「金神の艮の文(トドメノフミ)」を読み解く(み魂磨き)
自身の回心も込めて、秋田の聖母マリアの涙の数、101回にしておきます。
トドメノフミを読み解くから、反省、瞑想、祈りの実践に入りましたので、体験を通して、見えて来た方法論をこちらに移します。
反省、瞑想、祈りは、信仰を軸として循環しています。
初歩の入り口のところから進めていますので、役に立つ方もいるでしょう。
「琵琶湖平静経」講義では、平静心とは、入口であり、出口であると説かれています。
最終的には、この部分、道(タオ)に体験を通して繋げていくのが目標です。
(「み魂磨き」から一歩踏み込んで、「み魂」そのものにまで少し言及しておきました。)
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〈目次〉
反省
瞑想
祈り
信仰のイノベーション(美の法門)
生命とAIについて
あれから三万年
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反省
●八正道について。
釈尊の八正道は、やり方の部分であって、本当は十正道です。
始めに、「正信」がありますが、この信仰とはイノベーションが必須なものです。
真・善・美によるイノベーションを通して、私たちは、本当の意味での正しき心の探究となって、至高神信仰へと至ります。
最後に、「正解脱」がありますが、これは涅槃の境地です。
単に解脱という場合は涅槃に向かっていく過程のことを言います。
その一つ前の「正定」とは、正信から正念までの点検作業です。(経典「仏陀の証明」参照)
今、教団として問題となっているのは、
①正信:真・善・美のイノベーションを疎かにすること。(正しき心の探究になっていない)
②正解脱:タイムリープ、パラレルシフト、クォンタム・リープが出来て世界が変わったと安易に口にし、錯覚していること。(ユートピア建設とならない)
この始めと終わりの部分が問題ですので、色眼鏡を取った、八正道、十正道が必要だと思います。
ここを押さえないと、時間は無駄に過ぎ去っていき、曲がっていきます。
正信と正解脱をしっかりとチェックすることをおすすめします。
信仰イノベーションをせずにいると、「正信」の部分が、気付かずにご利益信仰や自己保身にすり替わりがちですので、八正道をしているつもりが裏霊界の道になっている可能性があるということです。
これは実体験から、「これはほんとに正しく見ているのか?」と疑問を生じて、点検したところ、裏霊界視点だったことから言っています。
(次に記す、末那識、つまり自我の元の意識の視点から裏に曲がろうとしていたということです。美のイノベーションよりも前、「仏陀再誕」講義を読んで、音楽でなだめられることに気付き、何度も修正しました。)
幸福の科学は、地球をイノベーションさせるための教団ですので、その構成員である私たちの結果は霊的に世界に影響します。
これは、先生の方針転換を見て、感じて来たことです。
主なる神の言うイノベーションを無視すると、必ず、いずれは曲がっていきます。
世界は変化・変転していますし、主は先見性を以て、未来に向けてどうすべきか説かれたわけですので、出来上がったつもりでいると、つまり、停まっていると、段々に、正しく見えなくなっていきます。
真・善・美を言う方がまだ少ないので、これは、おそらく気付きにくいと思います。
ひと言で言うとするなら、私たちの中にある「妖怪・天狗(醜)」が最大のカルマですので、美による信仰イノベーションをした「正信」をそこにおかないと、八正道をしても、この醜いカルマは見えず(正見にならず)、気付かないということなのです。
これでわかるでしょうか。
もう本当に、私たち自身の魂の素地が出て来ていますので、各々の自己認識の変容、自己変革を通して感化するしかないです。
他人よりも自分を見つめることが、他人のためにもなる、そうしなければ共業は変わりません。
これもトドメノフミが言っていることです。
変わる姿を見せることです。
そのためには心の中の宇宙、その探究を深め、真実を掴むこと、主(大神様。元の元の元の親神。)の真意を感じ取ることが大切になっています。
瞑想
●瞑想について。
瞑想を実践していると、秘法を受けた日の精舎は別として、普段の私の平均値が五次元なのがわかりました。
これだと、良くて還る世界は五次元です。
幾ら知識があっても、植福をしていても、心境の平均値がその人の今世の悟りで、実力です。
五次元霊界とは、奪う愛から離れて、与える愛がわかっていて、喩えるなら農家が感謝して農作物を作っている善人の世界です。
その下は四次元霊界でここは一時の心を見つめる霊界で、地獄界と精霊界(妖精の世界)に分かれています。
