皆さん こんにちは。
私の 記事の アクセス解析の中で 検索エンジン経由でアクセスの多い記事として
この ニセコ号の記事がよく出てくるんですが、 どういう仕組みなんですかね。
ふと疑問に思って リブログしてみました。
皆さん こんにちは。
私の 記事の アクセス解析の中で 検索エンジン経由でアクセスの多い記事として
この ニセコ号の記事がよく出てくるんですが、 どういう仕組みなんですかね。
ふと疑問に思って リブログしてみました。
皆さん こんにちは。 能勢電1757F。旧阪急2000系時代から 60年以上走っています。 先月8月には 1か月限定のヘッドマークが つきました。
能勢電さんのHPには、1週間ぐらいの運行予定が公開されています。 私は。行ける時に行っておこうと 早朝だけの運転でしたが、8月10日に行きました。
乗車券は デジタル1DAYパスを購入。
オリジナルグッズは ネットと 山下駅除薬室でも販売中。
ちょっと 手が出ませんでしたが、 引退記念腕時計も出ていました。
まずは 山下駅にて。
普通川西能勢口行 1757F。
角形 阪急電車の区間普通バージョンのヘッドマークがつきました。 8月の1か月限定。
オレンジは 阪急宝塚線のラインカラーです。
発車した1757F。 反対側は、水色の阪急神戸線バージョンでした。
次の川西能勢口行は、おさるのジョージのせでん号の7201F。 回送の2000Fとすれ違いました。
1757Fの運用が1本ズレていたら 新旧2000系の並びが・・・・
今年のコラボトレイン 能勢電版には、中間扉の扉横にもラッピングが入るようになりました。
一の鳥居駅に移動しました。
普通日生中央行 1757F。
ヘッドマークには、 古参ー感謝と入っていました。 角形ヘッドマークも作って掲出してくれるという 能勢電さん 本当に 神対応ですね。
丸型マークは 多数ありますが、角形というのは ほとんどなかったですからねえ。
回送 8007F。
特急日生エクスプレス 大阪梅田行 1004F などを撮影して
日生中央から折り返してきた 1757Fを撮影。
後ろから 2両目の中間電動車は、阪急時代は2002号車。 1960年11月に 旧2000系の第一陣12両の中の1両です。 今年の11月で 満66歳ということになります。
1757Fと入れ違いに 1006F回送 おさるのジョージ号がきました。 今年も ぬいぐるみの添乗は継続中。
この日最後の1757Fは、鶯の森で撮影しました。
普通日生中央行 1757F。 ホニョホニョホニョホニョと コンプレッサー音を響かせて 去っていきました。
帰る途中 駅タグ収集のために下車した 滝山駅にて。
1006F 特急日生エクスプレス 大阪梅田行。
普通 日生中央行 7201F。
御覧頂きましてありがとうございました。

皆さんこんにちは。 4月に転勤があって 阪急沿線を離れてしまい タイムリーに駅の工事状況などを見ることができなくなっていたんですが、 先日 所用のついでに雲雀丘花屋敷駅に行ってきました。
雲雀丘花屋敷駅では 昨年2025年5月から ホームドアの工事が始まっていました。
電車の停車位置は、上下線とも 現行の梅田方によった位置になるようで 宝塚方のホーム端から2両分ほどのところに固定柵が設置されています。
下りホーム宝塚方。
梅田方ホーム。 梅田方ホームも ほぼ同じ位置に固定柵がありました。
下りホームは、エレベーター付近を除いてホームのタイルの張り替えと嵩上げが完了していました。
上りホームは準備中みたいです。
下りホームの宝塚方の柵付近で少し撮影しました。
急行大阪梅田行 1012F。 今の所 スッキリと撮影できる感じです。
急行宝塚行 8007F。 下列車の場合は、こんな感じです。 左の副本線側は 右にカーブしてくるので 少し何があると思います。
このあと 5104Fが 上り普通運用で出庫してくるので 望遠などで撮影してみました。
ホーム端の柵と信号機が入ってしまいました。
ホーム直前だと 編成全体が綺麗に収まりました。
それにしても 引退直前とは思えないほどの 車体の輝きですね。
下りホーム梅田方から 上りホームを見ました。 ホームの線路側には。、ホームドアの基礎になるパネル?が設置されて ホーム下は、鉄骨の柱と以外は空洞になっています。
2年前 2024年の同じ位置の画像。
ちょうど運転士さんのいる位置付近から ホーム下には、空間がなく 古い時代の駅の土台が残っていたみたいなんですが、 今回の工事で 撤去されたようでした。
次に 昨年2025年の9月 に梅田方面ホームの 宝塚方固定柵付近での撮影分です。
急行梅田行5104F。 副本線側から望遠で撮りました。左下の柵が ホーム端の柵です。
雲雀丘花屋敷止まりの1004F。 左の地下道は、雲雀ヶ丘学園への臨時出口です。
車庫に向かっていく 1004F。 望遠(35mm換算で720mm) 。
急行宝塚行1003F。電車が停止してからだと少し窮屈になるかもしれません。
発車した1003F。 宝塚方は 直線なので ホームドアができても 撮影が続けられそうです。
35mm換算 1440mm コンデジの最大望遠で撮影しました。
御覧頂きましてありがとうございました。

