「こーいなーんてーいわばエゴとエゴのシーソーゲームー…」
容赦ない陽射しは不変であっても、今日の空はやけに蒼い。自転車のペダルを軽々しく漕げるのは、リベンジに燃える炎と、脳内BGMのおかげだ。ミスチルの「シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~」はキンキンに冷えた三ツ矢サイダーを流し込むような爽快さに溢れる。向かい風にびくともしない僕の姿が勇敢に映れば…いや、さすがに無理があるか、別に告白しに行くわけではないのだ。
こないだと同じ本屋に着くと、まだ開店前の9時30分。少し予定より早いが、ま、遅いよりかはいい。傍の自販機横に自転車を停め、僕は抑えていた欠伸を盛大に掻く。小さい頃は近所の公園のラジオ体操に強制的に参加させられ早起きを繰り返したが、久々にその時間に目が覚めたのは昂りのせいだ。ちなみにその昂りは昨夜の入眠をも邪魔したが、念願のBL雑誌への距離は近い、それに比べりゃ寝不足など何の障壁にもならなかった。
正直に言えば、リベンジは今回が初めてじゃない。違う本屋に出撃したり、いっくん宅からの帰り道に立ち寄ったりもした。けど、BL雑誌を手にするとこまで成功しても、レジに持っていく勇気が無く、僕はそのたびに意気地なしな自分を責め立てた。
しかし、兄ちゃんのアダルト雑誌の数々が軽トラに乗せられてしまった今、新たなオカズは自ら入手するしかない。枯渇した土に水をやらなきゃ、ヒロやいっくんだけでは干乾びるのも時間の問題なのだ。つまり、切羽詰まった状況なのである。この機会を逃せば…少なくとも正義の誕生日など祝う気にもなれない。それどころか、自由研究も読書感想文も手付かずのまま夏休みを虚しく終えるはずだ。我ながら「大袈裟かも…」とは思うけど、こうして自らを追い込まなければ、きっとリベンジは成功しない。だから、これがラストチャンスだと言い聞かせる。
「こーいなーんてーいわばエゴとエゴのシーソーゲームー…」
腕時計より1分早くシャッターが開くと、僕は唾をゴクリと呑み、マラソンランナーのように扉を見据えた。幸い…というか、予想通り、周囲に人気は無い。週刊少年ジャンプや週刊少年サンデーの発売日を外したのは正解だったようだ。
「いらっしゃいませ」
レジにはこないだのサボり女に店主らしき白髪の男。他の客が来る前に退散しなければならない緊張感に「ダダン ダ ダダン」と、ターミネーターのあの音が脳内を駆け巡る中、迷いもせず雑誌コーナーに直行した。BL雑誌の数誌から選ぶのはこないだの女子高校たちが盛り上がっていた分厚いもの。本当は全部を読み比べ吟味したいけど、そんな時間も金銭的余裕も無い。だからとりあえず彼女たちの反応を信じてみた。
客が誰も居ないのを慎重に確かめると、そのままレジへ向かう。サボり女の反応を危惧する暇は無いし、下手に動き回れば逆に怪しいだけだ。
「いらっしゃいませ」
サボり女はさっきよりワントーン高めの声を上げると、特に何のリアクションも無く、事務的にバーコードをスキャンした。
「850円になります」
「はい」
漫画雑誌にしちゃ高額だが、メジャーなものと圧倒的な差がある売上げを思えば、高くしなきゃ採算が取れないのだろう。言い換えれば、BLがメジャーになれば多少は安く…メジャー…なるわけないか。
「150円のお返しです。ありがとうございました」
「どうも…」
手際の良さはありがたいけど、愛想笑いのひとつもなく、彼女は釣り銭とレシートを寄越すと、それ以上、僕に目を向けることは無かった。
軽く会釈などしてみせたのは予想外にも程がある「拍子抜け」のせいだ。まあ、成人向け雑誌じゃないんだし、いや…店主が奥に引っ込んだのをいいことに欠伸というあるまじき行為に及ぶこの女なら、成人向け雑誌を持って行ってもスルーしたかもしれない。そんなことを考えながら店を後にした。出入り口の辺りで赤いTシャツ姿の青年と擦れ違ったが、まさか白ビニール袋の中身がBL雑誌とは夢にも思わないだろう。僕は堂々と横切った。レシートは携帯灰皿のゴミ箱に丸めて捨てた。
とにかく、僕のリベンジはこれで成功だ。帰宅途中に知り合いに声を掛けられて…とかなら、話としちゃ面白い展開なんだろうけど、現実世界にそうそうハプニングは起こらない。
ただ…これをきっかけに性への執着はより一層喚き立ち、マンホールみたいな深さじゃなく、底なし沼の深さだと思い知らされたのは確か。そういう意味じゃ、意外な展開かもしれない。僕にとっては…
まあ、勇敢な戦士を真似て颯爽とペダルを漕ぐこのときの僕は、雲が綿菓子に映るような、ただただ浮かれ気分のお気楽野郎だったんだけどさ。
(続く)