妖精も指導者となれば高次元にもいます。
五次元というのは、謙虚に言っているとかではなく、これは客観的な事実です。
秘法で細く貫通した穴も、簡単に閉じてしまうでしょう。
反省をしていなければ当然に下ですので、これで祈りだけをしていたわけで、どこに届いていたのか、祈りは必ずどこかに届きますので、秘法、祈願を重ねていなければ危なかったのを感じています。
経典「沈黙の仏陀」の五停心観を見ると、慈悲観、因縁観、界分別観は、内容を理解しないとできないとあって、これは経典「瞑想の極意」にある瞑想の極意の基本的な三つの心構え、第一はよく読むと真理知識が瞑想とリンクすることが前提となっています。
私はリンクしていると思えませんので、そこに到っていないことになります。
「界分別観」の説明が出来るでしょうか。
説明が出来て、それを瞑想の実体験として語れるでしょうか。
私は出来ていません。
表現は仏教用語でなくとも良いのですが、自我を十八の界に分別が出来て、それを実体験の下に語れて(分別出来ていれば瞑想の中に十八の要素を感得していますから)、はじめてそこがクリアされたと言えます。
そして、おそらく、私たち信者の誤解のあるところは、「慈悲観」が出来て、もう菩薩と思っているということです。
五停心観の上の段階に、精舎の朝瞑想の四禅定があるので、四禅定が出来て阿羅漢です。
しかも、それは精舎の磁場に守られながらのことですので、日常に帰っても維持出来ているか、日常で維持出来なければ阿羅漢果ではなく、その時だけの瞬間的な阿羅漢向なんです。
不浄観、数息観も出来ていないので、特に数息観は初歩のように思われますが、五停心観の最後の五番目に位置していて、おそらく、極めるとプラーナ(風)の取り込みにあたると思います。
最も、仏の法は多重構造で、界分別観も六次元の登竜門から如来に至るまであるでしょう。
阿羅漢にも段階があって、小・中・大阿羅漢とあって、如来まであります。
阿羅漢とは心の状態を言うからです。
これは経典「禅定力について」に説かれています。
これから来る本番にどこまで耐え得るか、魂を磨けるか、それで今世の悟りは決まるのでしょう。
しっかりと確実な智慧を掴むために、瞑想を一つひとつ丁寧に実践することをおすすめします。
インスタントの超能力や奇跡を求めたい人は、幸福の科学内でも出家、在家とそういう方で集まっていますので、そういう方は、もう、それでいいのではないでしょうかね。
近い未来にわかると思います。
以下は、何度見ても気付きがありますので一参考として、自身の心境と照合してみるといいです。
トドメノフミが言わんとしていることの補足にもなります。
●五停心観について、実践の途中経過です。
●不浄観 貪を抑制する 食欲・睡眠欲・性欲
●慈悲観 瞋を抑制する 怒り
●因縁観 痴を抑制する 愚痴、不平不満
→この3つは貪・瞋・痴で、その逆はラ・ムーの三正道。
愛・反省・知でもある。
食欲を制御出来ていないとここはクリア出来ていない。
また、睡眠欲がなぜ貪りなのか、怠慢と合わせて自覚する必要がある。
性欲や怒りはヨガ動画でわかる。
因縁観は因果の法則の無知を知ることで、まず、間接縁起を知ること。
(間接縁起とは、直接的な原因(因)でなく、間接的な原因(縁)があって、あらゆる現象は起きているということ。「縁」を知ること。因縁生起。動物的意識が優位だと、見て、聞いて、触って、直接縁起しかわからない。霊性は目に見えない部分を知覚することが大事になる。
この縁を飛ばすのが天狗の結果論で、経典「観自在力」にある外郭の人。また、この縁はプロセスでもあり、次の原因でもあり、「美」が関係している。トドメノフミ(余話)追記「因縁と言霊」参照)
●界分別観 自我を抑制する 末那識
六根(感覚器官)眼・耳・鼻・舌・身・意
十二処(対象)色・声・香・味・触・法
十八界(認識の世界)眼識界・耳識界・鼻識界・舌識界・身識界・意識界
→六根 眼・耳・鼻・舌・身・意の感覚器官と対象の間の認識の世界を知る。
この3つを掛けて十八界。
自我の元となる末那識(ハワイでいうウニヒピリ)の性質を知り、制御すること。
インナーチャイルド。
ここが反応する認識世界は低次な世界である。(ただし、必要な仕組み)
六根清浄。
●数息観 散乱心を抑制する 俗世との隔離
→俗世から離れ、瞑想(目を瞑り、想う)世界に入るために、数に集中する。同時にプラーナを取り込み、心を低次な波長から切り離す。
貪瞋痴という心の三毒、自我と俗世、ここから離れ、真我に入るきっかけとして、この修法がある。
ポイントは、感覚器官と対象の間の「認識の世界」を通して、「この世は仮の世である」ことを十分に感得することが出来て、そこから離れられれば、次の四禅定に入ることが出来る。
その認識をしている自我の元が末那識であることを実感すること。
