皆さん こんにちは。

 

滝川行 普通列車。

711系交流専用近郊型電車 北海道の電車のパイオニア的車両です。近郊型となっていましたが、極寒冷地対応のために 片側デッキ付2扉となっていたので 電車急行カムイ号としても走っていました。

 札幌都市圏の普通電車には ポプラのヘッドマークがついていました。

 

 

ここからは、別な日です。

急行大雪。 札幌ー網走間の夜行急行列車でした。 

 

続いては 大幅なピンボケ写真となっています。

函館ー札幌間 普通41レ。 函館23時58分発 倶知安・小樽経由の札幌行 夜行普通列車でした。

寝台車の連結はありませんでしたが、2枚目の写真は、お座敷かカーペットカーに改装された客車で 料金不要の自由席だったと思います。

 

特急オホーツク1号 網走行です。 新鋭キハ183系に置き換わっていました。 JNRマークもついています。

 

多分 札沼線の下り普通だと思います キハ40系の3連です。 背後に見えるのは、 上屋根部分まで完成していた 高架駅です。 

 

キハ40系とキハ56系の2連の普通に見えるんですが、 字幕に赤字の急行とあります。 

急行えりも2号 苫小牧から日高本線に入る 様似(さまに)行です。札幌7時20分発 様似には11時22分に到着していました。

 

特急北斗2号 函館行。 中間車キハ184改造の貫通型先頭車 キハ183ー100番台車です。

キハ183系も 1979年の登場時は、9両〜10両の固定編成でしたが、1980年代後半には需要に合わせて 短編成化 不足する先頭車は改造で対応していました。

 

反対側は スラントノーズの0番台でした。 登場当時は好きではなかったんですが。 今見ると ボンネットに近いものがあり この国鉄色のキハ183系は いいですね。

 

隣に711系の普通電車が到着しました。

 

ここからは 札幌駅を離れての2枚です。

臨時急行利尻51号稚内行です。 早朝3時57分 宗谷本線の幌延駅です。 この列車に乗ってきました。

北海道のお座敷列車 くつろぎ号が使用されていました。 名寄駅から乗車したので 車内は、ほぼ満員で 片隅に座り込んだのを覚えています。

 

夜があけた幌延駅 ホームには キハ22ー285の単行が停車していました。 5時10分発の 羽幌線 普通深川行です。 この列車に乗って羽幌線を完乗しました。

羽幌線は、幌延駅から日本海の沿って南下 遠別 羽幌を通って 留萌まで至っていた路線でした。列車は留萌から 留萌本線に直通 深川まで4時間55分かけて走っていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 

 今から40年前 北海道に初めて行った時の画像です。 ブログを始める前に 一度在庫のネガを半年ぐらいかけてデジタル化してから ブログを始めたのですが、初期の頃は 整理のしかたも確立しておらず 又 2018年頃に HDDの破損事件も起きて 復旧後も結構 時系列が乱れていたりしています。 時間ができたら 整理しなおそうと思っていますが、、、 ということで 旅行記風になっていません。

 

過去に何度か 記事にしている画像ですが よろしければどうぞ。

40年前 国鉄末期の札幌駅は、地平ホームでした。

特急ライラック2号 室蘭行 です。 北海道専用 交流式特急形電車 781系。 1979年 6両編成で登場しましたが、運用範囲が広がり増発に対応するために 4両編成に組み替えられました。

 

臨時快速 らんしま号。小樽駅の2駅となり蘭島駅にある海水浴場への利用客向けに運転された 快速列車でした。

 

急行ニセコ 函館行です。 函館本線 通称山線経由で 札幌ー函館間を結んだ 伝統の急行列車です。 1980年代後半は、14系客車で走っていました。

小樽までの電化区間は ED76の電気機関車が牽引。 荷物車1両に14系客車が4両でした。 最後尾の1両が指定席車でした。  テールマークは、ずばり ニセコアンヌプリ山が描かれていました。

