長編小説「ミズキさんと帰宅」 34~迷いより先に~ | 「空虚ノスタルジア」

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「すみません、こんな遅くに。すぐ帰るんでお気遣いなく」
「いいえ。せっかくだからミズキさんも中也君もここに泊まっていけば?」

それはさすがにミズキさんが断るだろうと鷹を括っていたら「そうですね。僕もユニットバスだからのんびり浸かれないしお言葉に甘えようかな」と、あっさり了承した。無理して合わせてくれているわけでなく心からそう思ってるような口調と表情である。ミズキさんは私と同じですぐ顔に出るタイプなので何となくそれがわかるのだ。

「じゃあ俺もお言葉に甘えて。ミズキさんの秘蔵コレクションが見れないのは残念だけど次の時には見せてくださいね!」
「秘蔵コレクションってさっきも言ってたわね。何のこと?」と、私が問いかけると2人とも黙り込み、聞こえなかったフリでもしているかのようにお茶をすすっている。
「AVよ」リサが代わりに答えた。
「中也はいつも友達から要らなくなったAVとか雑誌とか貰ってんのよ。それで集めたのが段ボール二箱くらいあるんだから。中也、ミズキさんはあんたと違って真面目で誠実な人なんだから変な世界に引きずり込まないでよ」
「変な世界じゃねーよ、男のたしなみだ。ねっ!?ミズキさん」
「はは…まあそうだね」

心の中で「笹島さんにもらえばいいのに」と呟き、私は「やれやれ」とお煎餅を齧った。母が「お風呂入ってきたら」と勧めるとまずミズキさんが立ち上がり「アニキ、お背中お流しします」と中也君まで立ち上がった。2人で入るのは私とリサもそうだし別に何とも思わないのだが、母にとっては思うところがあるようだ。
「いいわね、男性が2人で入浴…洗いっことかするのかしら?」
「お母さん、お願いだからそういう妄想はやめてよね。リサもいるのよ」
「あら、私も嫌いじゃないわよ。中也は想像したくないけどミズキさんと笹島さんなら…」

全く…これ以上ヒートアップする前に私は母に「もう遅いし後は私がやるから部屋で休んで」と部屋に入らせた後で、リサを手伝わせ皆の分の布団を用意する。姉が住んでいたころはしょっちゅう友達や彼氏を泊まらせていたのでお客様用の布団はいくつかあるのだ。二階にある父の部屋は定期的に掃除しているので布団を二つ並べても充分な広さがある。

「そうだ!部屋着、出しておいた方がいいよね」
リサには私の服を貸したのだが、男性用となると父のものしかなくタンスを適当にあさり、暖かそうなものを何とか揃えた。
「中也はパンツ一枚で寝るから必要ないわよ」
「そんなわけにもいかないでしょ。こんな季節じゃ風邪ひいちゃうわよ」

一階に下りていくともう既に2人は浴槽から上がっており、ミズキさんはTシャツにジーパンという格好だった。セーターやトレーナーだけを脱いだのだろう。
「あちー、扇風機はもう片付けたよな?ミズキさん、なかなか上がらないからのぼせちまったぜ」
ソファに寝転がってテーブルに置いてあった新聞で体を仰ぎながら中也君が嘆いてる。それはまだ許容範囲なのだが…
「中也!パンツ一枚でだらしないことしないで!自分の家じゃないのよ」
「はは。僕も着た方がいいって言ったんだけどね…」
中也君の服を持ちながらミズキさんは苦笑いを浮かべた。私はミズキさんに父の部屋着を渡し、中也君には目を背け「これ着て」と怒りを込めて放り投げる。リサはともかく私が居るってことをわかってんのかしら?母を早く部屋に戻したのはある意味正解だったのかもしれない。
「わーったよ。悪かった」

部屋着に着替えた中也君を確認し時計を見るともうとっくに12時を過ぎている。ミズキさんたちに二階の父の部屋で休むように言うと「じゃあ悪いけど寝させてもらおうかな」とミズキさんは爽やかな笑みで「おやすみ」と挨拶し階段を上がっていった。一方の中也君は「寝るの早くない?テレビでも見ようぜ」とまだまだ元気な様子だ。
「中也、何度も言ってるけどミズキさんはあんたと違うんだからあんたの世界に引きずり込まないでよ。寝室に入る時も起こさないように静かにね」
「わーってるよ、んなこと。俺だって…」
それからしばらくテレビの音だけがこの部屋に響いた。若い女性タレントの発言にMCの芸人が鋭いツッコミを入れ会場を爆笑の渦に誘い込んでいるが私たちは誰も笑わなかった。私はリサの肩を叩き、ただ頷いてみる。

「…中也、言い過ぎたわ。あんたが頑張ってんのはわかってる。あんたも変わろうとしてるんでしょ?」
中也君の隣にリサが座ると、彼は照れ臭そうに笑った。
「いや、まだまだだ。俺、頑張りを認めてほしかっただけだ。なのにリサにちょっとうるさく子ども扱いされたくらいで拗ねて…どうしようもない奴だよな。悪かった。ナツミちゃんもごめん」

私たちは20歳という年齢の中で大人への階段にようやく差し掛かったところだ。
足掻いてもがいて悩んで迷って、目の前に霧が広がってるようにモヤモヤして…中也君がミズキさんや笹島さんに憧れるのはそういうものを払いのけて一つの譲れないものを見つけた大人に映っているからかもしれない。
まあ、ミズキさんたちだって目の前がモヤモヤすることもあるとは思うけど…

2人をそのままにして一旦、部屋に戻った私はパソコンを立ち上げようかと思ったが、今日はもう遅いし日記を書くのは明日にしようと決めた。毎日書くという自分ルールが崩れるのはもちろん嫌だけど、何かを書く気にもなれなかったのだ。
布団やマクラの髪の毛なんかをコロコロで取っていると「ナツミ、入ってもいい?」とリサが静かに扉を開けた。
「もちろんよ、中也君は?」
「今日は疲れたから寝るって二階に行ったわ」
リサはどこか大人びた表情を浮かべながらベッドの端にチョコンと腰かけ、私も隣に座る。
「色々と迷惑かけちゃってごめんね」
「迷惑だなんて思ってないわ。私も、ミズキさんも」

リサと2人きり、この状況はチャンスだと思った。私の疑問を解消するには今がチャンスだと。

「ねえ、リサ。一つ聞いてもいい?」
「ええ。いいわよ。何?」

迷いが生じながらも無意識のうちに言葉が先に飛び出していた。
「明秀君に対して何か怒ってることでもあるの?」と…

(続く)


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