大阪市の廃止が住民投票で否定されて、市長が政界引退を表明したようです。
彼が、政界を引退することはいいのですが、「なぜ引退に結び付くのか」のところが、説明されていない気がします。
政界には、もっと他に、大きなテーマがあると思います。
12月まで、このまますんなり経過するのかどうか、気になります。
まさか、12月までの間に、もう一回住民投票を目論んでいるとか・・・
最近、円安で、輸入品の価格が上がっています。
一方で、株式市場の日経平均や東証株価指数が、上昇しています。
どちらも、政 府と日銀の操作による、人為的なものだと思います。
人為的に作り出した不自然な価格なら、操作を辞めてしまえば、自然な数字に落ち着くはずです。
つまり、円安と株高を演出する必要がなくなれば、今度は円高と株安の方向に向かうはずです。
現在は、反転がいつ始まってもおかしくない状況ではないかと、個人的には思います。
何をきっかけに操作を辞めるのかは、操作する側の人だけが知っています。
過去に、バブル景気とか、ITバブルと呼ばれた時期がありました。
現在の円安と株高は、官制バブルと思っていないと、後で痛い目に合いそうな気がします。
あくまでも、私個人の見解です。
一方で、株式市場の日経平均や東証株価指数が、上昇しています。
どちらも、政 府と日銀の操作による、人為的なものだと思います。
人為的に作り出した不自然な価格なら、操作を辞めてしまえば、自然な数字に落ち着くはずです。
つまり、円安と株高を演出する必要がなくなれば、今度は円高と株安の方向に向かうはずです。
現在は、反転がいつ始まってもおかしくない状況ではないかと、個人的には思います。
何をきっかけに操作を辞めるのかは、操作する側の人だけが知っています。
過去に、バブル景気とか、ITバブルと呼ばれた時期がありました。
現在の円安と株高は、官制バブルと思っていないと、後で痛い目に合いそうな気がします。
あくまでも、私個人の見解です。
私がニュースを読むときは、発信元がどこの会社であるか、先ず確認します。
発信元によって、独自の色付けがされていると思える場合が、多いからです。
朝日・毎日 と 読売・産経 では、明らかに立ち位置が違うように感 じます。
それから、ニュースの中身で、「事実」の部分と「誰かの意見」の部分を、切り分けて読むように心掛けています。
誰かの意見の部分は、その人の都合のいいように、ミスリードさせる意図があるかもしれないからです。
特に怪しいと思うのが、「政府高官」と「関係者」です。
どちらも、個人の意見を、あたかも事実のように書いている場合が、あるように感じます。
発言者を特定できないところが、怪しいと感じます。
なお、ここで、「ニュースを読むとき」としたのは、私はテレビを見ないからです。
私にとって重要だと思うニュースと、テレビ局が積極的に流したがるニュースが、一致しないのです。
だから、ニュースは、インターネットで探して読んでいます。
自分と立ち位置の近い人の、ツイートやツイキャスが、一番信用できるなあと思う、昨今です。
発信元によって、独自の色付けがされていると思える場合が、多いからです。
朝日・毎日 と 読売・産経 では、明らかに立ち位置が違うように感 じます。
それから、ニュースの中身で、「事実」の部分と「誰かの意見」の部分を、切り分けて読むように心掛けています。
誰かの意見の部分は、その人の都合のいいように、ミスリードさせる意図があるかもしれないからです。
特に怪しいと思うのが、「政府高官」と「関係者」です。
どちらも、個人の意見を、あたかも事実のように書いている場合が、あるように感じます。
発言者を特定できないところが、怪しいと感じます。
なお、ここで、「ニュースを読むとき」としたのは、私はテレビを見ないからです。
私にとって重要だと思うニュースと、テレビ局が積極的に流したがるニュースが、一致しないのです。
だから、ニュースは、インターネットで探して読んでいます。
自分と立ち位置の近い人の、ツイートやツイキャスが、一番信用できるなあと思う、昨今です。
家内が、うさぎを飼っています。
私は、傍から覗いているだけですが、いろいろ考えてしまいます。
うさぎさんのカゴがあって、そこが寝る場所です。
カゴの周りに柵があって、運動場になっています。
家内や子供がそばにいるときは、カゴの扉を開放して、運動場に出しています。
