皆さん こんにちは。 またまた 発掘ネタです。 「マルーンの疾風」は みなさんご存知 阪急電車カレンダーの愛称ですね。 今年も10月に入って 2027年度版が発売されました。

 

私も早速購入しました。

今年の壁掛けの表紙は、最新2000系2004Fとフルマルーン復刻の6013Fです。

 

卓上版は、表紙は2001Fです。 卓上版の方は、一年を通じて 1形式でまとめてあって 今年は新2000系2300系。 去年は6300系でした。

 

そして この二つをセット購入すると クリアファイルのおまけがつきます。

今年は、この一年話題の車両が掲載されていました。

 

さて 今回 出てきたのはこちら。

マルーンの疾風1980。 今から47年前の1979年年末に発売されたものです。

 

右下に 今後も阪急電鉄カレンダーをお届けします、説明があり この1980年版から始まったようです。

9・10月のページは、西宮北口駅 ダイヤモンドクロスでした。

 

続いて翌年 1981年版。

6300系以外は、まだフルマルーンの時代でした。

この後毎年買っていたはずなんですが、残っておらず。 出てきたのが2000年のカレンダー。

「マルーンの疾風」ではなく HankyuRAILWAY CALENDER となっていました。

上に当時の写真。下に日付と 過去の車両の説明となっていました。 2000年の新時代を迎えるにあたって 「時代を駆け抜けた車両たち」と副題をつけて 紹介する様式だったようです。

 

1・2月は 6352Fでした。  雪を蹴散らして走る6300系というシチュエーションだけでなく 急行運用の写真をチョイスするとは。 やはり マニアックですね。

 

続いて2001年版。

この年も HankyuRAILWAY CALENDERとなっていました。 そして ヒュしは 2年連続8008F。

 

中は 阪急電車の年表になっていました。

 

7・8月は、宝塚ファミリーランドの中を走る 今津線。 車両は 6014Fでした。

 

最後は 2007年のカレンダー。

名前が、「マルーンの疾風」に戻っていました。

 

現在と同じ壁掛け縦型 1ヶ月ごと メインの月に前後の月を小さく表示に変わりました。  この頃から 現在の様式になったようです。 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、50年前 1978年頃 の画像です。 9・10番ホームで撮影した画像を集めました。

 

2000年代は立ち入り禁止になっていた 9・10番ホームの先端付近での撮影分です。

本当の先端。 EF58-7号機牽引 寝台特急あかつき4号新大阪行です。 以前記事にしたときにコメントをいただきまして このEF58−7号機のパンタグラフは 下枠交差式に交換されていました。

 

11番線に入線する 特急白鳥青森行。

 

文字幕の写真なので 1977年かもしれません。

 

特急しなの9号長野行。 

 

11番線に到着した 福知山線の普通列車。

 

ほとんど記憶にないのですが、 キハ26にキハ10系列の列車。

 

DD13-117号機。これおそらくなんですが、荷物専用ホームにいる荷物車の入れ替え中だったかもしれません。左奥に線路が続いていますが、11番線の切掛け式ホームからの延長線上に当たります。 

 

7・8番線の神戸方から撮影した画像。

特急北越1号新潟行。右端に見えるのが 9・10番線の先端です。

 

9番線に入線する 寝台特急なは 新大阪行。 

 

9・10番線の切りかけ式ホーム付近からの撮影分。

キハ472両の 福知山線篠山口からの普通列車。

 

8番線に到着する 新快速近江今津行。 国鉄時代は ホームの端に座っていてもお咎めなしのおおらかな時代でした。 左端にうつる マニ50?切りかけ式ホームで荷扱い中だったと思います。

 

9番線に到着した D D51-1119号機牽引 福知山線普通列車です。  この頃は 寝台特急や電車特急ばかりに目がいって 客車鈍行や 153系新快速などはほとんど撮っていませんでした。 まあ フイルムも高ったのであまりバシバシ撮れなかったのもありますが。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、2007年の春の大阪駅です。 前々回に2006年の大阪駅で7・8番ホームの工事中の模様を記事にしましたが、今回は、その旧7・8番ホームを解体して 新しい9・10番ホームの完成間近の模様をお届けします。その後 旧9〜11番ホームは、更地になってしまい ルクアなどの駅ビル用地になってしまうので そこも記録しました。

 

旧11番線ホームに入線する 特急サンダーバード25号富山行です。 旧10番ホームから撮影。 

 