皆さん こんにちは。
今度は、外側線を来た113系快速野洲行。 先頭のクハ111、またまた少し形状が違いますね。 クーラーが分散式になり 通風器の形も違います。
特急スーパーくろしお7号新宮行です。 381系 スーパーくろしお号用編成は、最初は、白に赤と黄色の帯が入った塗装になっていました。
特急はるか8号京都行です。 今も昔も 早朝から深夜までほぼ30分間隔で走っています。
この日1番の珍客だったかも。 キハ58系6両編成の 修学旅行臨。 確か この時期 連日運転されていたような気がします。
特急はくと3号 智頭急行線・因美線経由倉吉行です。
1994年智頭急行線が開業 関西と鳥取方面を結ぶ新しいルートに 新設の特急列車が走り始めました。現在は、智頭急行HOT7000系に統一されていますが、開業直後の数年間は、JRのキハ181系を使用した 特急はくと号も運転されていました。キハ181系の方には、因幡の白うさぎをモチーフにしたヘッドマークが付いていました。
特急スーパー雷鳥17号金沢行です。 今度は 正真正銘のスーパー雷鳥運用。
ヘッドマークには、雷鳥とスピード感をイメージした3色の帯が入っていました。 スーパー編成の特徴である パノラマグリーン車は最後尾になってしまっていますが、その隣の食堂車を改造した ラウンジ室のついたサロ481の特徴ある窓配置が分かりますね。 ちなみに この17号は、神戸始発でした。
快速野洲行 221系の快速列車も記録。 意外と早くに この区間から姿を消してしまいましたね。
特急スーパーはくと2号京都行です。後ろから2両目には、貫通型先頭車が入る珍編成でした。
最後はこの列車。
寝台特急なは。 新大阪で終着後 向日町まで回送されているところでした。 中間に連結された B個室車と座席車が写っていますが 短いはくとの編成に望遠を合わせたままだったので 後ろが切れてしまい残念です。
御覧頂きましてありがとうございました。

皆さんこんにちは。 1996年は 国鉄時代の名残もあって いろいろな車両がやってきました。
201系普通京都行。
205系普通西明石行。 普通電車だけでも 201系 205系 207系と3種類が走っていました。 103系も残っていたかな?
12系欧風客車ユーロライナー。 国鉄時代の1985年 名古屋鉄道管理局が改造した サロンエクスプレス東京 サロンカーなにわに次いで 3番目に登場した 欧風客車です。 この日は、団体臨時列車での運用だったようです。 1990年代は、企業や団体の貸切列車というのが 多数運転された時代でした。 私の勤める会社でも 全社定休日にして 12系座席車8両を仕立てて日帰りですが 慰安旅行に行ったこともありました。
特急はるか6号京都行。真っ白な車体に 4分割された前面窓周り 少しスペースシャトルを想起させるような外観は、今までにないスタイルで斬新な感じがしてました。 この281系も 登場から30年以上になりますね。
快速大阪行。ではなく 網干から大阪まで快速で 大阪から向日町か野洲まで回送されるようでした。 4両+7両の11両編成です。
今度は内側線を。
快速米原行。 こちらも11両編成ですね。 同じように見える113系ですが 先頭のクハ111じっくり見ると。ヘッドライトの大きさ、その横のタイフォンのカバーの形が違い また屋根上の通風器の形も違いました。
207系普通京都行。 この207系は、8両編成でした。 この頃の207系は、日中6両編成 朝夕ラッシュ時に2両増結のスタイルで運用されていました。
特急雷鳥15号富山行です。 ズーパー雷鳥用編成ですが、681系の登場により ノーマル雷鳥の運用にも入るようになっていました。
寝台特急日本海4号大阪行です。 夜行列車が サンライズブームと 団体臨時列車とはいえ 新幹線や近鉄特急で
も 夜のうちに移動できて ホテル代が浮くということで 見直されつつありますが、 でも このブルートレインのような 開放型寝台列車の復活は 時代的に難しいのでしょうね。
285系が登場したのは、 この2年後の1998年 まだ 寝台特急が多数走っている頃だったので JR東日本も巻き込んで 交直流両用タイプの585系を開発して この 大阪ー青森間 「日本海」を置き換えていたら どうなっていたのか。
御覧頂きましてありがとうございました。

