沈殿
とてもうつくしい日記を書くひとを、
私は数人知っている。
うたうような、泳ぐような、それ故嘆くような、ほろほろと笑うような
昨日、ものすごく苦しくなった。
そのひとの言葉は余りに、可憐で繊細で強いので、
私の胸はどんどんきゅうきゅうになり
時間を止めてしまいたい。
ちょっと待って。あとすこし。すこし。自分を立て直すのにあと少し。
そう思ってもこの生命体は、呼吸をするしものを食べるし歩行するし眠るし
思考などしなくとも生きてゆくことはできる
それでもすてきな花は開く開く開く
小さな部屋で、
ひっそりとキーボードを打ちながら
私には何もない、と思う。
からっぽの頭がどうにかしてからからと鳴ってしまわないように、私はふわふわの帽子で武装する。雨。なんてつめたい。
むだい
自分の言葉がまったく響かない
感覚を伝えない
ふんわりとあったことを提示するのみ
ばかばかしい
すべてそらに響く
残響音
たとえばそういうものでしょう?
あああああ
なんにも力を持たない
なにも書けるわけがない
もう十分ですよ
ああだこうだと色々を批評し切り離し
すべてを追いやった先にあるものが、
言うにことかいて雨?風?花?
ばかばかしい
やめてしまえそんなもの
中途半端なまま
お前は何もできない
なんの能力も持たない
センスのかけらもない
ただひたすら未発達の感覚器官だけを持て余して
思春期のまま貧乏したら良い
ウエイトレスでも清掃員でもなんでもいい
あらゆるひとに愛想を振りまいて
いろんなひとに甘い言葉だけを求められて
宙ぶらりんなままにでも、
求められるチープな幸せだけに頼って
あああああああああああ
違う違う違う違う
そんなことおもってもないくせに
ああもうもうもう
考えることを放棄する
夜である、嫌なひとの言葉ばっかり耳に残る
自分自身の茎の折れているときに説教されることに果たして意味があるのだろうか
そしてそれをそうやって逃げてばかりいる自分に、果たして意味があるのだろうか
正しいものってなんなんだろうか。
自己規定。
いまいちできないまま、
うーん。私、泳ぐように生きていきたい
とか言う、また逃げ、甘ったれ、
泳ぐ感覚などもうとうに忘れた
どうしたら芯のしっかりしているように生きていけるのか
夜に染まりたくない
身体が、もう、不安定、
見え方の問題なのか。
私自身の問題なのだけれど、だってずっと他人は他人だったから見え方などどうとでも
でもでもでも
どうしてこんなにわけのわからない生物を愛せるのだろうか
いつになったら見えてくるのか。
小さなもの、細かいもの、息づかい、感触、色、とか
いつになったら、人生などと語れるようになるのか。
方法論。ごく限られた方法。
世の中にはもっと、新しい、ふしぎな方法がたくさんあるのでしょうね。
才能って能力ってなんですか。
そんなの結局そのときの心持ちの問題なのではないのですか。
ねむりたい。
にげたくない。
しおれそう。
あいたい。
メモ
じっと目を凝らすと、
夕方6時は未だ、黒でなく群青である
私のなかにも
あなたのなかにも
この色がある
たとえば
電線の黒を見ると
泣きたくなります
たいせつにしていた詩集があった
動物園と檻と動物と観るものについて示した
呑まれる。
呑まれている。
居心地の良い、体液のような、声。声。声。
答えはないですがここには声があります。
諦めてしまったかのようにやさしく途切れる言葉、或いは吐息
呑まれている!
彼の右脳の中にいる
ときどき左脳の中にもいる
私はそこで、ちゃちな一個の固体に過ぎず
溶かされも壊されも諭されもせずただ、
ただただ呑まれている
彼の思考の方向の中にて。
動けなくなってゐる
音、
壊れないようにそっと
声、
あなたのものであるところのもの
片足
バレリーナの、
声。声。声。