怪物は時にとてもかわいらしい姿で、
じぶんが、精神の底の方でひらひらになってしまう想像ばかりをする
ばかりをして、夜中、電話ボックスで叫ぶ女の声をききにセブンイレブンまで歩いたりしている
そこには何人もの警察官がいて、女を取り囲んでいた
いやだ、いやだ、いただ、と叫ぶ女の秩序、
その先にあるパトカーの秩序、
煌々とした、コンビニエンスストアの秩序
明るいことは圧倒的に正しい
正常はこちらだ、コンビニの店内だ、
ここに出入りして、漫画を立ち読みしている間は、圧倒的に正常の側だ。
かたや、真昼の銀行
窓口にて、わたしはじぶんが裸のまま社会に出ているような気持ちになった
半ば泣きそうな声と震える手で書類を記入した
その書類をかなりの期間放置していたことと、
離れたところでわらってくれているそのひとの眠気と、
近頃わたしがつくりだしたいくつかの不穏と、
そのすべてがいきなりつきつけられた
終わりかけの銀行はシャッターで遮断され
わたしはすぐに、(そそくさと)やさしい日常の方へ帰った、
帰れた、気がしている
だってそこでおわりだった、
わたしにとって、そこがハッピーエンドだった
つづいてゆく日常を、わたし、はわたし、のままでつづいていけるだろうか
わたしを、きちんと保っていけるのだろうか
笙野頼子の「なにもしてない」を読んでいた
完全に精神が身体を出てしまう描写にぞっとした。
わたしはわたしを、きちんと保っていけるだろうか。
でもこの生活は手ばなさない
つづいてゆく、努力をする
笑いつづける、努力をするのだ
できないことは何もないと思う
単なる感情と理想が2Kの家として具現化したように
わたしたちにできないことは、なにもないんだと思う。心底に思う。
読書日記
書くことは溜まっている
「ノルウェイの森」を見た
また詳しくいろいろ書こうとは思うけれど、あまりすきではなかった
映画としては完成度が高い気がする
男性のリリシズムを美化したみたいな、そんな感じ。に思えた。
文藝に掲載されていた柳美里の「自殺の国」という小説を立ち読みした
90年代を引きずってる感じで、なんだか少し滑稽に思えてしまった
普段使っていない言葉で小説を書くのは結構危険
なんというか、客観的に見て面白い感じになっちゃう
西原理恵子の「ぼくんち」という漫画を借りて読んだ
すきだった
家族とか町とか、小さな共同体の逃れられなさ
大嫌いでも恨んでいても、一緒に生きていかなければいけないということ
極端なふたつが共存していると思った
たとえば笑うことと泣くこと、恨むことと愛すること、生きることと死ぬこと
それから、雪が降った。
夜中、灰色の飲み屋街のファミリーマートから出てきたら、これまた灰色のカップルが空を眺めていた。
一緒になって空を見上げると、ひらひら
くたくたになったサラリーマンも酔っ払いも橋の上でずっと待たされている女の子もみんな空を眺めていた
誰にでも等しく、
そう思って彼氏にメールをしたら、そこから徒歩10分のうちには降っていないと返事が来た
誰にでも等しく?
家に着く頃には止んだ
等しいということ。
用意されたほかほかの卵スープと麻婆豆腐を食べていたら忘れてしまった
あのときやっていたことばの、断片すらも、いまここにはない
凍える線のような
今年まだカレーを食べていない、ということに気がつく。
毎日寒すぎるからあたたかいものを求めるのか。
マジスパのチキンカレー(虚空)食べたい。
∞
ずるいよずるいよ、って子どものように駄々をこねた深夜
駄々をこねても才能やチャンスは手に入らない
欲しかったものはなんなんだったっけな
顔の見えない百万人の喝采よりも
その声を沈黙させたかったような、
なんだったんだろう
月は饒舌であった
おどろくほど冷静で
かなしいくらいにここにはまだ、なにもなかった。