カゴには天井があって、脱走できません。
運動場は50cmくらいの高さの柵なので、飛び越えようと思えば、飛び越えて脱走できます。
でも、なぜか、決して脱走しません。
家内は、りすも飼っています。
りすは、過去に何回か脱走しています。
いずれの場合も、家の中で捕まえて、今でも飼っています。
りすは脱走しますけど、うさぎは脱走しません。
脱走して自由になるより、ここに居る方が安心だと思っているのかもしれません。
自分の場所は柵の中だから、柵より外へ出てはいけないという、理性があるのかもしれません。
かと言って、犬や猫のように、人間に懐いたり甘えたりする感じでもありません。
うさぎさんは、なぜ脱走しようとしないのだろうと思いながら、観察しています。
うさぎさんは、飼い主から許された場所の中で、与えられた設備と環境と食糧だけで、生活しています。
決して、自分から外へ出ようと、しません。
おだやかで、冒険しない、草食動物が、自主的に柵の中に納まっているように見えます。
そして、Japaneseって、うさぎさんに似ているなあと思います。
いや、人間がこうなってはいけないと、思わされます。
私自身も、動物は大好きです。
だけど、動物が死んでしまうと悲しくて耐えられないので、今は自分では飼いません。
生活の党と山本太郎となかまたち のサイトに、こんな記述があります。
「大変な鬼っ子を産んでしまったと、米国は安倍政権を大変危惧している」 小沢代表
http://www.seikatsu1.jp/activity/press/20150317-2.html
現在の政権が世界から孤立している様子が、よく分かります。
政権交代は、外圧ではなく選挙で実現したいと思います。
でも、この際だから、何でもいいです。
形式も大切ですが、時間も大切です。
太郎さんは、考え方が一貫してるし、質問にもそつなく応えるし、凄いなあと思います。
「大変な鬼っ子を産んでしまったと、米国は安倍政権を大変危惧している」 小沢代表
http://www.seikatsu1.jp/activity/press/20150317-2.html
現在の政権が世界から孤立している様子が、よく分かります。
政権交代は、外圧ではなく選挙で実現したいと思います。
でも、この際だから、何でもいいです。
形式も大切ですが、時間も大切です。
太郎さんは、考え方が一貫してるし、質問にもそつなく応えるし、凄いなあと思います。
就職斡旋機関に勤めていた頃について、思い出を綴ります。
勤めていた期間は、約8か月でした。
正規の職員ではなく、一年契約だけど、翌年継続の可能性もあるという、期間限定職員でした。
周囲を見ていると、長く務めている人もいますが、最近採用された人が圧倒的多数でした
あるとき、三年前の座席表をたまたま見たら、七~八割の人が、私の在籍時には居ませんでした。
大半の人は三年程度で契約を打ち切られるのだなと理解しました。
期間限定職員は不安定な雇用である一方、正規職員はいろいろな面で大切にされている様子でした。
そこでの仕事は、仕事に就くために職業斡旋機関に来る人との、面談でした。
多くの方と面談をしました。
私の主観で、好きな人もいましたし、嫌いな人もいました。
好きな人の就職が決まると、嬉しかったです。
私はいい人だと思うのに、なかなか就職が決まらない人もいました。
そんな時は、「この人の良さは世間の人には分かり難いのかな」と思いました。
自分が社長なら、この人を社員にしちゃうのになと、思いました。
一方、その頃の私は、習い事に通っていました。
定時に終わる仕事でしたので、習い事に通うには便利でした。
前半の頃は、キャリアコンサルタント講座に通いました。
キャリアコンサルタントとは、職業相談の民間資格です。
8月に試験を受けて、無事合格しました。
8月の試験が終わってから、趣味のつもりで整体の学校に通いました。
整体というと、すごいことをしそうなイメージを持っていましたが、いわゆるマッサージの学校です。
「マッサージ」という言葉は、国家資格の人しか使えないので、民間資格の場合は整体と呼びます。
内容は、ツボの指圧を基本とした血行改善を促す施術でした。
学校で学ぶ外に、家に帰ってから、毎日、家内の体を圧して、復習しました。
そうしているうちに、いろいろな事が頭をよぎりました。
・他人から指図をされて仕事をするのは、もう飽きたなあ。
