皆さんこんにちは。

 

新快速京都行です。網干始発で 大阪駅は9時29分発車。姫路方面からの上り新快速の一番列車になります。 現在では ほぼ早朝から深夜まで12両編成で運転されている新快速ですが、1988年代後半までは 朝夕のラッシュ時は外れて 日中のみの運転でした。

この列車の後は 15分間隔で運転されるんですが、 ただ日中の大阪駅より西側の区間は 全て姫路行になっていましたが、東側の運転区間は、 1時間にそれぞれ 京都行 草津行 湖西線方面近江舞子行 彦根行が各々1本となっていました。 しかも日中は、米原までいかず 彦根折り返していました。

 

福知山線からの 普通大阪行です。 黄色の113系800番台。

 

続いて 特急北近畿4号です。 この列車は通過でした。

 

EF66-37牽引のコンテナ列車を撮影。右端が5番ホームの福知山線の上り線です。 他のホームや改札口とは地下道で結ばれていました。

 

ところで 奥に見える ガーター橋は、1984年に廃線になった 通称 尼崎港線の鉄橋です。

1978年10月の時刻表より。 正式名称は、福知山線ですが、 塚口駅から分岐し 東海道本線を跨いで尼崎港駅に向かっていました。  全線単線で、この支線の尼崎駅は、時刻表上は 同一駅になっていますが、 もちろん 改札内で繋がってはおらず 現在の尼崎駅からは、徒歩で5分?ほどの あの写真に写る ガーター橋のすぐ左の築堤上にホームがありました。  列車は、一日2往復 川西池田ー尼崎港間で運転されて 私も一度だけ乗りに行ったことがあるのですが、(写真は残っておらず)

DD13型機関車に 旧型客車1両だったと思います。  貨物列車は 数往復運転されていた様です。

旅客営業は1981年に終了、 その1980年ごろは、列車は 塚口駅ー尼崎公益の運転だったと思います。

 

余談が長くなりましたが、1988年のこの日は、この後大阪駅に移動しました。

特急雷鳥9号 金沢行です。 まだ JNRマークが残っていますね。

 

後ろの方に歩いて行きますと。

ゆうとぴあ和倉が連結されていました。

 

10番線に 急行但馬2号が到着。 右のキロ65も元は急行型気動車だったとは 思われない変身ぶりでした。

 

キハ65改造の キロ65欧風気動車使用 臨時特急 ゆうとぴあ和倉 和倉温泉行です。北陸新幹線開業前の七尾線直通サンダーバードの原型ですね。  当時の七尾線は 非電化でしたので、 直通運転するにあたり、気動車が使用されました、北陸線内は 特急雷鳥に牽引されて運転されていました。

 

 

特急白鳥 青森行です。 こちらも クハ481にJNRマークが残っていて 国鉄時代の面影が。

 

ところで この写真で最後と思っていたのですが。もう一枚ありました。

先日公開した 1988年函館駅にての記事の一枚目の写真。 この写真が、 大阪駅の帰りに撮影したものでした。 この写真 よく見るとホームの時計が写っていて

11時30分となっていました。  時間的にも 特急白鳥を撮影した後になる感じでした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。1988年1月に撮影した画像になります。

現在の尼崎駅は、JR宝塚線 JR東西線 JR神戸線が相互に直通できるように改良されて 大規模なターミナル駅に変貌していますが、1988年 JR化直後の時代は、東海道本線の上下線に島式ホーム2面4線。と北側に福知山線上り列車用のホームが片面1線あるのみでした。 ただ 駅の北側には、キリンビールの工場とそれ運搬線および北西側にある尼崎中央卸市場に続く線を含めた 貨物駅が併設されていました。

 

特急北近畿2号大阪行です。  尼崎駅5番ホーム。福知山線上り列車専用でした。 現在の特急こうのとり号は全列車 尼崎に停車しますが、当時の北近畿号は、朝と夕方の各1往復のみが停車していました。