9番線に到着する 丹波路快速大阪行の221系、 左に見えるのが工事中の10番ホームです。

 

旧9・10番ホームの神戸方。ここから先は、国鉄時代荷物輸送の作業ホームでした。 

 

改良前の大阪駅のホームの神戸方には、主に奇数番線ホーム側に切りかけ式のホームがありました。画面右側の配線や器具が置いてあるスペースです。3~4両ぐらいの荷物車などが停められて荷扱いしていたと思います。

 

右側のホームが 11番ホームです。少し短いですが切りかけ式ホームも見えます。 現在はこの付近が ルクアイーレビルになっている当たりだと思います。 1980年前後は、まだこの先にも入れて 寝台特急なども撮影しました。

 

12時42分発 特急サンダーバード21号 富山・和倉温泉行。

 

13時42分発 特急サンダーバード25号 富山行。 基本的に毎時42分発で 681系683系使用のサンダーバード号富山方面行が発車、毎時12分発で 485系使用の特急雷鳥号金沢行が発車するダイヤでした、ただし 午後は 485系雷鳥の方は 臨時や週末運転となっていました。 

 

ここからは9・10番ホームを記録していきました。

現在だと 桜橋口に続く西側通路に降りる階段。 画面右が旧11番線です。

 

階段降りたところの案内板。

 

この階段から ホームの方を見上げました。

 

上の階段を撮影した場所の背後の階段になります。

中央改札口に降りる階段。 画面左手が 旧11番線です。

 

この付近から右手を見上げると。

工事中の新9/10番ホーム越しに 当時は アクティ大阪と呼ばれていた 大丸百貨店などが入る 大阪サウスゲートビルです。

 

京都方まで来ました。

御堂筋口に降りていた階段です。

画面右が 御堂筋口改札です。

 

神戸方を見ました。

223系が止まっているのが、8番ホームで その間が 新9・10番ホームになります。この写真を撮影している場所が現在だと11番ホームの背面の壁付近ぐらいです。

 

旧11番ホーム壁面には、681系のサイドの模型?が設置してありました。

 

暗くなってしまいましたが、ホームの両面にサンダーバードが止まっている感じに見えました。

 

自販器車や売店車もありました。

 

工事中の10番ホームを見ました。

御堂筋口側から神戸方。

桜橋口階段から京都方。 正面が阪急32番街です。

 

その向かい側 旧11番ホーム。 奥の壁面には、 681系の模型の中に 北陸地方の観光地のパネルが設置されていました。

 

旧11番線に停車する 特急サンダーバード21号 富山・和倉温泉行です。 

 

この日は485系を撮れなかったので 別な日に撮影した写真を。

特急雷鳥9号金沢行です。681系に合わせて 富山方に自由席車を配したので 神戸方にグリーン車が来ました。

 

スーパー雷鳥が消滅後 パノラマ車のクロ481-2000番台車は、一時期特急しらさぎ号に転用された後 再び国鉄特急色になって 雷鳥号運用に戻ってきました。 

 

旧9・10番ホーム京都方からの写真。

旧9番線から発車した 特急スーパーはくと6号京都行。

 

新8番線から発車した新快速。 画面左の線路が 旧11番線と10番線の線路でポイントで1本になって 上り列車線になっていきました。

 

さて 2007年から18年後 2025年にほぼ同じ場所から撮影した画像をどうぞ。

去年の2月 サロンカーなにわの さよなら運転時の撮影分です。10番線を発車した サロンカーなにわ号宮原操車場方面行。 この場所は、阪急電車からの連絡通路を進んできて JRの改札へ降りずに行き過ぎた広場的な場所から撮影しました。  目の前の空間が 旧大阪駅10番線11番線の廃線跡になります。 

大阪のど真ん中に 廃線跡が!!てことになりますね。

 

 

長々と御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは、 前回は2006年の大阪駅でしたが、今回は、阪急十三駅で撮影した写真をどうぞ。

 

 

特急梅田行9302F。 2006年現在では、9300系は3本が投入されていて この9302Fは 2005年5月の竣工まだ新車でした。

 

普通梅田行3064F。 宝塚本線も3000系が多数走っていました。

 

急行梅田行7321F。

 

快速急行梅田行 5106F。 西国七福神めぐりヘッドマーク。

 

特急河原町行6330F。 まだまだ京都線特急には、6300系の方が多数派でした。

 

特急新開地行 7008F。 全面を大幅にリニューアルする直前の写真。

 

普通三宮行 3062F。神戸線も3000系がまだまだ走っていました。

 

普通北千里行 3327F。 あと1編成になってしまった3300系。 最後にもう一回撮りにとは思うのですが。。

 

特急梅田行 6356F。 引退するとなると撮りに行かねばと焦る気持ちが出てくるのですが、 こうして振り返っていると 結構写真を残していたなと 無理して葬式鉄に参加しなくてもいいのかもしれません。

 

普通梅田行 6011F。そういえば 6000系の中には、リニューアルもされずに昭和のままの内装の編成もあるのですが、このまま走り続けるのか?

