最近、義母の認知能力が目に見えて落ちている。 


左足の踵の内側に潰瘍ができて、

ベッドて寝るとそこが当たって痛い、と言い出して、

夜もソファで寝だしたのが4月始め。


3か月が過ぎた頃には、

大分傷が治って傷口が小さくなってきたので、

もうそんなに痛くないはずだから、

夜はベッドで寝て、と言ったのだが、

今度はベッドでは寝られない、と言い出す。


ベッドで寝て欲しい理由は2つあって、

1つは足をずっと下ろしている事によって、

下肢の浮腫が酷くなるから。

せめて少しは上げて、と、

オットマンを置いて乗せられる様にしても、

両足乗せてしまうとバランスが取りにくいのか、

結局下ろしている時間が長くて、

一向に浮腫が軽減しなかった。


浮腫が酷いと血流が悪くなり、

傷の治りが遅くなる。

ただでさえ重度糖尿病で、

一旦できた傷は、なかなか治らないのに。


もう1つの理由は、

夜ちゃんとベッドで寝て、

朝起きてリビングに移る、という、

メリハリの効いた生活をせず、

1日中ソファにいて、

しょっちゅうウトウトしていると、

朝だか夜だか分からなくなるから。


実際、ボーッとしている事が増え、

ルーティンにしてきたインスリン注射や、

食後の薬がちゃんと管理できない。


インスリンは分量を間違えると命に関わるし、

射ち忘れると血糖値が跳ね上がるので、

毎回、横で見張っていないといけない。

血糖値の数値によってインスリン量も変わるので、

射つ前に計測が必須なのだが、

油断していると忘れていたりする。


逆に昼のインスリンは今は無くなっているのだが、

血糖値を測ったら射とうとするのを慌てて止める事もある。



飲み薬の方も、

食事中に、あと少しで終わり、というタイミングで薬を飲むのはいつもの事で、

食後の薬なんだから全部食べてから飲んで、と、

何度言っても聞かない。

今日なんか夕食後の薬を途中で飲んで、

食後にもう一度飲もうとした。

この悪習慣だと、

2度飲んでしまうリスクもある訳だ。


まあ一包化して貰っているから、

飲んだ後に包装が残るので、

ついていれば未然に防げるんだけどね。


薬といえば、包装から出して掌に乗せて、

勢いよく口に投げ込もうとするので、

度々落としている。

これまたそっと口元まで持って行って飲んで、と、 

何度言っても変わらない。


床がフローリングなので、

落ちたら音がするので、

毎度私は耳を澄ます羽目になる。

それでも服に落ちると音がしないから分からない。


時々いつのだ?と思う薬が、

落ちているのを見つける。

まあ過剰に飲むよりは、

飛ばす方がまだマシだけどね。



少しでも認知機能維持の為に、と、

せっせと図書館で借りてきている大活字本も、

最近は殆ど読んでいない。

本人が努力しないと維持は難しい。



むくみ解消の為に、

少しでもいいからベッドで寝て、と、 強制的にベッドに送り込んでも、

ここは嫌、と、1、2時間で、

起きる、と呼ばれる事もしばしば。


それでも少しは効果があったのか、

伸びてきていた弾性ストッキングを新しい物に変えたからか、

浮腫は改善したものの、

認知能力はどんどん落ちている。



そろそろ自宅介護は限界なのか、とも思うが、

あの我儘さで施設に入れたら、

美味しくない、と食事も碌に食べず、

人と話もせず、

あっという間に認知症が進み、

衰弱するのが目に見えているので、

なかなか決断できない。



通いで3年、

同居で18年。

そろそろ介護が辛くなってきた。

ま、ダンナがいるだけ、

1人で2人を介護していた時よりはマシ、

と言い聞かせてはいるのだけれど。




一昨日帰京した娘一家。

パパさんが子供二人連れて帰るので、

荷物は減らすに越した事は無いので、

すぐに必要な物以外は送るよ、と、

昨日、最後の乾いた洗濯物も入れて、

段ボール2つ、発送に行った。


去年までは自転車でも行ける所に、

サテライト的な小さな営業所があったのだが、

いつの間にやら閉鎖していて、

それからは車で10分位の、

少し大きな営業所に持ち込んでいた。


5月の帰阪時もそこへ行ったのだが、

昨日行くと無くなっていた。