 

快速大阪行です。当時の尼崎駅には 新快速はもちろん 快速電車も全て通過でした。 快速が通過する4番線列車線側は、停車する列車がないので 固定の柵が設置されていました。  このホームがおそらく現在の5番6番の上り内側線用のホームになると思います。 手前の空いてるスペースが 現在の7番8番ホームになると思われます。

 

左端の線路が福知山線上りです。 

 

当時の時刻表。 JTBの大型時刻表では尼崎駅は載っていませんでした。

写真の快速大阪行は、一番左端の岡山始発の列車でした。

一日1往復 下りは 夜到着 上りは 早朝に岡山を発車するダイヤでした。

 

寝台特急 なは 新大阪行 です。

 

この時期の 大阪発の九州ブルートレインは、 定期列車では なは あかつき 彗星の3往復のみでした しかし。「なは」は12両編成。 「あかつき」は、14両編成と 貫禄は十分ありました。 

この場所での撮影は、この時の一回のみで もっと 訪れていればと悔やんでいます。 

 

上の時刻表は 7月号でしたが、冬も運転されていました。

臨時特急雷鳥87号金沢行です。 神戸駅が始発でした。 大阪以西で走っている雷鳥が撮りたくて この場所にやってきました。

 

この日は、583系でしたが、時刻表によると 和風車だんらん連結485系で運転の日もあった様です。  デジカメを持って タイムスリップがしたい。。。

 

EF65-118号機牽引 コンテナ列車。を撮影。 この頃は、貨物や電気機関車には ほとんど興味はなかったので EF65の一般型も含めて撮影したのは珍しいです。 

機関車の次位は空コキですが、その次が、車掌室付きのコキフでした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 今年の阪急電車のキャラクターコラボ列車 撮影してきました。 HPで運用を確認して まずは 宝塚線雲雀丘花屋敷駅に。

 

今日は、前座務めることになった フルマルーン 5104F。

 

雲雀丘花屋敷駅も ついにホームドア設置工事が本格化してきました。

 

幻の運行標識板が。

 

 

車庫に引き上げていく 1004F 宝塚線カービィ号。 7時30分に梅田からの普通で到着 折り返しのために車庫の方に向かいました。

 

ラッピング列車の並び。 阪急阪神全線カーボンニュートラル運行 ラッピングトレイン 急行宝塚行1003F。

 

7時53分発の普通大阪梅田行の1004Fに乗りました。

前年のトム&ジェリーに準じて 車内の至る所に 星のカービィのキャラクターが。

 

十三駅。梅田から折り返してきた 急行宝塚行1004F。

 

1号線に移動しました。

普通大阪梅田行 1005F 神戸線カービィ号。

今回も 前方を監視しています。

 

折り返しは 神戸方で撮影。

閉幕まで1ヶ月となった 大阪関西万博ラッピングの1007Fとの並び。

 

側面ラッピング。 なかなか撮りづらいんですよね。 

 

この後 若菜そばで朝食をとって 梅田駅へ。

普通北千里行 1312F 京都線 星のカービィ号。

 

流石に 梅田駅では ギャラリーが多く。引いた写真は 失敗。

 

3線の列車の並びは実現しませんでしたが、2時間ほどで効率よく撮影できました。

 

では 最後もこの列車に締めてもらいましょう。

急行宝塚行 5104Fと 特急京都河原町行 2304F。 最古参と最新型の並びです。 おまけに 末尾が4番。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は 前回の連絡船を待っている間に撮影した車両たちです。

 

と言いつつもこの写真から。 どこの駅かわかりますか?

