便利な世の中へ
とりとめのない話だが、、、
業務効率を飛躍的に進歩させる為の
ハイテクを駆使したビジネスツールが
世には、多く出回っており、
また、
そのツールの必要性を、誰もが強く
感じている昨今、、、
特に、
定型化できそうな業務領域においては、
日常茶飯事に、その効率化を図る為の
策について、システム開発の必要性が
喧々諤々(ケンケンガクガク)と議論されてる。
その内容は?!と言えば、、、
「安定して、定型化された業務フロー
を構築できないか?」
とか、
「今より安く運営できないか?」
と、まあ、だいたい、そんな感じの議論が
論点になっている訳だが、、、
人事系に携わる故の職業病なのか、
小生、
「システム開発」という響きを聞くと、
真っ先に、ふたつのことを想定して
その内、どちらの意図が強く働く
システム開発なのかを、ついつい
仕分けてしまう癖がある。
それは、
「ヒトを助けるシステム開発なのか?」
それとも、
「ヒトを挫くシステム開発なのか?」
と。
もちろん、
それだけの理由で、システム開発が
成されないことも、重々承知の上だが、
どうしても、
「システム開発」と聞くと、反射的に
そのどちらかに仕分けてしまう癖は
直らない。
なんとも、
思い込みとは、怖いもので(><)
別に、システム開発なんて、敵でも
見方でもなくて、、、
あくまでも、ツールの一つなのにね!
Anyway!
効率や便利さを優先しまった結果、
人間の創造性が挫(クジ)かれるような
システム開発が横行してしまえば、
同じ人間として困るな・・・
と思ってる今日この頃である。
本日、とりとめなし・・・m(_ _)m
【挫く】(クジク)
①折って傷つける。曲げて砕く。
②関節をねんざする。
③勢いを押える。弱らせる。
(引用:広辞苑第5版 岩波書店)
近未来を予測すること
ビジネス・シーンでは、、、
何かにつけ、結果に対する予測を立てて、
上司に、その勝算を伝えねばならない。
例えば、、、
「今回のコンペは、勝てそうか?」
とか、
「本件を、彼は承諾してくれそうか?」
そんな感じの質問とかなんだけど、、、
ところが、
それに対して、よく
「五分五分ですね!」
と返答してくる人がいる。
う~ん、、、(><)
小生、この答えが返ってくると、
いつも、、、
「どっちやねん!」
副音声:(君の意見はどうなんだ!)
と、突っ込みたくなってしまう。
だってさ、五分五分って、
要するに、Yesの確率が50%と、
Noの確率が50%ってことを単に
言っている訳でしょ。
つまり、「わからない!」
ってことを、遠まわしに、且つ丁寧
に言ってるだけのことであり、、、
そんな自分の意見を伏せてしまった
返答を受けても、会話としては不成立
に等しいと思っている。
ちなみに、、、
この発想に至った経緯としては、
遥か昔、中学校の英語の授業で、、、
英語の先生が、
“I don’t know.”(わからない)
と言う返答は、あまり好ましくない!
なぜなら、、、
英語圏では、自分の考えていることを
言語化して話すことに対して、自信と
誇りを持っているので、「自分の意見」
を表現しない人は、尊敬されないから!
と、
ウソかホントか、その習った授業の
記憶が、とても強烈すぎて、、、
それ以来、、、
『当るも八卦(ハッケ)、当らぬも八卦』※
予測に対しての返答は、一応、
分らないときでも、自分なりの意見を
添えて答えるようになった!
だから、何が言いたいのか?!
と言うと、
ビジネスとは、
「近未来を予測するもの!」
その不確かな先を、いち早く読み
きった人が、勝ち残れる!
だから、
何かにつけ、予測する習慣をつけては?!
そう言いたいだけである。
以上
【八卦】(ハッケ)
占いのこと。
(参考:広辞苑第5版 岩波書店)
ゼロ
世は空前のメタボ対策ブーム?!
そう言わんばかりに、
スーパーマーケットでは、何かに
つけて、“ゼロ”を謳った飲料食品が、
所狭しと、その売り場を席巻している。
ところで、小生、
「どうだろうかな、どうしようかな・・・」
と、恥らう乙女のように、、、
“ゼロカロリー”を売りにしている黒い
炭酸飲料を、ずっと飲もうか、飲みまいか、
悩んでいたのだが、、、
やっぱり、飲んでみた。
ちなみに、悩む理由は、全く無くて、
あまりに、新しいものへ飛び乗っていく自分に
自己嫌悪で、、、
お前は、Mか!
と言われそうだが、、、
ちょっと、意地悪したくなっただけである。
まあ、それを飲んでの感想は、月並みに、
「か・な・り、美味しかった!」
となるのだが、
まあ、ここから本題で、、
この商品に限らず、よくよく考えてみると、
“ゼロ”なものとは、今、人間にとって
本当に必要なものなのだろうか?
そう考えさせられるきっかけとなった。
ちなみに、、、
ゼロとは、日本語に翻訳すると『皆無』
と記されてあるのだが、、、※1
そんな、ゼロであるものを、何が無くとも
今、人間は、受け入れていかなければ、
生きていけないのだろうか?
そんなはずは無いことくらい、小学生でも
判断がつく訳で、、、
小難しい哲学的な問題は、さて置いて、
物事を単純に捉えてみるならば、
誰が、どう考えたって、ゼロに、何を乗じた
ところで、ゼロにしかならないことくらい、
明白な事実であり、、、
特に、人間の栄養価に与える影響なんかは
何を況や!で。。。
だったら、「あっても、無くても同じ!」
って結論になる訳でしょ!
それが今、巷ではブームのようになって
いると言うことは、、、
要するに、
ゼロに群がってしまうこと、それ自体が、
栄養分を取りすぎてしまっているが故の
先進国の悩ましき対処法であって、
基を正してしまえば、、、
「現代人は、食べ過ぎである!」
という結論になる。
だからこそ今、
世の中は、“ゼロ”なものにすがる前に、
不必要なカロリー摂取をゼロにする必要
がある!
「・・・」
あちこちから、一斉に、
「お前が言うな!」
と突っ込まれそうな話ではあるが、、、
自戒の念を込めて、
『いただきます!』※2
の意味を、考えなおさねば!
そう思った次第である。
【ゼロ】※1
①(数・量・価値などが)全く無いこと。
皆無
【いただく】※2
「食う」「飲む」の謙譲語。
(※1~2参考:広辞苑第5版岩波書店)