もう ほぼ特急に近い感じですね。

 

特急北斗4号 函館行です。 キハ183系がかなり増加していましたが、まだまだ キハ82系も活躍。しかし 北斗4号には、食堂車はありませんでした。

 

ピンボケです。隣の781系は、特急ライラック3号旭川行。その奥の711系は、 千歳空港行の普通列車でした。

 

特急北海1号です。 函館を早朝4時40分に出発。 長万部までノンストップ。そこから 函館本線を律儀に進み 倶知安7時35分 小樽8時37分 札幌に9時9分に到着しました。こちらも食堂車は 連結していませんでした。 この時の 北海道旅で 一番最初に乗った特急でした。 この撮影した日の 3日前ぐらいに 青函連絡船の深夜便で 北海道に上陸 この特急北海の先頭車の自由席に乗って 旅が始まりました。

 

停車した北海1号。 左にいる係員さんのそばには。

 

特急おおぞら3号 帯広行です。

 

北海1号の編成が 札幌到着後 9時40発のおおぞら3号になっていました。 当時の 特急おおぞらは この3号と折り返しの8号が キハ82系で運転されていました。 そして 8号で札幌到着後は、1時間の休憩で 北海4号として 函館に向かっていました。 直通では乗車できませんでしたが、 キハ82の編成は、函館ー小樽ー札幌ー石勝線ー帯広間の長距離特急でした。 また 残念なことに 食堂車キシ80の連結はなく グリーン車1両普通車5両の全盛期に比べるとかなり寂しい感じでした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 以前 小田急ロマンスカーミュージアムを訪れた記事を書きましたが、 今回は、その時の大阪から小田原までの行程です。

 

新大阪駅 朝8時前。

こだま754号東京行の自由席で出発。

 

新大阪を発車してすぐ 左手に鳥飼車両基地。

 

桂川を渡ったところから サンダーバードと並走。

15号車の自由席は、3人しか座っていなくて やはりガラガラでした。

このまま 小田原まで行くのではなく 途中 米原で途中下車。 新大阪ー米原間は、EX早得1で こだま自由席2510円と格安になっていますが、それも頷ける乗車率。 しかし、料金改定があって 現在は1000円アップの3510円となっているようですが。

 

米原で降りたのは、雪景色を求めて。 

しかし この日は 全く残っていませんでした。 

 

在来線ホームに出て

521系の普通敦賀行。

 

JR東海315系 普通大垣行などを撮影。

 

ホームの端から望遠で 鉄道総合技術研究所の保存車両を撮影 して 時間をつぶし

 

1時間後の こだま712号で小田原に向かいました。  米原ー小田原間は、 EX早特G3利用で グリーン車に乗りました。 EXの早得利用で こだまグリーン車などに乗って 米原で途中下車しても のぞみ号利用とほぼ同額でした。  時間は かかりますが、空いているグリーン車でゆったり過ごせました。

 

米原を出て 左手 伊吹山が見えました。 しかし 雪は山頂付近にわずかだけ。

 

名古屋の手前で 名鉄特急と並走。

 

静岡を出ると いよいよ 富士山の出番。

多分 富士川鉄橋から。

 

新富士駅手前。

 

新富士駅。 ホームの壁は 全面ガラス張りで じっくり富士山が見られます。

 

確か 熱海駅か小田原駅手前付近。

 

米原から2時間半ほどで 小田原に着きました。

乗車してきた こだま712号。

 

 

新幹線ホームで 上下のぞみ号を撮影。

小田原駅は ネットの動画で インバウンドの利用客が多いとよく紹介されていて この日も こだま712号に多数の利用がありました。

 

在来線ホームで JR東日本のE233系やE231系を少し撮影。 

30年前の211系ほどの 感動?はありませんが 大阪では見ることができないので撮影。

大阪では うれシート ですが こちらは、 2階建グリーン車。

 

地元の方は 毎日聞いているので飽きられているかもしれませんが、小田原駅の発車メロディー 「お猿のかごや」になっていて 新鮮でした。

 

 

 

30年前は、撮影していなかった 伊豆箱根鉄道大雄山線も。

伊豆箱根鉄道の方は、西武鉄道グループなので 車両も似ている感じ?