EF66-13号機牽引 スーパーライナー。

ヘッドマークをアップにしました。 後は空のコキだけでしたが。ヘッドマークがついていました。

 

続いて。静岡駅。

急行東海3号静岡行。165系電車使用でしたが、 東海道新幹線開業前から東海道在来線の主役だった 電車急行群の末裔でした。  有名な 大垣夜行と共通運用だった 165系11両編成で グリーン車2両連結。普通車は全車自由席でした。 これの折り返し急行東海4号に乗って 東京まで行きました。

 

 

特急北斗11号札幌行。接岸した十和田丸から撮影。

 

函館近郊の普通列車で走っていた 当時は新鋭だっキハ54。

函館地区では、1987年から1988年の2年間だけ走っていました。

 

北海道むけ気動車 キハ22。窓などが二重窓になっている極寒地仕様の気動車でした。 この頃は 木古内・江差方面の普通列車などで走っていました。

 

特急北斗13号札幌行。先頭車は、キハ183-100番台。 発電装置を搭載した中間車キハ184を先頭車に改造した車両でした。

 

近郊型気動車 キハ24。北海道向けなので デッキ付きの構造ですが、近郊型のキハ40系列の先輩に当たる車両でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

最初の写真の撮影駅は、尼崎駅でした。 福知山線の上りホームから 列車線を通過する 上り貨物列車です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、1988年1月末に撮影した画像です。

青函連絡船が廃止になる前に 急遽撮影に出かけました。

大阪を朝に出て 在来線を乗り継いで静岡からは 急行東海4号に乗りました 上野からは夜行急行八甲田で着いた 青森港です。

 

夏に撮影したのと同じ場所 物産館アスパム前から撮影。ただし、半年前の現役の青函連絡船です。

青森港第三岸壁 青函連絡船空知丸です。 唯一の貨物車両航送専用船でした。

 

青森港第二岸壁 青函連絡船十和田丸。  半年後の夏に訪れたときは 夕方の逆光の中で撮影した船です。

 

第一岸壁 青函連絡船檜山丸。 空知丸型の貨物専用船でしたが 旅客船室を増設して貨客船に改造された船です。

青森港には、青函連絡船が発着する岸壁が3つありました。

 

これを撮影して 青森駅に戻り 10時15分出航 25便十和田丸に乗船し 北海道を目指します。

 

動き出した 十和田丸から撮影した 空知丸です。

 

空知丸の左手が 十和田丸が停泊していた場所です。

 

三角形の建物が 物産館アスパムです。

 

後部露天甲板。 最盛期は この付近に乗用車を積んでいました。

十和田湖をモチーフにした イメージマーク。 青函連絡船には各船の船名にちなんだマークがありました。

 

普通船室座席室。1960年代走っていた特急型車両と同じタイプの二人がけシートが並んでいました。

 

グリーン船室指定席。一人がけのリクライニングシートが並んでいました。 最後ということもあり 友人と二人奮発しました。

グリーン自由席は二人がけでした。

 

1987年10月号時刻表より。

 

食堂にも行きたかったのですが、 津軽海峡に出るとやんわりと揺れが激しくなって 軽い船酔いになり座席でくたばっていました。 やっと 函館山が見える頃で動けるようになりました。

 

函館岸壁に近づいて 補助汽船が近いてきました。 (ネガの保存状態が悪かったため傷ができてしまいました。)

 

十和田丸の20分に青森を出港して先行していた 檜山丸です。空知丸と同型船でしたが 煙突より背後に旅客船室を増設していました。

 

檜山丸の船尾部分。

 

可動橋の接続が終わって 船尾扉が上がっていました。 コンテナ車が見えています。

 

こちらが これから十和田丸が接岸する岸壁です。 ホームには接続する 札幌行特急北斗11号が停車していました。

 

下船後 ホームに向かいました。凄まじい 地吹雪と北斗11号。

 

しかし 北斗11号が発車すると 小降りになりました。

十和田丸の船尾部分。

 

コンテナ車を引き出す DE10。 機関車は重量があるために 可動橋部分には乗ることができずに 可動橋の長さ分だけの控車という空の貨車を連結して 積み下ろしをしていました。

 

