メレンデス選手は試合前に、メディアのインタビューに対して以下のように語っていました。

"I think he looks kind of the same, but I watch myself and I say I’m 100-percent different.”
"彼は何となく前回戦ったときと同じように見えます。ただ私は100%違うファイターへと変貌を遂げています。"

4月9日のストライクフォースのセミメインにて行われたメレンデス選手VS川尻選手の試合の結果は、まさにこのメレンデス選手の発言を象徴するようなものでした。

勝負事は水物です。ifや、もしもの話をすればキリがないでしょう。それでも、そのような仮のシナリオを想定して試合を振り返ってしまうことは多々あります。

「勝負の決定打ともなったメレンデス選手の右ストレートを川尻選手が試合開始早々に貰ってなかったら、どうなってたか。」

そんな仮のシナリオを想定する余裕もないほどの、メレンデス選手の圧勝でした。

以前PRIDEの男祭りで行われた川尻選手の同門である石田選手が五味選手に挑戦した大一番が一瞬頭をよぎるような試合展開でした。ただ、そのとき負けてしまった石田選手よりも、今回の川尻選手は流れの中で、全局面において、いいように叩き潰されてしまったという印象の試合でした。

北米のMMAスタイルへの適応力があると期待されていた川尻選手が、試合を通じて点ではなく線で負けてしまったことで、焦燥感のようなものがありました。

ときに日本人選手が海外の選手と試合をする際に、フィジカルでの不利が指摘されますが、川尻選手にかぎっては、フィジカルの強さが海外勢と比較しても有利になるほどでした。

今回の試合で、メレンデス選手と川尻選手の差をここまで顕著にしてしまったものは何なのでしょうか。

大枠では北米の最先端のMMAと、日本の旧式MMAの差というようなことが言われています。

レスリングやボクシングのスキルも、よく指摘されている差です。

ただ、私が今回メレンデス選手と川尻選手の試合を見て大きく感じた差は2つあります。

1つは"戦略"の差です。

今回のメレンデス選手しかり、北米で活躍するMMAファイターは入念に勝つための効果的な戦略を練っていて、それを忠実に実行している印象が強いです。メレンデス選手などのチャンピオンクラスになれば、相手にも研究されるので、より精密で且ついやらしい戦略が必要とされ、それの実行力も伴わなくてはいけません。

一方で川尻選手の戦略はややシンプルすぎるような印象を受けました。特に川尻選手の場合、戦略とリンクするファイトスタイルも正直すぎるので、相手にとっては戦略を実行しやすかったのかもしれません。

今回の川尻選手の戦略は、単純にいってしまえば、打ち合いから距離を詰めてのテイクダウンというものだったと思います。それに対してメレンデス選手はタックルを切れるように腰を引き、リーチ差を活かしました。

メレンデス選手は、川尻選手がパンチの射程距離内に入れば、遠い距離から踏み込んでの右のロングフックを放ち、川尻選手が不用意にタックルに入ったところで、それを潰し肘打ちで勝負を決めました。

川尻選手は前回のメレンデス選手との試合でも打ち負けなかったですし、K-1にも出場した経験から打ち合いには自信を持っていて、それが裏目に出てしまったのかもしれません。

いずれにせよ、全局面で圧倒されてしまったということは、戦略とその実行力の差に起因するところが大きいと思います。

2つめは"環境"の差です。

川尻選手をはじめ、日本での試合をメインに活動しているファイターは、なかなか金網の六角形のケージで練習をする機会がありません。そういった設備があるのはごく一部のジムのみです。

そして、練習パートナーにも北米のMMAを体現できる選手がいません。今回メレンデス選手には仮想川尻選手となる練習パートナーがいたと思いますが、川尻選手には仮想メレンデス選手となる練習パートナーがいなかったことは想像に難くありません。

更に決定的なことは、日本のMMA界には北米で勝てるための戦略を練れる人や、それを実行するためのトレーニングを施せる人材があまりいないのだと思います。

これら"戦略"と"環境"は深くリンクするものですが、北米のMMAファイターに日本のMMAファイターが対抗するためには大きな課題となる部分でしょう。


今回のストライクフォースで希望の光となったのは青木選手の勝利です。あの寝技のかたちに入れさえすればやはり圧倒的に強いですし、青木選手は戦略を実行する能力にも長けたファイターだと思います。