 

現在の特急踊り子号。 E257系。

 

橋上駅舎通路にあった 鳥居型駅名標?

 

大きな 小田原提灯。

 

多分 小田原駅開業時のパネル。

 

などを 見物して 小田急線のホームに向かいました。

駅のホームには、小田原城や芦ノ湖の切り絵がありました。

 

30年以上走り続ける 30000系EXEα  特急はこね号。 当初は、この列車で行く予定でしたが、6両編成で 車内は ほぼ満席でしたので 見送り。 後続の快速急行で 海老名に向かいました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 

皆さんこんにちは。

 

新特急おはようとちぎ2号 新宿行 宇都宮始発です。 JRの通勤特急の元祖になるかもしれません。

この列車、週末は、新宿から鎌倉まで延長運転されて 新特急おはようとちぎ&かまくら となっていました。

また、夕方の下り列車は、新特急ホームタウンとちぎ とつけられていました。

車両は 特急踊り子号用の 緑の斜め帯塗装の185系0番台でした。

 

新特急あかぎ22号新宿行です。

高崎線系統の前橋からの新特急あかぎ号 ですが、東北本線の線路を走っているのは、新宿に向かうためでした。 号数表示も 新宿発着の『あかぎ』は20番台が当てられていました。

 

普通籠原行です。

 

 

寝台特急北斗星2号上野行です。

牽引機は、赤い車体のEF81-86号機。側面に銀色で流れ星がデザインされていました。

 

金色の帯の24系25型特急型寝台客車。 個室寝台以外の普通B寝台客車もリニューアルされていました。

 

何度か撮影の機会には恵まれましたが、乗車することはかないませんでした。

 

209系普通大宮行。 209系も関西では見られないので。

 

特急あさま5号長野行。

東北・上越新幹線が開業して 東北方面の特急ひばり やまびこ はつかり。新潟への 特急ときが 廃止になったとはいえ、 北陸新幹線は開業前で 長野方面への特急あさま 白山が 30分〜1時間おきに走り 近郊への新特急も加わったので かなりの頻度で優等列車が行き交っていました。 

 

新特急あかぎ2号上野行。

 

後は 渋川発の新特急谷川2号 上野行です。

特急あさま号は、上野ー高崎間で 大宮停車の速達タイプでしたが、新特急の方は、快速アーバンとほぼ同じ停車駅でした。

 

この後 小田原駅に移動。

特急はこね19号箱根湯本行。 新宿から この列車に乗ってきたようです。 しかし 覚えがほとんどありません。

 

小田急8000系 急行箱根湯本行。

 

特急スーパーはこね27号 箱根湯本行。 新宿ー小田原間は10両編成で運転。

 

小田原駅で 編成を分割 前6両が 箱根湯本に向かいました。

 

箱根登山鉄道 普通強羅行です。 2019年に廃車になった 103号車+107号車です。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。  今回は、前後の旅程がはっきりとしないのですが、東京で撮影した写真です。 川口駅としていますが、もしかすると勘違いかもしれません。

 

朝7時頃に撮影開始。

EF65-1042号機牽引の貨物列車。 現在は、貨物といえば 直接箱ごと積み下ろしできるコンテナだけですが、以前は、車体の中央に両開きの扉がある車両に 荷物を積み込むスタイルが主流でした。

EF65-1000番台の牽引機も 下枠交差型ではなくて 菱形パンタグラフでした。

 

高崎線 上り普通上野行です。当時のJR東日本の近郊型の主流は211系。上野発着の関東北部からの普通列車には、基本普通車ばかりの5両編成を 2〜3本併結の10両か15両編成で運用されていました。

