皆さんこんにちは。  先日 阪急1DAYパスを使って 阪急京都線の平日朝ラッシュ 嵐山線6352Fを撮影しに出かけ 駅先端部分に柵が設置されたというのをネットで見かけたので

 帰りに豊中駅に寄ってきました。  

 

いよいよ 7月2日に ホーム柵が稼働するようです。

ホーム柵の本体部分も設置されていました。

 

そして 梅田方先端部

2号線側の半分に固定柵が設置されていました。

 

1号線側はまだ未設置。 この部分は、鉄柵になるみたいです。

ホームドア本体は設置完了みたいです。

 

新固定柵の位置からスマフォで撮影(動画の切り抜きです)望遠がないと厳しいようです。

次の2枚は、以前に望遠で撮影した分です。

急行大阪梅田行 6013F。

急行宝塚行5128F。 3月末の夕方17時ごろに撮影しました。

 

平日朝に豊中駅始発の普通列車が運転されていますが、乗車位置がずらされていたのが 統一されたようです。

 

宝塚方に移動しました。

こちら側には、まだ固定柵は設置されていませんでした。 しかし 近日中には設置されるのではないでしょうか。

 

旧喫煙ルームは 警備員さんの休憩所になっているみたいですが ホームドア完成後は撤去されるのでしょうか?

 

この位置で 柵が設置されます。

 

ここからは 動画からの切り抜きです。

普通雲雀丘花屋敷行5106F。

 

宝塚方は、望遠を使っても厳しそうです。  この5106F、かなりマルーンの艶がなく 色褪せていました。

5104Fの方は、先日検査入場したとか。 その5104Fが 帰ってきたら この5106Fは引退かもしれませんね。

 

急行宝塚行 8004F。ホームドア稼働前の一コマ。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 またまた アルバム発掘シリーズです。

 

東京ミニ周遊券。 北海道や九州 四国などの大きな範囲を乗り放題なのは ワイド周遊券。 それに対して 狭い範囲を乗り放題にしたのが ミニ周遊券と呼ばれていました。 周遊区間が狭いので ワイド周遊券みたいに夜行急行連泊などという暴挙はできなかったのですが、 東京ミニ周遊券を例にとると 発駅から周遊区間内の中心駅 (東京ミニの場合は多分東京駅)往復運賃相当に設定されていたようで それで7日間乗り放題だったので かなりお得なミニ周遊券もあったようです。

 

途中下車印はありませんが 大阪駅の使用済印 右下にパンチの穴 2箇所ほど車内検札の型押しがあります。 (左上の日本国有鉄道の文字付近 と右下使用済付近) この時は、行きは 大垣夜行。 東京では 相模湖ユースホステルで一泊 帰りは、この列車を利用しました。

夜行臨時急行銀河51号。 乗車変更印が押してありました。 元の列車はなんだったかは覚えていません。

 

14系座席車でしたが、簡易リクライニングでしたので 快適だったかどうかは覚えていません。

当時私は 中学生だったので 国鉄特急列車は、 家族旅行の キハ82くろしお号ぐらいしかなかったはずで 簡易リクライニングは初体験だったとは思います。

 

その東京旅行で 多分 秋葉原の交通博物館には行ったはずですが 写真はなし。 その代わり。

本日は お休みです。。。。 入り口で記念撮影だけしました。

 

そのほかは、上野駅で 当時の電車特急の絵入ヘッドマークを収集しました。

特急白山。 上野ー金沢間(信越本線経由) 国鉄特急色489系。

 

特急とき 上野ー新潟間。 183系電車。

 

特急とき 直流特急型電車181系。  国鉄特急型電車の元祖 151系の出力強化型です。

 

特急あさま 上野ー長野間。 189系電車。 

 

特急はくたか 上野ー金沢間 (上越線 長岡駅経由) 485系電車。 

特急はくたか    クハ489?  ボンネット車。 

 

特急いなほ 上野ー秋田・青森間 (上越線・羽越線経由) 485系電車。

 

