皆さん こんにちは。 今回は、前回と同じ1990年の冬なんですが 全く雪はありません。 1989年7月に運転開始したあの列車を撮りに行きました。

 

臨時寝台特急トワイライトエクスプレス 札幌行です。 1989年7月に第一編成が完成して 団体専用列車として運転が始まり 12月に第2編成が完成して 時刻表に掲載される 臨時列車となりました。

臨時列車として運転開始当初は、寝台車8両 電源車1両の9両編成でした。この編成で運転されたのは 2号車のスロネ25ー500番台が増備されるまでの1年間ほどでした。 ですので 食堂車が後ろから2両目となっているのも1年ぐらいしか見られませんでした。

 

1990年3月号時刻表より。

当初は、大阪発で 月 水 金 土曜の四日間の運転でした。 個室寝台の案内は、記号マークではなく 注意書きで記載されていました。

 

 

最後尾は、スロネフ25 500番台。 皆の羨望の的だった 二人用個室スウィート1室 と ロイヤル4室を備えた車両でした。 このスィート ロイヤルが人気になって 2号車が増備されました。

 

壁面のシンボルマーク。

 

食堂車 スシ24-1。 特急型電車のサシ489から改造された車両でした。  元の車両が初期型だったために クーラーが キノコ型の古い方でした。

 

3号車 オハ25−500番台。 サロンカー 「サロンデュノール」。

 

4号車 オハネ25-520番台 1人用B個室寝台「シングルツイン」・2人用B個室寝台「ツイン」の合造車で 5号車も同じ車両でした。

 

6号車 オハネ25-510番台車 全室が2人用B個室寝台「ツイン」となっていた車両で 手前の大きい窓の部分にミニサロンコーナーがありました。

この前の車両は 普通のB寝台2段式車だったためか 記録なし。

12時丁度に札幌に向けて発車しました。 12時ちょうどというと 新快速 近江舞子行も同時発車ですが、新快速の方は、8番線から内側線走行で先に行ってしまいました。

 

201系普通高槻行。

 

12時15分発 新快速米原行。 窓が一段下降式の後期型 100番台車でした。

 

5番線に移動しました。

12時36分。 札幌から 上り臨時寝台特急 トワイライトエクスプレスが到着しました。

 

電源車 カニ24。 カニ24については、トワイライト色のグリーンに塗り替えられてだけで 特に改造はされていません。 その前の オハネフ25-500番台とオハネ25ー560番台は、 4人迎え合わせの寝台に扉をつけて 扉とカーテンを閉めれば 簡易個室となった Bコンパートメント車となっていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 台風が心配ですが、暑い日が続きますね。 今回は、 かなり暗い目の画像になりますが。。。

 

なぜか一枚目は 天王寺駅です。

画面中央の時計は15時2分 発車した特急くろしお21号新宮行です。  大阪市内でもかなり強い目の雪が降った日でした。

 

大阪駅に戻って来て 環状線の103系も1枚。 前面に雪が着くほど降っていました。

 

特急雷鳥18号大阪行です。 新潟始発の列車になります。 103系と同じぐらいにしか 着雪していないという事は、 降っていたのは、京阪神地区だけだったようです。

 

今から305年ほど前になるんですが、 その頃も確か暖冬と言うことが言われていたと思うんですが、一年に 2回か3回 京阪神の平野部でも5cmぐらい雪が積もる事があったような気がするんですが、 今では、雪が積もるって ほとんど無くなりましたねえ。

 

新快速姫路行です。 当時の新快速は、 1979年に 新快速の為に、国鉄大阪鉄道管理局が製造した、2扉転換クロスシートの117系が主力で 「シティーライナー」の愛称が有りました。

今では 新快速は12両編成が通常ですが、1990年代中頃までは、6両編成でした。

 

大阪まで大和路快速の天王寺行です。 右の黄色の113系は、普通電車の福知山行です。 JR西日本発足と同時に誕生した221系が 一番最初に走り始めたのは、大和路快速からでした。  また、今では丹波路快速として225系も走る 福知山線も新三田まで15分間隔で運転されていましたが、 普通だけで快速の運転はありませんでした.

 

大和路快速221系も 当時は6両編成で運転していました。 写真の編成は、4両+2両となっていて 2両編成は 王子駅で分割されて 和歌山線五条・高田駅方面へ直通していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

皆さんこんにちは。 前回の最後に 阪急神戸線の1991年の平日ダイヤについて記事にしましたが、その記事に関した写真を1990年2月に撮影していました。

 

京都線 2307Fの回送。 背後に クレーン車が見えますが、茶屋町地区の再開発工事が始まっていたようです。

 

特急須磨浦公園行 7022F。

 

もう一度 当時の時刻表をどうぞ

7022Fは 9時39分発の特急です。

 

1分後。

普通東須磨行 5012Fです。 8両固定編成の5000系列が運用についていました。 西宮北口で 6両編成車と交代です。

 

急行宝塚行6003F。 

 

折り返しになる 普通が到着。

普通須磨浦公園行 3076F。 これも 字幕改造8両固定編成の3000系が運用に入っていました。 

 

遠くでわかりにくいんですが。

急行 河原町行 6354Fです。 急行幕が 黒地に黄色の幕だったので わかりにくいんですが、 急行運用の6300系です。

 

普通河原町行 3301F。 トップナンバーだったから撮影?