 関西の人間なので 土地勘がないのですが、3複線区間で右端の2線が、東北本線。真ん中の2線が高崎線。 左端の2線が京浜東北線の線路だったと思います。

 

新特急草津1号 万座・鹿沢口行です。

185系200番台車。 東北新幹線が 大宮駅始発で暫定開業した際1982年に、おもに上野から大宮まで連絡するシャトル列車用に登場しました。 新幹線が上野まで開業後は、東京地区と関東北部近郊を結ぶ特急列車に転用されました。その際 座席が転換シートだったことを考慮したのかしなかったのか、 特急料金を少し安く設定した 新特急という種別?を設定して 走り始めました。

 

新特急谷川1号水上行です。  185系200番台は、基本グリーン車1両普通車6両の7両編成で 新幹線リレー号の運用の際は、2編成併結の14両編成で運用されていました。  その後 新特急になってからは、各方面に7両編成で運用されて 上野ー新前橋間等では 併結される列車がありました。

写真の200番台は、リニューアル改装を受けた編成です。 改装と共に ヘッドマークも土地をイメージしたデザインから抽象的なデザインに変更されていました。

 

 

京浜東北線 普通大宮行。 209系通勤型電車 JR東日本が 103系置き換え用に開発した通勤型電車で  この後のJR東日本の通勤 近郊型電車の基礎となった系列ですね。

 

高崎線 普通上野行。 1985年 211系が登場した時、てっきり 近畿圏でも113系の置き換えが211系で始まるかと思ったら 何もおきないまま 1987年JR西日本が誕生 いきなり221系がデビューして びっくりした覚えがあります。

 

京浜東北線 普通大宮行。 水色の103系というと 大阪では 普通高槻行とか西明石行のイメージだったんですけど 関東では、京浜東北線でしたね。

 

特急あさま3号長野行です。

 

またまた 高崎線上り 普通上野行。211系を普段見られないので ついついシャッター押しがちでした。 右にチラッと映るのは、115系の高崎線の普通前橋行。 

 

211系の内側には、東北線小金井からの普通上野行の115系が並走していました。

 

 連写した 特急白山 金沢行です。 専用塗装の489系使用の特急白山、 車内のリニューアルに加えて 長距離特急にふさわしい、ラウンジ&コンビニエンスカーを連結していました。 

雑誌で見て 撮りたい1枚でした。

 

209系大宮行。もう少しで かぶられるところでした。

 正面の帯のところに6Door Carのステッカーがあります。 編成の中間に6扉車のサハ208が連結されていました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 今回は、10年前の2016年 神戸市内高架延伸線開通80周年の時の模様です。

10年前も 今回と同じように記念の企画がありました。 ただ 今年と違って フルマルーンの電車は現役で多数走っていたので 記念ヘッドマークの掲出がメインでした。

 

まずは梅田駅。

普通神戸三宮行 5000F。 京都線ホームで撮影していた時に入線したので慌てて 望遠で撮影しました。

 

続いて 西宮北口駅。

車庫から出庫してきた 5000F。

 

最後に宝塚駅 準急運用で撮影。

準急梅田行 5000F。

前後で違うデザインでした。

 

西宮北口駅にて。

特急梅田行 9000F。 5000F以外に、あと2編成についていました。 

 

特急新開地行 9000F。 9000Fはこの2枚のみ。 

 

そして 最後の編成。

特急新開地行 8020F。 の奥。

 

車庫で昼寝中 8003F。

 

アップで。

 

最後の一枚。

低画質のスマホで撮影。 多分通勤途中で。 

 

ヘッドマークマグネットはなく ステッカーがあったような気がするのですが、バッジを購入していました。

 

おまけ。画像を探しているときに発見。

2016年は この列車が現役でした。

快速特急 梅田行 6354F。 初代 京とれいん 6354F。 

 

 