暫く呆然としたよ。


長年お世話になっていたのだが、

仕方がないので検索して近そうな場所を探した。

見つけた営業所は近くは無かったが、

とりあえずナビに住所を入れて出発。


そしたら近づいたタイミングで、

何故かナビが止まってしまっていて。

それに気づくのが遅れ、

片側一車線で交通量の多い道だったので、

Uターンできる場所もなく、

かなり遠くまで行ってから引き返す羽目になった。


やっと辿り着いたら、

今迄利用していた営業所の様な、

持ち込む人の為の駐車場も、

受付事務所も無く、

ただ天井のやたら高い倉庫の入口に車を突っ込み、

その入口に屋台の様なカウンターが置いてあって、

そこで受付をする感じだった。



調べてみると24年問題で、

人手不足解消の為に、

都心の営業拠点を次々閉鎖しているのだそうだが、

これではサービスの低下が否めないな、と思った。

コンビニに持ち込め、という事なのかもしれないが、

集荷の時間によってはその日の便に乗らないので、

いつも営業所に直接行っていたのだが。




で、その昨日出した荷物が、

今日の午前指定にもかかわらず、

届いた、という連絡が来ない。


番号追跡サービスで検索すると、

娘の家近くの営業所で「保管中」になってて、

いつまで経っても持ち出しにならない。

そのうち「調査中」表示に変わった。


何があったんだ?と思ったら、

夜になって娘の所にヤマトから電話がかかってきて、

曰く、荷物の1つが大阪に置き去りにされていたそうな。


いや、それ夜まで分からない、ってどうなの?


明日届いたら一緒に配達します、という事だったらしいけど、

急ぐ荷物だったら困ってしまうよね。

こんな事は初めてで、

急激に営業所を減らした結果、

混乱が起きているのかもしれないけど、

今迄の様な信頼感は望めない、と思った方がいいかも。

 


これからはゆうパックを多用するか。

クール便等は本局でないと対応できないんだけど、

それでもヤマトの営業所よりは断然近いんで。




本っ当に米がない。

スーパーの棚はガラガラ、

余りに空っぽなので、 

パックご飯を置いていたりする。


米が消え始めた頃、

そこまで深刻には考えていなかった。

ただ先月だったか、 

大体週末に米の特売をする近所のスーパーで、

広告が出たので午後に買いに行ったら売り切れ。

珍しい事もあるものだ、と思いつつ、

次の機会は少し早目に行ってみたら、

棚に一袋残っていただけで、

辛うじて買えた。


それ以降、気にかけて、

行く度チェックをしていたが、

いつも買う2種類のコシヒカリを含めて、

どんな米も全く姿を現さない。


そうこうするうちに、

収穫が始まった、という宮崎産コシヒカリが売られる様になった。 

その時にすぐ買えば良かったものを、

どうしようかな、

そのうちいつもの米が出てくるかな、と迷っているうちに、完売。 

途中、近くにある同じ系列のスーパーで、

いつもの米の2キロ売を見つけて、

お盆は子供達も帰って来るし、と、

とりあえず1つGETした。



そして皆が帰ってきた。

米の消費はいつもの倍以上。



この辺りで焦り始める。 

途中、冷やしうどんや冷麺も入れながら、

何とか昨日、皆が帰るまでは維持したのだが、

今朝炊くのが最後の米、という事態に。


パックご飯を買って来て繋ぐか、と考えていたら、

昨日婿殿と孫2人を新大阪まで送り、

(例によって娘は先に帰京(笑))

帰りに恒例のスーパーのハシゴをしたら、

2軒目で発見。


10キロのブレンド米1種類しか無かったが、

背に腹は代えられない。

美味しくないかもしれないけど、

子供達が帰ったから、

どのみち雑穀混ぜるし、

これが無くなる迄には、

今年の新米が出てくるだろう。



平成の米騒動、と言われた93年は、

記録的な冷夏による不作が原因だったが、

今回は作柄は平年並みだそうで、

それなのに何故?と思ったら、

インバウンド需要で、

寿司や和食を好む外国人がドッと増えているから、とか。


日本の米は美味しい、という事で外国人がどんどん食べてくれるなら、

もっと生産を後押しして、

輸出産業の1つにできるのでは?