 

普通河原町行 2305F。 梅田ー河原町間の普通列車は 7両か6両編成が運用についていて 6両編成だと3300系が多く運用についていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、真夏の阪急の写真になります。 十三駅で撮影しました。

 

普通梅田行 8005F。 8005Fは 1990年11月に竣工した編成で これを撮影したときで 半年ほどしか経過していない まだ新車の頃です。

 

臨時特急須磨浦公園行 7016F。

 

1991年前後 真夏の日曜日の海水浴シーズンに午前中に数本運転されました。 停車駅は 定期列車と同じで 梅田 十三 西宮北口 三宮と三宮からの各駅でした。  停車駅が 定期列車と同じで 速達性がなく 認知度も低かったのか 数年で運転されなくなったと思います。

 

この7016Fは、7000系の中でも不遇の編成ですかね、7017Fと同時期に6両編成で製造されましたが、この 7016Fの方は 早々に編成がバラされて 他編成の増結や 先頭車は、10連増結運用に回った後に 能勢電7200系に譲渡されて 7201Fとなっています。

 

急行梅田行 3080F。夏休みスタンプラリーのPR看板との2枚看板。

 

その3080Fが折り返してきました。

3080F急行宝塚行 と 3052F普通梅田行。 3000系の二つの顔が並びました。

 

特急新開地行 7021F。 夏休み阪急沿線 スタンプラリー PRヘッドマーク付。

 

 

臨時特急須磨浦公園行 6014F。

 

ヘッドマークは、 SUMA MARINE  RESORT  (須磨マリンリゾート)となっています。 1本目にはついていなかったんですが、 確か専用のヘッドマークだったような気がします。

 

普通梅田行 2307F。この編成の先頭車は最後まで 表示幕改造されなかった車両です。

 

さてここで当時の阪急電車の時刻表を。 1990年前後は、ダイヤ改正に合わせて阪急電車も時刻表を発売していました。

1989年3月発行の時刻表 神戸線の日曜ダイヤです。

8時台までと 16時以降は12分間隔 9時〜16時までの日中は 10分間隔の運転でした。 特急は終日 高速神戸か新開地までで 8良編成での運転 須磨浦公園へは 普通が30分間隔で直通していました。 そして普通はダイヤを見てもらったらわかりますが、 日中は園田駅で 特急を待避していました。  そして 臨時特急ですが、 梅田駅を定期特急の4分後に発車、園田では 先行の普通を追い抜くことなく 西宮北口で追い抜いていました。西宮北口からは 定期の特急列車の2分ほど前を先行して走っていました。  

この臨時特急のダイヤは 正月などは、臨時快速急行のダイヤにもなっていて 臨時快速急行の場合は 六甲駅で後続の特急に追い越されていました。

 

さて ついでに 平日ダイヤも。

平日ダイヤでは、朝夕ラッシュ時間帯、須磨浦公園へは 特急が直通していました。 梅田ー三宮間では 2両か4両の増結を実施していました。 9時台からの日中は 普通が須磨浦公園へ直通していました。 

そのため 8両編成で梅田まで行った普通が 折り返しは 東須磨か須磨浦公園行き普通となるために 西宮北口で6両編成車との車両交換が実施されていました。 時刻表の丸にバツの入った記号の列車です。

 

つづく。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、雪の梅田駅です。

 

普通宝塚行き 3154F。 降り頻る雪の影響でかなり薄暗いですが、15時ぐらいの撮影です。

 

急行宝塚行 5136F。隣に映る列車は神戸線の電車で 2800系T車が写っています。

 

普通雲雀丘花屋敷行 6000F。 暗い画像なんですが、 フルマルーンでHマーク付きです。

 

普通三宮行 5230F。 この編成 1両目と4,5両目 三宮方の先頭車の4両が 5200系の制御電動車。 その中間に 2800系や2000系列の改造付随車を連結していました。 この5230Fの後から2両目が 2800系T車の2882号車です。 

 

普通北千里行 5306F。運行標識板車だったので 望遠で撮影。 この5306Fは 字幕改造もされましたが 編成の一部車両は2019年に 5300系で初の廃車となっています。

 

普通三宮行 8001F。雪が激しくなりますます暗くなってきました。 駅員さんが ポイントの巡回をしていました。

 

特急新開地行 7007F。 7007Fの未改造の頃の写真です。 フルマルーンで Hマークもついていました。

 

特急須磨浦公園行 7017Fです。 この編成ももちろんフルマルーン時代 小窓の上にHマークもついています。

 

急行宝塚行 3150F。

 

急行河原町行 8301F。

 

普通三宮行。 8002F。   

 

フイルム切れで これで終了です。 

 

