今週のGood&New20071118
今週を振り返ってみて、学んだこと
と言えば、、、
何はともあれ、仕事の原点として、
『心の中にある刀』
を、上手く使えるようになることが大事!
と言うことに、気が付けたことかな。
その真意とは、
まず、
元気。根気。やる気。
これら気を使うことによって、
人は、本気になれる。
本気とは、まじめな心。
すなわち、冗談や遊びのない
真剣な気持ちになることを意味し、
人は、この真剣な気持ちになることで、
初めて、『心の中にある刀』、すなわち
自分の心の奥底に眠っている、、、
「真剣」に、気付く。
後は、その刀をどう振舞わすかは、
本人次第。
宮本武蔵よろしく、真剣道における
刀使いの修行のはじまり。はじまり!
小生もまた、
「真剣」という
立派な剣の使い手になりたい!
これも、日々精進である。。。
【本気】※1
まじめな心。冗談や遊びでない真剣な
気持。また、そのような気持で取り組むさま。
【真剣】※2
①(木刀・竹刀などに対して)本物の刀剣。
②まじめ。ほんき。
(※1~2引用:広辞苑第5版 岩波書店)
おそろしや
ニュース番組を見てのこと。
昨今、巧みなトークで消費者を騙す
悪徳商法が増えているそうで、、、
そういった特集を見ながら、
はて?!
『賢い』と、『ずる賢い』って、
いったい何が違うのだろうか?!
と、すごく気になった。
なになに、、、
【賢い】(カシコイ)※1
①おそろしいほど明察の力がある。
②才知・思慮・分別などが際立っている。
③すばらしい。
④抜け目ない。巧妙である。利口だ。
ふむ!
【狡い】(ズルイ)※2
①しなければならないことを巧みに
なまけたり、自分の利益を得たりする
ために、うまく立ち回る性質である。
②しまりがない。ふしだらである。
ふむふむ!
要するに、頭は悪くないんだけど、
根が怠け者で、自分のことばかりを
考えている、場当たり的な対応が
上手い人のことを、、、
『ずる賢い』って、言う訳ね。
今回、、、
『賢い』の意味を調べてみて、
①おそろしいほど明察の力がある。
の「おそろしい・・・」部分を間違って
曲解してしまうと、、、
悪徳商法のような恫喝(ドウカツ)まがいの
手法も、頭の良い人にとってみては、
賢いビジネスように思えて、何ら違和感も
無く、サクッと手を染めてしまうのかな・・・
と思った。
おそろしや、おそろしや!
【明察】※3
はっきりと事情・事態を見抜くこと。
察しのよいこと。
(※1~3参考:広辞苑第5版 岩波書店)
変らぬ思い
唐突だが、、、
「過去」が消えてしまうと、
「現在」は消えてなくなるのか?
また、その逆で、
「未来」が消えてしまうと、
「現在」は消えてなくなるのか?
あまりひねらずに、まず、「現在」から
考えてみると、、、
「現在」が消えてしまえば、
「過去」や「未来」は、
消えてなくなる・・・
よね?!
う~ん、、
「過去」、「現在」、「未来」、
一貫して、自分を自分として、
つなぎとめてくれる担保とは、
いったい何なのだろうか。
「過去」は、記憶か?
「未来」は、夢や希望か?
そして、
「現在」は、目前の現実か?
それとも、
そのどれでもなくて、
他者から、覚えてもらっている
ただ、「自分と言う」存在だけなのか。
本日、
とある企業の、新事業コンセプトの
作戦会議に、参加してのこと。
白熱する会議の中で、
ふと、発起時に掲げる『理念』とは、
どの時間軸からも、影響を受けずに
ずっと貫かれていかねばならぬもの。
それは、また、
個人の生き方も、然(シカ)りである。
と、
改めて、認識することができた
良い会議だった。
【理念】〔哲〕
プラトンのイデアに由来し、感覚世界の
個別の原型である非感覚的な永遠の真存在。
中世哲学でも神の精神の中にある個物の
原型という意味をもったが、近世、デカルト
やイギリス経験論では人間の心的内容たる
観念(アイディア)の意味に転化した。
他方、カントは世界・神・霊魂など経験を
超えた対象を先験的理念または純粋理念
概念と呼び、理論的認識の対象とはならない
が認識の限界や目標を定める規制的原理と
しての意義を認めた。その後、ヘーゲルは
再び理念を絶対的な実在を意味するもの
とし、その弁証法的自己発展によって
自然・精神の世界が成立するとした。
最近では決断や解釈の目的として脱存在
論的に考えられる。
(引用:広辞苑第5版 岩波書店)