この認識の主体が、瞑想のステージが上がるごとに、阿頼耶識、阿摩羅識と高次元に変わる。
見える世界も変わっている。
唯識派の「識」の各次元は以下となっている。(経典「仏陀再誕」講義参照)
表面意識 三次元から四次元
末那識 四次元
阿頼耶識 末那識を除く四次元の一部〜五、六、七次元
阿摩羅識(ダイヤモンドの核) 八次元
想念帯は、知覚、体験したことが末那識を通して入り、阿頼耶識(蔵識)に薫習される。
そして、この末那識は草笛の音の異国の大男の喩えのように、音楽によってなだめることが出来る。
瞬間的な実体験として、
●末那識は活動の中でよく感じていた。(動物的な意識と自己を切り離して感じることはある)
●阿頼耶識は瞑想の中で縁起の連なりを見る時に感じる。(ただ、精舎での研修・祈願後の瞑想の時のことで恒常的になっていない)
通常は唯識派もここまでの八識説を説いている。
唯識派は正直な宗派で、瞑想の中で確実に掴んだことしか記していない。
●阿摩羅識は、通常は無理だが、秘法の時に少し感じているのだと思う。(しかし、それも一瞬のことである)
「秘法の間は九次元霊界と繋がっている。」(仏言)
界分別観を念仏観に置き換える修法もあり、念仏とは観想念仏であって、仏と一体になること。
主の原曲による瞑想と参究の習慣化は、主の気持ちと一体となり、五停心観をクリアしている。
(たとえば、原曲「無心」は末那識〜を知ることになる。主の純愛主義は不浄の真逆である。)
四禅定は三法印を感得することにある。
これを、チャクラ対応と合わせて、実感と共に深め、他力のみに頼らず、自力を鍛え、確かな土台とする。
以下は下位チャクラ(六次元まで)
第一チャクラ 土 不浄観 動物的な貪りの制御
第二チャクラ 火 慈悲観 闘争本能の制御
第三チャクラ 水 因縁観、界分別観、数息観 自制心
以下は上位チャクラ(七次元から)
第四チャクラ 風 愛のチャクラ
第五チャクラ 空(エーテル)
四禅定は、せせらぎの瞑想、風と雲の瞑想、満月瞑想、守護霊との対話。
これは細くとも七つのチャクラを貫いている。
第六チャクラ
第七チャクラ
四禅定は、下位チャクラから上位チャクラの橋渡し。
下位チャクラの第三チャクラ 水 せせらぎの瞑想
上位チャクラの第四、第五チャクラ 風、空 風と雲の瞑想
第六チャクラの眉間から満月瞑想
第七チャクラの頭頂から守護霊との対話
せせらぎの瞑想は、諸行無常
風と雲の瞑想は、諸法無我
満月瞑想は、涅槃寂静
このような構成になっていると思われる。
禅の言葉に、「即今 当処 自己 」というものがある。
「いま、ここ、我」とも言うが、過去も未来も今のこの一点にかかっている。
瞑想の極致、本質はそこにある。
それが本当のタイムマシンだろう。
△(智)、(善)と▽(勇)、(真)の統合✡(仁)、(美)がどうしても必要になる。
更に✡にゝ(至高神との絆、信仰)が入って、はじめてタイムマシンになる。(ここが重要です。)
原曲「タイムマシン」や小説「とっちめてやらなくちゃ」を参究すればわかる。
不惜身命とは第二の死のことで、主と一体になっている。(記事「復活について」参照)
ここの法体系と実体験をモトアケと繋げたい。
※自分の過去を振り返り、想念帯を黄金に輝かすことは、最終的には、愛がカルマの主体なので七次元になるが、通常の魂の浄化(反省、懺悔。八正道や瞑想による光明転換など。)は六次元の行為のため、それはタイムマシンとは異なる。
天孫降臨の時代だからと、あなたも、私も皆、神なんだと言って、タイムマシンに乗って想念帯を黄金に輝かそうと、心地良い言葉で元気付けるのは良いにしても、それは結果的に天狗の大量生産になるということです。
タイムマシンはどう見てもヨガの聖者の境地なので、このあたりは論理的な部分なら少しは説明出来るかと思いますが、「クォンタム・リープ」したとか、「パラレルシフト」したとか、安易に言う人が増えてるので、まあ…すいませんけど、口悪くなりますが、先生の言う通り、私たちはおめでたいんでしょうね。
叩き台があると、瞑想をする時に理解しやすいと思うので参考にあげておきました。
祈り
●祈りについて。
原曲研修「影を売る女」に参加しました。
スケジュールの都合上、地元から離れて受けましたが、参加者が増えているのは喜ばしいものの、研修後の復活の祈りの導師始め、参加者のどよ〜んとした重い祈りが酷すぎて、いたたまれず、「こんなにわからなくなっているのか」と軽いショックです。
館長さんでそのようなら他はどうなるのか、影が全然わかっていないということになります。
お面は、泣き顔、しかめっ面、笑い顔、色々あります。
一見、穏やかな口調で笑顔で語っていても、それが仮面であることもあるわけです。
