皆さん こんにちは。 今回は、大阪梅田行 臨時急行の模様です。 同じような写真が続きますが、2回に分けてお届けします。

 

伊丹線 大阪梅田駅で 時間を潰して 再び西宮北口駅に戻りました。 

ちょうど 6号線に臨時普通宝塚行が入線していました。

 

8200F普通宝塚行。 午前中は、臨時急行仁川行と普通宝塚行の10分間に2本でしたが、夕方は、普通宝塚行が10分間に2本となっていました。 

 

この時 車庫の方から 7003Fが出庫してきました。 

 

午前中は 臨時急行運用でしたが 夕方は、臨時普通運用に入っていました。 臨時普通には 8200Fと7003F・5010Fが入っていました。

 

16時2分頃

臨時急行1本目になる 1011Fが出庫してきました。

 

7003Fが臨時普通宝塚行として 6号線に入線。

 

16時2分頃 入れ違いに 1011Fが 仁川に向けて回送されていきました。

 

16時9分頃

2本目1019Fが出庫してきました。

 

5分ほど停車して 16時14分頃発車。

 

2分後の16時16分頃

臨時急行大阪梅田行 1000F。 ここで 気づいてしまいました。西宮北口駅に戻ってくるのが少し遅かったことに。 この本当の1本目1000Fの出庫には間に合っていなかったのです。

今までの写真 臨時急行1本目としていた 1011Fは、2本目。1019Fは 3本目でした。

 

本当の1本目 臨時急行大阪梅田行1000F。16時18分頃 特急大阪梅田行の続行で 普通大阪梅田行の前に発車しました。

 

1000Fと入れ替わりに すぐに出庫してきました。

4本目の 回送 8020F。

 

4分停車後の16時24分頃発車。

 

入れ替わりの16時26分頃 2本目臨時急行大阪梅田行 1011F。

 

特急大阪梅田行の発車後動き出しました。

 

5本目は、8035F+7023Fでした。

ここまで 1000系が3本 8000系が1本 7000系1本その大阪方は 8000系の後期型で 偶然にしては、出来過ぎなように 編成にバラエティーがあったように思います。

 

16時36分頃

臨時急行大阪梅田行1019F。

 

この頃から 少しづつ遅延が発生してきました。 大阪梅田行の特急が36分発車のところ2分遅れで38分頃に

1019Fが動き出したのは 16時39分でした。

 

本格的な帰宅ラッシュが始まりました。 

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 伊丹線を往復してから 次に6月13日に宝塚線の停止位置が移設された梅田駅の様子を見に行きました。

 

6号線と7号線。仮柵は 宝塚線のラインカラーオレンジで設置されていました。

 

4・5号線の様子。

停車している電車は、3号線の京都線普通。 4・5号線の宝塚線 表示器は移設されていました。

 

1月に移動されていた 神戸線の7号線。まだ 仮の車止めのままで変化はありませんでした。

 

この後 宝塚線側も背の高い固定柵に置き換わると思われるので その前の段階を記録しました。

号線案内灯も神戸線宝塚線は横並びに。

京都線宝塚線はズレた状態になりました。

 

9号線から撮りました。青とオレンジの9〜4まで横並び 緑の3〜1がずれています。

 

移設される前の京都線側も見ました。

3号線。

 

京都線側から見た 号線灯。

 

今度は、1号線ホームの十三寄りで。

京都線特急9303Fと宝塚線急行8004F。

 

京都線と宝塚線では 約一両分ずれています。

 

神戸線と宝塚線の先頭は 再び横並びになりました。

 

ロングシート改造が済んだ9301Fがやってきました。

準急京都河原町行 9301F。

 

時刻は15時20分頃  午後の馬急の出庫を撮るべく 西宮北口駅に向かいます。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 門戸厄神駅での撮影で 午前の部は終わりにしようかと思っていたのですが、 時間は 12時10分。 まだ 仁川行は3本ほど運転されます。 そこで夕方の部の下見も兼ねて 西宮北口駅の北側の線路沿いに行ってみました。

 

駅北側の踏切から。 6号線が先発臨時急行仁川行き5010F、7号線が次発 普通宝塚行5006Fです。

この時間にもなると 西宮北口駅の駅先も撮影者もかなり減りました。 早い時間帯は、10人前後が常にいてました。

 

