おととい、お風呂あがりに歯を洗っていて・・・
ふと
私は、大きなケガをしないように、この脚をもらったんだ・・・。
と思った。というか、気が付いた。(腑に落ちた)
というのは、先週のオーラの泉新春スペシャルで美輪明広が、
【義理の弟の結婚相手の首にある傷が気になって、結婚話をまとめたくない】
とある知り合いの人のエピソードとして話しをして、
話では、
その傷は、前世から繋がっている傷。あなた(美輪明広の知人)がつけたようなもので、
前世でも今と同じように、あなたが率先して2人の結婚に反対したから、傷をつけざるをえなかったんじゃない。
あなたはそのときの間違いを繰り返さないように今、いるんじゃないの。
だから、率先して結納を取り仕切り、祝福してあげなさい。
で、今は親戚一同円満とのお話で・・・。
オーラの泉の中で出てくる2人のお話は、何も特別なことではないですよね。
いつも、いつも、人として当たり前の話をされています。。(ゲストに関する話以外は)
人は、徳を積んで初めて、次の段階(ステップ)に進んでいく。
私は、何かうまくいかない、
何をやってもうまくいかない停滞しているときって、その階段の踊り場にいるんだと思います。
一つのステップって、上らないと、いた場所が見えないし、
その1歩上がるためには、同じことをしていてはだめ。。(できて初めて1段上がれるともいえるけど)
人生は螺旋階段だから。(角ばった階段でもいいけど)
四季も同じで、毎年毎年同じだけど、年数は増えているわけです。。
(これは、コンサルタントの神田さんの春夏秋冬論で出てきます)
四季も人生の螺旋階段も、上から見れば円だけど、
横から見れば、上に上がっていってる。
今生きてる人生=社会に生きる今
前世=自分の記憶
も、同じ人間が経験してることなんだから「そっか、同じなんだ」と、この番組で確認できたんです。
同じことを繰り返すと踊り場から1段上がれないし、
前世と同じことをしていたら、また同じ人生で生まれてくる。
歯を洗いながら、傷か~、(オーラでの話)
で、その前のお風呂場では、お湯をかけたとき、ぼーっと、「脚か~」と思ってて・・・
で、ふと、そこで腑に落ちた。。。
ケガをさせないために。脚を失わないように。
同じことを繰り返させないために、この脚を授かったのか!
私、脚モデルをしていなかったら、ものすごい大きなケガをしていたですよ。
自分が小さい頃のケガの頻度とかを考えると、今の私のケガのなさは考えられないから。
幼稚園のころ、
自転車の後ろから後輪に足突っ込んだことに始まり、
左手中指の爪を取り(門の木戸で思い切り挟んだ)、
額を打って縫って、
階段から落ち左足をひどくくじき、
右手首を折り、
左足の小指の骨を折り、
あげくに、犬に顔をかまれ・・・
(ちいさいケガを挙げたらキリがない・・・)
ケガではないけど、いじめも私の人生には必要だったのかもしれない。
パーツモデルをしたことで、自信を持てるようになったから。(自分を取り戻したというか)
だから、守らなければいけない職業。【美】としての脚。。。
昨年のタロットでの話、先週のオーラでの話がここで合致!
前も書きましたが、昨年、タロットで見てもらったとき、
【前世では、あなたの脚は、美ではなく実用として使われていたんです。
でも、ケガか、失ったかで、使えなくなってしまったんです。
だから、今世では、美としての脚を授かったんですよ。そしてね、死ぬまで歩けますから大丈夫ですよ!】
私がこの話を聞いて、真っ先に思ったのが運動選手。
これも根拠があるんですよ。。
昔、東京医科歯科大の整形外科の膝の専門医に
【これだけの脚があれば、(膝の反りがない、まっすぐとか関節の柔らかさとか総合的に見て)
運動やっててもいいとこまでいったよ。水泳とかバレエとか。でもね~、ケガに泣いたと思うけど。】
と言われたことがあった。
実は、バレエとかダンスとか小さいころずっとやりたかったもののだったんですね。
(水が嫌いだったんで水泳は違うんですが・・・)
もし、運動機能としての脚として使っていたら、その寿命はきっと短かったと思うけど、
維持していくのが職業だったなら・・・
ナットク。。。
この話を母にしたら、
【それは言えているわね~。ほら、先生にも言われたのよね、運動選手でもケガに泣いたって。。。】
自分の中で、納得ができることほどうれしいことはないです。
自分にしか分からないことでもあるんですけどね。。
でも、誰が何と言おうが、自分が納得してなければ(自分に正直でなければ)、
周囲の物事、人に対して、素直(誠実)でいられないですし、感謝もできないですもんね♪