保育園時代を振り返って色々ブログに書こうと思ってますが、いくつかの発達障害の片鱗を感じさせる出来事はあるものの、保育園や日常での出来事にあまり思い当たるものがありません。

数年前の出来事だから忘れ去ってるものもありますが、この頃は毎日大変だったわけではなかったのです。


それはなぜか。

基本的に娘のわがままを聞いていたから。


面倒くさかったんです。


あれしたい、これしたい、たくさん娘からの要望がある中で、ダメだよ。とは言っても恐らく娘は喚いていたはずです。

それで、まぁいいか。となって許していたんです。


許せば癇癪はおさまり、こちらも楽でした。

それを繰り返していたので毎日がすごく大変だ!とはならなかったんです。


典型的な失敗育児です。



保育園でもすごい問題児という扱いではありませんできた。

よく言われたのは、

娘ちゃんはマイペースだから〜

でした。

同じクラスの中で外国人の発達が遅い子がいたのも目立たなかった要因かもしれません。


娘はお箸を使うのも勝手に覚えたし、文字を覚えるのも早かったです。お遊戯なども覚えるのは早く、そう言った面で手がかかることがなかったのです。

先生の指示に従わないはあったでしょうが、どの先生もお母さんのように接しているため娘の扱いは上手でした。

娘も先生たちが大好きでものすごく困らせることはなかったのだと思います。


クラスの保護者からも先生からもマイペースというキャラ付けとなり、発達障害は覆い隠されていました。


私たち家族によるなんでも言うことを聞くという失敗育児とマイペースというキャラ付けにより、娘の特性は隠され、この時に気付くことができなかったのです。


もちろん、習い事での出来事などでこの子変だなとなるシーンはたくさんありました。

振り返れば、アレもこれも発達障害じゃん!と思える出来事はありましたが、知識も何もない私たちは気付きませんでした。


そしてこのまま小学校に進学し、地獄のような日々を迎えることになったのです。

 はじめての習い事


年少の夏休みから初めての習い事、プールを始めました。

なんでもやりたがりの娘は、体験してみる?と聞くとすぐに、

やる!!!ニコニコ

と大はしゃぎ!


まずは体験講習に。なんでも大体のことは熟させていた娘は初めてでも級を飛級できました。


その後、続けたいということでそのまま入会しました。


毎週楽しみにしていた娘ですが、時には中々1人でプールサイドに降りれないこともありました。

でも、付き添えばちゃんと参加ができました。





参加はできました。





プールは1人でやる競技なので集団行動が苦手でもオススメとか目にしたことがあります。




多動児でなければ!

いいと思います。



1人でやる競技だけど、泳ぐのは順番です。

つまり列に並んで順番を待つのです。


プールは親は大体上からガラス越しで見学することが多いと思います。

娘が通っていたプールもそうでした。


毎回、上から見ていると並んでる最中にプールサイドをウロウロとしています。

コーチの説明も聞いているそぶりは見えません。


それを見るたび、

ああ、またうろうろと…滝汗

あ!順番抜かされてる!怒るなよ??滝汗

あー、絶対説明聞いてない滝汗

あああ!やっぱり聞いてないから違う泳ぎしてる滝汗


と、常にハラハラとしていましたゲロー


まだこの頃は、まだ小さいからおねがい

仕方ないよね〜照れ

という気持ちでもいました。



定期的に参観日のようなのがあり、親もプールサイドに降りて見学ができる日がありました。

その時にコーチと直接お話し出来る機会をもらえます。

大体はアドバイスなどをくれます。


その時に私が言われたのは、

言うことを聞いてくれなくて困ってます。

でした笑い泣き


もう、本当にすみません、すみません!!!という気持ちでいっぱいでした。



プール自体は小2の夏頃まで続けました。

泳ぎ自体はそこそこ出来てましたが、この多動、話を聞かないはずっと続きました。

徐々に他の習い事が忙しくなり、それを理由に辞めました。


本当は小2にもなってまとめにレッスンが受けられない娘に周囲への申し訳なさもありました…。

小さいうちはまだ小さいからで済むことが段々と周囲との差が顕著になり、親のメンタルも削られた時期でもあります。

 

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 警戒心ゼロ

 

0歳児の頃の娘は警戒心の塊でした。

ですが、この頃は真逆の警戒心ゼロ女になってました。

 

誰にでも話しかける、誰にでも抱きつく。

誰とでも友達。人類皆友達と思っていたのです。

 

お迎えに来た他のママたちにもこれをやっていました。

子供好きのママたちからは大変受けのいい娘でした。

 

が、みんながみんなそうはなりません。

一部の人からは、なんなの?!この子?と当然なりました。

 

特にうちの隣の一家からは大変避けられてました笑い泣き娘は隣のお兄ちゃんと遊びたいと、追いかけまわし、その娘の奇行に引いてしまう隣のお兄ちゃん。

これはマズイと思い、娘に、

 

ぐいぐい行くと嫌になっちゃう子もいるんだよ。押してばっかりじゃなくて、引いてみるのもいいよ!!

 

と、恋愛技の押してダメなら引いてみな!を、伝授しました。

 

そうなんだニコニコ

 

なぜかそれに納得してくれた娘はそれ以来、隣のお兄ちゃんに対しては引くことを覚えました!

会ってもぐいぐい行かずに我慢できました!

 

結局、お兄ちゃんからのアプローチはありませんでしたが。

 

そして、なぜかその後も娘は隣のお兄ちゃんにはぐいぐい行くことはありませんでした。

たぶんすべて忘れたのですにっこり

何もかも忘れる子なので。

 

 

 

 エンドレス絵本

 

1歳ごろから絵本が大好きだった娘。

文字を読むのも早かったですが、この頃はまだそんなにたくさんの文字は読めません。

 

そこで、繰り返されるのが止まることがない絵本読んで攻撃…。

夜寝る前にえんえんと次はコレ、次はこっちと終わりがありません。

 

同じ本を何周も読まされ、こちらも眠たくなり…

そのまま親が寝てしまうこと多くありました。

 

そのたび、

「ママ、起きて!ママ!」

と起こされ…ネガティブ

 

 

 

この本好きは今も止まることなく、一生続くのだろうなと思います。

小学生時代ほとんど本を読むことがなかった私たち両親とは正反対の娘。

現在も本を読み続け、学校では授業中も読み続け先生に本を取り上げられる始末です。