12時25分発臨時急行仁川行 5010F。 発車間際の駆け込みが多い後ろの方は、ラッシュ時以上の混み具合でした。

 

 

6号線臨時急行仁川行7003F この日の最終臨時急行。 7号線が 次発普通宝塚行 5008F。

 

臨時急行仁川行7003F。 今津線の西宮北口駅-門戸厄神間の 西宮北口付近は、駐輪場を過ぎると しばらくは 線路沿いに用水路?があるためか、柵がありません。松並木になっているのですが、人気撮影スポットになっています。 ただ道幅は狭いので 車や通行する人には要注意です。

 

続行の普通宝塚行5008F。編成の一番後ろが、踏切付近です。

 

普通西宮北口行 5002F。宝塚ホテル100周年ヘッドマーク付。

 

回送 5010F。電車は、直接 車庫に帰っていきました。

 

12時48分発普通宝塚行 5002F。臨時急行の運転は終了しましたが、後ろの方は、依然ラッシュ並みの混雑となっていました。 お昼を回っても 競馬場に行く人並みは途切れていませんでした。

 

普通西宮北口行5001F。 この日は、臨時急行に5010Fが入り 定期運用4本全てにも5000系が入ったので 5000系現役5本を全て 色々な場所で記録できました。 7003Fも運用について。偶然にしては出来過ぎなような日でした。

 

回送7003F。

 

これにて 午前の部は終了。 この日は、この乗車券を利用していました。

阪急1DAYパス。 デジタル版。阪急沿線アプリから購入しました。 乗車履歴も残るので 日程の確認にも便利です。

 

お昼は、塚口駅の蕎麦屋サンジ で盛りそばを食べて 伊丹線の駅タグを収集に行きました。

稲野駅前。 ワンデイパスなので 駅前の散策もできます。

少し劣化してみにくくなっていた 伊丹の水とみどりの散策道の石板。

伊丹は、清酒発祥の地と言われていて 「白雪」の小西酒造さんが有名みたいです。

 

普通塚口行6004F。 

 

伊丹駅 普通塚口行6012F。 伊丹線は、全駅のホームに固定柵を設置して ワンマン運転が開始されています。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 今度は、仁川駅の南側で撮影しました。 こちらの方では、初めて撮影しました。

 

臨時急行仁川行 7003F。 川を挟んで南東側の坂から撮影。

 

反対方向、 踏切付近まできて 望遠で撮影。 あまり よくなかったので移動しました。 1枚目の写真で見える線路反対側の道に行きました。

 

回送 7003F。 線路と同じレベルだった道路が ここから急坂で降っていく付近です。 一人撮影されている人がいましたが、 5mほど後ろから撮影しました。 ここは 歩道がないので 車と歩行者には注意が必要です。

 

臨時急行仁川行 5010F。

 

とここで 1993年の写真。

臨時急行梅田行 5010F。 仁川駅ホームから撮影。 33年前にも 5010Fの馬急運用を撮影していました。

上の写真の現在の5010Fは、右に見える普通宝塚行付近を走っている感じです。

 

5010F 回送。

臨時急行仁川行 7003F。 最短10分で編成が一巡するので 非常に効率よく色々な場所で撮影できました。

 

この後は、門戸厄神駅に向かいました。 上りホームの西宮北口方で撮影。

回送5010F と 普通宝塚行 5001F。

 

6分後 折り返してきました。

臨時急行仁川行5010F。

 

回送7003F。 宝塚行が 若干遅れていた為 並ばず。11時を回っても阪神競馬場に向かう観客は減っていない感じでした。

 

7分後 やはり少し遅れています。

臨時急行仁川行 7003F。

 

お待たせしました? 過去の写真です。1994年に撮影。 フルマルーンの馬急です。

臨時急行仁川行 7001F。 1994年は 梅田駅から運転されていました。 午前中に3本だったと思います。

 

臨時急行仁川行 3056F。 この8両編成の臨時急行を撮影したのは これが最後で 今回32年ぶりに仁川行を撮影しました。

 

ややこしくてすいません。 1993年の写真も載せておきます。

臨時急行仁川行 5012F。

 

2026年の現在は、沿線での撮り鉄さんは、100人以上?だったかもしれませんが、30年前門戸厄神で撮影していたのは、私一人でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 

 

