長編小説「思春期白書」 43~解放とリベンジ~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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8月に始まったのはいっくんの料理教室だけじゃない。生活のベース、家庭内にも変化があった。兄ちゃんと父さんの冷戦状態に一応、区切りが付いたのだ。真夜中に突如起きた口喧嘩、罵り合いの果て、兄ちゃんは家を飛び出した。単なる家出と違うのは、翌日、雑誌やCD、ゲームなどの細々したものはもちろん、衣類や生活費、布団や枕までもが、友人の軽トラによって運び出されたことが物語る。あんな汚い布団なんか置いときゃいいのに、しばらくは友人宅に居候状態らしいけど、余分な布団が無ければ新しいのを買う金も無いってとこか。

 

「落ち着いたら連絡する。何かあったらナベんとこに電話しろ」

「お前が言えた立場か…」

 

運転席からナベは苦笑した。茶髪に舌ピアスのチャラい見た目だが、解体業の正規社員という肩書は母さんにしてみれば「立派な社会人」らしい。兄ちゃんを引き留めなかった理由も、立派な社会人が傍に付いてりゃ安心なのだろう。まあ、父さんの勘当宣言の直後だ。引き留めても無駄。だから僕も何も言わなかった。下手な擁護はとばっちりを喰らうだけだし。

 

「掃除は自分でやんなさいよ。布団もちゃんと干すこと」

 

「棚ぼた式」に当て嵌まるか否かはともかく、念願の自分だけの空間を手にしたにも関わらず、僕は素直に喜べなかった。兄ちゃんが居ないのは別にいいけど、空っぽの棚や衣装ケース、その閑散とした様は望んだものとは何かが違う。

 

けれど、自慰行為の自由が解除された。ヒロ、いっくん、BLの過激なシーン、想像を抑制する必要も無い。寝る前の微妙に渦巻く性欲も解消し放題。取っ手部分が損傷し掛けな衣装ケースに衣類を詰めながら、必死に利点を過ぎらせた。っても、性以外の利点など思い付かないけどさ。

 

 

「結局、寂しいってことじゃない?」

「別にそういうんじゃ…」

 

ふてぶてしい態度の僕にいっくんは「兄弟ってそういうものさ」と微笑む。キャベツを刻む軽快な音の隣、ぎこちない鈍い音に正義は不機嫌を煽るかのようにからかった。

 

「太一兄ちゃん、向いてないんじゃない?」

「うるさい。黙ってろ」

 

会うのも3度目ともなれば、包丁を握る緊張感も重なり、小生意気なガキへの口調は当然乱暴になる。いっくんの「焦らず慎重に」という励ましさえ、苛立つほどだ。だったら、そんな手際の良さを見せ付けないでほしい。

 

ちなみに読書感想文を書く為の本もいっくんに貸してもらった。

 

「フォレストガンプ」

 

トムハンクス主演の映画。観に行ったわけじゃないけど、ヒロが以前「面白かった」と話していたのを思い出し、これを選んだ。いささか不純な動機な気もするが、読書感想文に動機は問われない。大体、教師の方もクラス全員のものに目を通しているのか怪しいものだ。桑原や公平みたいに優れた文章力を発揮する奴はともかく、大したボキャブラリーも持たず、やたらと「感動した」を繰り返す僕の作文など読む時間を割くまでもない。

 

ただ、フォレストガンプ自体は面白い。読書が趣味というだけのことはあり、いっくんもその辺は心得ているのだろう。薦める本にもセンスは問われる。

 

 

「太一兄ちゃん、明日、プール行こうよ」

 

僕が千切りしたキャベツを払い除け正義はTシャツの袖を揺さぶる。生意気に加え失礼なガキだ。下手な仕上がりでもキャベツの味なんか変わらんねえだろうが。

 

「そういうのは公平に頼めよ。先週も行ったんだろ?」

「大勢の方が楽しいじゃん。正子もそう思うよな?」

「太一兄ちゃんは泳げないんだからしょうがないじゃない。正義兄ちゃんだってお化け屋敷に誘われたら行かないでしょう?誰だって苦手なものがあるの、無理強いしちゃ可哀そうよ」

 

…9歳に同情されるのは馬鹿にされるより屈辱的だ。どうして同じ兄弟、こう両極端なのか、足して2で割るくらいがちょうどいい。

 

 

「悪いね。正義の口の悪さは父さんに似たんだ」

「別にいいっす。慣れましたから」

 

ほんの少し兄ちゃんが恋しくなった。内心、そう呟き、かなり年季の入ったフライパンの頑固な汚れと戦う。料理は後片付けが済むまでが料理。遠足は帰るまでが遠足みたいないっくんの格言は理解出来るが、自分がやるとなれば正直、面倒臭い。けど、教わっている以上は逆らえないし、何より、これもいっくんと過ごせる貴重な時間。それを思うと、もっと莫大な量の食器さえ求めてしまう。似たり寄ったりの会話に進展の文字は無くても、隣という視界は富士山の頂上みたいなものだ。

 

「次は君もお客さんだから皆と同じ時間に来なよ」

「本当にいいんすか?手伝いますよ」

 

正義の誕生日を明後日に控え、いっくんの表情は何かが漲っているように映った。店で買えば済むのに、料理好きにとってケーキ作りとは余程の醍醐味があるらしい。

 

しかし、弟の誕生日を盛大に祝いたい、その兄心を踏まえても、公平はともかく、キシモン先輩や瀬川くんも招待とは…そりゃ、昔馴染みの関係性は蚊帳の外な僕じゃ輪郭なんか掴めないけど、公平と瀬川くんの組み合わせは不穏な気配が漂う。桑原への敵意を何度も目の当たりにしてるからさ。

 

ま、主役は正義だ。瀬川くんもそこは大人の対応を見せるだろう。

 

この楽観視の大半の理由は眺めの良さにあった。けど、それだけじゃない。BL雑誌購入のリベンジ、僕の性は静かに燃え上がっていた。自分の部屋を得たことが、更なる奥地への扉をこじ開けたのかもしれない。

 

不安や恐怖さえ性の炎に敵わない。そればかりか、その不安や恐怖が差し出す手の勢いに拍車を掛けたのだ。

 

きっと…

 

 

(続く)

 

 

 

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