この先、青木選手などの日本人ファイターが"戦略"と"環境"を取り入れ、北米MMAに日本MMA旋風を巻き起こして欲しいものです。

やはりジョン・ジョーンズ選手は強かった。UFCライトヘビー級王者のショーグン選手が完膚無きまでにやられてしまいました。

結局は下馬評通りの結果に。

こんな時期だからこそ、日本でも馴染みのあるショーグン選手に勝って欲しいという気持ちもあったのですが、現実はシビアなものでした。

このシビアさこそが、格闘技・勝負事の残酷さでもあり、醍醐味なのかもしれません。

「P4Pで既に最強なのでは!?」、「UFCライトヘビー級にも絶対王者が現れてしまった。。!」、「ヘビー級でも、すぐに王者が取れるのでは!?」など既にジョーンズ選手を絶賛する声が相次いでいます。

確かにそれほどまでにジョーンズ選手の強さは圧倒的なものでした。

今回はある意味でジョーンズ選手にとって、UFCライトヘビー級王者という初めてのビッグネームとの対戦でした。ショーグン選手との経験の差が不安視もされていましたが、逆にその王者相手に横綱相撲をやってのけたことで更に強さを見せしめることになりました。

リーチという歴然とした体格差もありましたが、それを最大限に活かして、王者のショーグン選手をスタンドとグラウンドの全局面で圧倒しました。

最後はボディへのパンチと顔面への膝蹴りの追撃によるレフリーストップでしたが、ストップと同時にショーグン選手がタップしていたのが印象的でした。

今までショーグン選手はスタミナが切れた末にチョークの餌食になりタップ負けをしたことが2回ありますが、今回のようなパターンは初めてです。まさに心も体もジョーンズ選手にやられてしまったということでしょう。

ジョーンズ選手は、決して勝負を急がない、冷静さも見せました。

無理に仕留めようとせずに、徐々にダメージを蓄積し、ここぞとばかりに攻勢をかけるジョーンズ選手の戦いぶりは23歳のファイターのものではなく、ベテランファイターのそれを感じさせ、憎らしい程の落ち着いた試合運びでした。

この一戦でジョーンズ選手の驚愕の強さに焦点のほとんどが当たっていますが、(当然のことですが、、)私は敢えてファイターとしてのショーグン選手にスポットを当ててみたいと思います。

ジョーンズ選手とのタイトルマッチが決まってから、タイトルマッチ終了に至るまでのショーグン選手の見せた振る舞いは、非常に潔く、PRIDEとUFCで王者になったファイターの名に恥じないものだと感じました。

彼の振る舞いは一流のファイター、王者として相応しいものだったと思います。

一ヶ月前でのエヴァンス選手からの対戦相手変更(しかもジョーンズ選手という怪物)にも一切不平を言わずに、あっさりと引き受けました。

試合は負けてしまいましたが、途中で幾度となく強烈な打撃を貰いながらも、表情一つ崩さず前に出続けました。

負けて悔しい気持ちがないはずはないのですが、顔を腫らしながらしっかりとインタビューに応じ、「今日は彼が私よりも強かった。彼を祝福する。彼は偉大なファイターだ。」とジョーンズ選手のことを讃えました。

そして自らジョーンズ選手に歩み寄り、握手を求めました。

私は破天荒なファイトスタイルとは裏腹に持ち合わせる、ショーグン選手のこのような“サムライ”ともいうべきファイターとしての姿勢に以前から好感を持っています。

PRIDEでもショーグン選手圧倒的有利と言われながら、タックルの受け身を取り損ない、腕を脱臼して負けてしまったコールマン選手との試合がありました。一般ではこの試合はアクシデント的に扱われていましたが、ショーグン選手は「あれはアクシデントなんかじゃない。コールマンのタックルが凄かったから受け身が取れずに負けてしまった。」と、相手を認めていました。

あまり素直に相手を認めたり、負けを受け入れない気質と言われているブラジル人ファイターの中で、ショーグン選手の態度や発言は一線を画すものがありました。

そういったことも含め、ショーグン選手は非常に好きなファイターの一人です。

なので、今回の負けは非常に残念です。ショーグン選手の復活と、今後の更なる飛躍を祈ります。

ただ、歴史は繰り返すのか、ショーグン選手も超新星としてPRIDEに登場し、その時既にPRIDEの顔として活躍していた選手達をなぎ倒し、瞬く間にPRIDEの王者として君臨しました。