ネットの情報ですが、 ついに神戸線 園田駅にホームドアの基盤部分が設置され 神戸方のホーム先端部分は封鎖されたようです。  通勤経路が変わって 神戸線を利用しなくなったので いつ行けるかわかりませんが 様子を見にきます。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 前回の続きで 今回は 南方駅で撮影した写真です。

 

普通北千里行 2811F。 片側2扉で元特急型電車だった 2800系もまだ現役。 3扉ロングシートに改造されて末期は7両編成で 普通運用についていました。

 

急行梅田行 5319F。 5300系の8両編成グループは、ほぼ字幕未改造で 急行運用についていたので丸急看板がよりしげに見られました。

 

急行河原町行 3331F。 3300系の8両編成グループも多数存在して 字幕改造後は、本線の急行運用にも入っていました

 

普通河原町行 2305F。この編成は 最後まで表示幕改造されなかった編成です。

 

京都方から2両目には、2800系から外されたT車が連結されていました。 遠目では クーラーの形状の違いで区別がつきました。

 

おまけ。

回送 2305F。 新旧比較と思って 2305Fの写真を探したら 2405号車側しかありませんでした・・・

旧2300系には、2405号車は存在しなかったので なんとも・・・

 

早朝 6時すぎ 平日始発の京都行特急は、正雀車庫からの回送なので 回送幕を撮るなら 早起きがおすすめです。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は36年前の阪急京都線 崇禅寺駅での撮影分です。

この日は 極寒の雪が降る日でした。

 

特急梅田行 6330F。

 

6330Fは 6300系で 唯一梅田方先頭車が パンタ付電動車だった編成でした。

 

急行梅田行 7303F。 7300系はまだ フルマルーン。

 

普通梅田行 3318F。 3300系も多数走っていた時代で この3318Fは 6両編成です。

 

普通梅田行 8301F。 まだ飾り帯が オリジナルでついていました。

 

急行梅田行 7327F+7307F。 なぜか 1本前の特急の写真は撮っていませんでした。

 

普通梅田行2319F。 旧2300系は、梅田方先頭車に 菱形パンタグラフを2台搭載した 迫力ある面構えでした。

 

普通北千里行 8301F。Hマークも見えます。

 

急行河原町行 7327F+7307F。 崇禅寺駅構内は、まだ 明るい開放的な構内でした。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 前回と同じ年の3月 特急あさしお号 急行丹後号を撮影に保津峡付近に訪れた時に 季節遅れの雪に見舞われた時の様子です。

 

113系湘南色の普通京都行。 貫通扉には雪がびっしり。この保津峡に来るまでもかなりの雪が降っていたようです。  

 

雪で煙るトンネルから 轟音をあげて爆走していきました。

特急あさしお2号 京都行でした。

 

特急タンゴエクスプローラー1号 舞鶴線・北近畿丹後鉄道経由 久美浜行です。 

 

急行丹後2号京都行です。  山陰本線京都口で 特急あさしお号ととともに 優等列車のフリークェンシーサービスを提供していた列車でした

 

特急あさしお3号 舞鶴線 北近畿タンゴ鉄道線経由 城崎行です。

 

急行丹後3号城崎行です。4両の軽快な編成で通過していきました。 

電化直前の山陰本線 京都口では、京都ー綾部間で日中から 夜間まで1時間の等間隔で 特急あさしおと急行丹後が運転されていました。

 

嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車。嵯峨野7号 トロッコ亀岡行です。

 

3月なのに 極寒の保津峡でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、山陰本線玄武洞駅付近での撮影分です。

なぜ ここで撮影したのか不明。 ただ 雪景色で写したかったと思います。

 

特急あさしお3号 城崎行です。玄武洞駅から徒歩数分のところだったと思います。

 

普通179D浜坂行です。黄緑色のキハ47、豊岡地方色だったと思います。  

 

 

特急エーデル北近畿7号 浜坂行です。 カニすきシーズンで 1両増結されていました。

 

ここでも寒すぎて ヘタレな私は駅に戻りました。

 

普通178D豊岡行です。

 

キハ47系列は 30年前も 現在もほとんど変わらない姿で走っていますね。

 

485系使用 臨時特急味めぐり北近畿1号城崎行です。 この列車の始発駅は、東海道本線米原駅。 米原駅から大阪駅経由で 城崎行の臨時特急でした。 車両は 特急加越号用の485系7両編成が使用されていました。

 

豊岡駅から 城崎駅へ回送される 特急北近畿用の183系です。

 

特急はまかぜ4号大阪行です。 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。納涼企画第2弾。

 

冬の雪景色を狙って 余部鉄橋に行きました。

特急あさしお6号 京都行きです。(後追いです) 鉄橋付近には 雪がなく 残念ながら冬枯れの景色でした。 

 

 

 特急あさしお1号倉吉行です。 キハ181系は この2ヶ月後に引退したので 雪はありませんでしたが、餘部鉄橋での国鉄特急色を記録できたので 満足でした。 

 

帰りの列車を待つ間に 一枚撮影。 雪はなかったですが、海からの風が あまりにも強く 極寒の余部でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。