・自分より若くて社会人経験も浅い人が上司って、なんだかおかしいなあ。
・社会人としての経験値が自分より低い人に、自分の仕事を評価されるのって嫌だし、そもそも評価できる訳ないよなあ。
・整体のスキルを身に付ければ、独立して開業できるなあ。
・自分が開業して、誰かを使うようになれば、自分が好きな人だけ採用できるなあ。
・自分が気に入った人だけしかいない職場が作れたら、すごく嬉しいなあ。
・自分が気に入った人を、高い待遇で雇えば、幸せな人が世の中に増えるなあ。
こんなことを考えつつ、就職斡旋の仕事をしていました。
勤めていた期間は、約8か月でした。
正規の職員ではなく、一年契約だけど、翌年継続の可能性もあるという、期間限定職員でした。
周囲を見ていると、長く務めている人もいますが、最近採用された人が圧倒的多数でした
あるとき、三年前の座席表をたまたま見たら、七~八割の人が、私の在籍時には居ませんでした。
大半の人は三年程度で契約を打ち切られるのだなと理解しました。
期間限定職員は不安定な雇用である一方、正規職員はいろいろな面で大切にされている様子でした。
そこでの仕事は、仕事に就くために職業斡旋機関に来る人との、面談でした。
多くの方と面談をしました。
私の主観で、好きな人もいましたし、嫌いな人もいました。
好きな人の就職が決まると、嬉しかったです。
私はいい人だと思うのに、なかなか就職が決まらない人もいました。
そんな時は、「この人の良さは世間の人には分かり難いのかな」と思いました。
自分が社長なら、この人を社員にしちゃうのになと、思いました。
一方、その頃の私は、習い事に通っていました。
定時に終わる仕事でしたので、習い事に通うには便利でした。
前半の頃は、キャリアコンサルタント講座に通いました。
キャリアコンサルタントとは、職業相談の民間資格です。
8月に試験を受けて、無事合格しました。
8月の試験が終わってから、趣味のつもりで整体の学校に通いました。
整体というと、すごいことをしそうなイメージを持っていましたが、いわゆるマッサージの学校です。
「マッサージ」という言葉は、国家資格の人しか使えないので、民間資格の場合は整体と呼びます。
内容は、ツボの指圧を基本とした血行改善を促す施術でした。
学校で学ぶ外に、家に帰ってから、毎日、家内の体を圧して、復習しました。
そうしているうちに、いろいろな事が頭をよぎりました。
・他人から指図をされて仕事をするのは、もう飽きたなあ。
・自分より若くて社会人経験も浅い人が上司って、なんだかおかしいなあ。
・社会人としての経験値が自分より低い人に、自分の仕事を評価されるのって嫌だし、そもそも評価できる訳ないよなあ。
・整体のスキルを身に付ければ、独立して開業できるなあ。
・自分が開業して、誰かを使うようになれば、自分が好きな人だけ採用できるなあ。
・自分が気に入った人だけしかいない職場が作れたら、すごく嬉しいなあ。
・自分が気に入った人を、高い待遇で雇えば、幸せな人が世の中に増えるなあ。
こんなことを考えつつ、就職斡旋の仕事をしていました。
私、最近はテレビを殆ど観ません。
特定の番組(ブラマリのいただきっ!)だけ観ます。
たまたま家族が観ていると、一緒に観ることがあります。
そんなとき、お笑いコンビが出ていると、気になることがあります。
コンビのうち、どっちが主導権を持っているかということです。
二人がまるっきり対等なコンビというのが、あるかどうか知りません。
私が知る限り一番対等に近かったのは、古いですがコント55号です。
どっちが主導権を持っているかが、なぜ気になるかというと、コンビを組んでいる気持ちを想像するからです。
いつも一緒にいる相方に威張られるのは、自分だったらすごく嫌です。
かといって、私自身、他人に対して威張りたいという願望がありません。
誰に対しても、対等で平和な関係でありたいと思います。
なので、「このコンビは対等かな?」、「対等なコンビだったらいいな」と思いつつ、ついついコンビの関係を観察してしまいます。
どちらかが威張っているような、どちらかが虐げられているようなコンビって、観ていて嫌な思いがします。
虐げられている方の気持を想像してしまうからです。
個人と個人の関係も、国と国との関係も、「対等が一番」、「平和が一番」と思います。
「平和にするために戦う」って、それ自体、既に矛盾している気がします。
特定の番組(ブラマリのいただきっ!)だけ観ます。