 

急行梅田行 8315F。

 

快速急行宝塚行5106F。 日中の宝塚線には、山本ー宝塚間を通過していた 快速急行が走っていました。

 

特急新開地行 7006F。 華麗に変した 7006Fの原型時代。

 

普通宝塚行3064F。 快速急行の通過駅を補完するために 普通電車も宝塚まで運転されていました。

 

 

快速急行宝塚行7011F。

 

快速急行宝塚行 5132F。 最近通勤経路が変わって 運用の確認ができていませんが、5100系も阪急線内では あと2本の存在。。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 0系新幹線の画像を探しているときに 見かけた画像からです。

今から20年前 大阪駅は、改良工事の真っ最中でした。 ホームを移設改築したり大屋根ができたりと それまでどことなく国鉄時代の雰囲気が残っていた大阪駅を完全に作り直したかのような工事でした。

 

現在の大阪駅は、環状線ホームが1・2番線となっていますが 以前は 環状内回り・環状外回りと呼ばれていて 現在の3番線が1番線となっていて そこから11番線まであった 7面13線?のホームがありましたが、現在は、6面11線となっています。 ホーム1面分とかつて6番線と7番線の間にあった留置線部分などを東側に詰めてできた空間に現在の大阪駅西側のルクアなどの駅ビルができています。

 

2006年3月大阪駅旧7番線 神戸方から工事中の新7・8番線ホーム見ています。

奥に207系が見えていますが、6番線に停車する普通電車です。

 

普通高槻行。とHEPファイブの観覧車と阪急32番街。現在では、大屋根と橋上通路また 阪急百貨店も建て替えられたのでこの風景は見られません。

少し下がって撮影。 右に見えるビルが、大丸百貨店などが入る現在のサウスゲートビルです。

 

321系の右側が旧留置線のあった場所で 新7・8番線の工事完成後 そこに線路を施設し9番線の線路となって今321系の止まっている付近がホームになっていきます。

 

5・6番ホーム京都方から撮影。201系普通西明石行。右が工事中の新7・8番線ホームです。

 

8ヶ月後の2006年11月の写真。同じ位置から撮影。

207系普通新三田行と 201系普通京都行。 工事中のホームの向こう側だった上り電車が真横に来ました。国鉄時代も6番線と7番線の間には留置線があったので 上下普通電車が真横に並ぶのは、大阪駅開業以来初のことです。

 

ここからは、2006年に見られて列車たちをどうぞ。 撮影日は バラバラです。

環状線外回り 京橋天王寺方面行。 201系の転入が進んでいました。

しかし過渡期だったので。

環状線外回り天王寺行。 ブルーの塗装のまま運用につく201系もありました。

 

5番線に停車中の新快速姫路行。 昼間の新快速は、まだ8両編成が中心でした。

次の画像は2025年ほぼ現在の写真。

ほぼ同じ位置で撮影した新快速姫路行。列車は12両編成になって橋上通路ができました。

 

2006年。

右4番線 丹波路快速篠山口行。左5番線快速網干行。 丹波路快速の最初は、221系から始まりました。

 

2021年になります。

快速網干行と丹波路快速福知山行です。 こちらもほぼ同じ場所。 車両が223系になりました。

 

続いて2006年の特急列車。

旧11番線 特急サンダーバード25号富山行。

 

特急北近畿14号新大阪行。

 

特急北近畿13号城崎行。 JR宝塚線の特急は、国鉄特急色の183系で走っていました。

 

特急はまかぜ3号香住行。 キハ181系が健在。

 

特急サンダーバード26号。 まだ午後の日差しが降り注ぐ大阪駅構内でした。

 

最後は2021年 現在の大阪駅3番線。

2006年の写真は ホームの反対側になりますが、昼間でも陽の光が届くことは無くなりました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