特急やまびこ号 上野ー盛岡間。 上野から 東北本線を北に向かって走る 昼行 電車特急は 行先によって愛称が分かれていました。 盛岡行は、「やまびこ」でした。

 

特急はつかり号 上野ー青森間。 特急はつかり号は、485系と 写真の583系が 夜の寝台特急ゆうづる・はくつる号と兼用で運用されていましたが、 昼のはつかり号で583系に当たると 広いとはいえ ボックスシートなので 不評だったとか。

 

白飛びしていますが。。。 寝台特急ゆうづる号 上野ー青森間 (常磐線経由)。 ちなみに 寝台特急はくつる号は、同じ区間を 東北本線経由で運転されていました。

 

特急ひたち 上野ー勝田・平・仙台など。 常磐線経由。  485系ボンネット車は まだ文字幕でした。

 

特急あいづ 上野ー会津若松間。 一日1往復の運転でした。  

 

特急つばさ2号。 上野ー秋田間 奥羽本線経由。

 

この列車が折り返し作業中に幕回しがありました。

特急いなほ。 

 

上野駅で 特急白鳥。 しかし 特急白鳥は、キハ82系で運転開始当初は、 大阪ー直江津ー上野間でも運転されていました。 大阪ー直江津間は、青森行編成と併結の14両編成 食堂車2両が営業しているという列車でした。

 

特急はつかり。 485系バージョンも記録。

 

特急やまぼと5号 山形行。 上野ー山形間の特急列車でした。

 

1978年10月号時刻表より

 

上野からは、1時間に最大4本の特急 2本の急行が運転できる パターンダイヤとなっていました。

 

さてさて この時 上野発の昼行特急列車を 全てコンプリートすることはできませんでした。一つは、上にも載っている特急列車で 東北本線で最大本数運転されていた列車。 もう一つは、1日一往復運転の列車です。

臨時特急は除きます。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 今回は、以下の記事の続きになります。

 

1月に連休が取れたために 久々に家族旅行に出かけました。 1日目は私一人 先行して 米原ー小田原ーロマンスカーミュージアムとめぐりました。 この後 家族と合流して 2日目は 鎌倉江ノ島を観光しました。

 

小田原から 快速急行に乗って 海老名には、14時半ごろにつきました。

ホームの東端から 車庫方面。 海老名駅は 初めて。 メインは ロマンスカーミュージアムだったので 撮影スポットは調べていませんでした。

 

柱の隙間から 望遠で。 特急はこね10号新宿行。 車両は、30000系EXE 。 1996年登場の30年選手。 ロマンスカーの系統なんでしょうが、やはり 小田急ロマンスカーといえば展望席というイメージがあるので

なんか ワクワク感をあまり感じませんね。 

 

快速急行小田原行。 2代目 5000系通勤型電車。 小田急の最新型車両。 前面非貫通の近未来?的デザイン。 阪急や阪神では、見られないデザインなので こちらの方が乗ってみたくなる電車のような気がしました。

 

海老名駅構内の自動販売機。

ロマンスカーのデザイン

 

顔はめパネル。

 

ガチャガチャも小田急グッズ。 

阪急電車の駅構内にも ガチャガチャコーナーがありますが、電車グッズは皆無です。 

阪急電車様 こういう方面の販売も強化してもらえないでしょうか?

 

この後 ロマンスカーミュージアムに2時間ほど滞在

 

 

 

 

 

展示車両をじっくりとみて、最後に

巨大ジオラマ。小田急本線江ノ島線の見所を詰め込んだ迫力あるジオラマでした。

鎌倉大仏

江ノ島

小田原城。

 

私が見た 時間帯は、夕景〜夜景の世界で 30分ほど見ていましたが 時間切れで 昼間は見れませんでした。

 

この後は、家族と合流するために新横浜駅に向かいました。

相鉄線 特急横浜行。 海老名駅には、小田急と相模鉄道があります。 相鉄海老名駅は 改良工事中でした。

 

2023年相鉄西谷駅と 新横浜駅を通って 東急電鉄線に連絡する新横浜線ができました。 関西に住む人間としては、 あまりピンとこないことでしたが、今回 実際に利用して その便利さを実感しました。

