うなぎ | あしたうさぎ の 散歩日和 ー と 衣食住、ときどき好きな事。ー

あしたうさぎ の 散歩日和 ー と 衣食住、ときどき好きな事。ー

旧タイトル
あしたうさぎの朝ごはん ー野菜ごはん、ときどき、好きなこと。ー

足りないものを補い身体を整える朝ごはん・・・の事を書いていたけど、2020年から以外の事を書く機会が増えました。写真の著作権は放棄していません。ご使用ご希望の際はご相談下さいね。

 

 

 

 

鏡開きをするお餅の無い今年。


 

1月11日(土)は

 

栃餅で磯辺焼きをして食べてから

 

渋谷のBunnkamura へ。

 

 

 

 

映画 『写真家ソール・ライター

 

急がない人生で見つけた13のこと』

 

を観るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真家であり、画家でもある。

 

 

(もともとは後者を志望。

 

 だけどどちらに関しても自分を

 

 過大評価することを避ける。)

 

 

そしてその生い立ちを遡れば

 

私にとっては

 

「ハンスギーベンラート」

 

(神学校・そこにも止まれない知性

 

 ・なのにそこから逸れた事から

 

 結果的に醸し出されるもの)

 

と重なるし、

 

 

 

 

作品に関しては荒木経惟に


 

(「性を知る」を知性かと思う私。

 

 結果的にモノクロもカラーも、

 

 両方写真作品に押し上げた

 

 「功績」も。・・・でも

 

 そう言われるのはきっと嫌で


 先人の名前を挙げてみたり、


 凄さを感じさせないように茶化したり、


 ・・あえて『天才』と言うのも・・ね。)


 

重なるし、

 

 

 

 

 

 

 

 

その彼の晩年にインタビューして

 

作られたこの映画は

 

(実際は皆無ではないだろうけど)

 

13章の章立てにする事で

 

撮り手の考察を盛り過ぎないで

 

見事に詩的(散文調)

 

作られているなあ、と。

 

 

 

(2時間に満たない

 

 ドキュメンタリーでした。)

 

 

(だってきっと、詩人、ですから。)

 

 

私たちは今回

 

映画を観る事が主で足を運んだ。

 

 

でも本来は

 

Bunnkamuraザ・ミュージアムで

 

催されていた展覧会の方が主。

 

 

 

 

 

 

1階でお昼ご飯を食べてから

 

あらかじめセットで購入していた

 

チケットを持って向かいました。


(大きな人がネットで予約する時に


 セットのイベントと気づいた。)

 

 

 

展覧会はとても混雑。

 

「今、どうして美術館がこんなに

 

 混雑するようになったのか?」

 

ということも話しながら観ました。

 

 

 

 

 

 

 

今はすでに取り立てての新しさを

 

感じないかもしれない

 

「とあるタイプ」の写真が

 

 

ソール・ライターからも始まって

 

いると私は思っています。

 

 

 

(写真展に関して言えば

 

 デジカメが出てカメラ人口が

 

 増えた事でその「最初の人」に

 

 触れたい人が増えて

 

 ネットで情報も得られて・・・

 

 という事だよね・・・って。)

 

 

 

 

でも誰でも真似して出来るのでは

 

ないけれどね・・・と。


「感じる」のと「作る」のが


ほぼ同時に行われるのだけど、


それにより


そこに『その人』が存在するのだから


出来ないのよね、と。


 

 

(画一的になりつつあった価値観が

 意味のないものになって崩れて。

 好きと思えるものが増えたの

 だったらいい。)

 

 

 

 

 

ミュージアムの後はいつものように

 

本屋さんをのぞいて・・・後はもう

 

やりたい事がありません。

 

 

昼前には静かだった渋谷はもう

 

すごい人で、私は今は

 

その雰囲気に圧倒されるように

 

なっちゃった。


(昔は例えばロフトとかハンズとか


 渋谷でこそ・・という楽しみがあり


 せっかく足を伸ばしたのだからと


 店内に入れば意外と空いているわけで)


必要としている物、欲しい物が無くて。


(入ったら興味を惹かれる物あるけど


 それはキリが無くて。)

 

 

 

なのに!

 

新しくなったパルコに行きました。

 

そこではもっと沢山の人の波に

 

のまれました。

 



 

しごく客観的に見れば

 

新生パルコは異次元の世界で

 

面白い。


90年代の焼き直しみたいな雰囲気もある。

 

 

それがまるで

 

台湾でいくつか見た最先端の

 

ショッピングセンターみたいで

 

面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 





 

12日(日)は

 

前日しまい忘れた「鏡餅」の

 

黄色いその頰が幾分こけているのを

 

あらためて撫でてから

 

「来年までサヨナラ」と。

 

さて今日は何をやりましょうか?


 

 


 

映画『うなぎ』を観ながら

 

自分の古いジーンズを繕いました。

 

ダメージジーンズを買ったのに

 

その穴が大きくなり過ぎて

 

寒くて履けない・・・としばらく

 

履いてなかったので。

 

 

(昨日はここまで・・・。)

 

 

 

 

で、その『うなぎ』が


もう信じられない良さだった。


唸るー。



 

「ながら見」をする事も多いけど

 

数分間、歩き回る必要もある


家事をしながら見たところで、


一瞬も見逃したく無い作品と気づき

 

針箱とジーンズを手にこたつに入りました。

 

最初から見直し。

 

 

 

 

 

この映画はしみじみと

 

達者な役者さんばかりが出ている

 

ものだと思ってきたけれど、

 

これほどまで「監督のもの」だったとは。


(初めてではないのだけど。)

 

 


カットの数がすごく多いのですね。


最初の方なんかそれこそポジ


・・スライドの連続。


 

前日ソール・ライターの写真に

 

散々触れてきたものだから

 

その写真の積み重ねである事実が

 

これまで以上に迫ってきたのだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえばソクーロフの映画も


より一層好きになった昨年でした。


20年経って『1番好き』は横並びに


他にも増えた、増えすぎたけど。



 

空白だと思う、

 

自ら空白にしたと思う、

 

私の時間の積み重ねのうんと最後の方で


(ここのところ・・・ということ)

 

 

川の側で生きる人々の映画

 

『ポー川のひかり』

 

(エルマンノ・オルミ)

 

出会えた事も大きいかな。


で、以前からの『1番』さんも


振り返ってみたらパワーを増して


迫って来たのです。


そして「それら」と「これら」は


どこかしらで似ていて、


『やっぱりね』と思う。

 

 




 

映画でも写真でも絵でも

 

ソール・ライターが自分を過大評価

 

しない理由としたように

 

どこかで過去の作家への

 

「オマージュ」をしてしまうもの。




自分の中の原始的な感性に沿って


それを苦労することなく無意識に


使いこなして制作する人はかえって。


かえってそういう人同士で似てくるもの。


盗作と言われるのを避けることに


むしろ神経を使わなくてはいけないくらい


勝手に似てきたりして。





 無意識の中で行われるオマージュも

 

「過去と今、それぞれの

 

 作品世界を広げる」事を

 

自然と再確認できたな。


だって本当にあれやこれやと


似てくるものです。