たまたま家族が観ていると、一緒に観ることがあります。
そんなとき、お笑いコンビが出ていると、気になることがあります。
コンビのうち、どっちが主導権を持っているかということです。
二人がまるっきり対等なコンビというのが、あるかどうか知りません。
私が知る限り一番対等に近かったのは、古いですがコント55号です。
どっちが主導権を持っているかが、なぜ気になるかというと、コンビを組んでいる気持ちを想像するからです。
いつも一緒にいる相方に威張られるのは、自分だったらすごく嫌です。
かといって、私自身、他人に対して威張りたいという願望がありません。
誰に対しても、対等で平和な関係でありたいと思います。
なので、「このコンビは対等かな?」、「対等なコンビだったらいいな」と思いつつ、ついついコンビの関係を観察してしまいます。
どちらかが威張っているような、どちらかが虐げられているようなコンビって、観ていて嫌な思いがします。
虐げられている方の気持を想像してしまうからです。
個人と個人の関係も、国と国との関係も、「対等が一番」、「平和が一番」と思います。
「平和にするために戦う」って、それ自体、既に矛盾している気がします。
私は、元々、会社員でした。
勤務先の業績悪化もあり、リストラ対象になりました。
リストラ方針に抵抗しても楽しい将来は望めないと思い、一方で、別の仕事に就きたいとの思いもあり、リストラと割増退職金を受け入れました。
その頃の私は、人間の心を応援する仕事をしたいと思っていました。
当時の勤務先では、そんな部門はありませんでしたので、まるきり別の仕事に就くのもいいなと思いました。
人間の心を応援する仕事に就きたくても、当時の私にはスキルがありませんでした。
それで、スキルを身に着けることと仕事探しを、並行して行いました。
スキルの習得のため、産業カウンセラー講座に通いました。
この講座は、受けてよかったです。
人間にとって感情が大切であることを理解しました。
また、人の話を聴くことの大切さを知りました。
企業内の教育では、交渉相手を説得する事を重んじていましたが、人間の感情という視点からは、相手の話を聴くことこそ大切であると思いました。
そして、もう一つの収穫は、講座の実習を一緒にやった人たちと知り合えたことです。
このグループは、現在でも、年に何回か飲み会があります。
仕事探しの面では、転職支援会社、人材銀行、ハローワークを活用しました。
人材銀行経由で、二回ほど就職しましたが、二回とも短期間で辞めました。
一つ目の会社は、社会人になって初めて就いた仕事だったのですが、この仕事は嫌いで辞めたんだ(会社を辞めたのではなく、社内の別の部署に配置転換を希望)ということを就職してから思い出しました。
因みに、一つ目の会社は、機械工事を計画する会社でした。
採用してくれた会社には申し訳なかったのですが、一週間で辞めました。
二つ目の会社は、技術的な調査会社でした。
仕事内容は、嫌ではないけど面白くもありませんでした。
この会社に勤め始めて、二週間くらいした頃、この会社への就職前に受けていた産業カウンセラーの試験結果が届き、合格していました。
合格という結果に、人間の心を応援する仕事に就きたいという、離職当時の志が重なり、二つ目の会社も辞めることにしました。
どちらの会社にも、申し訳なかったと思います。
共通して言えることなのですが、どちらの会社も、私が望んで応募した会社ではなく、人材銀行に登録した私のデータを見て、先方からオファーをいただきました。
私が興味があって応募した会社ではなかったので、執着もありませんでした。
その後、産業カウンセラーという資格を活かせることを踏まえ、就職活動を再開しました。
ほどなく、某所の就職斡旋機関で採用されました。
元々の勤務先でリストラとなるまで、社外の世界をまるで知りませんでしたので、転職活動はいい経験だったと思います。
勤務先の業績悪化もあり、リストラ対象になりました。
リストラ方針に抵抗しても楽しい将来は望めないと思い、一方で、別の仕事に就きたいとの思いもあり、リストラと割増退職金を受け入れました。
その頃の私は、人間の心を応援する仕事をしたいと思っていました。
当時の勤務先では、そんな部門はありませんでしたので、まるきり別の仕事に就くのもいいなと思いました。
人間の心を応援する仕事に就きたくても、当時の私にはスキルがありませんでした。