皆さんこんにちは。 よく何年前はこうでしたという 記事を見ることがあるんですが、私も真似をして 30年前はこんな写真を撮りまして と題しまして 30年前 8月には撮り鉄していなくて 10月の写真になります。
当時は、柵もそれほど高くなく 普通に山﨑カーブで撮影できました。
後ろが切れてる失敗?写真。 新快速野洲行。12両の後ろが切れてしまいました。
続いて回送の223系12両編成。修正したつもりが まだ切れていました。。。
今度は綺麗におさまりました。221系12両編成 新快速野洲行です。 もう見ることはないであろう12両編成の221系新快速です。
快速野洲行です。 113系4連x3本 の12両編成でした。 爆音を響かせて通過していきました。
特急はまかぜ1号の送り込み回送です。向日町から 始発駅の大阪まで回送されていました。 こちらも轟音を響かせていました。
次の列車は 連写しました。
特急しなの15号長野行。 この日は、増結なしの6両編成でした。 先頭は貫通扉のある0番台のクハ。 381系が特急しなのとして登場した時から走る車両ですね。
丁度 後継の383系がデビューした時で この2ヶ月後1996年12月ダイヤ改正で 381系は「特急しなの」の定期運用から外れて この大山崎のカーブでも見られなくなりました。
特急北近畿2号の入庫回送。 特急北近畿の183系も一部をのぞいて 向日町まで回送されて整備されていました。 この区間の時刻表には掲載されない列車も見ることができました。
つづく
御覧頂きましてありがとうございました。

皆さんこんにちは。 最終回です。 いよいよ大詰めです。
この博物館では 鉄道だけでなく 東武バスのコーナーもあります。
高速バスの座席とモニターで紹介。
年表と路線図。 左下は 高速バスの路線。
現役?バスの模型もありました。
ここは1Fの奥になるんですが、 そこに。
この横には。
倉庫に上がるような階段が。。。
階段を上がると。
これを館外に出て見てみると。
駅高架下博物館のぁべに寄り添うように 1720系の車両が展示されていました。
運転室には入れませんが、扉が全面ガラスのものになっていて じっくり見学できます。
車内。1両そのままは スペースの関係で置けなかったようで 中間までとなっていました。
ほぼ現役時代のままの室内 飲食不可ですが、座るのはいいようでした。
座席とシートピッチは、1960年代の国鉄グリーン車並みだったようです。
デッキとの仕切りも自動扉!だったようですね。
1720系の車内を見学して 出口の方に向かう前に もう1箇所階段を上がりました。
昭和43年に廃線になった 日光にあった路面電車の車両も展示してありました。
廃止から60年以上が経過したとは 思えないぐらい 整備されていました。
貫通路。 連接式なので この下に台車があります。
今も広島で走っていそうな感じです。
203号車を見学して 今度こそ出口に向かいました。
のりもの博物館・ミュージアム ポスター。 関東には 東武 小田急 東急 京王 地下鉄 5つもの博物館があるんですね。 また 関東方面に行く理由ができました。
入り口で クリアファイルなどのグッズを少し買って 館外に出て駅改札とは逆方向に。
屋外とは思えないほど綺麗に整備されています。
その後ろには、 日光軌道線203号。
連結部付近。
普通の街中の道路に 路面電車。 鉄オタには たまりませんね。
2時間弱の慌ただしい訪問でしたが濃厚な時間でした。
東向島のホームからスカイツリーが見えました。
これを撮っていると
メージャーリーグベースボールラッピングの 200系206F 特急りょうもう20号浅草行が通過しました。
この200系車両が登場したのは 1990年なのですが、車体は新製されて 主要機器 台車は、この高架の下にも保存されている 1720系から流用されたものが使用されているそうです。
浅草に戻る普通の社内から、 曳舟駅を出たところ?の留置線に 100系スペーシアが留置されていました。
御覧頂きましてありがとうございました。

