高速道路がG・W期間中、国内走り放題で、1,000円になるという。


これも自民党の選挙目当ての国民の関心を買わんとする


経済政策の一環だが、まったく杜撰としか言いようがない。


野党の民主党が、全国の高速を無料にするとの向こうを張って、


無料では民営化時に、45年間で償還を約束したものが、


出来なくなるというわけで、1,000円に落ち着いたものだ。


仮に1,000円徴収したところで、償還できないことは衆目の


一致するところで、需要予測、経済指標等でたらめの数値を


塗布して40年という数字を導き出していて、ほころびが


表面化すれば、その時に修正を加えればいい、という位


にしか考えていない。


経済政策を謳うのであれば、大型車を値引きした方が、


物流のコストが引き下げられ、物価の値下げになり、国民には有益である。


 そもそも民営化された高速道路の利用料に、国が手を


出すことが間違いである。株式会社になったのだから、


利益を上げて株式の価値を高め、良い条件で株式上場を


果たせば、現在の株主である国も高く株を売ることが出来、


借金の返済資金に充てられるのは当然である。


今の政府を見ていると"100年来の経済危機”をいいことに、


ポピュリズムの最たるもので、定額給付金といい、


総選挙を目前に控え、国民の目の前にアメをブラさげている


ようにしか思えない。


税金のバラまきとしか言いようがない。



最近アメリカで流行っている言葉は、「frugal」である。


「つましい」とか「質素」という意味だが、つまりは節約して


無駄な出費を抑え、地に足のついた生活をしようというのである。


消費主義の第一線を走り、自宅を抵当に入れてまで引き出した


現金でラグジャリーに散財していたのと同じ国民とは思えないほど、


最近のアメリカ人はひたすら“質素路線”を這いまわっている。


そして、その流れに見事に便乗したのがクーポンビジネスだ。

http://diamond.jp/series/beyond_valley/10041/

 最近、日本でも家電量販店でもカードを発行し、商品購入額に


合わせてクーポンを出す所が増えてきた。


一昔前は、航空会社がマイレージを発行し、飛行機に搭乗すれば


ポイントが増えていき、ある程度貯まれば一定路線が無料になる


クーポン券が今も続いている。


もっと昔では、商店街が商品購入額に応じて福引補助券を出し、


一定数貯まれば福引が出来る福引クーポン券が流行った。


元来、貯蓄志向の強い日本人には、貯める事に何の抵抗も


見せないが、自己責任の確立した欧米では、


他者が責を負うものに、おいそれと乗らない国民性だけに


不思議な現象といえる。


 さらに日本の政府が便乗して、最近エコ・ポイントを言い出した


からややこしい。元々お上のやることに何の疑いも抱かない


国民だけに、得になるのであれば大丈夫とばかり、


早くも一人歩きを始めている。


古くは頼母子講、マルチ商法、オレンジ共済など出資者すべてが


儲かる商法等あり得ないのがまだ分らず、懲りないらしい。


企業はクーポンを発行しても値引きで穴埋めし、購買力が


増えれば利益につながるが、政府がやれば損した分は


後で税金で穴埋めしなくてはならず、最終的には増税で


国民の負担になる。


しかも便乗して、悪徳商法も登場しないとは限らない。


国がクーポンを発行するのは絶対反対である。



 和歌山毒物カレー事件で、林真須美被告(47)に対する


21日の最高裁判決は、検察側の状況証拠の積み重ねによる


立証について有罪認定のレベルに達していると判断した。


今後の司法判断に影響を与える可能性もある。


だが裁判員制度の模擬裁判では、状況証拠だけの事件で


4割強が「無罪」に。制度開始に向け、検察、弁護側共に


新たな対応が求められそうだ。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090422-00000007-maiall-soci

 