それで、スキルを身に着けることと仕事探しを、並行して行いました。
スキルの習得のため、産業カウンセラー講座に通いました。
この講座は、受けてよかったです。
人間にとって感情が大切であることを理解しました。
また、人の話を聴くことの大切さを知りました。
企業内の教育では、交渉相手を説得する事を重んじていましたが、人間の感情という視点からは、相手の話を聴くことこそ大切であると思いました。
そして、もう一つの収穫は、講座の実習を一緒にやった人たちと知り合えたことです。
このグループは、現在でも、年に何回か飲み会があります。
仕事探しの面では、転職支援会社、人材銀行、ハローワークを活用しました。
人材銀行経由で、二回ほど就職しましたが、二回とも短期間で辞めました。
一つ目の会社は、社会人になって初めて就いた仕事だったのですが、この仕事は嫌いで辞めたんだ(会社を辞めたのではなく、社内の別の部署に配置転換を希望)ということを就職してから思い出しました。
因みに、一つ目の会社は、機械工事を計画する会社でした。
採用してくれた会社には申し訳なかったのですが、一週間で辞めました。
二つ目の会社は、技術的な調査会社でした。
仕事内容は、嫌ではないけど面白くもありませんでした。
この会社に勤め始めて、二週間くらいした頃、この会社への就職前に受けていた産業カウンセラーの試験結果が届き、合格していました。
合格という結果に、人間の心を応援する仕事に就きたいという、離職当時の志が重なり、二つ目の会社も辞めることにしました。
どちらの会社にも、申し訳なかったと思います。
共通して言えることなのですが、どちらの会社も、私が望んで応募した会社ではなく、人材銀行に登録した私のデータを見て、先方からオファーをいただきました。
私が興味があって応募した会社ではなかったので、執着もありませんでした。
その後、産業カウンセラーという資格を活かせることを踏まえ、就職活動を再開しました。
ほどなく、某所の就職斡旋機関で採用されました。
元々の勤務先でリストラとなるまで、社外の世界をまるで知りませんでしたので、転職活動はいい経験だったと思います。
Japanの社会では、「忍耐」とか「我慢」って、尊ばれている気がします。
昔は私も、大事なことだと思っていました。
人生のある時点で、違うと思うようになりました。
むしろ、我慢をせずに自分の感情に従って生きることが、大切だと思います。
後になって振り返ると、自分の感情を大切にした時ほど、後悔がありません。
庶民に「忍耐」や「我慢」を押し付けることは、権力者にとって都合がいいだけという気がします。
自分の感情に従って生きることは、現在の私にとって、人生のテーマです。
昔、東映動画製作のテレビアニメーション(当時の呼称はテレビ漫画)で、魔法使いシリーズがありました。
女の子向けではありますが、男の子が観ても面白かったです。
このシリーズの一作目が「魔法使いサリー」で、最終作が「魔女っ娘メグちゃん」です。
その後も、この系列の作品はありますが、同じ時間帯で続いていたのはメグちゃんまでです。
私からすると、この二作品は対照的です。
サリーちゃんを観ると、枠に嵌って堅苦しい感じがします。
メグちゃんを観ると、メグちゃんの感じる葛藤や達成感に、共感できます。
サリーちゃんは、いわゆる「良識ある大人」が期待する行動や判断をします。
自らはトラブルを起こさず、解決のために活躍します。
社会的に正しいとされる価値観に従って、結論を導きます。
自らの感情を、殆ど出しません。
NHKのドラマと似ています。
これに対して、メグちゃんは、自分の感情で行動します。
ライバルと対立したり、時には親(人間界での保護者)に逆らったりします。
社会的な良識以前に、自分の感情で行動しています。
だから、共感できるし、見終わった後にすっきりした気分になります。
私は昔から、メグちゃんのファンでして、それもとてつもないくらいのファンです。
こんな風に考えてみると、昔から「感情を大事にする生き方」に憧れを持っていたんだなと思います。
蛇足ですが、最終回でメグちゃんは、テレビを見ている視聴者に、「私を忘れなくなる」魔法をかけてくれます。
私は、魔法にかかってしまい、未だに魔法が解けません。
視聴者に魔法をかけた魔法少女は、メグちゃんだけではないかと思います。
昔は私も、大事なことだと思っていました。
人生のある時点で、違うと思うようになりました。