9時52分頃 7003Fが仁川駅から戻ってきました。

7003Fに乗って 仁川駅に向かいました。 先頭車両の一番前の扉付近が空いていたので 動画を撮影しました。 下手な動画ですが よろしければどうぞ。

 

 

仁川駅に到着後は、 上りホームの宝塚よりに。

10人前後がいましたが、 撮影対象の運転本数が多く 編成も2本しかないので 最短10分で入れ替わるので 全く殺伐とした雰囲気はありませんでした。

 

足元には、真新しい乗車位置案内が設置してありました。 

馬急というと 軒下に丸急の四角い仁川駅だけの案内板があったのですが、 現地では意識していなかったのですが、今他の写真で確認すると。

軒下に 健在でした。 これは おそらく昭和の時代からあったと思います。

 

回送 7003F。10時7分頃動き出しました。

 

10時9分頃。

臨時急行仁川行5010F。 西宮北口ー仁川間 ノンストップで約4分です。 各駅停車では6分になります。

 

待避線での幕回し劇場1

回送 新開地行。

 

回送。 カメラを向けるのが遅く 2枚だけ。

 

10時14分。

普通宝塚行 5002F。

上下の定期の普通列車が発着した後に 回送が入線。

10時18分頃発車しました。

 

10時19分

入れ替わりに 7003Fが到着しました。

 

ここで 駅北側の踏切に移動しました。

仁川駅の宝塚よりの上り線には、かつては使用されていた 臨時降車ホームがあります。 阪神競馬終了時の16時前後 仁川駅ホームの混雑で乗降を分離するために 上り電車を手旗信号でここに停めて 降車客をここで降ろしてから 徐行で仁川駅本ホームに移動していました。

その模様です 約50年前の写真です。

1970年代後半 臨時急行梅田行2066F。ホームに手旗を持った駅員さんと降車客がいます。 改札口では、別の駅員さんが 切符を回収していました。

 

7003F回送が動き出しました。

 

とここで 過去画像をもう一枚。

やはり 45年ほど前に同じ場所で撮影していました。 

 

10時28分 発車しました。 この角度でも軒下の札が確認できました。

 

次のG1開催時 この並びは見ることができるでしょうか?

 

幕回し劇場2。

通勤急行宝塚行。

 

通勤特急 新開地行

回送 大阪梅田。

 

最後は 回送 西宮北口。 これで 移動するのもありですね。

 

望遠で 隙間から並びを撮影しました。

 

そういえば 宝塚記念マークの並びを撮り忘れました。。。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 阪急電車ファンの皆様お待たせしました? えっ待ってない? なんとか 6月14日の日曜日に年休を合わせて 今津北線を徘徊してきました。

まずは、 念願の臨時急行仁川行からどうぞ。突然運転が始まった 今津線内の仁川行臨時急行 年に数回のチャンスしか無かったために 休みが合わず じくじたる思いがありました。

 

車庫からの出庫を撮るべく まずは宝塚駅から西宮北口に向かいました。

この日は、JRA阪神競馬場で 一年で一番盛り上がるレース G1宝塚記念がありました。 かなりの入場客が見込まれるために 阪急電車も気合が入った?ダイヤになっていました。

 

なんとなく 5053号車の運転台。 このツーハンドルの運転台も風前の灯です。

 

西宮北口に到着。 ホームは かなりの混雑 また、宝塚方のホーム端には、十人ぐらいがスタンバイしていました。

 

臨時急行仁川行の案内看板。 9時5分〜12時35分発まで 10分間隔22本が運転されました。 

 

発車案内表示器 年に数回の運転なので 臨時急行までは対応していないようです。でも 普通となっていないのが 臨時の証ですね。 しかし 6号線側は

印刷して パウチした臨時急行幕が貼ってありました。

 

8時56分頃 車庫から出庫してきました。 

 

久しぶりにみる 臨時急行仁川幕。 

私が最後に 臨時急行仁川行を撮影したのは、1996年30年ぶりです。

いったん宝塚方に引き上げて 6号線に入ってきます。

 

続いて 10分後。 次の編成が出庫してきました。

なんと 数日前に今津北線に復帰した 7003Fでした。

 

女性専用車マークと臨時急行仁川。 8両編成のままだったら 見られませんでしたね。

 