おすすめに出した 駅そば大全と鉄道ダイヤ情報12月号衝動買いしました。

駅そばの方は、店の外観の写真は、ほぼなく、表紙にもあるような そばの写真ばかりです。

各地各線の駅そばを所在駅も含めて結構ボリュームタップリ紹介されていました。

地元のそばでは 十三駅のポテそばが巻頭特集に載っていました。

旅欲 食欲のそそる一冊でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 先日 6352Fの復活運行を撮影に行く前に 能勢電鶯の森駅によりました。

 

10月に入って 能勢電1757Fのお別れ装飾も第3弾に入りいよいよ大詰めになりました。 ギリギリになって撮り忘れる前に 行ってきました。

 

6352Fのこともあったので 一番お世話になっている鶯の森駅で最後?の撮影をしました。

普通川西能勢口行7157F。

 

特急デザインと おつかれさま。

しかし 最後の最後まで マルーン色が輝いています。

 

続いて折り返しを待ちます。

普通日生中央行5146F。

 

オールドルーキー5100系。 1757Fの引退後は、フルマルーンの伝統を受け継ぎ おそらく 阪急能勢電系統で最後のフルマルーンになるんでしょうね。

 

普通日生中央行 1757F。 京都線急行デザインと 「惜別 ありがとう1757」の2枚看板。 

 

このヘッドマークの色デザインは、元はこれですね。

1990年の鶯の森駅。 妙見急行川西能勢口行 1700F。 1700系が能勢電に初登場したのが、1990年。能勢電の希望と躍進を表現したオレンジ色に沿線の緑をイメージしたグリーンの帯で登場しました。

正面の細帯は側面の乗務員扉付近でZ型に折れているのですが、能勢電のNをイメージしているそうです。 そしてこの緑の細帯は、車両裾部に編成前提に続いていました。

 

このオレンジとグリーンを配色したヘッドマークになっていました。

 

余談ですが、1990年の鶯の森駅駅は、6両編成対応工事の真っ最中でした。

 

望遠で最後の瞬間を。

 

この後11月と12月に最後のイベントがあるみたいなんですが、能勢電のHPがメンテナンス中でリンクが貼れませんでした。。。

 

この後 中津駅に向かったのですが、もう少し時間があったので 豊中駅で下車。

梅田方。設置前と列車の停止位置は変わっていなかったので 梅田行電車はホーム端付近で止まるので他の駅に比べると 変化がない感じです。

 

ホームドア工事が完成していて稼働していました。 普通雲雀丘花屋敷行7011F。 柵付近から撮るとこんな感じ。

 

宝塚方に移動。

右手が梅田行乗り場で、先頭が梅田方ギリギリに止まる分 宝塚方は、鉄柵が並んでいます。

 

宝塚方面乗り場。

 

宝塚方ホーム柵端から 梅田行急行を撮影。

宝塚方ホーム端。こちら側での撮影はかなり難しくなりました。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 前回の続きで 2000年代の撮影分です。

 

2001年新大阪駅。

0系は こだま649号広島行。 隣は 発車した のぞみ43号広島行です。 0系と300系の並び。 しかし 今回画像を探していて 気づいたのが 0系以上に300系の写真がほとんどないってことでした。 この300系の鉄仮面的な全面に写欲が全くわかなかったですね。

 

500系のぞみ5号博多行。 多分 0系と500系の並びもこれ一枚ぐらい。

 

こだま653号博多行。

中ほど3号車。37形1044号車。山陽新幹線区間のこだま号用6両編成の一部には、16両編成時代の37形半室ビュッフェ車が連結されていましたが、ビュッフェの営業はしていませんでした。

 

2003年

こだま647号広島行です。 扉横にWをあしらったロゴマーク、側面の青帯の中に白い細帯を入れた塗装。

もと 元ウエストひかり号用のR編成です。

 

1988年 山陽新幹線区間ないで 航空機などの競合機関対策として 輸送力に見合った6両編成で 居住性の向上を図って 2列+2列シートに改造されて運転された ウェストひかり号用の0系7000番台車です。 700系ひかりレールスターの登場で こだま号専用になりました。 ウエストひかり時代は、ビュッフェ車は、4人席や二人席の喫茶店風の内装に改造されて ほぼ食堂車となっていました。

 