50年続いた減反政策は、

2018年に終わったそうだが、

一度減った生産量を、

増やすのはなかなか難しいだろう。

農業人口の減少もあるだろうし、

高齢化もあるだろう。


でも日本の主食は米なんだから、

国も農家を守る為に補助金を出して生産を減らすのではなく、

生産量を維持したまま、

国内の需要が減っているのなら、

海外に売り込む方策を考えた方が良かったのでは?


少なくとも今、

流通量に影響を与える程、

インバウンド需要が増えているのなら、

そこにビジネスチャンスがあるのではないだろうか。




12日から娘一家と息子が帰省し、 

飯炊き洗濯ババァと化している(笑)


とはいえ起業している娘は、

連日猛烈に仕事が忙しいらしく、

婿殿と孫2人が先に帰って来て、

16、17と広島へ泊まりの出張の婿殿と、

入れ替わりに16日に帰ってくる予定だった。


が···


例の台風で新幹線が止まるかもしれない、という話が出てきた。

16は朝から打ち合わせやミーティングがあると言うので、

(子供達がいる状態で家ではできない)

レンタルスペースへ行って仕事したら?と提案し、

急遽15の夜に帰ってきた。


座席予約した後、

東京―名古屋間は終日運休、と発表され、 

予約時点ではガラガラだったのが、

乗ってみたら満席になってたそうな。


そして今日明日は4人で白浜へ。

「巨大地震注意」が発表されて、

白良浜は閉鎖、というニュースが流れ、

「概ね1週間程度」というから、 

何事もなければギリセーフか?と話していたが、

無事1週間で解除となり、

元気に出かけていった。


メインはアドベンチャーワールドらしいので、

まあ海に入れなくてもいいか、と言っていたが、

とりあえず1歳になったばかりの下の子の水着も用意して行った。


この夏唯一の家族旅行だそうなので、

楽しめるといいな。

今日も猛烈な暑さなので、

熱中症は心配だけどね。



というわけで、

今日はちょっと一休み。

明日の夜には帰ってくるので、

22日に帰京する迄また忙しい。


もっとも娘は先に明後日帰京するという。

娘がいない状態で、

ダンナさんと子供達だけ実家にいるの?と、回りに驚かれるらしい(笑)


とはいえ、私が結婚した頃、

ダンナは忙し過ぎたので、

私だけ子供を連れて帰阪していた。

同じ社宅の人達に、

えっ、ダンナさんがいないのにダンナさんの実家に帰るの?

考えられない!と随分言われた。


うちの伝統なのかも(笑)



