木を敬い、木の思いを酌んで彫る。
彫刻に日々のすべてを費やし続けたい。
現在、東近江市の八日市図書館では、彫刻家・福山智子さんの木彫展『木から生まれた動物たち』が開催されている。ネコやカワウソ、カエルなど、福山さんが木の杢目からインスピレーションを得た動物たち約30点を展示され、福山さんにとって同館で3回目の作品展となる。「木彫りとしてだけでなく、それぞれに個性のある木だから生まれたカタチであることも伝えたい」と語る作品は、木の風合いが生かされ、観る人のその時々の感情で、表情の見え方が違って見えるから不思議だ。
作品に使われている木は、地元の人からもらうことが多いとか。「(それらの木は)生かしてくれ、という思いとともに託されたと感じています。長生きした木、個性が際立つ木、それら唯一無二の木の中には、10年以上経っても手をつけるのが躊躇われるもの、未だ当分使えそうにないものもあります」と、福山さん。自然に対するリスペクトを常に感じている。
福山さんが木工に出会ったのは、高校で美術講師をしていた25歳の頃。宮大工の棟梁と出会ったことがきっかけだった。「自分の中に何もないのに、一体何を教えられるのかと悩みながら講師をしていた時に、私とは真逆の『連綿と受け継がれてきた、木を生かすための技術』を手にしている人に出会い、その世界が知りたくてたまらなくなりました」。出入りが許され、週末ごとに通った修業期間の厳しさは想像を絶するものだったが、その時教わった「木が、どうなりたがっているかを聞き取り、生かす技術』の大切さは今も、福山さんの根底となっている。
その後は、棟梁の薦めでオーダーメイドの家具工房を始め、伝統木組みを施した家具を製作。その合間に、憧れていた彫刻を少しずつ手がけるようになった。「家具を作って納品するだけでいっぱいいっぱいの生活の中、木彫りは息抜きでした。夜なべ仕事が多くなった時、死ぬまで続けたい仕事は何かと自問自答し、彫刻を仕事にできるようにしていきたい、と考え始めました」。家具製作と並行し、動物の彫刻や妖精の扉など現在の作風に通じる作品を発表していくと、英国式庭園を中心とした観光施設『ローザンベリー多和田』(米原市)から、『妖精の家』の製作を依頼された。
「木工彫刻の面白さは、刃物が木に食い込んでいく感触と香りが感じられること。これは彫る者だけの楽しみです。そのことだけでも、1日中彫っていられる理由になります」。木と出会い、木を彫り、木から生まれるものに出会う、それらすべてが福山さんの喜び。木工は福山さんの天職と言えそうだ。「朝起きた時に、今日すべきことがわかっているのは、なんと心休まることかと思うようになりました。彫刻を死ぬまでやりたい、日々のすべてを費やしたいと思えます」。
木工の世界に飛び込んで28年。「一つ彫るたびに彫りたいものがさらに増えるので、おもむくままに彫っていくだけです。材料はたっぷりあります」。八日市図書館での木彫展は、8月31日まで。木にまつわるすべてを尊ぶ思いから生まれる、福山さんの作品世界に、ぜひふれてほしい。
【profile】
福山智子さん
東近江市出身、在住。
高校の美術教師をしていた時、宮大工の棟梁と出会ったことがきっかけで木工の世界へ。数年間の修業後、オーダーメイドの家具工房を開設。家具作りの合間に作ってきた彫刻作品にも注目が集まる。
2011〜2013年 ミシガン州との美術交流プロジェクトメンバーに選出。複合型観光施設『ローザンベリー多和田』(米原市)の『フェアリーガーデン』内に設置された妖精の家を制作、2021年『第27回公募展 木彫フォークアートおおや』でグランプリ・文部科学大臣賞受賞。