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スポーツ障害 運動療法専門施設 麻生スポーツ理学センター

ランニングで痛くて走れなくとも諦めさせないと誓ったブログ

患者専用トレーニング施設完備で腰痛、膝・足関節痛等の疼痛治療はもちろん、再発防止からパフォーマンス向上まで一貫サポート!

ってお決まり説明ですが、日々蛇足を書き綴るブログです。w


ランニングのコーチ、水泳のコーチ、空手の先生、バレエの先生。
人生を振り返ると、何十人、何百人、いや講師として関わった生徒まで含めれば、もはや何桁になるのか分からないほど多くの指導者と出会ってきた。

若い頃にお世話になったコーチ、今でも付き合いのある指導者の方々。
共通しているのは、皆 ハートが熱い ということだ。
そして当院に通われている患者さんの中にいる十数名のスポーツ指導者の方々も、例外なく同じである。

当院を訪れる患者さんの多くは、何らかのスポーツで身体を痛めて来院される。
ランニング、トレイルランニング系だけでも、今年に入ってすでに何名もいる。
皆それぞれに試行錯誤を重ね、ネットで調べ、練習会に参加し、それでも解決せずにやって来られる。

もちろん、それで良くなる人もいるだろう。
だが「結局、何も変わらなかった」と口を揃える方も少なくない。
ド直球で言えば、商売っ気が強すぎた という印象を、患者さんとの会話から受けるケースが多い。

私の身の回りに、そんな指導者は一人もいない。

先日も、走っている女性の患者さんと話していてこんな言葉が出た。
「やっぱり女性のコーチがいい。フォームや速さだけじゃなくて、楽しく走ることを教えてくれる先生がいい」

——ちょうど、ドンピシャでいますよ。紹介できますよ。
思わずそう答えた。
もっとも、まだコーチ本人の許可を取っていないので「次に会ったとき相談してから紹介しますね」となったのだが。

私の先輩に、女子マラソンのオリンピアンがいる。
その方が昔から、耳にタコができるほど言っていた言葉がある。

「楽しく走った先に、すべてがある」

結局、それに尽きるのだと思う。

「これで良くなる!」
「これだけで解決!」

そんな経験未熟なSNS客寄せ型コーチだけには、どうかお気をつけあれ。


この数年、SNSの普及、そしてChatGPTの登場によって、誰もが簡単に、しかも膨大な量の情報を手に入れられる時代になった。

小生が学生だった四十年前ですら、
「都心のど真ん中で何もせず一日ぼーっと立っているだけでも、勝手に一方通行で入ってくる情報量は、100年前のおよそ2000倍だ」
と聞いた記憶がある。
現在は、もはやその比ではないだろう。

情報を得ること自体が悪いわけではない。
しかし、情報を多く得れば得るほど、それらを精査するための知識が同時に求められる。

ここに「情報」と「知識」の決定的な違いがある。

近年問題なのは、
多くの情報を得たことで、知識が身についたと勘違いする人があまりにも増えたことだ。

スポーツの世界を見てもそうである。
ネットやSNSを通じて様々な情報を得た指導者が、さも研究者のように語る場面をよく目にする。
また、スポーツ愛好家である、いわゆる“素人”が、ネットで得た断片的な情報に自分の主観や好みを上乗せし、専門家のように語ることも珍しくない。

小生自身、現在は「治す」ことを生業としている以上、
語るべきは治癒、改善、回復に主眼を置いた話でなければならない。

人をたくさん呼ぶこと、物を売りつけること、ましてや一円でも多くお金を落とさせるための会話など論外である。

メーカーに在籍していた頃、シューズ一足を例に取っても、
「メーカーが販売店に説明する内容」と
「販売店がお客さんに説明する内容」は、根本的に違うものだと叩き込まれた。

カタログに載っていることを、さも自分の知識であるかのように語るな、と。

昨今、素人でも簡単に手に入るような情報では、賢い消費者にはすぐ見透かされてしまう。
だからこそ今、商品やサービスを提供する側の人間こそが、
真の消費者目線とは何かを、あらためて考え直さなければならない時代に入ってきているのだと思う。


何度も書いてきた、同じような話題かもしれない。
お菓子の箱を開ければ中身は小さく、数も少ない。
惣菜は容器が底上げされ、ケーキは小さくなって値段だけが上がる。
飲料も、気づかぬうちに量が減っている。

縁起や験を担ぐ方ではないが、先日いただいた有名な地方名産のお菓子は「4個入り」だった。
受け取った人の笑顔を思い浮かべることなく作られたモノづくりを、私たち日本人もいつから当たり前にしてしまったのだろう。

満足や納得は人それぞれだ。
だが、特に純粋な子どもたちや若い世代をガッカリさせることを、
大人である私たちは本当にして良いのだろうか。



子どもの患者は実に分かりやすい。
「治したい」「良くなりたい」「投げたい」「打ちたい」「走りたい」。
欲が純粋。

一方、大人は違う。
「自分はそう思わない」「色々あって出来なかった」「来られなかった」。
言い訳や諦めが欲を覆い隠してしまう。 欲が濁っている。

子どもで冷やかし半分に来る患者は、まずいない。
皆、自分の現状に不安を抱え、不満を抱え、それでも何とかしたくてやって来る。



先日、新規で来院した中学生と高校生がいた。
痛みの話だけで終わらせず、「今いちばん困っていることは何か」を丁寧に聞き、
考えられる解決策を一つひとつ説明していった。

すると、途中から目がキラキラし始めた。

その瞬間、学生時代初めてトレーニング指導をしていた時の記憶が蘇った。
40年以上経った今になって気づくが、
自分はあの目を見たくて、この仕事を最終的に選んだのだと思う。



「これだけで良くなる」
「これを使えば速くなる」
「長年ダメだった人が——」

そんな言葉は、昔も今も減ることはない。
むしろSNSの普及で、溢れ返っている。

だからこそ、
一年でも長く、ひとりでも多くの患者を診られるように自己管理を怠らず、
初心を忘れず、日々を積み重ねていきたい。