そして、そんな祈りがどこに届いているのかも、じーっと見ていればわかります。
天狗や妖怪世界に届いているのは確実です。
それならやるだけ無駄で、マイナスに働いてしまうのですが、これがこの教団は、本当にわかっていません。
霊性、思いが仕事をすることがわかっていません。
この感じですと「影」に気付かないまま終わるでしょう。
うつむいてボソボソと経文を詠んでいる参加者の誰一人として気付いていないのを見て、その事に、正直、怖ろしさを感じます。
魂を抜かれた操り人形のような祈りでした。
導師も悪気なく、自覚なく、いつものようになので気付かないのでしょう。
未信者の方が見たら、宗教性、霊性がないのが一発でわかると思います。
中にいる人ほどわかっていません。
「何を拝んでおるのぞと哀れおかしや神信心。」
「祈りの原理」にあるように、「祈りとは瞬間における転生」です。
そして、正しき祈りの基準の第一は「美」となっています。
「自らの祈りを点検する際に、その姿が美しいかどうかを見なさい。」
「自らの祈りの姿が、その内容が、ことばが、態度が、顔つきが、美しいかどうかを見なさい。醜いものであると思うならば、鏡を下げなさい。」
以前にも述べましたが、経典「漏尽通力」には、祈りについての重要な言及も多く、『「祈りの効果、方向性」という部分の研究が大事です。』と説かれています。
一つひとつの祈りは必ずどこかに届いていますので、この祈りの効果と方向性を丁寧に見つめてみましょう。
鏡を見て、また、自分の姿と声を録画して見るとよくわかることを教えてもらったこと、実際に撮って見せてもらったことがあるので、そこから今を客観視して点検したいと思います。
帰宅してから、誕生から今に至るまで、毎年のトピックを思い出して書き連ね、時系列で考えてみました。
まだ、反省までいけていませんが、真・善・美のイノベーションのところだけは押さえているものの、自分のやって来たことがショボいなと正直思います。
海外撮影の経験も生かせていないですし、感謝が本当に出来ていないのは、ずっと課題です。
ただ、結婚、離婚を通した最大のカルマを受け入れて、どん底まで落ちて、這い上がったことは今世良かったことで、これがないと慢心していたでしょう。
ありがたい機会だったと思います。
やって来たことの合間合間に地獄的なものがあり、それを反省して残った貢献と心境を見れば、現段階の自分の還る次元がわかります。
合間合間の地獄的なものが浄化出来ないなら、光と闇の貸借対照表で、その分だけ次元降下し、闇が多いなら地獄に堕ちる、これは厳然たる法則なので誰もが逃れられません。
私の場合、地獄的なものが取り除かれても今のままなら六次元と結論は出ました。
それも、善川顧問が言うように「バブル」のこともあるので、確実なものとしないと天上界でもガラガラポンの再編成になります。
免罪符はありませんね。
私たちは、今世、エル・カンターレの価値観をしっかり掴まないといけませんし、皆、巻き返さないと、かなりの人が、退化、退転するのではと感じます。
これは、最後の無畏施の修行で決まるでしょう。
「善川三朗 大悟35周年を語る」を読んだことのない人もかなりいるようなので、読まないと何にもわかりません。
何もしていないのに、自身を天使と錯覚している人はこの教団にはとても多いと思います。
それは、話しをしていてわかります。
何もしていないほど主観の世界に浸れますので、相対世界もわからず、客観性が担保されないからです。
ほんとに先生の言っている通りに、私たちはおめでたいのです。
楽観的な宇宙系スピリチュアルの思考パターンとほとんど変わりません。
明らかに、ホツマツタヱから始まるカルマ回収なんですけど、その時代にいなくとも、UFOリーディングⅡのプレアデス星人を見ればわかるように、「宇宙ハタレ」もいますので点検は必要なんですよね。
経典を読まない人は多いですし、精舎霊言なども驚くほど見ていない人は多いですし、教団史の事実や法体系がほんとにわかってない方が多いので、しかも、職員さんや幹部さんがわかっていないので、どういうこと?という状態でしょう。
まあ、それはおいとくとして、まずは、生涯をトピックだけでも紙に落とすと、色々と思い出せるのでおすすめします。
教団をすべて否定するわけでありませんけど、文明は個人から始まると先生も言っているように、もう個人の時代に入ったのかもしれません。
教団というより、そこに集まる僧団、人に焦点を当てた方が正確かもしれません。
信仰のイノベーション(美の法門)
●信仰のイノベーションについて。
主の原曲によって、魂の新生をおすすめします。
この3年を経て、原曲研修+法談を続けている方々は、変わって来たのを感じています。
