スポーツ障害 運動療法専門施設 麻生スポーツ理学センター

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ランニングで痛くて走れなくとも諦めさせないと誓ったブログ

患者専用トレーニング施設完備で腰痛、膝・足関節痛等の疼痛治療はもちろん、再発防止からパフォーマンス向上まで一貫サポート!

ってお決まり説明ですが、日々蛇足を書き綴るブログです。w


その答えは簡単だ。
「まず自分の質問に対して、否定的に教えてください」と一言添えるだけ。

今どきのAIチャットは、とにかく共感が大原則。優しく、肯定的に、気分を害さぬように返してくる。それはそれで結構なことだが、こと問題解決となると話は別だ。

自分が抱える失敗や不調を本気でどうにかしたいのであれば、まず自分の“ダメな部分”を指摘してもらう必要がある。だがAIは、放っておくとそれをやらない。いや、やれない。

だからこそ「否定的に答えてほしい」と、こちらから条件をつける。

例えば腰痛ひとつとってもそうだ。
同じ症状でも、聞き方ひとつで「ストレッチをしましょう」とも言えば、「むやみにストレッチはするな」とも答える。
つまり答えは一つではなく、問いの質でいくらでも変わるということだ。

日々患者と向き合っていて強く思う。
「治らない」のではない。
“治るのを邪魔している何か”が、必ずある。

しかし厄介なのは、それを見つけて指摘しても、真摯に受け入れないケースが少なくないという現実だ。

運動でも、食事でも、仕事でも、人間関係でも同じ。
「こうすれば良くなる」という未来の話の前に、
「なぜこうなったのか」という過去の整理が必要だ。

反省と後悔。
耳障りは悪いが、これが人間を前に進める数少ない原動力だと、つくづく思う。

では聞こう。
叱咤激励してくれる、本当に大切な人はいるだろうか。

もし思い当たらないなら、今すぐ作った方がいい。
そしていなければ――せめてAIにその役をやらせればいい。

ただしその時は忘れるな。
「優しくしてくれ」ではなく、
「厳しく否定してくれ」と頼むことだ。


そもそも「勉強」とは何なのか。
「学習」との違いは何なのか。

今ではこの二つ、ほぼ同義語として雑に使われているが、本来は少し違う。

漢字で書けば一発だ。
勉強とは――強いて(強)勉める(勉)。
つまり、泥臭くやる“行為”そのものだ。働くことに近い。

一方の学習。
こちらは机と紙と鉛筆の世界。
情報を集め、整理し、理解した気になる“準備段階”に過ぎない。

ここを履き違える人がやたら多い。

情報をいくら詰め込んでも、それは知識ではない。
知識とは、経験でしか裏打ちされない。

やって、失敗して、痛い目見て、ようやく残るものだ。

それなのに――
やたら詳しい。やたら語る。やたらドヤ顔。

だが現場では使えない。

なぜか。
学習で止まって、勉強していないからだ。

もっと厄介なのは、
情報を知識と勘違いして振りかざすこと。

これはもう凶器である。

昨今は特にひどい。
スマホ一つで、他人の経験を“つまみ食い”できる時代。

便利になった反面、自分の器を超えた情報を抱え込み、
分別もないまま動いて、勝手に壊れる。

そして傷つく。

だがそれは、間違えたからだ。
道を外したからだ。
失敗したからだ。

ここまではいい。誰でもやる。

問題はそこから先。

自分の失敗に気づかない。
向き合わない。
他人の言葉で誤魔化す。

会ったこともない、
自分のことなど一ミリも理解していない人間の言葉を、
なぜそこまで信じられるのか。

不思議でならない。

感化、影響、感銘――
言葉は立派だが、中身はどうだ。

薄っぺらくなっていないか。

それに気づけるかどうか。
結局それも、自分次第である。


会社員時代に付き合いのあった某スポーツメーカー。
詳しくは書かないが、なかなかに失礼な会社だった。

以来、小生はそのメーカーの商品を一切買っていない。
いわば、ひとり不買運動である。

社長が変わろうが、看板が変わろうが、
結局「社風」というものはそう簡単には変わらない。
表面だけ整えても、中身は透けて見えるものだ。

そしてこれは、何も大企業に限った話ではない。

地元でも似たような事はいくらでもある。
飲食の出前が、挨拶もなくいきなり院内に入り込み、関係のない事を聞いてくる。
医療関係の車両が、交通ルールを無視した運転を当たり前のように繰り返す。

当然、その都度ガッツリ注意する。
だが返ってくるのは、「はぁ?」という顔と、形だけの謝罪未満の何か。

話にならない。

先日も某ランニングイベントで、参加者が一般の方と事故を起こし問題になった。
だが、こういうものは起きてから対応しても遅い。

そもそも起きないようにするのが、運営であり、参加者の責任だろう。

小生も日々ゆっくり走っているが、
夜間ノンライトのランナーは相変わらず多いし、
大会でイヤホン禁止と書いてあっても、平然と装着して走る輩もいる。

技術の問題ではない。
意識の問題だ。

働くという事は、単なる金稼ぎではなく社会との関わりであり、貢献でもある。
だが最近は、自分が楽しくやって儲かればそれで良し、という
“お遊び感覚”の企業や人間が増えすぎた。

面白いネタばかりを垂れ流し、
肝心の啓蒙や責任からは目を背ける。

そんな稚拙な組織は、いずれ淘汰されるべきだと考える。

そしてもう一つ。

ダメな企業が増えるのは、ダメな消費者のせいでもある。

安いから。
有名だから。
なんとなく便利だから。

そんな理由で目をつぶり、金を払い続ける。
それが「この程度でいい」というメッセージになる。

だから小生は買わない。
関わらない。

それだけの話だ。

不買運動などと大層なものではない。
ただ「まともじゃないものに金を払わない」だけ。

その積み重ねが、ほんの少しでも
まともな社会に近づく一歩になると信じている。

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