 

この線ができる前は、海老名から新横浜へは 小田急〜町田駅乗り換え〜JR横浜線で50分かかっていたのが、東急線直通の特急に乗れば 最速25分で到着してしまいました。

 

私は 海老名16時35分発 特急浦和美園行に乗りました。 しかし 関東の相互直通運転は 関西とは規模が違いますね、この特急浦和美園行は、相鉄線 東急線 東京メトロ南北線 埼玉高速鉄道線と4社の線路を通っていきます。。。。

 

新横浜までは 夕方だったこともあり うつらうつらしていたら着いてしまいました。

新横浜駅。東急線方面ホーム。 ここまでが相鉄新横浜線 ここからは東急新横浜線になります。 向かって右が 乗車してきた 浦和美園行。 相鉄線内は、特急でしたが、ここから先は 急行に変わりました。

 

地下から地上に上がって 初めての場所なので少し迷いながら 新横浜駅の新幹線ホームで家族と合流しました。 この日の宿泊地は 東海道線の藤沢駅最寄りのホテルを予約していました。  藤沢駅には、JR横浜線〜横浜駅〜東海道線が早そうだったのですが、通勤ラッシュをきらって もう一度 相鉄新横浜駅に戻りました。

新横浜17時54分発の 特急湘南台行に乗車、 車内は若干立ち客が出る程度で 西谷駅で座ることができました。

そうにゃんだい駅には 18時18分到着。 ここで 小田急江ノ島線に乗り換え 藤沢には18時36分につきました。 40分ほどでした。  ぎゅうづめの電車に乗ることもなくスムーズな移動でした。

 

藤沢駅南口正面。 小田急湘南GATE。翌日は ここから鎌倉方面に向かいました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 前回 1981年神戸で開催された ポートピア81の観客輸送で運転された臨時特急ポートピア に コメントをいただきました。 それに関連して 1990年の時大阪鶴見緑地公園で開催された 『花博』はどうだったか 記事にしようと思ったら 去年の6月に記事にしていました。 

 

 

 

よろしかったら御覧下さい。

 

ところで この 1990年の 大阪鶴見緑地公園で開催された 花の万博 正式には、国際花と緑の博覧会と呼称されていて 園芸をメインとした 国際博覧会で それと同規模と思われる 園芸博覧会が、来年2027年3月から半年間 神奈川県横浜市で行われるそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 またまた 発掘シリーズです。 ポートピア81の臨時列車で新しい写真が見つかりました。

 

まずは 阪急電車から。

特急須磨浦公園行 5012F。西宮北口駅で撮影。ダイヤモンドクロスを渡って発車してきたところです。

 

続いて神崎川駅。

特急新開地行 2058F。 臨時特急だけではなく 定期の特急にもヘッドマークがついていました。

 

続いて 三宮駅。

臨時特急ポートピア号。 先日の記事のブロ友さんのコメントで 話題になった 金沢からの 臨時特急の写真が見つかりました。

 

ヘッドマークは、臨時となっていました。  現在はかなり雰囲気がかわってしまった三ノ宮駅ですが。背後にポートアイランドに向かう 神戸新交通ポートライナーが映っていました。

 

おまけ 同時にスキャンした キハ82系特急まつかぜ号をどうぞ。

1978年頃 特急まつかぜ1号博多行。 

 

そして その2年後 1980年の秋。

出雲市行のサボ。 特急まつかぜ1号出雲市行。 1980年8月末 山陰本線の西部 那古駅ー長戸大井駅間で 集中豪雨による土砂崩れで 2ヶ月間ぐらい普通になりました。 その間 博多行の特急まつかぜ号は、出雲市折り返しとなっていました。

 