青函連絡船20便 十和田丸 青森行。 運用につく連絡船は、55分の停泊のうちに 旅客 貨物の積み下ろしを 終えて折り返していました。

夏の復活運行の際は 船尾扉が空いていましたが、冬の荒れる津軽海峡を航行するため 浸水防止で 船尾扉は早々に閉じられていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 3回連続 現在の話題です。

 

先日 豊中市内で 定期検診を受診後 帰宅時の模様です。

岡町駅にて。

急行大阪梅田行5104F。気のせいか 7~8月にかけては 5100系を見かけなかったのですが、9月に入って急に連日見かけるようになりました。

 

その後 乗車した 普通雲雀丘花屋敷行の先頭車で 前面展望動画ではなくて 静止画をパシャパシャしてみました。

豊中駅ホームの宝塚より。 ホームドア工事の準備が始まっていました。

 

石橋阪大前駅。右に複線で分岐して行くのが 箕面線です。以前は平日の朝夕ラッシュ時に梅田からの直通列車が走っていたため複線で分岐していきます。

現在は 直通運転をしていないので 箕面線内運用電車の車庫への入出庫線になっています。

 

かつての有名撮影スポットだった 梅田方面ホームの宝塚より部分。 

 

石橋阪大前駅を発車後 高架の直線区間に入ります。石橋阪大前駅から池田駅への高架線は 1969年に完成 駅間距離も比較的開いている為 ゆっくり走る印象のある宝塚線の中では、高速で走行する異色の区間になっています。

 

池田まで 真っ直ぐかと思いきや 中間付近で右カーブしています。

 

池田駅が見えてきました。 

 

池田駅に停車するのは、5106Fの急行大阪梅田行でした。

この日2本目の5100系。 宝塚本線を走る フルマルーン5100系は、全部で3本。 5128Fをがくると コンプリート。。。

 

池田駅を発車しました。 池田駅の西側には、池田駅折り返し普通列車用の待機線と下り本線の左側に留置線が一本あります。 また 池田駅の北西側には 以前は池田車庫がありました。 画面右手に見えるマンション敷地が以前は車庫でした。

 

正面の高架橋は 阪神高速11号池田線で、1998年に伊丹空港付近で終わっていた池田線を 延伸させた区間です。 

その高架柱とマンションの間に次の上り列車が見えてきました。

 

白い帯がない!!

 

普通大阪梅田行 5128F。 10分ほどの間で 3本の5100系に出会えました。  いやいや カメラを構えていてよかったよかった。

 

川西能勢口駅で下車しました。 能勢電ホームにも5100系が。

5108F 普通日生中央行。 星のカービィ コラボトレインでした。

阪急電車で 毎年キャラクターとのコラボ企画がありますが グループ会社の能勢電でもヘッドマークの掲出などがあります。

 

1編成 今年は5108Fに掲出されるようです。

 

約7ヶ月の期間で ヘッドマークが変わるようです。

 

貫通扉の上のポスター。

 

そして 前回のトム&ジェリーの時にはなかったと思うのですが、 今回は。

各車の乗降扉横にラッピングシールが。

何種類かあるようでした。

 

 

その後帰りは 8006Fに乗車しました。

その車内中吊り広告。

プライベース 一色。

編成全部が プライベース。 神戸線宝塚線で数編成見かけます。

 

ところでこの裏面ですが。

神戸街めぐり1dayクーポンとなっています。

詳しくは こちら。

 

QR式が増えている中で この切符は磁気カードになっています。

発売額1000円の利用範囲は、神戸市営地下鉄と神戸高速線全線 ポートライナー全線になっています。

阪急電車全線乗り放題になるきっぷの方は1800円になっています。

この切符に付属の神戸市内主な観光施設の利用券(上限800円まで)を 例えば モザイクボックスの観覧車一回800円で使うと 1000円で阪急電車 神戸市営地下鉄 神戸高速線 ポートライナーが一日乗り放題となります。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 大正駅での撮影後は、あまりの暑さで環状線を大回りして大阪駅まで そこから 赤胴車が復活で話題の阪神電車に向かいました。