快速特急河原町行 6354F。  引退間近は 白地に赤文字の 快速特急A となりましたが、 それまでは、赤地の快速特急でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 前回の続きで 春日野道駅を離れて神戸三宮駅に向かいます。 が その前に。

 

 

春日野道駅西口エレベーター。 この位置で 45年ほど前の1980年に撮影した写真がありました。

 

特急梅田行 5130F。 ほぼ同じ位置で撮影していました。

 

特急須磨浦公園行 6014F。

 

現在の同じ位置。

屋根の段差の部分が 上の写真のホーム屋根の先端かと思ったのですが、 架線柱の位置から考えると 2023年の公より前に一度延長されていますね。

 

今考えると かなり怖く感じますね。

 

春日野道駅から 神戸三宮駅に向かいました。ホーム上は夕方のラッシュ時ということもあって人が多く かなり久しぶりに三宮駅に来ましたが、利用客に比べてかなり狭く感じるほどでした。

 

パネルの方は、JR・地下鉄側の東口の壁面にありました。

梅田方面3・4号線ホームへの階段とエスカレーターの間付近です。

 

神戸三宮駅では、開通から現在までが紹介されていました。

 

東口ご案内カウンター。

 

久しぶりに三宮駅に来ましたが、改札口付近は 駅というよりも百貨店の案内所という雰囲気にリニューアルされていました。

 

阪急版祝電? 神戸三宮駅管区の駅員さん手作りのポスターがありました。 

 

人混みの中で一枚。 神戸三宮駅の駅ビルは 阪神淡路大震災で建て直されましたが、駅ホームのアーチ状の上屋は 開業時からのものです。

 

 

帰りの宝塚駅にて。 

5106Fと発車した8200Fの並び。ちょっと暗くなりましたが、もう撮れない並びかもしれないので一枚。

 

これで満足でJRに向かったのですが、その通路から駅を見上げると なんと6013Fが到着していました。。。。。 もう2分粘れば。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

皆さんこんにちは。 フルマルーンになった7000Fばかりが注目されていますが、90周年にあたって 延伸線区間の3駅に パネル展示がされているということで 仕事終わりに行ってきました。

 

 


まずは 王子公園駅です。

 

王子公園駅では、上下ホームの三宮方の壁面に設置されていました。

開業前建設中の写真が紹介されていました。 王子公園駅は、開業当初は、西灘駅と呼ばれていましたが 1984年 神戸市立王子区園の最寄駅ということもあって 王子公園駅に改称されました。 阪神本線にも 西灘駅がありますが JRの灘駅をこえて 500mほど離れているのに 混同されやすいというのも理由だったようです。

 

その王子公園駅を少し見学しました。

 

上りホーム上の待合室。

 

西口の改札口には 有人改札時代の名残が。 右手が王子公園 左に行くとJR灘駅です。

 

6年前までは、ラッシュ時の学生専用出口として利用されていたようです。

 

寂しい掲示が。。。

 

東口改札口付近。延長開業時から線路を支える柱。

 

ホームの柱も時代を感じます。

 

続いて春日野道駅に移動。

春日野道駅は、中津駅と同様にかなり狭い島式ホームとなっています。 

 

パネルは、ホームと東口改札口とを連絡する通路内に設置されていました。 ホームより狭い通路で ラッシュ時間帯なので人の行き来も多くじっくり見る余裕も というより気にする人もいないようでした。。。

 

春日野道駅は、延伸開業からながらくの間 改札口は東口のみでしたが、2023年ホームドア設置とともにバリアフリー対策の一環としてエレベーターが設置されることになりました しかし 東口にはその余裕がないために、駅の西側にエレベーターを設置し その地上部分に西口が開設されました。

 

西口エレベーター。 バリアフリー対策ですが、もちろん一般の利用も可能でかなり利用する人が多いようでした。 ただエレベーター1台しかないので急いでいる時は注意が必要です。

 

ホームドアが設置されたことによって 狭いホームでもかなりの安心感がありました。

 