2005年です。

2002年 こだま号用に残った 0系は 濃淡グレーにフレッシュグリーンの帯を纏った 塗装に変更されました。 同時期に存在した 100系のこだま号用の編成もグレー色になっていました。

 

ところで 500系と入れ替わりに投入されている 山陽こだま号用のN700系P編成も 「山陽ブルー」という水色に塗り替えられるようですね。

https://www.westjr.co.jp/press/article/2026/07/22/items/260722_00_press_kodama.pdf

 

N700系8両編成こだま号の通常色も 地味に超レアな存在になりそうですね。

 

ということとで 0系は 2008年年末で完全引退しました。 そこから 20年ぶりの 0系誕生ですね。

 

ここからは 保存車両を。

2014年です。薄暗い館内の奥に保存されていました。 大阪環状線弁天町駅にあった 交通科学館に保存されていた時の0系です。

横には、パタパタ案内機も保存されていました。 

その後0系は 弁天町から 梅小路に移動しました。

京都鉄道博物館に保存されることになって0系。 館外からもチラッと見られます。

 

弁天町時代の薄暗い館内奥から 一点日光も当たる 明るいところに移りました。

 

2024年。新大阪駅開設60周年を記念した 装飾が施されました。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 先日 JR東海から N700S系以来の 次期新型新幹線を制作するということが発表されましたね。700系から 記号を追加する形で 型番が付番されていて 現在の最新型N700Sも700系の改良型と思っていたんですが、 記事を見ていると フルモデルチェンジの新型の位置付けだったんですね。

それで 今度のフルモデルチェンジは、それ以上の革新的な車両として S0系となったようです。

 

JR東海の発表資料。

https://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000046070.pdf

 

 

ところで S0系の写真はもちろんないので 元祖新幹線の0系の写真を見たいと思います。まずは フィルム時代の1999年ごろまでの写真。

新幹線 特に0系は あまりにもありふれていたので ほとんど撮影の対象にはなっていなかったのですが、

 

1977年頃です。

山陽新幹線 六甲トンネルの入り口上にある 公園から撮影した1枚。

次に撮影したのは、1991年で その間0系の写真は1枚もありません。

 

JR京都線山崎駅東側の 阪急電車との並走区間付近にある公園から撮影。 多分 こだま号新大阪行です。

 

次は 1992年名古屋からの帰りのこだま号

車両の写真ではなく 座席の写真。 名古屋を過ぎると こだま号自由席は 編成の端の方に行くほどガラガラ。 何気に座席をとりました。 当時、普通車は、転換式シートが多数残っていました。

 

1993年東京駅にて。 

こだま429号新大阪行。 当時は、こだま号でも ビュッフェが営業していました。

 

手前から 0系こだま402号 300系のぞみ15号博多行 200系やまびこ123号盛岡行の並び。

 

こだま431号新大阪行。 車庫から出庫してきたところです。

 

1994年 三河安城駅。

こだま420号 東京行。

 

100系 ひかり108号東京行。 1990年代前半は 東海道新幹線の主力は100系によるひかり号。 0系は 1時間に1本程度ひかり号の運用が残っていた以外は、こだま号でした。 300系のぞみ号も1時間に1往復 東京ー博多間で運転されるだけでした。

 

発車した こだま420号。東海道新幹線区間の こだま号は ほぼ全便ビュフェが営業。ひかり号は、食堂車が営業していましたが、100系の一部は、カフェテリア車となっていました。 

 

2000年の一枚。

新大阪駅。20番線0系は こだま号広島行。 21番線700系は ひかりレールスター 博多行です。

2000年になり 700系によるのぞみ号も走っていましたが、山陽新幹線区間では のぞみ号は 1時間に2本程度。速達列車の主役は、ひかりレールスター号でした、朝夕は、1時間に2本運転される時間帯もあり、0系こだま号との並びも見られました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 6300系本線復活運行が実施される 直前 阪急電車の公式オンラインショップで さよなら6300系シリーズというグッズの販売が始まりました。

 

https://www.hankyudensha-shop.com/collections/hankyudenshakan

 

以前押入れから発掘した キーフォルダーを紹介しました、

1975年ごろに販売された ヘッドマークとブルーリボン賞受賞記念 キーフォルダー。

 

この真ん中の6300系のキーフォルダーを、阪急電車公式YouTubeチャンネルの 館長さんが所有していたものを完全復刻して 再販売されることになりました。

 

これは売り切れになる前にと 発売当日にポチッとしました。

 