むしろ、我慢をせずに自分の感情に従って生きることが、大切だと思います。
後になって振り返ると、自分の感情を大切にした時ほど、後悔がありません。
庶民に「忍耐」や「我慢」を押し付けることは、権力者にとって都合がいいだけという気がします。
自分の感情に従って生きることは、現在の私にとって、人生のテーマです。
昔、東映動画製作のテレビアニメーション(当時の呼称はテレビ漫画)で、魔法使いシリーズがありました。
女の子向けではありますが、男の子が観ても面白かったです。
このシリーズの一作目が「魔法使いサリー」で、最終作が「魔女っ娘メグちゃん」です。
その後も、この系列の作品はありますが、同じ時間帯で続いていたのはメグちゃんまでです。
私からすると、この二作品は対照的です。
サリーちゃんを観ると、枠に嵌って堅苦しい感じがします。
メグちゃんを観ると、メグちゃんの感じる葛藤や達成感に、共感できます。
サリーちゃんは、いわゆる「良識ある大人」が期待する行動や判断をします。
自らはトラブルを起こさず、解決のために活躍します。
社会的に正しいとされる価値観に従って、結論を導きます。
自らの感情を、殆ど出しません。
NHKのドラマと似ています。
これに対して、メグちゃんは、自分の感情で行動します。
ライバルと対立したり、時には親(人間界での保護者)に逆らったりします。
社会的な良識以前に、自分の感情で行動しています。
だから、共感できるし、見終わった後にすっきりした気分になります。
私は昔から、メグちゃんのファンでして、それもとてつもないくらいのファンです。
こんな風に考えてみると、昔から「感情を大事にする生き方」に憧れを持っていたんだなと思います。
蛇足ですが、最終回でメグちゃんは、テレビを見ている視聴者に、「私を忘れなくなる」魔法をかけてくれます。
私は、魔法にかかってしまい、未だに魔法が解けません。
視聴者に魔法をかけた魔法少女は、メグちゃんだけではないかと思います。
家の引出で手袋を探しながら、ふと、昔読んだ「手袋を買いに」を思い出しました。
人間の優しさを表現した話だと思うのですが、引っかかるところが二点あります。
一つ目は、母きつねの足がすくんでしまった後、子ぎつねだけを人間の町へ行かせたことです。
私も子どもの親ですが、自分が恐ろしくて行きたくないところへ、子供だけを行かせるということは、絶対にしません。
全体を通して、母きつねが子ぎつねを愛していることは疑いないのですが、それならば子供だけを人間の町へ行かせるというのが、腑に落ちません。
二つ目は、店の人が子ぎつねからお金をもらうところに引っかかります。
例えば、本当は新品だけど、売れ残りの手袋ということにして、タダであげることにした方が、より優しい話になると思います。
お金を要求すると、冷徹な商人という印象が残ります。
反面、きつねであることがばれたのに、害意を持たれなかったという点が話の焦点ですので、手袋をタダであげてしまうと、焦点がぼけてしまうという弊害はあります。
そんなことを考えていると、モヤモヤして納得がいかない話だなあと思います。
子どもの頃は、胸が暖かくなる話だと思っていたのですが、現在読むと、単純に胸が暖かくなるだけではない気がします。
人間の優しさを表現した話だと思うのですが、引っかかるところが二点あります。
一つ目は、母きつねの足がすくんでしまった後、子ぎつねだけを人間の町へ行かせたことです。
私も子どもの親ですが、自分が恐ろしくて行きたくないところへ、子供だけを行かせるということは、絶対にしません。
全体を通して、母きつねが子ぎつねを愛していることは疑いないのですが、それならば子供だけを人間の町へ行かせるというのが、腑に落ちません。
二つ目は、店の人が子ぎつねからお金をもらうところに引っかかります。
例えば、本当は新品だけど、売れ残りの手袋ということにして、タダであげることにした方が、より優しい話になると思います。
お金を要求すると、冷徹な商人という印象が残ります。
反面、きつねであることがばれたのに、害意を持たれなかったという点が話の焦点ですので、手袋をタダであげてしまうと、焦点がぼけてしまうという弊害はあります。
そんなことを考えていると、モヤモヤして納得がいかない話だなあと思います。
子どもの頃は、胸が暖かくなる話だと思っていたのですが、現在読むと、単純に胸が暖かくなるだけではない気がします。