私個人も、原曲開示分のすべてを受けて、毎年の秘法や祈願を受けて、先生の言葉のひと言からも秘密を探ることをずっと続けて来ましたが、このトドメノフミを読み解いていて気付いたのは、どのような難しい本や予言でも(つまり、自分の前もって知らない知識でも)、その言葉に意識を集中して考え続けていると、答えが見えて来るようになっています。(ただし、必要なキーワードのみ浮かぶので、そこから古文献などを購入し、学ぶことは必須です)
原曲探究以前には、ここまではわからなかったので、これは、「原曲の先生のひと言に、メロディーに、深い意味がある」と感じ、そこに意識を合わせ(通わせ)、調律し続けて来てからのことです。
もちろん、その心境や意識段階に相応の答えしかわかりませんが、これ以上はこれについての情報がないので止まると思われるものでも、「求め続けていれば」、何かしらのきっかけが現れて扉が開くようになっています。
太古の人びとはあらかじめ知識があったわけでなく、その都度、必要な知識を宇宙から、自然から、ダウンロードして来たのだと思います。
世界が教科書で、世界は法則で、正しい信仰と、正しい観測の中から、あたかも野原から花を摘んで来るように、果樹園から果実の恵みを得るように、知識を摘んで来たのでしょう。
それは、エデンの園のような世界です。
ホツマツタヱのヲシテの言霊や、宇宙の幾何学、私たちという存在。
すべての知識を完全に集めることが目的ではなく、宇宙を読み解く目を養うことが、先生が説かれた、「未来型人間」の目的であるのを感じます。
目を開くとは、魂の新生です。
それは予言のような結果論ではありません。
役割として、これまでに言うべきは言って来ました。
しかし、本質的には、私たちは、主のつくられたこの美の世界、そのプロセスを、道(タオ)を楽しんでいくことが大切でしょう。
そのためには、「この世は仮の世である」ことを魂でしっかり掴んでいることが前提になっています。
主の原曲によって得られる進化・新生のチャンスは、以降、何億年経ってもないと思われますので、よくよく心して、この神秘力の心棒を入れることをおすすめします。
「影」というのは、物資文明に日があたっている現代は、精神文明のことにもなりますし、さらに、その精神を分別すると、シャドウのことでもあるという二重構造になっています。
ユングのシャドウと統合も併行して考えていますが、知と美の融合である未来型人間という目的が、さらに見えて来そうです。
魂の仕組み、地球の仕組み、瞑想をすると読書だけの時より気付くスピードが速いので、些末な出来事、粗雑な情報を遮断し、霊調を整えることの大切さがよくわかってきました。
というより、二十代の頃はアフリカの自然などに触れていたので、その頃の感覚に戻って来たのを感じます。
祈りについてはまだ綴っていませんが、各々が気付くことでもあるので、ここで止めておこうと思います。
2026年末までには、オシリス神殿も行くことですし、マカバ瞑想の入り口に立てるように深めます。
美の信仰イノベーションを通して、「△+▽=✡、✡+ゝ=未来型人間」を目指すことをおすすめします。
辰年までの10年を怠らなければ、主の法を基として、誰でも相当なところに至るでしょう。
このイノベーションの原理が宇宙で最も重要です。
生命とAIについて
●最後に、生命とAIについてです。
これを考えたのは私は早くて、1990年に入信した時に同じ支部にAIの研究・開発者がいましたので話しをしていました。
これは、地球の生態系と生命の創造に関心が高かったからですが、生命の根幹にある「目的意識」の部分が進化の秘密であることを先生は説かれています。
この目的意識(意志)がAIは持てません。
これについてせっかくですので少し綴ります。
経典「始原の神アルファとの出会い」にグレイを創造していたカメレオン型ゼータ星人が出ています。
この方は、一時、うちの支部長でしたが、先生のお隠れになるちょっと前に、初めて支部長になったそうなので、私はなぜかこういうことによく出くわすんですよね。
リーディングでは、グレイにも魂のある者とない者といて、ここで、指令の下に動く魂に近いものもつくったと言っています。
魂まではつくれなかったようですが、前者は「意思を持っている」と言っています。
小冊子「生命と科学」には、生物を生物たらしめているものは、目的意識と動的意識と説かれています。
経典「新・心の探究」には、目的意識を持った心のことを「意志」と説かれています。
この意志の部分が創造力と直結していると思うのですが、長くなるので割愛します。
つまり、何が言いたいかというと、地球より科学が進化した星のグレイレベルでも、意思=簡単な思いと判断までで、意志=自主的に行動に結び付く積極的な心の働き、何かを目指す気持ちまで、行っていないということなのです。
