皆さんこんにちは。
新快速京都行です。網干始発で 大阪駅は9時29分発車。姫路方面からの上り新快速の一番列車になります。 現在では ほぼ早朝から深夜まで12両編成で運転されている新快速ですが、1988年代後半までは 朝夕のラッシュ時は外れて 日中のみの運転でした。
この列車の後は 15分間隔で運転されるんですが、 ただ日中の大阪駅より西側の区間は 全て姫路行になっていましたが、東側の運転区間は、 1時間にそれぞれ 京都行 草津行 湖西線方面近江舞子行 彦根行が各々1本となっていました。 しかも日中は、米原までいかず 彦根折り返していました。
福知山線からの 普通大阪行です。 黄色の113系800番台。
続いて 特急北近畿4号です。 この列車は通過でした。
EF66-37牽引のコンテナ列車を撮影。右端が5番ホームの福知山線の上り線です。 他のホームや改札口とは地下道で結ばれていました。
ところで 奥に見える ガーター橋は、1984年に廃線になった 通称 尼崎港線の鉄橋です。
1978年10月の時刻表より。 正式名称は、福知山線ですが、 塚口駅から分岐し 東海道本線を跨いで尼崎港駅に向かっていました。 全線単線で、この支線の尼崎駅は、時刻表上は 同一駅になっていますが、 もちろん 改札内で繋がってはおらず 現在の尼崎駅からは、徒歩で5分?ほどの あの写真に写る ガーター橋のすぐ左の築堤上にホームがありました。 列車は、一日2往復 川西池田ー尼崎港間で運転されて 私も一度だけ乗りに行ったことがあるのですが、(写真は残っておらず)
DD13型機関車に 旧型客車1両だったと思います。 貨物列車は 数往復運転されていた様です。
旅客営業は1981年に終了、 その1980年ごろは、列車は 塚口駅ー尼崎公益の運転だったと思います。
余談が長くなりましたが、1988年のこの日は、この後大阪駅に移動しました。
特急雷鳥9号 金沢行です。 まだ JNRマークが残っていますね。
後ろの方に歩いて行きますと。
ゆうとぴあ和倉が連結されていました。
10番線に 急行但馬2号が到着。 右のキロ65も元は急行型気動車だったとは 思われない変身ぶりでした。
キハ65改造の キロ65欧風気動車使用 臨時特急 ゆうとぴあ和倉 和倉温泉行です。北陸新幹線開業前の七尾線直通サンダーバードの原型ですね。 当時の七尾線は 非電化でしたので、 直通運転するにあたり、気動車が使用されました、北陸線内は 特急雷鳥に牽引されて運転されていました。
特急白鳥 青森行です。 こちらも クハ481にJNRマークが残っていて 国鉄時代の面影が。
ところで この写真で最後と思っていたのですが。もう一枚ありました。
先日公開した 1988年函館駅にての記事の一枚目の写真。 この写真が、 大阪駅の帰りに撮影したものでした。 この写真 よく見るとホームの時計が写っていて
11時30分となっていました。 時間的にも 特急白鳥を撮影した後になる感じでした。
御覧頂きましてありがとうございました。





























































































































































