春日野道駅ホームの柱も時代が感じられました。

 

つづく。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

皆さんこんにちは。新疋田駅編 最終回です。 撮影を始めて 2時間あまりが経ち 少し陽が傾き始めてきました。

 

少し慌ててしまって ピンボケ。

特急スーパー雷鳥32号 大阪行です。

 

最後尾は 先頭車改造貫通形のクハ480。平べったい特急マークが特徴で、これも珍しいのかなと思います。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)27号富山行です。量産車がそろい この時には一日8往復運転されていた681系車両。 時刻表の表記では サンダーバードは、(括弧)で記載され 列車名というより 681系の愛称的感じで  長い列車名となっていました。 この27号は、2桁号数なので 681系使用ですが 停車駅の多い通常タイプの雷鳥号でした。

 

ここで トイレに行くために 駅に戻りました。

臨時特急雷鳥86号 大阪行きです。  681系登場で余剰気味のスーパー雷鳥編成が 多数の臨時列車に充当されていました。

 

臨時特急雷鳥89号金沢行です。 4分間で 上下の臨時雷鳥が行きかいました。

 

当時の特急雷鳥系統は、最大で定期列車が30分に1本の運転。そこにこの日は、1時間に1本ぐらいの臨時列車が運転されていて しらさぎ系統も含めると、本当に485系特急列車天国でした。

 

普通232M長浜行です。 やっと来ました。 クハネ581改造の先頭車クハ419。 塗装も変わり片側2扉に改造されましたが、寝台特急の貫禄を十分感じられました。

近郊型改造に伴い 貫通扉は溶接されて塞がれ 特急マークは撤去。 ヘッドマークの部分には、TOWN トレイン専用のホームベース型のものがつけられていました。

 

特急しらさぎ9号富山行です。 先の雷鳥89号から10分後です。 ボンネットしらさぎもゲットしました。

 

下り方面の普通敦賀行151Mです。先頭は、中間車モハネ582改造のクモハ419。

583系時代は、乗降口は片側1ヶ所でしたが、419系では、乗降時間短縮の為に2ヶ所に増設。 車体の関係からか 寝台特急時代と同じ狭い折り戸形状の扉となりました。 側窓は、換気を考慮して 一部が、下段上昇 上段下降の開閉できる窓になっていました。

 

後は、ゲンコツスタイルのクハ419。 上下列車で、連続でクハ419を撮れて ラッキーでした。

秋の陽も傾き 山の陰になってきて 撮りづらくなってきましたが、撮影意欲は落ちず もう少し粘りました。

 

臨時特急雷鳥94号大阪行です。この列車は、福井始発でした。80番台を使い切り 90番代を使うぐらいに最大限の増発が行われていたようで この時間帯、しらさぎも含めて 約10分毎に 上り特急が通過しました。

 

特急雷鳥29号富山行です。 後ろから2両目のサシ481改造のサロ481ー2000番台、食堂車時代の厨房があった部分が、カウンター付きのラウンジになっていました。ただ この頃は営業していなかったと思います。 特急しらさぎ号に転用された際に 編成から外されて廃車になっています。

 

上下の特急の間隔が少し開いたところで 再びカーブの踏切付近に戻りました。

特急雷鳥34号大阪行です。 新潟始発で、JR東日本車がやってきました。 しかも 先頭は、ヘッドライト2灯の1500番台でした。 4つ目のヘッドライトが まぶしいですねえ。

 

後ろは、ボンネット車。 大阪駅では、白鳥で撮る事が多かった JR東日本車でしたが、この日は雷鳥で記録できました。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)36号大阪行です。まだ 新鮮だった681系。 このカーブでこの日最初で最後に撮影できました。 

 

西日に 明るいグレーの車体が 輝いていました。  この681系を撮って 駅に戻り 帰途に着くことにしました。

 

特急加越3号金沢行です。 駅に戻っても 帰りの普通電車がくるまで 撮影続行。

 

