なめたらいかんぜよ
普段から使っている言葉でも、
その意味について、きちんと理解
してないことって、多いような・・・
そう改めて思うことが、あった。
実は、「なめる」と言う言葉、
何かを、ベロベロとなめるときに
使うものとばかり、思っていた。。。
だから、「人を、なめんなよ!」と
使っているときの意味は、マジに、
俺をベロベロなめたりするなよ!
と、言っているのかと思っていた。
もちろん、、、
「つらい事や苦しい事を、十分に経験
する」ことを表現するときに、
『辛苦(シンク)をなめる』
くらいの言い回しは、知ってた。
ところが、、、
この「人を、なめんなよ!」と言うところの
『なめる』とは、、、、
「なめ(無礼)」の動詞化として、
相手、または事を、頭から馬鹿にして
かかる。または、みくびる。ときに
使っているそうで、、、
要するに、、、
『人を、なめ(無礼)るなよ!』
と、人からされた無礼に対して、一言
物言いたいときに、「なめる」の言葉を、
使っていたりするんです。ハイっ!
いやはや、
「なめ猫」世代なもんで、、、
ホント、
世の中、知らないことばかりっす(><)
【無礼】※1
礼儀をわきまえないこと。失礼。
ぶしつけ。
【礼儀】※2
社会生活の秩序を保つために人が守るべき
行動様式。特に、敬意をあらわす作法。
(※1~2引用:広辞苑第5版 岩波書店)
小物の役目
今朝、ふと思ったことなんだけど、
他者との明確な差別化を図るような
戦略を練る時、
仮に、作戦を練る側が社会に対して
小さな影響力しかもたない者(以下、
「小物」という)で、、、
そのライバルが、
社会に対して、大きな影響力をもつ者
(以下、「大物」という)であった場合、
まず、小物は、大物の「すきま」を攻める
作戦を練る。
いわゆる「ニッチ・マーケット」を狙う
戦略を練ったりする訳だが、、、
最近、社会全体が、この「すきま」を
埋めることに、注力し過ぎるあまり、、、
「すきま」を作り出すはずの「大物」
ですら、世の中の「すきま」を埋めること
ばかり考えている気がする。
確かに、、、大物であっても、取りこぼし
が少ないように、すなわち「機会損失」を
最大限に少なくする努力は、経済活動に
おける当然の行為であるが、、、
しかし、
あまりに、そればかりに意識がとられて
しまうならば、社会全体を支えるはずの
大きな存在が不在となり、、、
結果、社会全体が不安定となってしまう。
だからこそ今、、、
大物がとる「なりふりかまわず」の「ニッチ」
な戦略に対して、
逆バリで、今こそ、小物が「大物」の役目を
果たすべく、その存在になることを目指す
戦略をとるのも、悪くないのでは?!
いゆわる、「大物の役目」を狙うことも!
そんな、大それたことを思ってみた。
だってさ、、、
思うのは、自由だしね!
だけど、
思いもしなければ、実現もしない訳だし!
だからこそ今、やっぱり、強くそれを心に思い、
念じ、そうなれるべく、その為の行動を考えて
いかねば!
ん??
なんか、一人で盛り上がってきたぞ?!
よっしゃ、気合入ってきた。。
今日も、やったるぞ!!!
おぉ!
Good&New20070923
今週を振り返ってみて、学んだこと
と言えば、
『忍辱(ニンニク)』※1
と言う言葉を知ったことかな。
もともとは、菩薩(ボサツ)が修する6種の
基本的な修行項目の一つらしく、、、
たまたま、稲盛和夫著『人生の王道』と
言う本を読んで知ったのが、きっかけ!
そして、その意味とは、
『辱(ハズカシ)めを受けて、それに耐える
ことは人にとって最も難しいことであるが、
それでもなお耐え忍んだとき、人は悟りに
近づくことができるというもの。』※2
なんだけど、、、
はあ~(><)
この言葉、なんとも奥が深いね・・・
だってさ、、、
その言わんとすることは、すぐに分ったと
しても、それを即、実践に移していけるかと
言われれば、それは、もう躊躇してしまう程、
難儀なことだと思うから。
しかし、たとえ難儀であっても、この言葉は
知ってしまったし・・・
う~ん、、、
う~ん、、、、、、
いやはや、これもまた日々精進である。
【忍辱】(ニンニク)※1
[仏]六波羅蜜(ロクハラミツ)の一。もろもろの
侮辱・迫害を忍受して恨(ウラ)まないこと。
(※1引用:広辞苑第5版 岩波書店)
(※2引用:稲盛和夫『人生の王道』日経BP2007)