それでも嫌がらずに、

むしろ喜んで帰ってきてくれる婿殿には感謝している。

ので、大変でも頑張れちゃう。


娘によれば、

婿殿と上の孫の胃袋を、

ガッチリ掴めてるからだそうだ。

食は大事だな、と思う。

また頑張ろ。





なかなか楽しませて貰えた2週間余りだった。


予想通りメダルを獲得した人も、

予想以上に頑張った人も、

予想通りにはいかなくて涙した人も、

勝負の世界には色々あるけれど、

みんな頑張ったと思う。


そしてテレビを通じて観戦するだけの、

我々にとっては、

メダルの有無よりも、

全力を尽くしている姿を見せて貰えて、

ハラハラドキドキさせて貰えて

本当に幸せだった。


なのに無責任な外野があれこれ言い過ぎ。

彼ら彼女らに物言う資格があるのは、

同等以上に努力をしてきた人達だけだろう。

そしてそれだけの努力をした人達は、

その大変さも悔しさも分かるから、

決して批判的な事を言わない。



アスリートの皆さんは、

決して心ない第三者の暴言など、

意に介さないで欲しい。

他の追随を許さない努力を重ねてきた人を、

一方的な思い込みで批判するのは、

文字通り、「心の無い」人達なのだから。



それでも今回、

他国開催での五輪では、

最高のメダル数だったと聞けば、

やはりちょっと嬉しい。

最近はメダルを取れる競技も変わってきた。


フェンシングなんて、

北京で太田雄貴選手が銀メダルを獲得するまで、

元々が西洋の騎士からの発祥で、

日本人には歯が立たない、と思い込んでいた。

実際、近代五輪が始まった時からあった競技で、

日本が唯一メダルを獲得できていない種目だったらしい。


それが今回は団体と個人合わせて、5個だ。

東京までの全期間で3個しかなかったのが、

1大会で5個!


そこには太田選手の銀メダルで、

日本も欧米と戦えるんだ、と分かり、

強化に力を入れてきた事と、

太田選手を見て自分もやってみたい、と思った次世代が増えた事が、

背景にあるのだと思う。


逆に言えば、

目標となる光輝く選手がいて、

国なり協会なりが後押ししてくれれば、

強くなれる種目はまだまだあるということだ。



あと一歩中国に届かなかった卓球も、

その差は随分と縮まった印象だし、

女子のフィールド競技で初の金メダルを取った北口榛花選手など、

単身チェコに渡って腕を磨いている。

身長差や体格差のある欧米の選手相手でも、

戦い方はあるのだ、と思えば勇気づけられる。 


一方今大会から正式種目になったブレイキンや、

東京大会で始まった、

スケートボード、スポーツクライミング、BMX等は、

日本の若手選手が本当に頑張っていた。

身が軽い方が良い、という側面もあるのだろうが、

十代半ばの選手の活躍が光る。

見ていて面白いし、

なんか、パワーを貰える気がする。



さあ、次はロス。

また時差に翻弄される大会まで4年。 楽しみに待ちたいが、

その前に28日から始まるパラリンピックがある。 


段々リアルタイムで放送される競技も増えてきた。

パラアスリートの活躍も、

本当に楽しみだ。


そしてパリ五輪に出場された選手、

関係者の皆さん、

本当にお疲れ様でした。

感動をたくさん、ありがとう。



南海トラフがいよいよ現実めいてきた。


昨日起きた四国から九州にかけての地震が、

南海トラフの引金になるかもしれない、という判断で、

気象庁が初めての「巨大地震注意」なを発表した。

今後1週間は防災対策を、という事らしい。


その矢先、今日、

テレビから緊急地震速報のけたたましい音が響いて、

来たか!と思ったら、

まさかの震源が神奈川だった。



南海トラフの危険範囲からは外れているんだそうで、

昨日の地震とも南海トラフとも無関係、という発表。

ホントなの?と若干の不安が。



そもそも日本はどこをとっても、

地震が起きない場所はないし、

地盤やプレートが全く無関係、なんて事が本当にあるんだろうか。

専門家でもないので発表を信じるしかないのだが、

我が家にはもう一つ心配事があって、

大阪北部の地震の時に、

丸一日半放心状態になってしまった猫がいるのだ。



巨大地震なんか起きちゃったら、

このピーなんかショック死するんじゃないか、と。 


まああの頃よりは年をとったせいか、

少しは図太くなってはいる。

昔は知らない人が来ても、

隠れて絶対出て来なかったのが、

最近は挨拶に来て、

多少は愛想を振りまく様に(笑)