まずは ホームが日陰で直射日光を浴びずに済みそうなので淀川駅へ。 以前撮影した 淀川よりのホーム西端には 先客がいてたので 梅田寄りで撮影。

 

いきなり復刻 赤胴車がやってきました。 直通特急姫路行。

 

急行大阪梅田行。 今までの標準カラー。 逆にこちらの方を記録しておかないといけませんね。

 

特急梅田行と普通高速神戸行。 この並びも懐かしいものになります。

 

直通特急姫路行 山陽電車5000系。 特急系統の列車には 阪神タイガースの副表がついていました。

ヘッドマークは たかさご 万灯祭のPRでした。

後追いは 望遠で。

 

急行西宮行 9000系 SDGsラッピング編成。

 

特急大阪梅田行。山陽5000系の最新リニューアル編成みたいです。 また 山陽電車の車両ですが、直通特急運用ではなく 須磨浦公園ー梅田間特急運用に入っていました。

 

赤胴車 回送。梅田で車両交換でもあったのか 回送でした。

 

この後の予定も考えて 千船駅に移動しました。

直通特急大阪梅田行。 8000系の赤胴車化は かなりのペースで進んでいるようでした。

 

急行大阪梅田行。 同じ車両で 2種類の塗装が見られるのも今のうちだけですね。

 

高架の千船駅は 光線状態は非常に良いのでしょうが、いかんせん影がなく 即退散しました。 次は 武庫川駅に。 

梅田行ホームの三宮よりから望遠で。

直通特急 阪神大阪梅田行。 字幕をよく見ると 阪神大阪梅田 となっていました。この9000系もいずれ赤色の帯に変わるのでしょうね。

 

左 急行西宮行 右 急行大阪梅田行。 逆光ですが、旧塗装の並び。

 

普通高速神戸行。 普通系統の塗り替えはないのでしょうが、 1編成ぐらい 復刻青胴車 ってならないでしょうかねえ。

 

快速急行神戸三宮行。 

 

阪神本線内 最長の8両編成で運転されています。 近鉄との直通運転をする 快速急行は現在ほとんどが 8両編成となっているようです。

 

最後にこの日一番撮りたかった列車。

臨時特急 甲子園行。

 

そうです。 この日は、阪神タイガースが 甲子園球場で胴上げした日。 試合終了時の帰宅時は 多数の臨時列車が増発されるようですが 往路の梅田発甲子園方面は 梅田ー甲子園 ノンストップの臨時特急が3本だけ運転されるようでした。

 

これを撮影して帰路につきました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回と次回は 現代の話題です。 昨日昼から時間があったので撮り歩きしてきました。

 

まずは、特急くろしお号60周年記念ラッピング 第2弾を撮影に。 公式Xで狙いを定めて 今回は野田駅の西九条方に向かいました。 さすがに 日曜というのとXで運行情報が発表されているので 通過予定の10分前に着くと 8名ほどの先客がいてました。少し後ろの隙間から狙いました。 

西九条駅の向こうにヘッドライトが見えた時 ちょうど 外回り電車が西九条駅を発車したところでした。 これは。。。。

特急くろしお16号新大阪行。 オーシャンブルーの帯をまとっていました。

ギリギリ 外回り電車を交わして撮れました。

 

では 10年前の2015年 その元となる列車。ほぼ同じ場所で撮影。

特急くろしお17号 新宮行。 381系引退直前に撮影しました。 この年の10月に引退。 1978年10月の紀勢本線和歌山ー新宮間電化開業時に キハ82系からバトンタッチされてから37年間紀州路を走り続けていました。

 

同じく2015年 東淀川駅。

特急くろしお3号 新宮行。 2015年最後まで活躍していた くろしお号用381系は

パノラマグリーン車連結の元スーパーくろしお用編成でした。

 

