採用支援総合サービス・アークパワー社長池邉のブログ「どうとくか」 -146ページ目

見えても見えぬか

 

状況が良いときには、見えてこない

ものが、、、


 

状況が悪くなってきたら、見えて

くるものがある。

 


いやはや、、、

 


『心ここに在らざれば視れども見えず』※1

 


と良く言ったものだ(><)

 


【心ここに在らざれば視れども見えず】※1


[意味]

ぼんやりと見ていたのでは、視線を向けて

いても、何も見えない。うわの空では真実

を見極めることはおろか、なにごとも理解

できない。精神を集中して事にあたれ。

 


まったく、その通り!

 


いかに精神を集中していないと、何も

見えないし、何もつかめないことか。

 


こんなときこそ、

 


選択と集中をしっかりと決めて、

 


ひとところに精神をグッ~と集めて、

 


その集中した状態を継続・維持して

いく心身の管理が一番大事だわ!

 


『心は二つ、身は一つ』※2

 


では、集中できませんぞ!

 


と思う今日この頃である。

 


【心は二つ、身は一つ】※2


[意味]

あれもこれもと二つの事を心は望むが

からだは一つしかないので思いどおり

にならないということ。

 


(12引用:故事ことわざ辞典 学研)

 

壁で習い学べ

 

 

唐突だが、、、


 

最近、

 


「我流の限界」を感じることがある。

 


こう、どんなに根をつめて独学で

やってみたところで、、、

 


やはり、、、

 


その道には、その道なりの

理論、理屈、科学があって、、、

 


それを先達と同じように、

 


自ら発見、体感、実感するまでは

誰にも習わず、

 


ただひたすら、己の中に問いかけ

続けて、その道を極めんとする人と、

 


先生に教えてもらい、さっさとできる

ようになった人の「道」とでは、、、

 


似て非なるものとなるのだろうか?!

 


要するに、何が言いたいのか?

 

と言うと、

 


こう一人でストイックにその道を

極めていると、

 


ついつい、

 


誰かに習うことが、「タブー」に

思えてきたりしてこない?!

 


小生思うに、

 


それって、逆にストイックにやって

きたからこそ、

 


問題意識をもって、新たな気持ちで

習うことができ、

 


結果として、

 


はじめから習ってしまった人に比べ、

 


「できる」ようになるのは遅かったが、

 


「極める」ことは、早いのでは?!

 


そう考えると、

 


何か壁にぶつかったときこそ、

 


潔く教わる!

 


っちゅう決断こそが、ものごとを

極める上では、重要なのでは?!

 


と思う今日この頃である。

はまり役

 

唐突だが、、、


 

役者が演じる上で「ハマリ役」って

あるじゃない。

 


もう、

 


この役は、この役者が演じなきゃ!

 

みたいな。。。

 


んで、

 


その映画なりドラマがヒットして

 


その役者の出世作なんかになって

しまうと、、、

 


それから後の人生、

 


その役柄のイメージに合わせて

その役者は生きていく方が、

 


世間が思う、その人のイメージと

ずれない為、無難な生き方かと、

 


小生は思ったりするのだが、、、

 


ふと、

 


役者に限らず、

 


仕事って奴は、どんな仕事であっても

所詮、一緒じゃないかな?!

 


別に演じることが悪いことでも

何でもなくて、、、

 


世間と自分の狭間において、、、

 


自他ともに「ハマリ役」を知る!

 


でも良いのかもよ?!

 


と思う今日この頃である。