だからといって大丈夫とは限らないので、

心配は心配。



それにしても、喉元過ぎれば···とはよく言ったもので、

当時は保存食とか水の備蓄とか、

少しは気にしていたんだけど、

最近はいい加減になっている。


緊急時のトイレだけは買ったけど、

ちょっと色々チェックした方がいいかもしれない。


そういう意識を上書きする為にも、

気象庁の発表は意味があるのかもしれないね。


地震なんて来ないに越した事はないけれど、

来てしまった時に少しでも被害を抑えられる様に、 

皆さんもお気をつけて。



とはいえこの猛暑。

停電したらもうどうしようもない。

この暑さの中で巨大地震が起きれば、

地震による被害より、

熱中症による被害の方が遥かに拡大しそうな気がする。

蓄電池を用意している人でも、

エアコンの使用までは無理でしょう。


車を持っているなら、

ガソリン多めに入れといた方がいいかも。





昨日は深夜まで五輪観戦のハシゴしていた。


柔道は本当に惜しかったね。

リネールはやっぱり凄かった。

にしても、団体戦の7戦目が代表戦で、

ルーレットで階級を決める、って、

何、それ!?と思ったら、

東京大会から採用されたんだそうで。


元々団体戦って、

先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5人でやってたと思うんだけど、

男女混合だからか、

6人で闘った後同点だと、

7人目はルーレット決めて、

既にやった人に2度目をやらせる、っておかしくない?


確かに見易くはなったんだろうけど、

カラー道着にしてみたり、

ルールも再三変わってる。

柔道とJUDO は別の競技と考えた方がいい、って話があったけど、

本当にそうだな、と思う。


でもショーアップの前に、

審判のレベルを上げる事を、

もうちょっと真剣に考えた方がいいんじゃないかな。



それにしても、怪我で出られない選手がいたせいもあるんだろうけど、

階級がある競技で、

2階級上と闘う、って、

普通ありえないと思う。

だから角田選手は良く頑張ったよ。

体の大きさが明らかに一回り違っているから、 

重くて持ち上げるどころか回すこともできなくて、

戦法が物凄く限定されていた。

そんな中、得意の巴投げに何とか持ち込んだのは立派。


本来柔道って、

柔よく剛を制す、と言って、

その発想からか、

無差別級なんてのもあった。

とはいえ結局は、体が大きい方が有利だから、

無差別級の選手も大きい選手ばかりになって、

分ける意味が無いと思ったのか、

五輪では廃止。

世界選手権ではやってるんだっけ。


ヤワラちゃんの起源になった、

漫画のYAWARA! では、

48キロ以下級の主人公、猪熊柔が、

無差別級にも出て、

巨大な相手をひょいひょい投げてたけどね(笑)

ま、漫画ですから。


現実にはそういう事はまずなくて、

軽量級には軽量級の、

重量級には重量級の、

それぞれの闘い方があるんだろうな。



今回の五輪では、

日本は余りメダルも取れなかったし、

世界との差はもう無いと思った方がいい。

そう考えれば、

柔道チームはよく頑張ったんじゃないかな。



一方女子サッカー。


これもまた惜しかった。

よく頑張ったんだけどな〜

でも延長前半アディショナルタイムのアメリカのゴールは、

本当に見事だった。

一瞬の隙、ではあったけど、

あれを決められたら仕方ない。

敵ながらアッパレ、という感じ。



今回期待された団体球技が、

ほぼ期待だけに終わって、

卓球の早田ひな選手が、

腕を痛めて棄権の危機の中、

表彰台に上がった位かな。


そんな中、フェンシングの健闘が光るよね。

フェンシングはフランスが発祥だそうで、

騎士たちの剣術だった事を考えても、

ヨーロッパが盛んで、

日本なんか遅れてきた国だったと思うんだよね。


それなのに、今や遜色なくて闘っているし、

団体と個人で4つもメダル取ってる。

この活躍を見て、

やりたい、と思う若者が増えるといいな。



今、テレビではゴルフの最終日、

最後の数ホールを放送している。

ここへ来てダンゴ状態になってて、

松山選手は首位と1打差、3位タイ。


熾烈なメダル争いはどうなるか!?


ちょっと観戦に集中しよう(笑)

みんな応援してあげて!