こちらも 一旦宝塚方に引き上げてから 

6号線に入線。

 

9時15分に7003Fが発車後、7号線から定期の普通宝塚行が発車 その後に まず 7号線に定期の普通が到着後 6号線に仁川から回送されて来た 5010Fが入線しました。

この日は、5010Fと7003Fの2編成が運用に入っていました。 臨時急行の復活の前は、普通列車として運転されていたので 所要時間の関係で 普通10分間隔だと3本必要だったと思われるので ある意味省エネダイヤかも知れません。

 

もう なかなか見られない 字幕。

 

9時25分発臨時急行仁川行 5010F。

 

9時31分ごろ。

7003Fが入線。幕回しが済んでいますが 回送中なので 種別灯は2つ点灯していました。

 

9時35分発車、

しかし 多客のため 若干遅れ気味でした。

 

9時38分

普通宝塚行 5001F。臨時急行のおかげで 宝塚方の前よりは かなり余裕があります。

 

普通西宮北口行 5006F。

 

続行で到着する 臨時急行仁川行。 

 

側面は 幕回しに際中。

臨時特急西宮北口行?

 

通勤特急高速神戸行?

普段だと 幕回しはほとんどしないので 良い記録となりました。

 

9時46分1分遅れで発車していきました。

 

つづく。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 前回の続きです。

 

 

臨時特急フラノエクスプレス3号 滝川経由 富良野行きです。滝川経由ですが、停車はせず 札幌の次は 芦別に停車。次に終点の富良野でした。 

キハ82系を改造した スキー列車は 夏は、リゾート列車となっていました。

 

快速空港ライナー 千歳空港行きです。 721系の3両編成で全車自由席です。 当時の快速は1時間に1本。普通列車が1時間に2本。 特急が、ライラック 北斗 おおぞら とかち が だいたい1時間に2本の運転でした。 

 

キハ56の回送列車です。  前面幕は 臨時となっていました。 当時の夏の時刻表にお昼には、臨時列車は乗ってなかったのですが、 もしかすると臨時急行があったのかも知れません。

 

 

特急オホーツク2号 札幌止まりです。 編成のほとんどは、新型の500番台でしたが、最後尾は100番台先頭車でした。

 

苗穂工場に 入場するのか DD51に キハ182が1両引かれて行きました。

 

特急スーパーホワイトアロー8号 札幌行。 新型785系使用の 特急スーパーホワイトアローは、札幌ー旭川間の運転で日中1時間に1本でした。

 

快速マリンライナー 小樽方面 倶知安行。 札幌ー小樽間の快速列車には、マリンライナーの愛称があり 停車駅は 札幌・手稲・小樽築港・南小樽・小樽でした。 小樽以遠に直通する列車は 気動車で運転されていました。

 

特急ライラック13号旭川行。 特急ライラックの方は、千歳空港ー札幌ー旭川間の運転でした。

 

特急おおぞら5号 石勝線経由 釧路行です。 この旅では キハ183ー100番台によく出会いました。

 

臨時寝台特急エルム 札幌行。 絶好調だった 北斗星を補完するために B寝台2段式車両のみで運転されました。 上野19時25分発 函館7時43分着 札幌には12時32分の到着でした。

 

特急北斗3号札幌行。 エルム号の1時間後に函館を発車して 札幌には3分後に到着しました。

 

学研都市線普通の折り返し回送車。 後は、キハ142-3。 キハ142は、1990年に50系客車から改造された 気動車でした。

 

特急スーパーとかち4号札幌行。 折り返し スーパーとかち5号 帯広行になりました。

特急おおぞら系統には、新型の500番台が中心に運用されていたのに対して 0番台で運用された帯広行 とかち号は見劣りしていたため 1991年7月 新製の2階建てグリーン車 キサロハ182を組み込み 普通車座席も交換したグレードアップ編成に置き換えて スーパーとかち号となりました。

 

寝台特急トワイライトエクスプレス 大阪行。 この時の帰りは、この列車で帰りました。

 

道中写真は、フイルム切れでほとんどなく。

車内から見た 有珠山と昭和新山。この後 食堂車ではなく 食堂車で調整した お弁当で夕飯を頂き 今と違って パニックになっていなかった シャワーを浴びました。

 翌朝は、食堂車で 朝食を食べて お昼過ぎ 大阪駅につきました。

 

