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スポーツ障害 運動療法専門施設 麻生スポーツ理学センター

ランニングで痛くて走れなくとも諦めさせないと誓ったブログ

患者専用トレーニング施設完備で腰痛、膝・足関節痛等の疼痛治療はもちろん、再発防止からパフォーマンス向上まで一貫サポート!

ってお決まり説明ですが、日々蛇足を書き綴るブログです。w


初診時、小生は必ずこう伝える。
「今回の原因はこれ。期間はこのくらい。回数はこれくらい必要です」と。

当たり前の話だ。
これを説明しない、できない所には行ってはいけない。
薬だって「1日3回、10日分」と出るのと同じ話である。

だが、それでも続かない人がいる。
年に一人、二人。いや、最近はもう少し多いか。

金か、時間か。
それとも小生の力不足か。
理由は様々だろうが、結果は一つ——治らない。

治療法などいくらでも引き出しはある。
手技も運動も生活指導も、その人に合わせて組める。

だからこそ言う。
「イメージや希望があるなら言ってほしい」と。

後から「思っていたのと違った」は、お互いにとって損失でしかない。

そしてもう一つ、もっと大事な話。

来たり来なかったり。
家で何もしなかったり。

それでは治らない。

自宅での課題は、言わば“薬”である。
飲んだり飲まなかったりして効く薬があったら、むしろ怖い。

特に最近、気になる傾向がある。
コロナ以降だ。

三十代、四十代の在宅勤務者。
この層に「続かない」人が増えた印象がある。

不思議なことに、部活帰りで遅くなる学生の方がよほど真面目に来る。
疲れているはずなのに、である。

ここでふと頭に浮かぶ言葉がある。

行動規範。

企業でよく使われる言葉だが、意味はこうだ。

・どう行動すべきか
・何を大切にすべきか
を示す指針。

そしてその目的は、
理念の実現、倫理判断、リスク管理、一体感の形成。

これを治療に当てはめるとどうなるか。

「自分の身体をどう扱うか」
「健康をどこまで優先するか」

この軸が曖昧なままでは、続くはずがない。

規則ではない。
強制でもない。

だが、
自分がどこに立っているのか。
何を優先する人間なのか。

その“行動規範”が無いと、選択はブレ続ける。

在宅勤務やオンライン中心の生活で、
集団の中での規律や空気感が薄れた影響もあるのかもしれない。

誰にも見られていない。
誰にも合わせなくていい。

自由である反面、
基準を自分で持たねば簡単に崩れる。

健康も同じだ。

「時間があったらやる」ではなく、
「優先するからやる」。

この差は大きい。

規則でもルールでもない。
もっと内側の話。

自分の価値観と立ち位置。

治療が続く人と続かない人。
その差は、案外ここにあるのかもしれない。

…まったく、難しい時代である。

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実は最近、新しい設備を一つ追加した。
機械や機器の自慢をするのはダメな院の典型例だから詳しくは語らないが、設備を追加する時は必ず自分の治療方針と照らし合わせて、年単位で検討する。

「最新ー!」
「ブームー!」
「カッコイイー!」

そんな理由では買わない。
子供じゃないんだから。

さて本題。

最近よく見かけるのが、
「なんか欲しい」「なんか買いたい」という衝動に負けて、メーカーの商売文句にまんまと乗せられ、SNSをガン見して健康グッズを買い漁るオジサン、オバサンたち。

日本経済のためにも、小銭はどんどん使ってもらって結構。
ただし、その結果自分が被ったマイナスを、他人にまで押し付けるのは甚だ迷惑だ。

そういう輩を世間では「老害」と呼ぶ。

昔は70代以上の専売特許だったが、最近では40〜50代のエルダー層まで見事に拡大しているらしい。

当院に関係するところで言えば、
タイトルにもある マッサージガン、低周波、高周波の治療器。

数年前まで
マッサージガンは小中学生の野球少年、
低周波は高齢者、

これが定番だった。

ところが今や、欲望を抑えきれない老害層にも完全に浸透。
(以前書いたチンパン系)

問題はここから。

今の症状に合っていない。

結果どうなるか。

治るどころか、
むしろ長引く。
そして悪化する。

何でもかんでも揉めばいいってものじゃない。
楽になった気がして喜んでいる場合ではない。

人間、楽をしたツケは、
いつか必ず払うことになる。

刺激を入れていい症状。
刺激を入れてはいけない症状。

さらに言えば、
刺激の種類も考えなければならない。

ところが多くの人は、
無難な機能説明やグレーな性能表現を見抜けず、
見事に踊らされている。

会社員時代、

「お前、そんなこと言ったら売れなくなるだろ!」

と上司や先輩に何度怒られたことか。

だが今は違う。

そんなこと知ったことではない。

患者さんから
「これどうですか?」
と聞かれれば、

衣など着せず、
好き勝手言わせてもらっている。

事実よりも物語が売れるこの時代。

耳障りの良いキャッチコピーは、
たいてい小説みたいなものだ。

くれぐれも、
踊らされませんように。


「いい大人がさぁ~」とは言うが、
「いい子供がさぁ~」とは言わない。

当たり前だ。
子供は迷走するのが仕事みたいなものだからだ。

人は好きな事を見つけると、しかもそれが自分の人生に無かった初体験だったりすると、途端にそれが世界一輝いて見える。
そして全身全霊でのめり込む。

恋は盲目とはよく言ったものだ。

それが例えば自分に全く興味が無い分野、
「年間○百日やってる私が言う○○」
みたいな話だったりすると、心の中では

「よくやるよなぁ…」

と思ったりもする。

だが大人なので、とりあえず口では

「凄いですねぇ~!」

と言っておく。
社会生活とはそういうものである。

もっとも、子供や若者ならそれでいい。
むしろトコトンまでやってみればいい。

寄り道、回り道、迷走。
そういうものを経て自分を見つけるのも人生の大事な工程だ。

だが、いい歳した大人がそれをやると、話は少し変わってくる。

それは「自分探し」ではなく、
ただの迷走。

ほぼ自分を見失っているレベルである。

これまでの人生で築いてきたものはどこへやら。
仕事や家庭という人生の本筋と、趣味や遊びがごちゃ混ぜになってしまう。

優先順位の大渋滞だ。

もっとも、そんな事を偉そうに語っている小生の元には、
やり過ぎて体を壊した人達が日々やって来る。

つまり小生の仕事は、
皆さんの「やり過ぎ」のおかげで成り立っているわけで、
この話をすること自体、なかなかの自己矛盾である。

それでも三十年この仕事をしてきて思うのは、

心身ともにバランスよく趣味やスポーツと付き合う人ほど、
長く楽しみ、結果的に人生も充実しているという事だ。

理論や理屈で自分を正当化して、
盲目にならないように。

恋は盲目。

そして時々、
凄いと酷いは紙一重。

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