出雲市折り返しでも 食堂車は営業していました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 4月は 定期人事異動の季節。私も3年ぶりに移動になりまして、新しい職場は、自宅最寄駅付近となってしまい、通勤は楽になったのですが、電車通勤はできなくなりました。 最近は、仕事終わりにデジカメ片手に サクッと撮り鉄して ホームドアの状況などお伝えしていたのですが、それも気軽にできなくなりました。 ただその代わり 家での時間が格段に増えたので 押入れやアルバムの整理がはかどっています。

 

そんな中 ガラクタの奥の小さな箱の中から 50年前に買った キーフォルダーが見つかりました。

保存状態が悪く かなり劣化していますが、阪急電車のヘッドマークキーフォルダー。

特急須磨浦公園と 西宮球場で阪急ブレーブスの試合があった時に 掲出されていたブレーブス坊やのヘッドマーク。

そして 真ん中は、6300系のブルーリボン賞受賞記念キーフォルダーです。

 

裏面 阪急電鉄の旧社章入。 そして 真ん中は、6300系のものです。 小学5年生?ぐらいの頃 小遣いで買ったのか 買ってもらったのかは覚えていません。 

 

次は、こんなものも一緒に出てきました。

ブレーブス坊やのピンバッジ。裏面に 「阪急ブレーブスこども会」 とほってありました。

もちろん入会していた記憶があり、確か 会員は、西宮球場公式戦内野席無料だったような気がします。

1年ごとに一個貰えていたのかと思います。

 

 

最後に 同時に見つかった 1枚。  先日G1レースがあった阪神競馬で 西宮北口発仁川行の臨時急行が話題になっていますが、約45年前の馬急が見つかりました。

十三駅。 急行仁川行 7000F。  臨時急行幕ではありませんが、定期の西宮北口行急行の行き先を変更しているので 急行なのかもしれません。 1975年 2250Fで 阪急電車最初の表示幕が採用され 1982年頃まで

急行幕は、白地に赤文字でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 万博つながりで 1985年 つくば市で開催された 科学万博EXPO85に関連した写真です。

以前にも一度記事にしたことがあったかもしれません。

 

国際科学技術博覧会が正式名称で 通称がつくば科学万博EXPO85

だったようです。 あまり内容は覚えていなくて 会場内で撮った写真は2枚。

展望塔?から撮った会場。 正面右手の青い球体が入ったパビリオンが 芙蓉グループ出展の芙蓉ロボットシアター 銀河に浮かぶ地球をイメージした建物だったそうです。

その左の銀の円錐形の建物が、松下館。 その左 赤い羽根みたいな模様の建ものは、TDKふしぎパビリオン。

その隣白い球体の建物は、富士通パビリオン。 左端の円柱形の建物は くるま館。帯状のチューブみたいなものが螺旋状に巻いていますが、 これは、4人乗りのスペースハイウェイというライドで、2階で乗り込み 館外を登っていき 頂上で館内に入って 地球の各地の映像で ドライブを楽しむという展示だったそうです。

 

一枚だけ撮っていた あるパビリオンの中。 しんかい2000 有人深海調査船。 展示されていたのは 実物大のレプリカだったと思います。 

 

ここからは 鉄分。

科学万博の多客輸送のために 国鉄常磐線は、上野駅から、臨時の万博中央駅まで エキスポライナーなどが運転されていましたが、 そのほかに 列車ホテルの運転もありました。

車内でもらったような気がします。 記念乗車証。 583系の時と EF80+20系の日がありました。

 

土浦駅21時37分〜47分に乗車。構内留置線で翌朝まで停車。 翌日7時43分土浦駅ホーム着53分に発車しました。

土浦駅4番線に到着した エキスポドリーム号 万博中央行。料金は、土浦ー万博中央間の乗車券+寝台料金3000円だったと思います。特急や急行列車ではなく 普通列車の扱いだったようです。 これで一晩過ごしました。

 

万博中央駅に到着後 回送されて行く エキスポドリーム号。 ヘッドマークには、エキスポの公式キャラクター コスモ星まるが描かれていました。

 

ここからは、この時に撮影した写真です。

上野駅。 交直流近郊型電車401系。1960年に製造された 国鉄初の片側3扉の近郊型電車です。初期のクハ401は 低運転台車でした。

 

同じく 上野駅。

185系 新特急谷川号。

 

新特急なすの号。

 

銚子方面に乗りつぶしの途中駅での一枚。 場所不明。

183系特急あやめ号。  1985年当時は、東京ー佐原ー鹿島神宮間 成田線経由の運転で5往復走っていました。

あやめの花のヘッドマークが印象的でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 ポートピア81  神戸ポートアイランド博覧会 を ご存知ですか?