一晩過ごした、B寝台二人用個室 ツイン。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

皆さんこんにちは。 今回は、1991年の札幌駅での撮り鉄分です。

 

洞爺湖温泉を離れて もう一度札幌駅に戻りました、あの列車に乗るためです。 その発車までの待ち時間です

特急スーパーホワイトアロー6号 札幌止まりです。1989年にデビューした785系電車です。当初は、特急スーパーホワイトアローのみに運用されて 札幌ー旭川間 岩見沢 滝川 深川にのみ停車。1日13往復 全列車1時間20分で走っていました。 

 

回送のキハ400形急行型気動車。 キハ40系気動車を 車内とエンジンを改装して登場しました。 客車で運転されていた、急行宗谷と天北の高速化を実現しました。

 

札沼線(学園都市線) 普通あいの里教育大行きです。 

 

千歳空港から到着した 特急ライラック11号 旭川行です。 781系は 国鉄時代に製造された 初の交流専用特急形電車でした。

国鉄特急色時代は、赤帯が正面まで回り込むデザインでした。

 

11時30分 特急北斗8号 函館行。

 

同時発車の特急ライラック11号旭川行。 今のデジカメなら ガシャシャシャシャシャ と連写したんでしょうが。。。

 

急行宗谷1号 稚内行です。 11時32分に ライラックに続行するように発車しました。

旭川には、13時16分の到着、所要時間1時間44分 特急ライラックより14分遅いだけで 12時発のスーパーホワイトアローをギリギリ逃げ切っていました。

 

DD51とDE10の4重連の回送がやって来ました。 回送とはいえ 4重連を見たのは この時が最初で最後です。

 

特急スーパーホワイトアロー9号 旭川行です。 30分ほど前に発車した 急行宗谷1号に4分差にまで迫ります。

 

特急おおぞら2号 札幌止まりです。 先頭車は キハ183ー100番台。 中間車だったキハ184形から改造されました。 前面は 角ばっていましたが どこか キハ82を意識した感じでした。

 

ここで1986年の一枚。 5年前の札幌駅は まだ地平駅でした。

特急北斗8号函館行。 国鉄特急色時代のキハ183ー100番台です。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

皆さんこんにちは。 前回の続きになります。 午前の北斗3号に乗車して 札幌に到着 その後札幌では 定期観光バスに乗って 宿泊。翌日も午前中は 札幌市内を巡って 昼過ぎに札幌駅から 洞爺駅に向かう直前に撮り鉄。

 

臨時特急はこだてエクスプレスです。  展望リゾート列車のニセコエクスプレスを使用した、函館ー札幌間の観光臨時特急でした。  定期の北斗号に途中で抜かれるダイヤでした。

 

発車直前の寝台特急トワイライトエクスプレス 大阪行。 北斗星色のDD51重連の牽引。

 

時刻は14時16分。大阪まで22時間20分ほどかかっていました。

 

快速空港ライナー 千歳空港行です。 JR北海道721系電車1988年に製造されました。1991年は まだ指定席車の設定はなく 列車名も 「空港ライナー」でした。

 

まだまだ 現役だった1968年に登場の 711系近郊型交流電車。 1968年に登場。 1980年まで少しづつ 増備が続けられた 交流専用電車で 721系が登場するまでは 北海道の普通電車はこれだけでした。

最後の編成は、約10年前2015年まで走っていたそうです。  今気づきましたが 非冷房のままですね。

この後は 特急北斗12号と路線バスに乗って 洞爺湖に向かい宿泊しました。

 

翌日 路線バスで有珠山に向かいました。

ロープウェーに乗って山頂から眺めた1枚。 右手の水蒸気の上がる山が 昭和新山です。

洞爺湖と昭和新山 新山の向こうに 壮瞥町の街並み。 1944年頃普通の畑が 突如噴火して 隆起してできた昭和新山。 三松さんという方が その模様を全て 記録され また 昭和新山とその周辺を買い取られたそうです。 ですので 昭和新山は 私有地の中にある火山らしいです。

新山の頂上の左手付近に見える 道路付近に 画面右下から 新山の背後を旧国鉄胆振線が 左上に向けて走っていたようです。 麓には新山の隆起によって 持ち上げられた橋脚と橋台の遺構が保存されているそうです。

 