和歌山毒物カレー事件は、来月21日から始まる裁判員制度に


向けての、格好の裁判事例として、注目を集めた。


1審、2審では死刑判決、21日の最高裁では上告棄却の


判決が示された。異議申し立てが無く、再審請求が無ければ、


死刑判決の確定となるが、確定まではまだ当分かかりそうだ。


 折りしも5月21日から、国民参加の裁判員制度が始まるが、


果たして同じような判決となり得るのか難しい問題を孕んでいる


と考えられる。事件を冷静に見てみれば、状況証拠のみで、


林真須美被告も自白をしておらず、果たしてこれだけの真理


解明で死刑判決が下せるのか、疑問である。確かに、被告は過去に


保険金詐欺で、ヒ素を使用して傷害致死の前科があり被疑者に


違いはないが、被疑者の近所は農家が多く、ヒ素を入手するのは


簡単である。さらに林被告は隣近所からのけ者的な扱いを受け、


動機の一つとして考えられるが、証拠としては弱すぎる。


かといって、全くのシロとは考えれない。


 戦後の再犯事例を見ても、検察の行き過ぎた取調べで、


無罪になった例が多い。ここにも今回、裁判員制度を取り入れた


事由が隠されていると思う。世論は、死刑が当然のごとく雰囲気が


漂っており、司法の素人集団の公開裁判は、集団リンチに値する。


理性を働らかして、冷静な議論を積み、偏見なく結論を得るよう、


司法のプロである裁判官のみの裁判より、公平無私な市民を


裁判員に起用することに、期待もするが、反面、世論に流されないか


危惧も少しある。




上海の自動車ショーが人気を呼んでいるそうだ。上海では来年、


万博が開かれるが、出展契約が4割しか進んでないそうで、


そちらの出展具合が気にかかる。


今回の自動車ショーも、11月の東京での自動車ショーを回避して、


出展した企業も多いと聞く。


今、世界経済は中国の大市場を抜きにしては考えられないほど、


大きな意味を持つ。昨年の北京でのオリンピックの成功で、


一躍世界の先進国入りを果たしたが、国情の不安定さから全幅の


信頼を得たわけではない。


一党独裁、自由主義経済という一見矛盾する一国二制度を


堂々と標榜する中国だが、貿易リスクについては


忘れ去ってしまったようだ。

 いくら、民主化が進んだといっても、情報統制は厳しく、


政府に批判的なマスコミ・メディアは廃刊に追いやられるのは、


昔も今も変わらない。


北京五輪後の北京の情報は、極端に少なくなったが、


以前のような建設ラッシュは過去のものとなっただろう。


過去にもナショナルプロジェクトの宴の後の経済の落ち込みは、


いくら中国でも変えられないだろう。この落ち込みのいくらかでも


カバーしようと、上海万博開催に手を上げたものの、


参加国・企業が思うように集まらないのは、まだ疑心暗鬼があるのだろう。


 自動車産業の企業は大市場に、乗り遅れまいと参入に躍起だが、


国交については国際舞台で中国と対等に付き合うには躊躇せざるを得まい。


従来の経済学の想像をはるかに超える規模で、いわゆる想定外の規模で


発展を続けているが、いつバブルがはじけるのか、


以前と同じようなはじけ方なのか、予想がつかない。


経済学者も中国経済の成り行きについて明快な解答を出していない。


どだい経済学者はいい加減で、過去の事例で想定することが多く、


外れると想定外の問題が起った、で片付けることが多い。


いずれにしても、13億人が食べていかねばならない中国で、


すべての人々が公平で平等に過ごす事が、大変なことであるのは


火を見るより明らかである。


内乱、避難民など考えるだけでゾッとする。





 世襲議員の制限法案を、国会に上程する動きがあるが、


本当に出来るのか疑問を持つ。与野党で、4~5割の世襲議員


がいるだけに、相当の反対が出るものと予想される。


自分たちの身分を左右するものだけに、おいそれと首をタテに振る


わけにはいくまい。職業選択の自由を侵す、憲法違反だとか身勝手な


論理を主張しているが、選ぶほうにも言わせて貰いたい。


そもそも税金で歳費を支払うのに、職業といえるのか。


特別国家公務員である以上、無償制でもいいくらいである。


地盤、看板、金庫番が選挙の三要素といわれるが、最初から


地盤がついていて、他の候補者より2~3馬身先からスタートするような


選挙に逆に憲法違反と言いたい。

 会社でもオーナー企業を引き継いだ2代目、3代目で衰退する


場合が多い。相続税の問題もあるが、政治家の場合は、親の政治団体


がそのまま無税で引き継げるのも不公平の極みである。


政治資金規正法にしても、政治家の年金にしても自分たちの利害に


左右されるものに手心が加えられるのを見過ごしには出来ない。


より厳しい自己抑制が求められるべきである。そもそも政治家を


目指す人間が、まったく畑違いから来て、世襲以外に知名度のみで


当選し、一から勉強させてもらいます、と言うのが間違っている。


謙虚な姿勢にも見えるが、高額な歳費を得て、勉強されたのでは


納税者はたまったものでない。勉強は、みんな自分の収入で賄っている


のが普通である。議員に当選すれば、当然のように海外視察とくるが、


海外は議員になる前に、自費で見聞を広める為に済ましておくべきものだ。


 戦後の外務大臣、藤山愛一郎氏は選挙のたびに自己の田畑土地を


処分し、最後は無一文になるまでロシアとの外交に身命を捧げ、


総理候補にも選ばれたが、資産が続かなかった。


政治家を目指すには、財を投げ打つくらいの信念と、憲法・財政学・


思想史くらいは最低限、頭に叩き込んで、国政に携わって欲しい。


地方の議員にも同じことが言える。地方であれば、地方自治法は


最低限、必須科目である。タレント首長が持てはやされるが、


仕事として就くのであればご遠慮願いたい。下で働く職員にも可愛そうだ。


モチベーションの低下だけでなく、誰もが優秀な上司に仕えたく


思っている。名前と、腰掛だけでは長続きはしない。