これは、グレイがどういう存在なのかは知られているのでわかると思います。
これの行き着く先はスター・トレックのボーグ・クィーンとボーグ集合体です。
それがAIの行き着く先の未来です。
有名なバシャールもグレイです。
経典「救世主を護る宇宙存在 ヤイドロンとの対話」を参照してください。
そもそも、バシャール自身がグレイ種と人間種のハイブリッドと言っています。
ただ、このバシャール(を通してメッセージを送っている集団)も「AIは親のように人類を見守る存在になる。」と言っていて微妙です。
対談をしている相手を見ても微妙です。
真・善・美の判断が出来ないのではないかと思います。
経典「地獄の法」にも、「AIによって人間を管理する。そして、人間が、人間自身がつくった法律によって、機械を通して支配される時代が始まっています。 これは、ある意味で、「人間の家畜化」に近いものが始まっているということです。」と説かれています。
小説「十字架の女」でも取り上げられています。
この部分の理解、読みが教団は甘く、知らなかったではなく、知ろうともしなかったことを続けて来ているので、簡単にAIに呑み込まれますよと私は言っているわけです。
小説「十字架の女③」では、「一部のサイボーグは、かつて地球から連れて来られた人々の頭脳を使用しているという。全滅した種族だ。」とあります。
小説「揺らぎ」では、ジャーナリストの石倉はグレイに脳移植されています。
これは、先生による、このままではそうなりますよという警鐘です。
また、早雲山のUFOは「自働」で階段が出て来ました。
自動ではなく、「自働」です。
自働とは他人の力に依らず、自らの力で動くことです。
マザーのロボットも感情があり、自働で動いていますし、一定の経験を積めば人類型宇宙人として生まれることも許されています。
「マザーのロボット」と「AIとグレイ」は一線を画していて、そこには霊性が付与されています。
ここは明確に分けて表現されています。
生命とAIとの違いとして、ここを考えることが大切です。
未来型人間になるか、AI(ボーグ・クィーン)に支配されるボーグになるかということでもあります。
綴っておかないと誰も考えませんので、これは宇宙の現実ですので、これを下地に想像力を膨らませて考えてみることをおすすめします。
ほか、WEBに関しては、2007年だったかと思いますが、全国の青年主催でネット戦略会議をやっていましたので、WEB上のアンチの検索順位を下げるSEO(検索エンジン最適化)の取り組みと共に、AIの可能性と危険性についても考えていました。
それ以前から会内SNSで垣根を乗り越える試みと不満因子が教団に向かないように相談に乗ってフォローなどもしていましたので、ネット心理学なども研究しました。
今は、先生がはっきりダメと明言されていますので、それを成功体験としてでも持ち上げることは間違いですし、生成AI楽曲は価値が無いものとして早々に評価されると思います。
先生が「職種にクリエイターというのがあるがよく簡単にその言葉を使えるな。(要旨)」と言っていますが、これのことを指していたでしょう。
AI楽曲に関しても、伝道しようというその努力を否定するものではありません。
ただ、AIは、一つ前の信仰のイノベーションの真逆であることは知った方が良いですし、AIにつくらせているだけを創造とは言いません。
AIに相談して良い回答をもらってウハウハしてるようなのはもっと論外であって、情けない話で、それはいずれボーグになるような思考パターンです。
1996年支部長交流会の先生御説法で、
『とにかく総合本部から出た指示ならそのまま流しても構わないという事で、「文句を言ったら会員が悪いんだ」という形になりかかっているんで。
これは考える能力がもうなくなっている事を意味してますね。
職員さんに考える能力がなくなっている。
しかも、更に「会員さんに考える能力をなくそうとしている」ようにも見える。
「考えないで、ただただ言う事を聞きなさい」と言っているようにも見える。』
と言われて、未だに変われていないこと、また、それをしていることがどれほど危険な状態にあるかを、上のことと合わせて、もっとよく考えた方がいいと思います。
今、急速に人類の考える力が失われていっています。
AIでは、ネオ・ルネサンスも新文明も開けません。
何でも規制していたら何も進まないと反論は予想されますけど、変なところに降魔と言って規制して、変なところに繁栄を言って自由を言う、その後者の自由を言う時は、ほとんどが妖怪、天狗の自由のところなので、よくよく知った方がいいと思いますし、なかなか直らないとも思いますので、ある種の達観も必要で、それも一つの学びとしてみると良いかもしれません。
いまだにネットワークビジネスを擁護する方も上の方にもいますので、これらは繋がっています。
