長編小説「ミズキさんと帰宅」 35~5分前の目覚め~ | 「空虚ノスタルジア」

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「なーんだ。バレてたの。ナツミ、人の表情に敏感になったんじゃない?さっきの中也のことだって、中也の気持ちを表情や口調から察してたじゃない」

そうかもしれない。今までの私は表情に込められた意味など知ろうともしなかったし知りたくもなかった。ただ不快にさせまいとそれだけに躍起になっていたのだ。

「質問の答えになってないわね。正直、あまり言いたくはないんだけどナツミの前だったらいっか。単純に嫉妬してるだけよ。明秀君に」
「嫉妬?」
「明秀君の親は地方で有名な実業家なの。彼には兄と姉がいるんだけどどちらかが引き継ぐんでしょうね。もちろん彼だってその候補なんでしょうけど生まれた時からレールを敷かれてる境遇が嫌で色々反発したみたいよ。名門の小学校にも入ってたんだけどやめちゃったんだって」
「そういえば確か、明秀君と中也君って同じ高校よね?」
「そうよ。私も中也から聞いただけだし詳しくは知らないんだけどね。ただ、あの家が嫌で進学を機に上京したってのは本人から聞いたわ。別にそれは構わないけど、ナツミがこないだ指摘したように明秀君はけっこう金遣いが荒くてね、私も直接訊いたことがあったのよ、バイトもしてないのにどうしてそんなにお金を持ってるのか?って。そしたら彼、何て答えたと思う?電話したら親が振り込んでくれるって言ったの。さすがに呆れたわよ、だってそういう家に産まれたのを嫌がってるくせにちゃっかり頼ってるのよ」

リサの言いたいことはわかる。皆、これから先就活をしていかなきゃならない中でわざわざ苦労しなくても実家に帰れば食いっぱくれがない、みたいな状態の明秀君に羨ましさと不公平感を抱いているのだろう。
だけど、口には出さないがそんな彼からいつもスイーツなどを受け取ってるリサたちにも問題があるように思える。同じように受け取ってる私も人のことは言えないが…
それに明秀君だって好きでそういう家に産まれたわけでもないし、家が嫌になったのだって私なんかでは計り知れない理由があるはずだ。

これがリサの話を聞いた私の率直な感想である。

「ナツミ、私、心が狭いのよ。筋違いの嫉妬も甚だしいわね」
「リサ…」
「私たちももう寝ましょ。夜更かしは肌に毒よ」
何という言葉を掛けるべきかわからず、私は沈んだ顔から笑顔に戻ったリサに促されるままベッドに入った。2人だとやはり狭いのだが不思議と心地よさを感じる。小さい頃、一人で寝るのが怖くてよく姉のベッドに忍び込んだ。掻き消してしまいたいくらいの記憶が抗うように蘇ってしまうのだ。
あの頃はよかった…そう思ったのを最後に私はリサの体温を感じながら優しい眠りの中へ滑り込んでいった…


ふと目を覚ますとまだ外は薄暗く遠くでバイクの音が響いたかと思えば、すぐに静けさが戻り、何だかまだ夢の中に居るような不気味さを感じる。4時55分、私は気持ちよさそうに寝息を立てているリサを起こさないようにそっと立ち上がった。
寝た時間が普段より遅かったし、リサが寝てる為アラームも使えなかったのでこの時間に起きれるか内心ヒヤヒヤしていたのだが、とりあえずホッとして目を擦る。

洗面所で顔を洗ってからキッチンに入り電気をつける。母はまだ眠っているだろう、私も普段ならば寝てるのだが、ミズキさんが「仕事の日は5時起き」と言っていたので寒々とした暗闇の中で奇跡的に目覚めたのだ。
とりあえず眠気覚ましにコーヒーを淹れていると「やあ、ナツミちゃん。おはよう」という震えそうな体を一番温めてくれる声が響いた。エアコンの暖房など比較対象にもならないくらいの。
「おはよう。ミズキさん。あまり寝れなかったんじゃない?いつもより寝たの遅かったし」
「いや、貸してくれた布団が寝心地よくてね。深い眠りにつけたよ。それよりナツミちゃんこそ寝てないんじゃないのかい?僕は勝手に出てくから気にしないで寝ててって言ったろ?」

確かに昨晩そう言われてたのだが、せっかく泊まってくれたのに朝起きるともうミズキさんはここに居ないっていうのは寂しいじゃない。この時間に起きれたのは「彼とともに朝を過ごしたい」という想い、または執念の強さだろうか。

「ちゃんと寝たから大丈夫よ」などと言って欠伸をしてちゃ説得力の欠片もない、もう一度寝たら?と心配するミズキさんを横目に私はミズキさんの分のコーヒーも用意して向かい合う形でテーブルの椅子に座った。

「いい香りだ。いただきます」
ミズキさんの笑顔を見ると辛い早起きも苦にならない、と思いながら私も熱いコーヒーに口をつける。
(結婚したてのカップルってこういう心境なのかしら?)
あまりに遠い将来を描けば自然と笑みが零れ、ミズキさんは「何かおかしいかい?」とキョトンとした顔になる。
「何でもない。あっ、そうだ、朝食はパンでいい?」
「あー、ごめん、ナツミちゃん。朝食はいつも実家で食べてるんだ。それが無ければもっと遅くまで寝ていられるんだけど色々うるさくてね。ごめんね、もしかしてもう用意してた?」
「ううん。まだよ。でも実家で食べれるならいいんじゃない?私、本当は和食が好きなんだけど面倒だからいつもトーストなの。母も和食の朝ごはんなんか作ってくれないし」

一緒に朝食を食べられない寂しさを紛らわすため、私は無意識の内に饒舌になる…ダメね、今ある幸せで充分なのにこれ以上を求めてしまうなんて…

「どうかしたかい?」
「ううん。何でもない。ところで今日はどうする?」
「あ、ああ。今日は仕事の後、お世話になってる方との飲み会があってね、遅くなりそうなんだ。ごめん、明日なら空いてるんだけど」
「イチイチ謝らなくていいわよ。飲み過ぎないようにね」
それからしばらく私たちは他愛もない会話とコーヒーを愉しみ、6時になろうとする頃、ミズキさんは着替えを済ませ実家へと向かった。
「いってらっしゃい」
「いってきます。色々ありがとうね、嬉しかったよ」

こんな風に送り出すのはなかなか良いものだが、ドアが閉まった途端、彼が居ない寂しさが込み上げてくる。そんな余韻に浸るつもりで部屋に戻ると…

「ナツミ、どいて!トイレトイレ!」
「待ってください!俺だってずっと我慢してたんすよ!」

あまりの迫力に私は思わずその場に座り込んでしまった。いつの間にか起きていた母と中也君は私たちに気遣ってミズキさんが出かけるのを待っていたらしい。気持ちはありがたいけど、恥ずかしさの方が明らかに勝っている状態で私は顔を真っ赤に染めるのだった…

(続く)


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