反対方向 有珠山の火口方向。 これを撮影した9年後の2000年 有珠山は大噴火 しかし 噴火前に付近の避難が完了していて 人的被害はなかったようですが、建物 国道などはかなりの被害が出たようです。

 

麓から見た 昭和新山。

 

路線バスで 洞爺湖湖畔に戻って 遊覧船に乗りました。

洞爺湖遊覧船から 眺めた 洞爺湖温泉街と有珠山です。

 

正面が 有珠山。 左手に、濃緑の山並みにぽこっと出ている茶色の山塊が 昭和新山です。 

昭和新山。

この日も 洞爺湖温泉に泊まりました。 学生時代から 一度は行きたいと思っていた 洞爺湖周辺。社会人になって念願かないました。

 

ホテルから眺めた 洞爺湖。

 洞爺湖自体も 火山カルデラで大きな火山でした。正面の山は、湖の中央にできた溶岩ドームなどの火山群。

 左手奥の少し霞んで見える円錐形の山は 羊蹄山です。 連絡船の羊蹄丸は この山に因んで名付けられました。

 

この日は、また、洞爺駅から 特急北斗に乗り 帰路に着くのですが、行先は 札幌でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。今回は、1991年9月にまた 北海道方面に旅行した記録です。 前回の一年後です。

 

大阪駅を寝台特急日本海3号青森行で出発。

奥羽本線 多分 八郎潟駅 上り急行よねしろ号との行き違い待ち合わせ中に撮影。

そのあと9時46分到着の東能代駅で降りました。 あと2時間で青森に着きますが 表題の列車に乗るためにここで下車しました。

 

普通ノスタルジックビュートレイン1号 五能線経由弘前行。 始発駅は 秋田駅で 日本海3号の直後を走って来ました。 牽引機は DE10-1204号機

 

東能代駅から 約2時間 深浦駅に到着。 ここで上りの2号と行き違いで15分停車しました。

1990年に 五能線の活性化のために 50系2両を眺望・展望客車に改造(最後尾の展望車・側面が固定窓になって冷房付の指定席車。)未改造の通常のオハ50 2両と連結して 写真のような塗装で運転されました。

2編成が改造されて 1日2往復運転されていました。 1997年から 運転開始になった キハ40系気動車改造の「リゾートしらかみ」を経て 2010年からは 新型HB-300系気動車で運転されている 観光列車の前身となる列車でした。

 

ダイヤは、通常運転されている普通列車を置き換えていたので 通常気動車2両を代替えする 自由席車2両を連結した3両編成で運転されていました。

1991年7月号時刻表 五能線下り。

 

上り ノスタルジックビュートレイン2号。 牽引機は DE10-1112号機。 牽引機も専用塗装のDE10が用意されて 夕日をイメージした 大型のヘッドマークとテールマークがついていました。

側面の行き先サボも専用の茶色。

 

展望指定席車ではなく 窓の開く 自由席車に乗りました。

東能代から五能線の終着 川部駅まで 4時間。現在みたいにイベント・車内販売はなく ただただひたすら 日本海を眺めるという 客車旅でした。海岸線から離れた 五所川原からは2両の自由席もほぼ満席になり 一般のお客さんも多かったです。

弘前に向かう ノスタルジックビュートレイン1号とは、川部駅でお別れ 奥羽本線の客車普通633レで青森駅まで行き 青森からは 快速海峡13号で函館に向かいました。 大阪から函館まで 客車列車だけで移動するという 贅沢な?移動でした。

 

函館で一泊後 翌日は市内観光。

市電 谷地頭電停付近。 立待岬に行った途中で撮影。

 

函館山ロープウェーに行く途中?

青函連絡船メモリアルシップ 摩周丸を坂の途中から。 連絡船の現役時代も撮影スポットでした。

 

夕方 摩周丸を見学しました。 なぜか この時の船内の写真は一枚も撮っていませんでした。。。

あれから35年 もう一度行くことがあるかどうか。

 

翌日 函館駅。

特急北斗3号札幌行。 右の列車は、快速海峡4号青森行です。 北斗3号に乗って札幌に向かいました。

 

最後に 涼しい1枚。 1988年1月の撮影。

真冬の函館駅。 上の写真の海峡4号の停車している4番線での撮影です。

 

御覧頂きましてありがとうございました。