残念ながら準決勝で敗れ、 

3位決定戦でも負けてしまったのだが、

背負ってきた物を思えば、 

良く頑張った、と言ってあげたい。


彼の父親、斉藤仁氏は、 

五輪で2大会連続の金メダリストだった。 

特に2度目のソウル五輪では、 

東京五輪から続いた日本の、 

金メダルが途切れる危機だった。


軽量級から始まり、

金メダルを逃し続けた、

柔道の起源たる日本にとって、 

最後の95キロ超級の斎藤氏は、

文字通り最後の砦だったのだ。


その重圧たるや、どれほどの物だったのか、と思う。


優勝した後、表彰式で、 

掲揚される日の丸を見ながら、 

滂沱の涙を流す斎藤氏のくしゃくしゃの顔を、

今でもハッキリ思い出せる。



その後、斎藤氏は、

代表監督、強化委員長を歴任するが、

2013年に肝内胆管がんが判明し、 

闘病しながら指導に当たるも、

2015年に54才の若さで亡くなった。

その時、次男の立選手はまだ中学1年だった。



父と同じ国士舘高校、国士舘大学へと進学した立選手は、

史上3番目の若さで全日本選手権優勝を遂げ、

日本柔道の期待の星、となった。


だが、DNAを受け継いでいる、とはいえ、 

ちゃんと指導を受けていた訳ではなかったろうから、

ここまでの実績も、 

五輪代表になれたのも、

彼の努力と実力だと思う。


それでも周囲は、「あの斉藤の息子」と見るし、 

それ故に期待もするだろう。

それが22才の若者にとって、 

重圧にならない訳が無い。

彼はそのプレッシャーとも闘わなければならなかったのだ。



またプレッシャーをかける積りは無いけれど、

まだまだ伸び代があるはず。

お父さんが五輪で初優勝したのは23才の時。

2度目が27才。

次のロス五輪まで、 

もっともっと強くなって、 

お父さんに良い報告ができるようになっていればいいな、と思う。



斉藤立選手、お疲れ様でした。

捲土重来、次を楽しみにしています。




色んなスペシャルゲストが来られて、

なかなかのイベントになっていた。


始球式に現れた吉田義男さん、

もう91才だそうで、

元気なじーさんだな(笑)


そして阪神どうした!?


あれだけ打てなかったのが夢だった様に、

連日打ちまくり。

いや、今の方が夢なのか!?

夢なら覚めないで🙏



何しろオールスター前の最終戦から、

まさかの7連勝。

そして中日との初戦以外、

全て二桁安打。

打者達は長いスランプから、

やっと抜けたのか。



これでまた上位3チームが、

0.5ゲーム差の中にひしめく事になった。

今年は最後までもつれるかな。


猛暑の夏。

100周年の甲子園では、

7日から高校野球が始まる。

こちらもまた熱い夏が始まりそうだ。



この夏はパリ五輪もあって、 

嫌が上にも熱い日々が続く。


気温40℃は流石に勘弁して欲しいけどね(笑)




体操ニッポン、金メダル!


何が起きるか分からない、というのはよく知っているけど、

最後の最後にこんな事あるんだ😳


エース橋本選手がイマイチ本調子じゃなくてあん馬で落下した時も、

中国に差を広げられた時も、

あーあ、という気持ちがあった。

それを全て払拭してしまう大逆転。


今更だけど、

諦めない気持ちの大切さを教えてもらった気がする。


2度の落下で2点減点になって、 

優勝を逃す原因になってしまった中国選手の今後は、

国が国だけに心配だけど、

やはり日本の優勝は嬉しい。



やっぱスポーツ最高!

日本最高!

感動をありがとう!!

そして

おめでとう!

体操チーム!


  

追記

体操の前に見ていたスケートボードについて書くのを忘れていた。


東京五輪で初めて採用されたスケートボード、 

その初代チャンピオンの堀米雄斗選手が、

最後の5回目のトリックで高得点を叩き出し、

大逆転での連覇!


この競技は2本のランのうちの高得点と、

5本のトリックの上位2本の合計得点で争う。 

 

堀米選手は、1本目のトリックで高得点を出したものの、

2本目から4本目まで失敗。

最後の5本目で得点が出なければ、

それで敗退だった。 


物凄いプレッシャーだったと思うけど、

最後の最後に高得点のトリックを成功させての大逆転。



ホントスポーツは凄いよ。

こういう感動があるから、

観るのを止められないんだよ。