皆さんこんにちは。 博物館に行くまで楽しみはとっておくと言う方は 見ないでくださいね。
関東平野を模した ジオラマコーナー。 毎日5回ショーがあるようです。
パノラマショーの開催時間外は 模型運転ができるようでした。
シュミレーションの横から2Fに上がっていきます。
その2Fには。
駅事務室関連の展示がありました。
実際に使われていたものを収蔵して 展示。
過去の ホーローの駅銘板なども多数ありました。
駅事務室関連の展示の隣には、この博物館のある 東向島駅付近の立体交差化工事の進捗を模型化して紹介していました。
阪急淡路駅も こんな感じで紹介されることってありますかねえ。
この模型の背後には。
何やら 東武鉄道の車料の車体色に塗られていて 窓の形も???
中に入ってみると
ここも多分廃車発生品を使って 車内が再現されていました。
この部分は、通路に面する壁面は、電車の車内、 反対側の壁面は、向島地区の歴史や文化 行事を紹介するコーナーになっていました。
この展示とは反対方向には、
特別企画展と資料の展示コーナーがあり そこに行く通路が ウォッチングプロムナードと付けられていました。
その途中の窓からの風景。 なんと駅のホームの下に当たっていて 通過する電車を見ることができるようになっていました。 この日は時間が合わずに通過シーンはありません。
館内には、特急の通過予定時間も入った 時刻表もありました。
みんなのDRC展 現在は終了してしまっていますが。。
主に1720系の歴史についての展示だったようです。
こんなものまでありました。
御覧頂きましてありがとうございました。

皆さん こんにちは。 前回の続きです。 想像以上に展示物の内容が濃すぎるので こんなものまで展示しているんだというのを紹介しようとすると 画像がかなりの量になっているので 当初予定は前後編2回にする予定だったんですが、、、 実際には800枚以上撮影していました。
前回の東武車両の模型群の壁面には、
パネルが展示してありました。
実物レールの紹介。
過去の車両のプレート類。
実物の鉄道部品群の展示。
その中には、
融雪カンテラ。 ポイントの凍結防止の装置。 看板だけで 器具が写っていませんでした。 実物を見たい方は ぜひ現地に行って下さい。
多分廃車発生品を使った 運転シュミレーション。
運転シュミレーションは、写真の3ヶ所の他に もう2台ありました。 そちらは 常連さんらしき人がいたので画像は割愛します。
鉄道だけではなく バスも展示されていました。
ここで 屋外に一度でました。
車内には入れませんが じっくり観察できます。
台車も取り放題。
東武鉄道最初の電気機関車。 屋外ですが非常に綺麗に整備されていました。
つづく
御覧頂きましてありがとうございました。

皆さんこんにちは。 今年1月に 小田急ロマンスカーミュージアムに行った記事を公開しましたが、 その時の続きになる感じです、小田急ロマンスカーミュージアムの後は、家族と合流後 藤沢に2泊して 鎌倉 江ノ島 江ノ電などと湘南を旅行して 最終日 東京方面に向かいました。
藤沢駅8時58分発の特急湘南14号に乗って 品川乗り継ぎで 上野駅にきました。
何十年かぶりにきた上野駅 地平駅舎は変わっていませんでしたが、それ以外は、、、。
上野駅からは 東京メトロ銀座線で浅草駅に。
昭和のままの地下街を抜けて 40年ぶりの東武浅草駅に来ました。
40年前の記憶は全くありません。
初めてきたのと同じ感覚でした。
40年前には もちろんなかったスカイツリーを眺め 40年前は 業平橋駅と言っていた とうきょうスカイツリー駅を通って 降りたのは 東向島駅
この駅の高架下に目的地があります。
東武博物館。 入館料210円 激安に感じる入館料 しかし 展示内容は、想像以上でした。
SL大樹がお出迎え。
右手が、入管受付窓口兼 グッズショップ。そして 左に回り込む感じで館内に入ります。
デハ1形5号電車。 小田急ミュージマムでも昭和の旧型電車が展示されていましたが。 ここ東武博物館でも大正生まれの旧型電車が静態保存されています。 そして このデハ1形の方は、車内にも入ることができました。
ニス塗り板張りの床 ダブルルーフの飾り窓のついた天井に白熱灯。
菱形ダブルパンタ搭載。 これだけでも200円の価値がありますね。
なぜか ドイツの鉄道ジオラマ。
しかし 走っていたのは、名鉄7000系と東武100系スペーシア。。。。
その奥には、
40年ぶりの対面?特急デラックスロマンスカー1720系 1/20の模型。
この模型は、 1964年に 秋葉原駅付近にあった 交通博物館から依頼を受けた 東武鉄道が制作して 寄贈されたもので その後 大宮駅付近にできた 鉄道博物館に引き継がれたものを 1720系65周年企画展に合わせて 東武博物館が 借り受けて 期間限定で展示されてました。
サロンールームとジュークボックス。
昭和の中頃の登場当時は、本当に特別な特急列車だったようですね。
その奥には 東武鉄道のこれまでの車両の模型や
多分1980年代の各社の特急電車の模型もありました。 阪急6300系も。
つづく
御覧頂きましてありがとうございました。