上りの特急 3連チャンです。

特急しらさぎ12号名古屋行です。 この列車は 和倉温泉始発で 当時は、和倉温泉直通の特急しらさぎ号も1日1往復運転されていました。   

 

続いて4分後 特急雷鳥38号大阪行です。  バックの山々は西日に照らされていますが 線路は山

影になってしまっています。

 

そして最後の一枚。

その5分後 この日の最後は、臨時特急しらさぎ84号 名古屋行です。 背後の山も暗くなり撮影も限界になりました。 しかし、ホームに戻った 20分間だけでも 4本の特急が撮影できました。

 

この日は、新疋田駅に4時間半近く滞在して 本当に大満足の一日でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 新疋田駅付近での撮影の続きです。

 

カーブの向こうから 食パンマンがやってきました。普通230Mの長浜行です。

 

583系特急形寝台電車を改造した 近郊形419系電車。九州方面の関西発寝台特急の縮小によって余剰になった 583系を地方の普通電車の増発用に転用することになりました。 

 

先頭車は、中間車サハネ581改造のクハ418。 103系みたいな 非貫通の正面窓に屋根が高いので 大きなおでこが特徴になります。 15編成存在した北陸地区の419系のうち、クモハ419 15両とクハ418の9両が、中間車改造タイプの先頭車となり、 本来の先頭車のクハ581改造の 583系の面影のあるクハ419は、6両しか無く、特急形が先頭の編成を撮る方が、難しい感じでした。車内は、寝台特急時代のゆったりしたボックスシートが残っていました。

 

230Mが去った直後に踏切がなり EF81-33号機の単機回送がやってきました。

 

EF81-143牽引の上り貨物列車がやってきました。

 

目一杯手前で機関車を撮っても最後尾はカーブの向こうでした。

 

特急雷鳥25号新潟行です。 新潟行の雷鳥ですが、JR西日本所属の車両の場合は、国鉄特急色でした。

 

特急雷鳥30号 大阪行です。  変化を求めて少し望遠気味に構えて 後ろが入るのを待っていたら 前が柱に掛かってしまいました。  編成両数を意識していたわけではないのですが、 この列車 中間に白山色のモハユニットが増結されて11両編成となっていました。  現在の681系や683系の増結は、3両の付属編成を連結しますが、485系の場合、付属編成を増結ではなく 車庫で 編成を外して中間にモハユニットやサハを連結していました。

 

後も撮影。 しかし、肝心の増結ユニットは柱の陰でわからず。 ヘッドマークもカバーが汚れており何とも悲しい結果になりました。

 

特急加越1号 金沢行です。

 

特急加越号は、 米原ー金沢間に7往復の運転で 主に 金沢から東京方面への利用を想定したダイヤになっていました。上り列車は7本のうち5本が、金沢発の午前中に運転。  逆に東京からのひかり号に連絡する 下り加越7本は、この1号が米原発12時10分と午後からの運転となっていました。 

また 特急しらさぎ号の場合は、名古屋から北陸方面への利用を重視したダイヤで 午前中は北陸方面 午後からは名古屋方面への列車が多い感じでした。

 

臨時特急しらさぎ82号名古屋行きです。 


特急しらさぎ号は 基本的に雷鳥と同じの9両編成が基本でしたが、臨時だったのか、加越号用7両編成できました。

 

しらさぎ82号通過の5分後 特急加越8号米原行きです。 ほぼ続行運転ですね。 米原で東海道新幹線利用の乗客に向けて14両編成の特急を運転していた感じです。

 

後ろは、ボンネット車でした。 大きな 「加越」の ヘッドマークはいいですねえ。 好きなヘッドマークの一つでしたが、大阪では縁のない列車で撮影の機会も少なかったので 唯一この時に ボンネットもとれて良かったです。

 

この日は、9月23日の秋分の日。臨時特急が多数運転されていて かなり密度が濃い撮り鉄模様となっていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。