現在に戻ります。  くろしお17号の通過前に撮影。

特急はるか25号 関西空港行。 この列車が若干遅れていました。 隣に内回り電車が はるかの通過待ちで信号待ち中でした。

10年前のくろしお号と同じ位置 違うのは この位置に渡り線が設けられていて 外回り線を越して 内回り線に入って 西九条駅内回りホームを通過しています。

しかし 10年前は、この渡り線はなく 西九条駅の中線 桜島線用のホームを通過して内回り線に転線していました。

 

続いて

臨時快速エキスポライナー ユニバーサルシティー・桜島行。

 

この臨時快速。 利用客の半分ぐらいは USJ観客みたいな気もしていたので 万博終了後も 朝晩に残るのかなっと思っていましたが、先日正式に廃止が発表されていました。

 

60周年くろしお号の折り返しは、大正駅で撮影しました。

まずは。

特急はるか27号 関西空港行。 駅構内に露出があってしまい 白飛びしてしまいました。 コンデジの限界。。。

 

大正駅の天王寺方には 木津川橋梁があります。 国内で唯一の複線下路ダブルワーレントラス橋という形状だそうです。

 

後ろの6両は ノーマル281系でした。

 

特急くろしお13号 白浜行。  この後 暑さにやられたのか 急遽動画に変更するという 暴挙に出て 木津川橋梁とのコラボはなし。。。

 

動画からの切り抜きです。 

 

上下の関空・紀州路快速の離合。 日中15分間隔で走る 関空・紀州路快速は大正駅の弁天町寄りですれ違うみたいです。

 

前4両が関空快速 関西空港行。 後4両が 紀州路快速 和歌山行です。

 

今は 日常に見られるこの光景、 10年後 この223系の方は 見れないかもしれませんね。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 青森から夜行列車で上野駅に戻ってきました。 ここでしばし撮り鉄しました。

 

ローズピンクのEF81-82号機牽引 寝台特急北斗星2号です。

隣の18番ホームから撮影したかったのですが、勝田行常磐線普通がホーム一杯に停車していたため断念。

 

オロハネ25形550番台。A個室寝台ロイヤル2室と B個室寝台デュエット7室の合造車。

手前の上下互い違いに窓が見える部分が B個室寝台デュエット部分。奥の大きな1枚窓の部分が ロイヤル。柱の影にもう一室で 反対側の車端部にデュエットがありました。 

今のサンライズ出雲・瀬戸の人気ぶりを見ると  E657系の改造ではなくて 心臓の寝台特急でもいけそうな気がするんですけどねえ。

https://www.jreast.co.jp/press/2025/20250610_ho03.pdf

 

食堂車 スシ24形500番台。愛称グランシャリオ。 485形特急形電車のサシ481とサシ489から改造された車両。本来の24系の食堂車 オシ24は、当時は、九州ブルートレインで運用されていたので 余剰となっていたサシ481を改造されました。

 

最後尾 貫通扉を開けて 推進運転での回送の準備中でした。

 

特急ひたち11号原ノ町行。 当時の常磐線特急は 「ひたち」号のみで それも上野始発のみでした 朝 7時から夜22時発までほぼ30分間隔で運転 水戸行 勝田行 高萩行 平(現在のいわき)行 原ノ町行 相馬行 仙台行と運転されていました。

 

高崎線普通前橋行。211系が最新型車両でした。

 

寝台特急あけぼの4号です。上野ー青森間を 福島から奥羽本線経由で結んでいた寝台特急で 元祖ブルートレイン20系寝台車が最後まで特急として使用されていた列車です。  牽引機はEF65-1027号機。 1000番台のEF65というと下枠交差型パンタのイメージが強かったのですが、1027号機は 菱形パンタでした。

 

115系 高崎線籠原からの普通862M上野行です。 上野東京ラインは、まだまだ出来上がっておらず、高崎線系統の普通は、主に地平ホームに発着していましたが、 たまに 罠にかける様に 高架ホームから発車する列車もありました。

