採用支援総合サービス・アークパワー社長池邉のブログ「どうとくか」 -336ページ目

単純化

Q:単純化は、なぜ起きるのか?

そんな問いに対して、

A:それが複雑になったから!

そう答える本に出会った。

至極、当たり前のことを言っているのだが、

そのあまりに明確な答え故、甚(イタ)く

感銘を受けてしまった。

なるほど・・・

単純化された全ての裏側には、それ自体が、

複雑になっていった経緯がある。


しかし、、、


その経緯を知らずして、単純化された世界で

単純化された社会の仕組みの中で、ただ

それが維持されていくことだけに、安堵を

感じていくならば、、、

文明の進化過程などは今後、ますます、

「考え」させられる複雑さは、悪となり、

「考え」なくてもよい単純さは、善になる。

つまり、人は、「複雑」と「単純」といった

二元論の世界にとどまることで、「考え」なくて

済むことによってのみ、文明の最適化を

果たしていると勘違いするくことになっていく。

そう思うと、ゾッとしてきた。

だってさ、、、

単純化とは、必ず誰かの手によって、

複雑だったものを、加工して単純化した

経緯を持つのに、、、

それを、誰も何も考えなくて、無条件に

受け入れてしまえば、、、

万一、それが、間違った単純化を

行ってしまったときに、それを是正する

機能が、社会に存在しなくなるから!



単純化されることが盛んな今、

複雑なものこそ、健全なものである。


なぜならば、、、


誰の手も加えられていないから、その

複雑な原型が保たれているのだから。



今の時代、「複雑なまま」

それを良しとするような風潮が、

必要とは言えないだろうか?

世田谷では、

7月よりゴミの分別が廃止される。

これまでは、「燃えるゴミ」と「燃えないゴミ」

の分別が必要であった。

つまり、「捨てるゴミ」を考える必要があった。

その手間が省(ハブ)けることに、素直に

喜べない自分は、ただの天邪鬼(アマノジャク)。

たぶん、そうなのだろう。

自称

すっごく、突飛(トッピ)な話しだけど、、、

一人一つづつ、素敵な名前があるよね。

まあ、同姓同名っていうのも、偶(タマ)には

あるけど、

基本的には、一人一つづつの名前がある。

だけど、よく考えてみると、

本人からしてみれば、自分の意思とは別に、

親、親戚とかに名づけられたわけだよね。

だけど、それが、、、

時の経過とともに、自然に、ホント、ごく自然に

その名前が自分のものになっていく。

そして、いつの日か、

自分の名前に強い愛着をもち、やがて、自分に

とって所与(ショヨ)のものとなっていく。

【所与】(ショヨ)1

①与えられること。また、そのもの。

②思惟によって加工されない直接的な意識内容。

③一般に、研究などの出発点として異議なく

受け取られる事実・原理。

【思惟】(シイ)2

心に深く考え思うこと。

うんっ!

不思議な感覚だよね。

自分で名づけた訳でもないのにね!

ところで、、、

人は、名前同様に「自称」と言うものを、

持っているのか?

もちろん、

人に言うとか言わないとかは別に、誰しもが、心の

奥底に、「自称」と言うものを、持ち合わせているのか?


何か、自分の名前は自分で名づけていないから、

自称くらいは自分でつけたいな!


ふと、そう思った。


でも、よくよく考えてみると、急に「自称」と言われても、

これまた、パッとは思いつかないものだ。

これって、日本特有の謙遜(ケンソン)心なのかな?!

それとも、

自分の自己分析が、しっかり出来ていないから?!

う~ん・・・・

やっぱり、こう「風の又三郎」みたいなものが、

自分でも欲しいところだな?!

ホント、自分だったら、何にしようかな?!

う~ん・・・・

これって、マジメに、週末、考えてみようっと!

【自称】(ジショウ)3

①自分から名乗ること。実体はともあれ、当時者が

自分でこうだと称すること。

②自分で自分をほめること。自慢。

③代名詞の第一人称。

(※1~3 参考 広辞苑第5版 岩波書店)

占い

すごく、どうでもいい話なんだけど、、、

 

今日の占いって、どこで、だれが、

どうやって、決めているのだろうか?

 

いっつも思うけど、不思議だよね。。。。

 

って言うか、よく毎日、考えつくよね!

 

「今日のラッキーアイテムは○○!」

 

とかさ、、、

 

まあ、いつも飽きもせずに、、、、感心するよ!

 

しかし、

 

求める人がいるからこそ、これだけ栄える訳で、

占いに入れ込む人がいなければ、けっして

こんなに、ブレイクするはずもない。

 

巷(チマタ)では、

 

モバイルコンテンツの中にある有料の占いサイト

に複数登録しては、自分の運勢を、サイト毎に

比較して、今日の運勢を総合的に判断している

人もいるらしく、、、

 

いやはや、

 

#&▲%○|¥◎×?である。

 

ただ、誤解してほしくないのが、、、

 

別に、「占い」を否定している訳ではない。

 

例えば、

 

占いがきっかけで、勇気がでたとか、

前向きになれたとか、慎重に行動できたとか、

 

その効果を列挙し始めれば、多分、きりがないだろう。

 

ただ、危険だな~と思っているのが、

 

その占いの内容が決まるプロセスを、碌(ロク)に

知りもしないで、無条件で鵜呑みにしてしまうのは

いかがなものだろうか?

 

ただ、そう思うだけである。


 

悔しいが、、、

 

先進国の中において、日本が「宗教オンチ」と

言われる由縁(ユエン)は、こんなところにある

のかもしれない。


ところで、

 

「行動は慎重に、、、」

 

そう占われた日に、会社の近所で、、、

 

「バス・ガス・爆発」が起きたことは、何かを

予言していたと言うのだろうか??

 




ある意味、


このすばらしき「適当さ」こそが、日本人の心を

とらえる最大の魅力なのかもしれないね。