採用支援総合サービス・アークパワー社長池邉のブログ「どうとくか」 -363ページ目

いらいら

たまには、頭にくることくらいある。

だけど、この頭にくることは、自分にとって

ありがたいお告げだと思っている。

だってさ、

頭にくるって言うのは、

想定していた以上の何かが起こってしまい、

それに対して、怒ってしまう訳で、、、

それを、逆に言えば、

自分の想定していた枠が、小さかったことを

意味する。


おかげで、、、

「あぁ、自分の思考の枠は小さくなっている!」

と、気付かされる。

あぁ、なんたる、ありがたいお告げか。

だから、そんなときは、

「小さくまとまるなよ!」

と、自分を励ましつつ、

大きく深呼吸して、、、すうぅ~

息を吐いて、、、はあぁ~

やっとこさ、現実を受け入れることができる。


何事も、平常心。平常心。

こんな日こそ、感謝。感謝。

そして、今日の一言!

『世の中は九分が十分』

以上!

えっ?

顔が元に戻ってない?!

とほほ。。。


【世の中は九分が十分】

《ヨミ》

よのなかはくぶがじゅうぶ

《意味》

とかくものごとは、自分の思いどおりに

いかないもの。だから、望んでいたことの

九分までかなえば十分で、満足すべきだと

いうこと。

(参考:故事ことわざ辞典 学研)

耳読書

『本の朗読などが楽しめる「オーディオブック」

が注目を集めてきた。』(※1

そんな記事が目に付いた。


なになに、、、

『急成長の音楽販売サイトが扱っていることや

携帯プレイヤーの普及によって、環境が整った

のが大きい。出版社だけでなく豊富な音源を持つ

放送局なども、「耳読書」のコンテンツ作りに

参入している。』(※2


へえ~、、、

ちなみに、、、

今のところの売れ筋は、英語学習の教材、落語、

ベストセラーとなったビジネス書の朗読もの。

これからは、著作権の切れた名作や古典文学の

小説など、ますます裾野が広がる予定らしい。

価格帯としては、

『例えば、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」だと、

2時間48分で900円。』(※3

一応、課題もあるらしく、、、

ことのは出版の野村香久代表曰く、

『現在の購入者は男性が多いと見られており、

「女性向けのコンテンツが未開拓」』(※4

だそうだ。


なるほどね・・・

ところで、

この記事を読んで、「耳読書」っていう

言葉が、すごく印象に残った。

確かに、

今やSNSやブログなど、個人が発信する

情報って、氾濫しまくっているけれど、その

情報提供中に、さらに新しい情報を収集する

ことができる。つまり、目を他に使える

「耳読書」って、時代的にはベターかも?!

と、、、


なんだか、考えれば考えるほど、すごく

これからの可能性を感じる分野な気がした。

だって、実際のところ、

音楽を聴くとき、音より歌詞の言葉を

重視して聞いていたりすることも多い。

それならば、いっそのこと、

言葉に比重を置いた音源があったって、

良いんじゃないかな。。。


う~ん、、、

まあ、確かに、iPodのポッドキャストにある

ラジオ機能と一部かぶるところがある気も

するけど、

まあ、あくまでも本の朗読に特化する訳だし・・・

アッ、そうそう、

この記事を読んで、女性向けコンテンツとして

一番最初にコレだ!ひらめいたアイディアがある。

それは、『ラジオ・ドラマ』

何だか、今時のラジオでは、あまりオン・エア

されていないけど、深夜タクシーとか乗って、

偶然、流れていたりすると、これが、ヤバい!

もう、降りられね~(><)

次は、一体どうなっちまうんだよ?!

みたいな。。。

泣ける奴から、ハラハラする奴まで、様々。

かといって、

レンタルビデオ屋で借りることもできないし。。。


そこで!!!

これからの時代、『ラジオ・ドラマ』こそが、

オーディオブックのニュージャンルとして、

女性向けのキラーコンテンツになるべく、

急成長を遂げるのではないでしょうか?!

出版、メディア関連の関係者のみなさん!

いかがでしょう。

次回のビジネスチャンスの企画会議は、

「ラジオ・ドラマ」のコンテンツ制作に着手と

言う案では?!

ん?

その『ラジオ・ドラマ』って言う発想自体が、

オヤジ発想だって?!

いや、いや、、

結構、行けると思いますよ。

近日中のリリース、待ってま~す(^^)/~ 

『・・・』


と、

言い切ったものの、、、

女性のみなさんは、どう思うんだろうかな?!

(※1234『朝日新聞』2/16夕刊記事より引用)

今日できること

『今日やるべきことを、今日中にやる』

しごく当たり前のことである。

ましてや、、、

『今日やるべきことを、明日やる』など

何を況(いわん)やである。


さて、ここからが問題だが、、、

明日やっても構わないことを、

今日中に、どこまで手をつけておくか?

である。

・まったく手をつけないか?

・計画だけは立てておくか?

・時間を決めて、できるとこまでやってみるか?

他にも、まだまだ選択肢があるかもしれない。


いずれにせよ、「明日に備える」ことに対して、

その人がとる心がけの選択肢は、その人の

ビジネス・センスに任すほかない。

ちなみに、ここで言うビジネス・センスとは

「発展しつつ営み続けるには、今何が必要か?」

を感じて動ける能力だと思っている。


そんな中、

人は、分業化した社会で、限られた時間の中、

最大限の効果を発揮し、競い合っている。

それが、経済合理性を追求する社会の掟。

その中で、

その日の間に、どこまでやれば良いのか?

どこまでやれば、人は満足するのか?

この疑問について、いくら経済や経営等の学問に

頼ったとしても、明確な答えには、辿り着けない。

ただ、ただ、、、

その判断は、各々の心の中の満足感を満たすべく、

各人の俗人的なビジネス・センスに任すほかない。

しかし、この俗人的な発想に対抗すべく、登場して

くる考え方に標準偏差な発想がある。


すなわち

「みんなが・・・」とか、「世間では・・・」などと比べて

どこまでやれば良いか、判断すれば良いと言う方法だ。

うん・・・

この考えも決して悪くはないが、

例えば、マラソンで言うと、、、

トップ集団の中で判断するのか、真ん中の集団か、

それとも、後方集団の中でなのか。

どの集団で判断するのかによって、その価値判断

基準の標準は違ってくる。


ところで、、、

結局は、何が言いたいのか?!

そう、

『人は簡単には変えられない。』

だけど、

『自分を変えることは簡単だ。』

明日に備えることについて、あれこれ

思いを巡らす内に、ふと、そう思った。

単純に、それだけである。

だから、自分を変えてみようと思った。