 

推進運転で発車した 北斗星2号の回送。  上野駅には 機回し線がなかったので 尾久客車区への回送は EF81が後ろから押して回送されていました。

 

帰りの新幹線の関係で 山手線ホームから撮影。 特急あさま11号長野行。 489系国鉄色いいですねえ。 よく見ると まだ JNRマークも残っていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 先日 函館山から撮影した十和田丸の函館港入港シーンを お届けしましたが、今回はその続きです。

 

函館山で入港を撮影後 すぐにロープウェーに飛び乗って下山 函館岸壁に向かいました。

 

岸壁についたときには ちょうど乗船口が離されるときでした。 しまった〜乗り遅れた〜 ではなく 最初から乗船予定はありませんでした。 

十和田丸は 函館港では55分停泊して折り返し青森に向かいます。 

 

乗船口の一つ上の階が 遊歩甲板と呼ばれたところで グリーン船室が主にあって 一人掛けリクライニングシートの指定席 列車のグリーン車と同じ二人掛リクライニングシートの自由席 それと2段式寝台室、それとグリーン料金ながらカーペット敷の桟敷席がありました。 甲板全周にオープンデッキが設けられて出港風景が見られました。

 

ゆっくりと岸壁を離れています。

遊歩甲板の一階下が 乗船口と普通船室のあった船楼甲板と呼ばれていました。

普通座席は 当時の特急型車両の座席と同じ リクライニングのしない 青い二人掛けシートでした。後は 桟敷席となっていました。

 

出航する際は 船首部の側面に設置された バウスラスターと呼ばれた船を横方向に動かせるスクリューがあって それで離岸していました。

 

遊歩甲板の後部は露天広場になっていました。 現役時代は、ここに乗用車を乗せて 運搬もしていました。

 

回頭を終えて 港口に向かっていきます。

 

船尾部分の車両積み込み口の扉が開いていてました。 この部分から貨車の積み込みをしていました。

 

湾外に出て青森に向かう十和田丸と EXPO函館会場の函館ドック。

ジェットコースターの線路と比較すると 十和田丸も結構大きな船だったとわかりますね。

 

ところで 私の方もこの後は帰途につきます。 乗車するのは 写真はないのですが、特急はつかり26号盛岡行。 函館を15時26分に発車して 青函間はノンストップで 青森に17時31分に到着しました。 自由席利用だったのですが、車内はほぼ満席に近く やっと通路側に座ることができました。

 

青森駅に到着後は 改札を出て 青森岸壁の向かいにあった EXPO青森会場に向かいました。

函館で見送った 十和田丸が近づいてきました。 やはり列車は早いですね。

 

港内に入り 左に回頭していきます。  しかし ここまでは良かったのですが。。。。

 

夕陽のことを考えていませんでした。。。。。

十和田丸のシルエットに隠れていますが 船尾部分で補助汽船が押し込んでいます。

接岸しました。

 

補助汽船ふくうら丸。 煙突部分にJRマーク。JR北海道所属のタグボードでした。

 

青函連絡船 八甲田丸。

現在も青森港第二岸壁で メモリアルシップ八甲田丸として展示されています。

EXPO1988の時は、会場沖合に停泊仮固定されて陸からは仮設橋で行き来していました。

 

日が沈みライトアップされていました。

 

第二岸壁に停泊する 十和田丸 この後は、ホテルシップとなりました。

 

三角形の形状が特徴な 青森物産館 アスパム。 13階の展望室に上がりました。

 

ライトに浮かび上がった 八甲田丸。

 

停泊する 十和田丸。船体中央で 煙突がライトアップされていました。 左の蛍光灯の列が青森駅ホームでした。

 

この後は 583系寝台特急ゆうづる2号で 帰途に付きました。

 

今回は 十和田丸中心にお届けしましたが、羊蹄丸の方も撮影しています。 それはまたいづれ。

 

御覧頂きましてありがとうございました。