今回も新しく類い稀なる才能を持ったジョーンズ選手というファイターが現れてしまったというだけで、時間の流れと競技の進化の中では必然的なことなのかもしれません。

また、ジョーンズ選手を倒すようなファイターも出てくることでしょう。

ショーグン選手が登場したときのイメージは、セオリー無視で闘争本能むき出しの、まさに“ファイター”としてのイメージが強い選手でした。

逆にジョーンズ選手は、全てが完成され、セオリー通りに計算しつくされている“アスリート”的なイメージの選手です。

ジョーンズ選手を倒すのは、彼の完成されたアスリート的な強さを打ち壊す程の、野性的な強さを持ったファイターなのかもしれません。


ヒョードル選手の試合を、最初から不安な気持ちで見るのは初めてでした。

常に圧倒的な強さを見せつけ、訪れたピンチでさえも、精神力の強さを見せつける舞台へと変えてしまうヒョードル選手はMMA界に君臨し続けていた王者でした。

あまりの強さ故に、ヒョードル選手の試合が始まると、「どのようにヒョードル選手が勝つのだろう?」。関心はその一点に集約されていることが、ほとんどでした。

負ける気配を微塵も醸し出さなかった王者に、負けることを心配することは、ただの取り越し苦労でしかありません。

今となっては、色々な意見が出ていると思いますが、ヒョードル選手がコンスタントに試合をしていたときは、それほどまでに突出していた存在であったと思います。

PRIDE時代にヘビー級の王者としてつけられた"60億分の1"という言葉がヒョードル選手の形容詞となっていますが、この言葉をこれほどまでに体現し続けてきたファイターはMMA史上ヒョードル選手しかいなかったと思います。

60億分の1といって良い程、生物レベルで他のファイターとは一線を画していた存在でした。


2010年6月、ヒョードル選手の事実上のMMA初黒星。

アントニオ・シウバ選手との試合開始早々から不安な気持ちだったのは、このヴェウドゥム選手との対戦で初黒星がついたのが最大の理由だったことは言うに及びません。

ただヴェウドゥム選手に負けた直後は、「たった一回くらいたまたま負けることは誰だってある。」、「一回負けたからといってどうかなってしまうファイターじゃない。」ということで自身納得していました。

次戦以降はいつも通り、また勝ってくれるはずだと。

それは、「また負けてしまったらどうしよう。」という不安の裏返しだったのかもしれません。

今回のアントニオ・シウバ選手との試合で、ヒョードル選手はいつもとは違う曲で入場してきました。私の記憶ですと、ヒョードル選手が入場曲を変えたのは初めてです。そんなところも気になりながら、アントニオ・シウバ選手との試合が始まりました。

シウバ選手との体格差は一目瞭然。

不安もありながらも、「何とかヒョードル選手、勝ってくれ!」という想いで試合を観ていました。

その想いが2Rで「何とかヒョードル選手、負けないでくれ!」に変わり、最後は言葉が出ませんでした。

2R終了時点でのドクターストップ。

ヒョードル選手は衰えたという意見と、ヒョードル選手がMMAの進化についていけなくなったという意見が出ています。

私は前者の意見を支持します。

確かにMMAの技術は進化していますが、シウバ選手の戦いぶりに、その進化を表すような新しいものは見られませんでした。

ヒョードル選手の衰えは、傍から観ていると気付きにくい、本人にとっても誤差程度のものなのかもしれません。ただ、トップ選手になってくると、この誤差程度のものが致命傷になるのでしょう。

パワー、スピード、タイミングの計り方などに、ヒョードル選手にとって僅かですが大きな衰えがあったのでしょう。

前回のヴェウドゥム選手との試合でも、ヒョードル選手のイメージの中では、ダウンを奪った後にパウンドで仕留められるか、三角締めを外して追撃するという動きが出来上がっていたかもしれません。

ただ、ヒョードル選手自身のイメージと実際の体の動きなどに若干の誤差があり、あのような結果になってしまったのだと思います。

今回の試合でもシウバ選手は、ヒョードル選手のことをよく研究していましたが、ヒョードル選手が研究されることなど毎度のことだと思います。

ピーク時のヒョードル選手は、相手が研究してきたものを凌駕する強さを発揮していたのでしょう。今回のヒョードル選手はシウバ選手の想定内だったか、それ以下のヒョードル選手であったことを意味すると思います。

ただ、ヒョードル選手のメンタルだけは衰えていなかったと思います。金網を背にして体格で上回るシウバ選手相手に打ち合うシーンや、シウバ選手のパウンドや肩固めに耐え、最後は逆にアキレス腱固めを狙ったシーン。

ヒョードル選手の気持ちは最後まで折れること無く、冷静でした。


そのヒョードル選手が試合後に冷静に口にした“引退”という言葉。

試合前から予期していた部分がありつつも、今回の試合でそういう時期だと確認し、諭したのだと思います。

今がまさに、そのタイミングなのかもしれません。


今回負けてしまいましたが、それでも私はヒョードル選手が好きです。

2000年代のMMAの歴史の中で、ここまで“最強”という幻想を抱かせ、それを証明してきたファイターはいないのですから。

そして、その強さのみならず、謙虚な人間性にも魅了されていたファンも多かったと思います。

これからのMMAが続いていく中で、エメリヤーエンコ・ヒョードルという人類最強の王者がいたことは、永遠に語り継がれるでしょう。