長編小説「思春期白書」 46~隣の景色は性が疼く~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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前回の話はこちら

 

47話はこちらから

 

 

 

翌日、正義の誕生日会は盛大に開催された。とはいっても、アパートの性質上、あまり大声は出せないけど、それでも、3月産まれ、しかも終業式と同じ日が誕生日の僕からすりゃ、友達が集うってだけでも充分過ぎる盛大さだ。

 

「大丈夫だって。太一兄ちゃんの誕生日もちゃんと祝ってやっから」

 

下唇に付着した生クリームをペロリと掬い上げ、正義は自分の胸を大きく叩いた。相変わらず小生意気なガキ…まあ、今日くらいは勘弁してやるか。

 

いっくんが得意気に披露したホールケーキは形が少々歪だったり、生クリームの足りない部分があったり、チョコの板に書かれた「HAPPY BIRTHDAY」が崩れてはいたものの、皆が歓声を上げるほどに素晴らしい出来栄えだった。近所の主婦にオーブンを借り、手伝ってもらったことを踏まえても、完成度の高いデコレーションケーキに、生意気な正義もこの時ばかりはいっくんに抱き付き、「ありがとう、兄ちゃん」と絞り出すように言った。それもあって勘弁してやるのを決めたのだ。

 

 

「子供は無邪気でいいや」

「僕らだって子供みたいなもんだろ?」

「違うね。だってさ、電車は大人料金だし、プールとかも中学生料金になるじゃん。小学生と中学生の差は大きいんだよ」

 

ガリガリ君を齧りながら熱弁する公平の隣、僕は「まあな」と同意し、無邪気な子供たちに目を向けた。正義の友達が押し掛けたこともあり、近くの運動公園にやって来たのだ。それならわざわざ僕らを呼ばなくても良かったのに。てっきり、正義には祝ってくれる友達が居ないんじゃないかと余計な心配をしてしまった。

 

「公平、やっぱり家に戻る。後片付けも大変だろうし」

「了解。僕も混ぜてもらおっかな」

 

時計がちょうど3時を差したのを見計らい、僕は保護者的役割を公平に託した。瀬川くんもキシモンも小学生に混じってサッカーに耽ってるけど、一応中学生だ、見守る必要も無いだろう。大体、いっくんは過保護なんだ。ブラコンってやつか?

 

 

「あれ?太一くん、喧嘩でもしたのかい?」

「公平に任せてきたんで後片付け、手伝います」

 

困惑気味ないっくんをよそに正子は「じゃあ洗い物お願いします」と掃除機を片手におどけてみせた。キシモンが豪快に食い散らかしたせいでカーペットにはスナック菓子のカスが目立つ。

 

「悪いね。君には色々助けてもらって」

「だから気を遣い過ぎなんすよ。もっとコキ使ってください」

 

見慣れない調理器具を生き物のように丁寧に洗ういっくんを横目に僕は軽く笑み、過保護さを指摘した。

 

「自分でも分かってる。けど、母親が居ないから、その役目を担わなきゃって思うとね…」

「いっくんの時間ってのも大事っすよ。例えば…」

「ん?」

「…何でもないっす」

 

例えば、恋とか。そう言い掛けてやめた。キシモンならともかく、僕じゃそのような台詞は似合わない。それに、「恋」などと口にして赤く染まるのはきっと僕の方だ。食すにはまだ酸味が強過ぎる果実に自ら触れようとするとは…BL雑誌の影響か?

 

「夕食も食べてってよ。今日は正義の大好きなミートボールカレー」

 

波打ち際にはしゃぐ子供みたいな柔らかい表情が向くと、僕は思わず視線を逸らした。「恋」から一刻も早く離れてしまいたいのに、「意識しない」という意識ばかりが頭の中を駆け巡る。軒下を伝う雨水のように静かに、だけど、確かに。

 

「もしかしてミートボールは好きじゃない?だったら太一くんのはミートボール抜きに…」

「大丈夫っす。大好きですから、本当に」

 

彼は…純粋過ぎる。

泡立て器の水気を拭き取りながら、隙間の無い純粋さに軽く息を付いた。中2ならもう少し男子っぽさが垣間見えてもいいような気がするけど、いっくんのガードは一匹の蟻さえ通さないほどに固い。よくよく考えりゃ、恋くらい他愛無い話だ。けれど、僕の感情を差し引いても、そういう部分に踏み込めない距離感が彼にはあった。こういう思考自体がやましく思えるような無垢な横顔。

 

 

「ただいまー!兄ちゃん、ゲームやっていい?」

 

手前で遮断機が下り始めたように、途端に背景は騒がしくなり、僕はやましさをそっとしまい込んだ。瀬川くんと正義の友人たちは帰ったようだが、騒々しいのに変わりは無い。

 

「太一兄ちゃん、勝負しようぜ」

「僕は別に…」

「おいおい、ノリが悪いぜ」

「そうそう。正義の誕生日だよ。ワガママも聞いてあげなきゃ」

 

公平やキシモンも居る中じゃ、断り切れる訳も無い。皆に背中に押されながら、ふと振り返ると、いっくんがはにかむのが見えた。ほんの一瞬で陰に隠れてしまったが、多分、これでいいんだと思う。

 

「じゃ、俺と太一兄ちゃんからね。ルイージは使うなよ」

「はいはい。本当、ルイージ好きだな」

「だって健気じゃん。俺みたいに」

「どこがだ…」

 

 

隣の景色は眺めが良過ぎる。

 

正義の子憎たらしい言葉を受け流す中、僕の脳裏に不安が過ぎった。ヒロに抱いたのと同じ類のやつだ。

 

正子が来週の花火大会の話題を切り出し、「じゃあお前らも一緒に行くか?」と安請け合いするキシモン。正義の歓喜さえ、遠くに響くさおだけ屋の雑音に過ぎない。

 

隣の景色は性が疼く。

 

あのままいっくんと居ればきっと性は反応を示した。本格的な目覚め、だろうか?知られてはならない性、もしかしたら…と性懲りも無く渦巻く期待。そのせめぎ合いの最中に在る僕の行方は…

 

考えたくない。

 

けど、刻一刻と時間は迫っている。そんな気がしてならなかった。目前に待ち構える点滅した黄色信号、引き返したいのに進むしか無い一車線上を僕は走っているのだ。ユリちゃんへの感情も、クリリンの言葉も、結局は自らの性を思い知らされる材料に過ぎなかった。

 

従順な性に恨みと嘆きを繰り返しながら、速度だけを落とす。どうせ、赤信号に捕まる、避けられやしないってのに…

 

 

(続く)

 

 

 

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