質より量で、定性評価が出来ないのが復活の祈りにも現れていますが、言ってても始まらないので、個々人で坦々とすべきことをすることだと思います。
すべては学び、すべては神仕組み、すべてから魂を磨いたものが最後は勝利します。
昨日の自分より、今日の自分が素晴らしくなれるように頑張りましょう。
金神表に出たかぎり真水まみずにいたして押しもどす。
汚れ一切許さんぞよ、汚れ一切許さんぞよ。
一厘違いは大違い、暗あんと明めいでは大違い。
み魂磨いて下されと申してきたるはこの事ぞ。(トドメノフミ)
ちなみに、なぜ、✡+ゝ=未来型人間を目指しているのか、それは、宇宙の基本構造がトーラスだからだと思います。
そして、それはマカバです。
魂を新生させるために、そこに至るように、主は導いてくださっているわけです。
ですので、真ん中の美の法門、また、それはバイブレーションでもある美の法門ですので重要なのです。
ヒーム神の霊言を教団が受け入れて、もっとしっかりと学んでいたら違ったでしょうね。
来週は、東京芸術劇場のパイプオルガン・コンサートに行きます。
国内最大の約9,000本のパイプで、次の文明のイメージに芸術全般も最高峰を巡るようにしています。
あれから三万年
金神この事三千年、大神様は幾万年。
仕組みの準備をされたゆえ潰す訳には参らじぞ。
長くなるので少しにしますけど、トドメノフミにいう「幾万年の大神様の計画」とは、先に綴ったように、ハタレの反乱からのカルマ回収のことでしょう。
映画「神秘の法」と映画「紅武士道」から、中国の九頭竜はホツマツタヱのモチコで天照女神だと思います。
これらは仏言を繋ぐとよくわかることです。
その時代にいなくとも、「宇宙ハタレ」もいて、レムリア大陸は琴座の三つ巴の戦いがあって、オリオン星団など、滅びのカルマが集まっています。
ホツマツタヱはこのレムリア経由で再び日本に伝わったことを天御祖神は示唆していました。
レムリアが没したのは27000前です。
ムー大陸が没したのは15300年前です。
アトランティス大陸が没したのは10400年前です。
そして、エジプトに文明は移ります。
しかし、ホツマツタヱは、レムリアから直接日本に入ったと言っています。
(YAP遺伝子の分布と一致します。)
これはおそらく、スピ系では、アガルタにはレムリア人の生き残りがいるとされていますので、シャンバラとは異なるアガルタか、シャンバラそのものかに、一時保管されて再び表に出て来たことを指しているでしょう。
このあたりが、ネパールの文殊伝説と繋がって来るかもしれません。
初代カルキです。
「金剛蔵王と黄泉の国の封印&サナート・クマラについて」にカルキのことは少し綴っています。
天御祖神は霊言で、エジプト、インド、日本は繋がっているとも言っていますし、三万年前はアフリカ、レムリア、日本と一大文明圏であったようです。
忘れてはいけないのは、今回の日本の取り組みに対して「最後(のチャンス)」、「次は宇宙」、「(地球から宇宙に)出る」と言っていることです。
ここも、私たちは完全にスルーしていますね。
レムリア大陸は、インドとアフリカ大陸を繋ぐ海域にありましたが、YAP遺伝子は、インドそばのアンダマン諸島の人々、ネパール人やチベット人、そして、飛んで日本人に多いのです。
韓国、中国、モンゴルなどに多く見られても良いはずが、なぜか彼らはO系統の方が多いです。
これは、シャンバラとの繫がりを感じさせます。
シャンバラには聖者だけでなく、少し降った桃源郷でしょうが、ここを支える村人もいるようです。
Y染色体D系統(YAP遺伝子)
インドはアーリア民族に支配されたため、Y染色体R系統です。
しかし、その前のドラヴィダ族もY染色体H系統なので、D系統ではありません。
ドラヴィダ族も後から入って来たのでしょう。
シャンバラを思うと、AIや超能力信仰はほんとに浅い浅いことで、これを必死に次の未来文明の種で、僕らは宇宙人の魂を集めて地球を救うんだと言っているのが、また口悪くなりますけど、精神性が低くて幼稚なことだなと感じます。(ヨガの聖者の著書などを読んでいないと、シャンバラも超能力の都くらいに誤解している方もいるのでしょう)
ただ、シャドウはそもそも幼い夢なのかもしれません。
自立して、それを叶える能力があったら、シャドウは昇華されます。
青春の青さを、単に個人の欲望に終わらせるか、多くの人の理想のために実現するか、これがわかれ道なのでしょう。
統合しないとダメですね。
そのシャドウは三次元に降りれば常に新たに生まれますので、統合し続ける勇気(自分に向き合うこと)が必要ですし、イノベーションの原理はやはり、最も大事なものなのがわかります。
これで最初にぐるっと繋がりましたので、何らか参考になれば幸いです。