さよなら6300系メタルキーフォルダーと マグネットバッジ。 バッジの方は ピンバッジ風のもので 針で刺すのではなく マグネットで挟んで服などにつけるというものです。 化粧箱に入っていて少し高級感がある感じです。

 

キーフォルダーを並べてみました。

50年の時を経て ピカピカのバッジがよみがえりました。

 

裏面。

裏面。 過去の方は、1976年ブルーリボン賞受賞記念の刻印でした。

 

ここからは、過去の6300系の写真をどうぞ。

1984年高槻市駅付近で撮影。

高槻市駅の梅田寄り 芥川橋梁を渡る 6300系特急。

橋梁から駅に戻る途中の踏切付近にて 特急河原町行6357F。 当時は、高槻市駅高架工事が始まった頃で 画面左側に 仮上り線を施設しているところでした。

 

 

特急梅田行 6352F。画面奥に高槻市駅のホームが見えています。

 

下りホーム京都方にて。 特急河原町行6350F。当時の特急は もちろん通過です。 仮線路との間のスペースは、待避線の跡で、工事スペースを仮設するために 高槻市駅の上り待避線は一旦撤去されて 手前の富田駅に待避線が設けられました。 その待避線は 工事完了後も撤去されず 現在まで使用され続けています。

 

十三駅にて。

特急梅田行 6330F。  初詣ヘッドマーク。

 

中津駅にて。

特急河原町行6330F。 王子動物園 パンダ来園記念ヘッドマーク。

 

梅田駅。

快速特急河原町行 6353F。 「快速特急」は2001年から2007年の 土日ダイヤの午前中と 夕方以降に運転されていたらしいです。私もはっきりと覚えていません、 停車駅は、梅田 十三 高槻市 桂 大宮 烏丸 河原町 だったそうです。 臨時列車ではなく 定期列車でした。

 

最後は、十三駅。

快速特急梅田行 6354F。 京とれいん。 2016年の撮影。

 

快速特急河原町行 6354F。 折り返しも撮影。 お正月三ヶ日でしたが、他に撮影する人もなく 穏やかな日でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。  桂駅では、 嵐山線方面の1号線ホームの梅田方に向かいました。 本線からは少し離れますが ホームが梅田方に長いのでそれほど混雑しないであろうと。

 

 

特急大阪梅田行 9303F。 プライベース組み込みの9300系も、あと5編成ほどですね。 地味に絶滅危惧種だったりするかも。

ところで この1号線ホームもホームドア設置に伴い この付近で柵が設けられるようでした。

 

2号線から準急京都河原町行が発車してしばらくして 通過案内の放送が流れました。 

12時40分ごろ 

1号線ホームに差し掛かったところから加速してきました。

連写連写連写。 何十年ぶりかに 本線を通過する 2扉連窓車を激写。

 

何十年ぶりかに 本線を通過する 2扉連窓車を激写しました。

 

この日 最後の撮影は、西京極駅にしました。 桂駅では、河原町から戻ってきて C号線から車庫線へ入る予定みたいでしたが、 ホームドアもあって 混雑するような気もしたので遠慮しました。

 

次の準急で西京極駅へ移動。 もちろん京都方の有名スポットは3重の人垣。 下りホームの中程で撮ることにしました。

 

特急大阪梅田行9308F。 12時53分頃通過。 この後12時57分頃に やって来ると思っていましたが

こず。  背後の人にここで お声かけしたら、 わざわざメモを見て 被らないし 次の特急の後みたいなことを教えていただきました。

 

準急大阪梅田行7300F。  ほぼ原型スタイルの7300系も貴重な存在になりました。

 

特急大阪梅田行9305F。  9305F通過後 しばらくして 通過案内が流れました。

 

今度も激写しました。

 

デジカメとスマフォで手が塞がっていた為に 頭の中で手を振りました。

 

これで 6352Fの撮影を静かに終了としました。

 

おまけ。

西京極駅。 特急梅田行6354F。1986年8月。 この写真を撮影して以来 40年ぶりの西京極駅でした。

 

桂駅。 特急梅田行6353F。

 

特急梅田行 6330F。  1984年 京都線各駅の高架工事での徐行運転で 3扉車の運用が増えたのを解消するために 増備された編成。 6300系の車体に7300系の制御機器を合わせて登場しました。 7300系と同じ 梅田方先頭車が Mc車となり下枠交差型パンタグラフ2台搭載した 正真正銘唯一の編成でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。