今から45年前の1981年3月 神戸三宮駅の南にある  人工島 ポートアイランドの第一期工事が竣工したのを記念して開催された 地方博覧会です。  先日から 一番古い写真が収まったアルバムの中から3枚の写真が見つかりました。

 

当時の阪急電車の記念切符から。 神戸新交通ポートアイランド線。市民広場前駅 南公園駅 中埠頭駅が最寄りでした。 左上の白い円柱形の建物が、現在も営業を続ける 神戸ポートピアホテル その手前 東側に会場が広がっていました。新交通ポートアイランド線の環状線内の南半分を占めていたようです。

 

ポートピアホテルの下に巨大なコーヒーカップがありますが、パビリオンの一つの UCCコーヒー館です。 UCC上島珈琲さんが出店していたパビリオンです。博覧会終了後 もUCCコーヒー博物館として営業が継続され 1986年頃に大改装されて コーヒーカップの建物は無くなったみたいですが、2020年のコロナの影響で営業休止するまで開館していました。そして 今年(2026年)の夏に 再度リニューアルしてオープンする予定だそうです。

 

このUCCコーヒー博物館の隣に 神戸青少年科学館(バンドー神戸青少年科学館)がありますが、これも博覧会で出展していた 神戸プラネタリウムシアターを 増改築して開館したものだそうです。

 

さて 南公園駅の南側には、遊園地のポートピアランドがありました。 こちらも博覧会終了後も営業が続いていましたが、2006年に閉園しました。 その閉園前の2003年に家族で遊びにいって 観覧車に乗った時に撮った写真がありました。

 

画面左上からポートライナーの線路が走り南公園駅が見えています。 駅の右手に改築された UCCコーヒー博物館が見えています。

 

多分夏休み前の平日だったと思います。 かなりガラガラでした。

 

西の方向。 赤丸内が明石海峡。左手の山並みが淡路島。右手の山が須磨浦公園駅付近。

 

拡大しました。明石海峡大橋も見えました。

 

北方向。 緑色の屋根の建物が、神戸新交通の車両基地。正面が神戸市東灘区 阪急六甲駅方向で山並みは六甲山です。

 

正面が芦屋市方向。

 

赤丸内にお椀を伏せたような山が見えますが、西宮市のシンボル甲山です。

 

南西方向です。 手前が南公園。この公園内の池のすぐ左手の道路付近から南側が1981年は海でした。 写真に映る建物群は1981年以降の2期工事で埋め立てられた場所に立っています。

 

ポートアイランドの沖 神戸空港の埋め立て工事が行われていました。

 

2006年 ポートピアランドは閉園。 跡地は、イケア(IKEA)のポートアイランド店となっています。

 

前置き?が長くなりましたが、 やっと電車の写真。

1981年の西宮北口駅です。

臨時特急三宮行 2250Fです。 まだ 改良工事の始まる前の構内です。

1・2号線梅田方面ホームの中程から撮っています。5両目付近が今津線との交差部分。

 

ポートピア81の記念ヘッドマークと ドア横にステッカーが貼ってありました。

 

1979年発行 阪急マルーンブックより

当時の梅田駅の時刻表です。 臨時特急がどういう感じで運転されていたか覚えていないのですが、日曜祝日ダイヤでは、日中は12分間隔運転となっていて 朝夕は急行西宮北口行きが運転されていましたが、日中は 特急と普通のみ その特急のうち 1時間に3本は、6両編成の須磨浦公園行だったので 定期特急の前後に続行する形で 運転されていたような気がします。

 