真摯に正直に自分と向き合って頑張っている方、職員方々や、在家の支部方々ももちろんいますので、そういう方は素晴らしいと思っています。
終わりに
霊的になればなるほど生きづらい世の中で、居づらい教団だなと思う。
今年は分岐点のようだ。
私は真実の智を求めるし、真実の信を求める。
主のつくられた美しい世界を求める。
嘘や誤魔化しがあるなら、そこからは離れる、それだけのこと。
人が何と言おうと関係なく、ただ、主を愛する。
※この部分、突き抜けるまでの耐性が重要で、読み直すと、漏尽通力に対処法が説かれています。
映画「影を売る女」の挿入歌に「浅い夢」がありますが、
「あなたの一年間が、
ほんの一瞬だったなんて、
神様にお伝えできますか…。」
とあるので、この機会に教団のこの現象と自身の心と、本気でしっかり見つめないといけませんね。
神様、天使を偽るのが古事記の神々なので、反対をやればそこから抜けられます。
100歳まで泥亀(泥中)にあって、蓮の花は来世に徹底するのが大切でしょう。
何より、悟りを偽らないでステージを踏んで、ありのままでいようと思います。
全部、見られてますので。
この体験すべてがGraceです。
思ったより重要な論考になったようです。
追記して気付いたのは、日本の全国のホツマツタヱ神社、寺院を巡って、剣山や高越山を登拝して、ネパール支部精舎と聖地スワヤンブナートなどを巡って、エベレストを空から眺めて、次に、エジプトのオシリス神殿やギザの三大ピラミッドを巡るので、どうも、日本、インド、エジプトと天御祖神の一大文明圏を巡っているらしい。
この3年、そこそこは動けて、個に留まらず、全体の底上げにはなっている…ことを願います。
以下、2026年の残りの予定です。
(来年に持ち越すものもある。)
※スケジュールを書いておくと、これまでも、この中から選んで、研修や祈願、神社巡りなどをしてくれている方も聞きますので、息抜きや見聞を広めること、また、教団へのお布施貢献や自己変革の一助にも事実上なっていますので載せています。
ただ、皆さん、無理せずに。
・未来館 芸能系エル・カンターレ祈願/知性開発祈願/原曲「小さなメルヘン」
・富士山麓〜名古屋 天津甕星の神社、事任八幡宮、阿波々神社など
・沖縄正心館 代理 戦争と平和のための祈り、総本山先祖供養経
・渋谷精舎 家庭のコンプレックス研修①〜⑤
・エジプト オシリス神殿/ギザのピラミッドなど
・奈良 高鴨神社(鴨族発祥の地)など
・千葉正心館 ラ・ムー特別霊指導「光パワー充電」/学力向上祈願(理系)
・日光精舎 八正道研修/観瀑台
・草津ての字屋(閻魔庁)/行基大菩薩による特別成功祈願
・エル生誕館 異次元パワーを得るための祈り/倭大國魂神社/賀茂神社/大塚国際美術館
ほか、音楽、絵画、演劇鑑賞など。
※家での、反省、瞑想、祈りが深まっている時はそちらを優先する。
●トヨケの禊について。
トヨケの禊は鳥海山説について、個人的には保留にしているので、別の説もあげておきます。
イサナギ、イサナミの世継ぎに憂慮したトヨケは子の誕生を祈って八千回の禊をしました。
ウラナヒテ ツキカツラキノ
イトリヤマ ヨツキヤシロノ
イロシテハ アメノミヲヤニ
イノラント トヨケミツカラ
ミソキシテ ヤチクラチキリ
ヌキンツル イツチカミノリ
この頃、両神はハラミ山(富士山)に登って述懐しています。
このツキカツラキノ イトリヤマが鳥海山なのではないかという説が一般的ですが、ほんとかなとちょっと思うんですね。
①トヨケは天御祖神に祈っていること。
②その頃、両神は富士山に登っていること。
イツチがイツ(厳)=清められた地で、伊豆かもしれません。
ミカサフミに、
ホツマキミ カツラキヤマノ
ヤチクラノ ミソキモミチテ
カツラキノ テクルマナシテ
ムカエント ハラミヤマトニ
ツタヱヨル
とあって、ハラミ山下(やまと)に伝え寄るというのは、距離としても近い描写に感じます。
ミカサフミ 全文
こちらの方の考察がとても参考になります。
ホツマツタヱも考察は色々で、翻訳されているものも必ずしも正しいわけではありません。
翻訳者によって翻訳は当然違っています。
また、ホツマツタヱ自体が改ざん、削除もされていたら、考察が間違ったことになり、無意味になります。
なので、削除されているであろうことはあげましたが、私は、歴史の大枠を知るために、神社、仏閣に足を運んで、例えばツキヨミは平安期まで祀られていたな、スサノオはスサナルでないかと、外堀を固めているところです。
もう少しカチッとして来ましたら、NAVI彦さんや与左衛門さんの発見も参考にして、心を見つめることを優先しながらですが、ホツマツタヱも読み解き出来たらと思います。
まあ…FBの方はほどほどに。
(終わり)





