長編小説「思春期白書」 42~罪人~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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子供が付く除夜の鐘みたいな鈍い微かな音が二度響いた。BL本を侮っていたことと、ユリちゃんに求めた少女像に関しちゃ、ある程度、浄化された。侮りと耐性の無さが招いた衝撃だ。

 

今振り返れば、凝視までは至らなくても、もう少し見たかったと後悔さえ過ぎる。アダルト雑誌より生々しさに欠けるはずなのに、どうしてあれほどたじろいだのか?まあ、リアクション的には正解かもしれない。クリリンだって、まさか僕が該当するとは思わないから否定的な発言に至ったわけだし。

 

少女像は単に僕が夢を見過ぎた、それだけの話だ。別にああいう本を好むからといって嫌いにはならない。むしろ、その意外さがそそる…って、これ以上はやめとこう。

 

 

「さて、問題。男爵イモとメークイン、肉じゃがに最適なのはどっちでしょう?」

 

ジャガイモもまさか自分たちの前でクイズが出題されるとは夢にも思わなかっただろう。「うーん、男爵」と特に深く考えず答えると、いっくんは腕を×の形にした。「ざまあみろ」とでも言いたげな顔、恐らく彼は教育テレビの物知り博士的な存在に憧れがあるのだろう。

 

「正解はメークイン。煮崩れしにくいからね。ポテトサラダみたいにジャガイモを潰す場合は男爵が向いてるんだよ」

「そういや家庭科で習ったかも」

「習ったって覚えてるだけでもマシさ。それすら忘れてる人の方が多い」

 

代弁者となったいっくんはどこか寂しげだった。陽が昇り沈むにはそれなりの時間を割くというのに、彼の場合は瞬間冷却により粉々に砕けた薔薇のような儚い寿命を彷彿とさせた。触れれば壊れそうな彼だから、惹かれるのか?恋愛事情云々は別として、掻き乱される感情だけは認めなきゃならない。

 

野菜の見分け方に限らず、いっくんは様々な主婦的視点を見習いの僕に伝授した。

 

精肉コーナーは4時から10分間、タイムセールを行う。

ティッシュペーパーの値段は160枚入りのが安いけど、200枚入りの方が得。

賞味期限の近いものは手前に置いてあるのが一般的だが、敢えて奥に置く場合もある。

特売だからといって簡単に飛び付いてはならない。手書きや赤い文字はお得感の錯覚を引き起こす。

 

「まあ、このスーパーの場合だけどね。でも、ここは他と比較しても安いし、品揃えも豊富だから、おススメだよ」

 

確かにここは母さんもよく利用しているし、客の数も多い。どうしてもっと近くにもスーパーがあるのに遠回りをしたのか疑問だったが、いっくんの主婦力に僕みたいなのが口を挟む余地は無かった。近所の主婦に留まらず、店員からも「今日もお買い物?お豆腐が安いわよ」などと気軽に声を掛けられるいっくん、アイドルどころか、もはやスター的存在だ。見習いの身分が格上げしても、僕はきっとこんな風にはなれない。というより、陰に慣れた人間は変にスポットライトを浴びない方がいい。声が掛かるたびに立ち止まり愛想を振り撒くいっくんを見る限り、何かと大変そうだ。

 

「ご近所さんは何かと情報をくれるからね。付き合いも大切だよ」

 

スーパーを出ると、蝉の劈くような鳴き声が響いた。細胞のひとつひとつに行き渡る渾身の除夜の鐘といい勝負だが、いっくんの微かな呟きは鐘に加担した。

 

 

「もし、あなたやキシモンがそうだったら絶交」

 

漫画なら許せるが現実なら許せない。クリリンの本心か冗談かは判断に迷うが、期待は裏切る、経験が炙り出した定説を思えば、冗談の解釈はあまりに楽観的だ。元々、人の何気ない言葉に脆いということを踏まえても、この言葉は僕を暗闇に閉じ込める南京錠、それも、鍵の在り処が見当も付かない、絶望的状況。

 

暗闇の檻にコツコツと遠くから足音が近付く。昨夜はそんな夢を見た。それが誰の足音かは分からない。だけど確実にこちらに迫る冷たく響く音。大量の汗の中、目覚めた僕が察したのは、男への興味がこのまま加速すれば、きっと誰かが秘密に勘付く。つまり、檻は牢獄、足音は死刑執行へのカウントダウンだ。漠然とした不安が輪郭を成す。クリリンの言葉は現実という残酷さをこの身に刻んだ。

 

怖い。怖くてたまらない。今までの恐怖など恐怖と呼べる代物じゃなかった。僕の侮りはここでも発揮していたらしい。

 

 

「帰ったら洗濯物取り込まなきゃな。正子に頼んどいたけど忘れてるだろうし」

 

この仏の顔も秘密を知れば般若に変貌する。だけど僕はいっくんから離れようとは思わなかった。禁じられた遊戯に手を伸ばすのは本能だ。

それに…このときの僕は僕という生き物をある程度悟っていたのだと思う。

 

引き返せないところまで来てしまった。ウイルスは繁殖を加速し、死滅することなく、僕の身体を蝕むのだと…

 

 

「じゃあ、手伝うよ。授業料として」

 

我ながら気の利いた言葉にいっくんははにかんだ。この笑顔をずっと眺めていたい。

それは罪なのだろうか?

いや、僕の感情など関係無い。世間が罪人のように扱うなら、それは罪だ。

 

「普通」というルールが課せられたこの世界においては。

 

 

(続く)

 

 

 

 

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