余談ですが、 日祝日ダイヤの9時〜11時台 赤四角囲みの列車が24分間隔で6本これが 阪神競馬開催時に 仁川行臨時急行となっていた列車です。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 ここ数回 1986年の写真をお届けしていますが、この年の11月に 福知山線の新三田以北の電化が完成しました。 その2ヶ月前に篠山口まで高校の部活動で行ったときに 少し撮り鉄した画像です。(再掲画像になります。)

 

三田駅。

普通大阪行732レ。 1986年電化直前の福知山線の普通列車は、12系客車に置き換えられていました。

 

篠山口駅。 乗車してきた 普通出雲市行721レ。 大阪を6時7分に発車。終点出雲市には19時8分に到着していました。 所用時間13時間1分。 国鉄末期 山陰地方 最後の最長距離普通列車でした。

 

普通446レ大阪行。この列車で帰りました。

 

南矢代駅か 古市駅だったとおもおいます。 行き違った試運転中の113系800番台車。

 

続いて 相野駅。

特急まつかぜ3号 米子行。 

 

山陰地方の海岸線で 松林をイメージした 絵入りヘッドマークがついていました。 「まつかぜ」の絵入りヘッドマークは キハ181系に置き換わってからの最後の1年ぐらいしかついていなかったように思います。

 

 

次の3枚は、1978年に撮影した画像です。 過去のアルバムを眺めたときに 偶然発見した写真です。

約50年前の宝塚駅1番線。 特急まつかぜ1号 博多行です。 ほとんど当時の宝塚駅の記憶がないのですが、

今では 右側の2番線ホームは島式ホームで2番3番線ホームとなっていますが、昔は、対面ホームで 上下線の間に機回し?線があったようです。

 

12系客車使用、臨時急行但馬ビーチ1号香住行です。 右の旧型客車は、普通大阪行734レです。

跨線橋の横の路線図の看板は、阪神バスの乗り場です。 その向こうに宝塚駅の駅舎がありました。

 

サボを撮っていました。 文字通り 夏の海水浴臨時列車で 特急まつかぜ1号を補完する形で まつかぜ1号のすぐ後に運転されていました。 この列車は 1986年の8月号時刻表にも掲載されており 夏休み期間の7月下旬から8月のお盆期間の直前まで運転されていました。

 

その1986円8月号時刻表です。

下に播但線の時刻表もありますが、そこには、臨時急行但馬ビーチ3号が乗っています。

通常 「但馬」という列車名は、大阪から 播但線経由の急行列車の名称だったのですが、この但馬ビーチ1号と折り返し2号だけは 福知山線経由でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。今回は、 アルバムの写真をスキャンした画像になります。 少しお見苦しいかもしれません。   スキャンしていたと思っていたポケットアルバムから見つけました。 

40年前の1986年に 藻川橋梁で撮影していました。

 

まずは 前々回も記事にしている 藻川左岸からの写真。

普通神戸三宮行 8002F。

 

40年前です。

特急高速神戸行 7000F。 当時の私は、ポケットアルバムに保存して ワープロで撮影メモを打って はさむようなことをしていました。。。

 

錆止めの色を塗り直しているだけで トラスの手前の架線柱も含めて 鉄橋の構造物は40年前と同じようです。

 

特急梅田行 6013F。 本当の偶然と思われますが、 今 フルマルーンに復刻されている 2本の編成を撮影していました。 6013Fは、6両編成で山陽直通運用についていました。

 

続いて 現在の写真。

普通神戸三宮行 8002F。

 

40年前。

普通三宮行 5001F。 40年前の5000系は、冷房改造は済んでいましたが、字幕改造はまだ行われていませんでした。

 

次に右岸での撮影。

特急大阪梅田行1007F。

 

40年前。

特急梅田行5000F。

 

特急高速神戸行3050F。 3000系の方で字幕改造が進んでいました。

 

40年前は、線路脇の空きスペースには、樹木は生えてなかったようです。 過去の写真を見て思ったのですが、このスペース 高架工事中の仮線路後なのかなあと思いました。

 

御覧いただきましてありがとうございました。