春に退官したらしく、
家にずっといるようになって、
うるささが我慢できなくなったのかもしれないが、
騒ぎが大きくなって、
本人は廃止しろ、とまでは言ってない、
廃止になって驚いている、と言ったそうな。
だが大体、子供に外で静かに遊べ、というのは土台無理な話。
廃止しろとは言わなかったかもしれないが、
苦情を受けて公園の周囲に植木を植えて緩衝空間を作ったり、
遊具の位置を変えたり、等、
なにがしかの手は打ってきたが、
解決せずに廃止することにしたというんだから、
相当ごねたと思われても仕方ない。
この苦情を言った人が、
遊ぶ子供を腕を捕まえて看板の前まで引っ張って行き、
ボール遊びは禁止だ!という強硬な態度なので、
エスカレートして子供に危害を加えられる怖れもあるから、という理由で、
やむなく廃止を、という市議会の議事録まで出てきた。
議事録が全て事実かどうかは分からないが、
もしここに書かれている通りなら、
苦情電話の頻度がヤバい。
これで廃止までは望んでなかった、というのは通らない話。
ただ、この話が全国ニュースで流れた結果、
犯人捜しが始まっているのも事実だ。
実際、近所の人なら特定は容易だろうし、
バッシングされてもおかしくない。
そして苦情を言い続けた本人ならまだしも、
全く関係ない人が俎上にあがって被害を受けてしまうこともあり得る。
現に、「85才の名誉教授」という説が出ているが、
昨年春に退官した元教授なら、
85才はあり得ない。
大学によって多少の差はあるが、
概ね63才から65才のはず。
少なくとも80過ぎまで教授でいられる国立大学は無い。
この数字がどこから出てきたの分からないが、
たまたまインタビューに応じていたお爺さんを、
間違えたのではないか、という説もある。
無責任であやふやなネット情報を鵜呑みにして、
他人を非難するのは絶対に止めた方がいい。
そして事がここまで大きくなった責任の一端は、
市側の住民トラブルの解決能力の乏しさにもある。
長野市長は元ノルディック複合の金メダリスト、
荻原健司氏だが、
このクレーマーが荻原市長の支持者なので、
市側が忖度した、という話まで出ている。
それが事実なら、
廃止撤回を迫った市議に、
荻原市長が拒否した、というのも頷ける。
だが今後、撤回を求めて多数の署名でも出てきたらどうするのだろうか。
何が本当で何がデマなのか、
分からなくなりつつあるが、
裏にそういうキナ臭い事情があるのなら、
単なる公園存廃に止まらず、
政治問題に発展するかもしれない。
市長の進退にまで波及しないといいけど。
だがそういう事とは別に、
確実に言えることがある。
今の日本社会は、社会全体で子供を育てていこう、という気概を失ってしまった、ということ。
このクレーマー自身も、
子供の頃には大騒ぎをして遊んで、
近所の頑固爺さんにゲンコツの1つ位、
貰った事があったかもしれない。
だが今は、ゲンコツ1つ、位では済まない。
勿論暴力は絶対にいけないが、
もし実際にやったら警察騒ぎだ。
逆に子供や孫が小さい頃に、
家の中で遊んでいたらうるさいから、
外で遊んできなさい、と言ってたかもしれない。
少なくともクレーマーが子供の頃は、
子供は外で遊ぶものだったのではないか。
本人だって知らず知らずにうちに、
迷惑をかけていたかもしれないのだ。
だが日本にはかつて、
相身互いという素敵な言葉があって、
お互い様ですから、で流していた事も多かった。
それがいつの間にかギスギスした世の中になってしまい、
どんどん子育てしにくくなっている。
うちのすぐ側にも公園があって、
放課後や長期休みは本当にうるさい。
先日は月曜の午前中から大騒ぎだな、と思ったら、
小学校で日曜に行事があって、
代休だったらしい。
そういうことが分かるくらいうるさくはなるのだが、
この子達が将来の日本を支えてくれるのだ、と思ったら腹は立たない。
この子達が大人になって、
直接的には労働力、
間接的に税金や年金の支払いで、
我々の老後の社会を支えてくれるのだ、と自覚すれば、
いちいち目くじら立てなくていいんじゃないかと思うけど。
ただ、小学校中高年の子供達が、
スケートボードやキックボードで飛び出してくるのは、
本当に危ない。
基本的に子供は目線が低いから、
遠くを見通せないのは仕方ない部分もあるのだが、
車や自転車が結構通る細い道で、
暴走や飛び出しは、場合によっては命に関わるので、
危ないよ~気をつけてね~程度の声はかける事もある。
だが結局はこっちが気をつけるしかない。
子供を守ることは、大人の責任なのだ、と。
ただでさえ少子化で孤立しがちなのに、
児童館があって公園があるから、
子供を連れて行き易かった、場所が、
子供達から奪われようとしている。
代替策として小学校の校庭を開放する案が出ているそうだが、
子供が育つための環境をどんどん奪っておいて、
出産一時金を50万に上げます、と、
得意気に言う岸田総理を見ていると、
こりゃダメだ、少子化に歯止めがかかる訳がない、と痛感する。
父親の育休にしても、
取るだけでも大変だが、
実際取っても積極的に育児参加して、
母親の負担を減らしている父親は少数らしい。
何故か?
まず意識改革からやらなければならないのだ。
子供は父親と母親、そして社会全体で、
協力して育てるもの。
そういう当たり前の事が、
この国では当たり前ではない。
保育所ができるとうるさくなるから、と、
世田谷を始め、住民が建設反対運動をして計画を頓挫させてきた各地の街、
理由は、うるさくなる、資産価値が下がる、
道が狭くて危ない、からだそうだ。
前二つの理由は完全に自分勝手な理由、
最後の1つは、一斉に登園下園の幼稚園と比べて、
時間にバラつきがある保育園は、
そこまでではない、と思える。
結局は作って欲しくないから理由付けしているのだろう。
だが身近に保育園がある地域は、
保育園児がいる、若い世帯が住む地域でもある。
それを全部拒否すれば、
街はどんどん高齢化する。
静かには暮らせるかもしれないが、
高齢者ばかりだと、
いずれ街として機能しなくなるだろう。
そこまで考えて反対しているのか?
子供だけの問題ではない。
子供に優しい国は、
高齢者にも優しい国になる。
自分の事ばかり主張していると、
結局は自分の首も絞めることになる。
誰もが少しずつ我慢する所は我慢して、
共存してこそ社会なのだ。